第507話 私のミステリアスで飄々とした感じを尊重して貰えないかな
死んだ人間の魂の具現化。それと全く同じ現象といえば俺やフレンデリアが経験した『転生』が当てはまる。
ただし俺たちは別の世界からの転生者だ。神サマから聞いた転生のメカニズムを思えば同一世界内の転生は恐らくあり得ない。蘇生魔法のあるこの世界で転生も何もないだろって感じだしな。
そう仮定すると、メリンヌは転生者とは考え辛い。それよりも俺が見聞きしたあの――――『夢の具現化』の方が近い気がする。
十三穢の一つ、灰光リリクーイが見た夢の擬人化。イリスは自分の出自をそう説明していた。同じようにエルリアフもフラガラッハが見た夢だった。
正直、ずっとピンときていない感は否めなかった。武器が夢を見るって話自体がお伽噺のようなものだし、その夢が擬人化するなんてそれこそ童話の世界だ。
けど、具現の秘法なんてものが正式に存在するのなら、一気にこの世界の出来事として違和感がなくなってくる。性転換の秘法があったくらいだ。夢が人間になったとしてもそこまで不思議じゃない。
何者かが十三穢の夢を具現化したのかもしれないし、十三穢に最初から具現の秘法を実現させるメカニズムが備わっていたのかもしれない。いずれにしても、この世界の超常現象として十分受け入れられる部類だ。
「今更自分語りしても仕方ないけれど、私も結構苦労人でね。何しろこの姿、生前の私とは全く違うんだ。何もかも違う。まずこの姿でこの世に留まることが、私にとっては苦難以外の何物でもなかったよ」
「大変だな」
「……幾らなんでも、もう少し興味を持ってくれないと人でなしと思っちゃうよ?」
好きにすりゃいいだろ知らねーよ過去でちょっと絡んだ程度の浅い関係の奴がどんな正体だろうとさあ。興味なんて持てる訳ないだろう?
大体この人、若干コレーとキャラ被ってんだよね。あいつも微妙にヅカ系の喋り方だし。あっちは色々拗らせててこっちは子供好きっていう違いはあるけど。
「よし。だったら意地でもキミを振り向かせてみせるよ。今度の話題は嫌でも関心を持たざるを得ない筈さ」
「なんで俺に関心を持って欲しいんだよ」
「寂しいじゃないか。自分が興味を持たれないって寂しいものだよ? キミは違うのかい?」
日頃親しくしてる相手だったらわからなくもないけど、向こうにとって俺は今日が初対面。そんな関係性のない奴にスルーされたからって何とも思わんけどな。共感性が持てないなあコイツには逐一。
「私が普段どうやってキミを監視していたのか、そこに焦点を当ててみようじゃないか。一体どんな方法だと――――」
「消える魔法だろ?」
「……」
あ、眉間に皺寄った。
「ちょっと待ってくれ。痛っ……頭痛がしてきたじゃないか。おかしいよ。キミ何なの? もうちょっと私のミステリアスで飄々とした感じを尊重して貰えないかな。さっきからキミの私に対する対応はちょっとした人権侵害だよ」
酷い言われようだ。仕方ないだろ、こっちは過去世界でネタバレ食らってんだよ。知ってるのに知らない風のリアクションなんてする高度な技術は持ってねーよ。
「まあ……正解なんだけど。けどね、自分の姿を消す魔法なんて普通は使えないんだよ。私だって生前使えた訳じゃない。恐らくこの身体が実体じゃないから可能なんだろうね」
「ってことは、巷で幽霊って言われてる存在は消える魔法が使えるマギの擬人化軍団って訳か」
「全部が全部そうとは限らないけど、恐らく大半はそうだろうね。私以外にもこの街にいるみたいだし」
……いるの? そうなってくると少し話が変わってくるな。
「この街は本当に特殊だよ。常軌を逸した事態が平気で起こる。私のような存在でも何故か一員でいられる。本当に……変わった街さ」
これまで俺は、このメリンヌという人物にどうしても関心を持てなかった。共感できないのもそうだけど、なんとなく全てが作り物のような印象だったから。
けど初めて、今の言葉には伝わってくるものを感じた。
「長話はこの辺にしておこうか。これ以上キミと話していると具合が悪くなりそうだ」
「あ、おい!」
行っちゃった。っつってもギルド内での調査を再開するだけなんだろうけど。
