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終盤の街に転生した底辺警備員にどうしろと  作者: 馬面
第六部02:捜索と創作の章
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第506話 今、僕は冷静さを欠こうとしています

 思わず取り乱しそうになったけど、今のメリンヌの発言は重要だ。俺が以前出会った過去の彼女も子供をこよなく愛していた。つまり完全一致。こっちが正直に話したことへの敬意のつもりなのかは知らないけど、本心を喋っていると解釈してよさそうだ。


 わざわざサタナキアの名前を出してみた甲斐があった。何しろ奴には隠し事ができないからな。恐らくこの街に来てからの俺の行動は全て筒抜けだったんだろうし。


 そういう意味では、厄介ではあるけど扱い易くもある。どうせこっちの情報は大体掴まれているんだから、情報を与えるデメリットがない。向こうが勝手に『正直に話してくれている』って受け止めるから、ほぼ無条件で好印象を持たれ放題だ。


 とはいえ、まだまだ油断はできない。慎重に対応しないと。


「キミ自身が既に嫌というほど味わっていると思うけど、キミに対する猜疑の目は至る所に及んでいるのさ。今回この家宅捜索を提案したのはエチュアだけれどもね、それは彼女個人の感情に基づいた要求じゃない。それだけなら、わざわざ複数のギルドから人員を募って調査チームを組む必要はないからね」


「だろうな」


「例えばサタナキアのように悪意をもってこの街に潜伏した精霊もいる。同じように人間へ敵対心を持っている精霊が何らかの術でキミを操作して、この街に送り込んでいても何ら不思議じゃないんだ」


「……」


 反論の余地はない。過去世界で一度似たような警告を受けたけど、再び現実を突きつけられた格好だ。


 終盤の街の特殊性から、犯罪組織は極めて生まれにくいし外部から侵略者が入り込む余地もあまりない。だからこそ、俺のような異分子に対する疑いの目は極端なくらい鋭くなる。住民が変人ばかりだから油断しがちだけど、俺の境遇は決して安泰とは言えない。


 この異世界に転生した直後から、信頼を得ることは大きな目標の一つだった。けどあらためて、それが如何に困難かを痛感せざるを得ない。今回の家宅捜索をクリアしても、俺と俺の立ち上げた城下町ギルドが街にとって安全だと思って貰うのは……かなり難しいだろうな。


「誤解しないで欲しいんだけど、私は別にキミを悪者だと決め付けている訳じゃないし、そう仕向けたいって意図もない。もしかしたら嫉妬から敵意を持たれていると思われているかもしれないけど……」


「嫉妬?」


「その反応はどうやら素みたいだね。成程、レンジャーギルドはライバルとも思われていない訳か」


 話が見えない。なんで俺がレンジャーギルドに競争意識を持つ必要があるんだ? そもそもどんな活動してるのかもよく知らんし。


「……まさか聞いていないのかい? レンジャーギルドも五大ギルド入りの候補の一つなんだけどね」


「ああ。その件か」


 ここ最近、鑑定ギルドとの関わりが強烈だったからな……他のギルドに気を回す余裕なんてねーよこっちは。


「キミは五大ギルド入りについてどう考えているのかな?」


 そんな俺の気苦労なんて知る由もないメリンヌは、やけに踏み込んだ質問をしてきた。


 五大ギルド入りについての考えを述べよ――――その問いの真意はわからない。レンジャーギルドの一員としての純粋な興味か、それとも街の監視役として俺の野心を探っておきたいのか。


 いずれにしても、この話題に関して駆け引きする気はない。


「他の五大ギルドの連中は俺たちを監視下に置きたいんだろうな。客観的に見ても俺が怪しいのは認めざるを得ないし、貴族との関わりもあるから放置はできない。だから五大ギルドに入れることで手綱を握ろうと画策してるんじゃないか」


「冷静だね。そして私の見解とも見事に一致しているよ」


 こっちもいい大人だ。高く評価されたと素直に喜ぶような無邪気さはとっくにない。


 バングッフさんやロハネルとも大分打ち解けてきたとはいえ、心から俺を信用して貰っている訳じゃないだろう。そもそも転生者って素性を隠している時点で、俺は他者から信頼されるべき人間じゃないのかもしれない。


「ただ、キミが短い期間でこの街の危機を何度も救った実績に対する敬意もある筈だ。五大ギルドだけじゃない。私もアインシュレイル城下町の住民の一人として、キミには感謝しているよ」


「そう言って貰えると多少は気が楽になるな」


「信じていないって顔だね。だったら一つ、私の秘密を打ち明けよう。秘密を共有するのは信頼への第一歩だよ」


 ……急になんだ? 余計怪しいんだけど。


 まあ恐らく、透明化する魔法で城下町を監視しているのをカミングアウトするつもりなんだろう。それなら俺だけを敵視して見張っている訳じゃないという証明にもなる。


 けど、そこまでして俺の信頼を得る理由なんてないだろ? 一体何の目的があって――――


「実は私、人間じゃないんだよ」


 全然違った! 大ハズレじゃねーかバカ野郎!


 せっかくエチュアとの戦いで的中率爆上げしたのになあ……あれは乱数調整だったのか。自分自身にガッカリだコンチクショウ。


「……どうも驚いたって反応には見えないね。まさか気付いていたのかい?」


「うん」


「成程。単に興味がないだけか。だとしたらちょっとショックだな……」


 生返事と解釈されたみたいだけど、過去世界と姿が変わってない時点で割と重大なネタバレ食らったようなもんだから予想はしてたんだよ。


 大体な、こっちの反応が悪いみたいに言ってるけどさ、女性だと思っていたら男性だったとか、人間だと思ってたらモンスターだったとか、ずーーーーーーーっとそんなんばっかりなんだよこっちはさあ。もう飽き飽きしてんだよその展開には。ウンザリなの。それで新鮮なリアクションを求められても困るの。もっと衝撃的な事実を打ち明けてくれば相応の反応するよ俺だって。


「で、今俺が見てるのは本来のあんたじゃないって解釈でいいんだな?」


「御名答。これは私のアバターさ」





 ……。





 えっ待って。ちょっと待って。待って待って。





「どういう……ことだ?」


「ん? 何がだい?」


「アバター生成能力を……使える……のか……? まさか……それは精霊の能力なのか? 精霊から預かった能力なのか……?」


「急にどうしたのさ。様子が変だよ? さっきまでの白けたキミとは別人じゃないか」


「まさか……フワワに信頼を得て……手に入れた能力なのか……?」


「フワワ? 一体キミは何を――――」 


「詳しく……」

「説明して下さい」

「今、僕は冷静さを欠こうとしています」


「とっくに欠いていないかい? 参ったな。この話題で動揺される想定は一切していないんだけども」


「この精神状態でも理解出来る様に、アバターを作れるようになった経緯を、簡潔に客観的に説明してくれませんか」


「うーん……」


 その後、会話が成立しない状態での俺とメリンヌの睨み合いは苛烈を極めた。何を話したのか、何を聞いたのかは覚えていない。ただこの世のものとは思えない焦燥感だけが俺の脳をチリチリに焼き続けた。


 そして30分が経過した。


「だから何度も言ってるだろう? 私はフワワなんて精霊とは面識がないしアバターは具現の秘法で他者から作って貰っただけだし私の正体は残留思念だって。普通ね、残留思念は自分の正体を明かさないんだよ。だって残留思念だよ? いい加減その精霊のことから離れてくれないかな。もっと私に関心を……」


「面識はなくても間接的にフワワと繋がってる恐れもあるじゃないか。具現の秘法? それいつ何処で作って貰ったの? 誰から?」


「あーもう本当にしつこい……これも何度も何度も言っているけど、その精霊をここに喚べばいいじゃないか。喚んで聞けばいいだけの話じゃないの?」


「今の俺の精神状態でフワワを喚んだら絶対嫌われるんだよ! 誤魔化さないでさっさと返答! もたもたしないでッ! 必死なんだッ! 絶対 話してもらいますからね!」


「冷静なのか取り乱しているのかハッキリしない状態が延々と続いているんだけど……これいつ終わるのさ」


 いやわかってるよ。理解はしているけど割り切れない感情ってあるだろ? 今はそれをどうにか制御しようって必死なの。フワワとポイポイとルウェリアさんに嫌われたら俺の人生終わるんだよ。この三大聖人に嫌われたらそいつはもうクズってことじゃん? クズにだけはなりたくないの! 俺は!


「はぁ……参ったね。まさかこんな方法で具体的な正体を引き出されるなんて思いもしなかったよ。酷い搦め手だ。拷問だよ殆ど」


 そんなつもりは一切ないけど、どうやらメリンヌはこれが俺の戦略的ウザ絡みだと解釈したらしい。気持ちはわかるよ。深読みし過ぎるパターンって大体こういう時だよな。ちょっと想定していない事態に陥った時、人は慌てて裏を読もうとする。お、なんか急に冷静になってきた。


「わかった。全部こちらの思い違いだったみたいだ。悪かった」


「急に……? このタイミングでの謝罪はやり口がどうあれもう狂気だよ。おかしいな……私が監視している範囲ではキミは比較的常識人の部類だったんだけど。すっかりこの街に染まちゃったんだね」


 正直、ちょっとだけ自覚はありますね。出会う奴出会う組織総じて変だと自分も多少はハメ外してもいいってなるもん。まあ、あくまで養殖の部類だけど。俺やアヤメルなんて所詮シデッスやグラコロレベル。イリス姉やマイザーには遠く及ばない。


「で、あんたの正体が残留思念ってどういうことなの。幽霊的なやつ?」


「端的に言えばそうなるね。本来は死亡後に消失する筈のマギが肉体から乖離した状態で定着してしまったのが私」


 蘇生は間に合わなかったのか。まあヒーラーがあれじゃな……


「それでも、本来なら時間の経過に伴い人格も記憶も消えるだけだったんだけど、誰かが私をこの姿に固定してしまったのさ」


「誰かって……」


「誰かはわからない。具現の秘法だって記録子からの受け売りだからね」


 記録子さんの証言なら信憑性あるな。とはいえ、そんな真似ができる奴なんてそうはいないだろう。


 でも俺は、その具現の秘法とやらに心当たりがある。


 その名前じゃなく――――起きた現象に。



 




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