幽霊か。しかもメリンヌだけじゃないときたもんだ。
……いよいよだな、この街。もう終盤の街っつーか末期の街だよ。バリエーション豊かなら何でもいいってもんじゃねーんだよ。
でもよく考えてみたら、この世界って生前いた地球と酷似した世界なんだよな。だからこそ俺の魂が受け入れられた訳だし。
地球さんヤバいですよ。ここと酷似してると神サマ若しくは全宇宙の意志的な存在から思われてますよ。まあ実際、色んな人種がいて色んな文化が育って文明レベルもバラバラだったもんな。ある意味カオスっちゃカオス。傍から見ればこの世界と同じカテゴリーなのかもしれない。
ま、もう行くこともない地球に思いを馳せても仕方ない。今俺がやるべきことは――――
「ちょっと! ボーッとしてないで書類の整理手伝ってよ!」
エチュアが癇癪を起こしている。あちこち調査しまくって疲れたんだろう。
「家宅捜索はアンタらの仕事だろ? 俺の仕事は書類の一文一文に目を通して粗探しするアンタらをじーっと見守ることなんだよ」
「あたしだってこんな書類に粗があるなんて思ってないの! こんなの形式だけなんだから一から十まで真面目にやんなくてもいいでしょ!? 手伝って!」
自分で言い出して実行しているガサ入れに誰より早く飽きてんじゃねーよ……成程、これはアヤメルのライバルですわ。
つーかあいつ、まだ戻って来ないのか? まあ棺桶引き摺って宿まで戻るのは時間かかるか。
「わかったよ。その代わり、ソーサラーギルド一日体験の時はそれなりにもてなせよ」
「心配しなくても、ティシエラ様が不在の日になるよう裏工作してあげる」
そんな不毛なやり取りをしながら家宅捜査は粛々と進められる。
途中メリンヌの意外なカミングアウトこそあったが変な物は何も出て来ず一日で終了。アインシュレイル城下町の潔白は無事証明された。
――――と結ぶつもりでいた。
でも現実はそうはならなかった。
「想定していたものじゃないが、到底無視できない『痕跡』が見つかった」
最終報告と称してそう告げてきたのはダイロッド。ただ、本人の言葉通り見つけたいものとは明らかに違ったらしく顔色は優れない。
「痕跡って……血痕みたく目視できるものですか?」
「いいや違う。極めて高純度の聖エネルギーだ」
……聖エネルギー?
なんだそりゃ。それが見つかったところで何が問題なのかもわからないけど、そもそもなんでそんな痕跡がウチのギルドにあるんだ?
「悪いが、俺もこの件についてはよくわからないんでこのままダイロッドの説明を聞いてくれってことでシクヨロ」
明らかに手を組んでいたギグですらも理解していないのか。なら当然エチュアも知らないんだろう。
言いがかりにしては捻くれ過ぎている。例えば高純度の暗黒エネルギーの痕跡だったら話はわかるよ? そんなのがあったらモンスターや闇の住民との癒着を疑うのは当然だろうし。最終的にベリアルザ武器商会絡みのオチが待っていそうなのも想像に難くない。前にあの武器屋から贈呈された暗黒武器の所為だって。
でも聖エネルギーに一体何の問題があるんだよ。そりゃこの世界の聖職者には良い思い出ないけどさ。
まあ、真相がどうあれ説明を聞かないことには始まらない。まずは黙って聞こう。
「聖エネルギーの痕跡――――我々は『聖痕』と呼んでいるが……聖痕ってのはそれ自体が悪いものじゃない。単純に聖水や聖属性の武器や防具を置いているだけでも微量程度は検知されるものだからな。だがその純度が異常な場合は別だ」
「純度って、聖属性の濃度が高いってことですか?」
「厳密には違うがその解釈で支障はない。この街には強力な武器や魔法が幾らでもあるが……何物であっても該当しないほどの極めて強い聖エネルギーの痕跡だ」
どういうことだ? そんなエネルギーを含有した物になんて全く覚えがないんだけど。
「該当する物が存在するとすれば、それは……聖剣エクスカリバーだけだ」
「!」
エクスカリバーの名前が出た途端、ギグの顔色が露骨に変わった。
これは恐らく何かがある。冒険者の弱み以外に何か探っていたのか?
それとも――――




