第504話 真なる不埒の者
今まで何度も思わせぶりな奴等と対峙してきたからよくわかる。やたら勿体振る物言いといい、棺桶を怪しんだ割にアヤメルの所へ調べに行こうする素振りすら見せないことといい、まず間違いない。
この二人はグルだ。協力し合って俺がボロを出すように仕向けている。
残りの一人は――――
「え? 子供の頃のティシエラ様を知ってるんですか?」
「無論。55年……拙者は55年もの月日を重ね、このアインシュレイル城下町を見守り続けて来たのだからな。あの娘は幼少期から目立っておった。豊かな才能、優れた能力……まさに時代の寵児であった」
「やだ何このお爺様サイコーじゃん! ねえもっと話して! もっともっとティシエラ様の過去をあたしに教えて!」
……無関係っぽいな。ここへ来た目的を明らかに忘れていそうだ。
つーかダゴンダンド爺さん、女子に煽てられて顔デレッデレだな。いい人生の晩年迎えてんじゃねーかよ。
「俺たちもな、別にあんたらを悪者にしようってやってきた訳じゃないのよ。純粋に調査したいってだけでさ」
向こうのやり取りとは対照的に、こっちはピリピリした空気が漂い始めている。少なくともギグの言葉を鵜呑みにはできない。
「よく考えてごらんよ。棺桶ってそれなりに大きいだろ? それを運び出すってことは相応の手間と労力をかける訳だ。ンなことを家宅捜索が決まった翌朝にやってると知ったら、それを怪しむのは正当なんじゃないか? ダイロッドに敵意を向けるのはどうなんだい?」
「典型的な論点ズラしですね。俺は別に自分が怪しまれていることを怒った訳じゃないでしょ? 冒険者ギルドに対しての責任ばかり指摘してきた件を疑問に思ってるんですよ」
難癖をつけてくるギグから視線を外し、ダイロッドに向け――――つつギグの様子を窺う。今のところ変な反応はない。
「オレたちにそんな意図はない。勝手な解釈を並べられても知ったことじゃねえな」
「だから自分の解釈を述べているだけなんですよ。理由も添えて。あんたが俺個人を怪しむ選択肢をあえて外したのが明らかに不自然なんです」
「……」
どうやらダイロッドも自分の失策に気付いたらしい。
そう。不自然なんだ。何しろこの家宅捜索は――――
「俺のことを『ティシエラ様を誑かしている奴』って認識してるエチュアが発案者で、尚且つ捜査員として来てるんですから。当然、俺のことはエチュアから説明を受けてますよね? まあ本人が向こうにいるから、呼んで聞けばすぐにわかる話ですけど」
その筈なのに、冒険者を誑かすほどの魅力がお前にはないとダイロッドは暗に告げてきた。これは紛れもない矛盾だ。
「あんたらの本当の目的はウチのギルドの調査じゃないんでしょ? 冒険者ギルドの弱みを握る為にここに来た。だから捜査員は冒険者ギルド以外で固めた。違いますか?」
既に確信の域に達している。返事を待つ必要はないが――――
「お見事だね。流石、今一番勢いのあるギルドのトップだけはあるよ」
不意に聞こえてきた、聞き覚えのある声。でもその声はこの場のギグやダイロッド、少し離れた所にいるエチュアのものじゃない。ギルド員のものでもない。
そして、俺がその声を聞いたのはこの時代じゃない。過去の世界だ。
「メリンヌ!」
「やあ久々だねギグ。元気だったかい?」
やっぱりか。事前にいるとは聞いていたから驚きはない。
透明になる魔法を使える、終始掴み所のない宝塚系ソーサラーのメリンヌ。もう何度も経験しているから多少は慣れてるけど、姿は現さず声だけが聞こえるのってやっぱ気味悪いな。
「二人ともお勤め御苦労様、と言いたいところだけど……まずいやり方だね、ダイロッド。計画はいきあたりばったり、ミスも多い。挙げ句に余計な一言で目論みまでバレてしまっては目も当てられないよ」
「そんなに文句あるなら自分でやればいいだろう!」
おいおい仲間割れだったら余所でやってくれよ。つーかこの家宅捜索自体が茶番だとわかった今、全員とっとと出て行って欲しいくらいだ。
「おっと。誤解なきよう言っておくけど、キミたちのギルドが怪しいって声が一定数あるのは事実さ。キミも知っているだろう?」
「……それはまあ」
「別の狙いがあったのは確かだけど、調査そのものにケチを付けられるのは困るね。一通りやらせては貰うよ」
その言葉を最後に、メリンヌの声は聞こえなくなった。
「聞いての通りだ。ガサ入れは続行させて貰う。構わねえよな?」
「どうぞ。気の済むまでやって下さい」
「……」
俺の物言いが気に入らなかったのか、ダイロッドは露骨に苛立った顔で睨み付けながら部屋を出て行った。
「なあ、あんた。ダイロッドとは本当に初対面なのかい?」
「少なくとも、俺の認識ではそうだけど」
「なんか妙~にあんたに入れ込んでるっつーか、イライラしてる感じなんだよな今日は。普段はあそこまでピリピリしてないんだが……ま、どうでもいいか」
全然どうでもよくないことをポロッと漏らしてギグも出て行く。
なんなんだ一体。まるで俺がダイロッドに恨みを買ってるとでも言いたげじゃねーか。
「ギグさんの話は恐らく本当です。あのダイロッドさん、定期的にギルドマスターに対して敵意を込めた視線を送っていました」
「……マジで?」
「マジです」
オネットさんが断言するのなら間違いないだろう。
でも俺に一体何の恨みがあるんだ? 初対面どころか名前さえ一度も聞いたことないのに。
でも……誰か知り合いの身内って可能性はある。仮に俺を本当に恨んでいる場合、それが逆恨みかどうかは断定できない。俺も決して聖人君子じゃないしな。
何にせよ、奴らがこのギルドの調査だけじゃなく冒険者ギルドの弱みを握ろうとしていたのは確定した。まあ納得だ。俺とコレットが友人関係にあるのは羞恥の……周知の事実だし、今はアヤメルもこのギルドで世話をしてるからな。
例えば冒険者ギルドがウチを事実上の傘下にして、五大ギルドに引き入れ勢力を拡大させようとしていると目論んでいるかもしれない。それは明らかな問題行動であり、証拠を入手すれば冒険者ギルドに対して大きな弱みを握ったことになる。職人ギルドや商業ギルドにとっては五大ギルド会議において発言力を相対的にアップさせるまたとないチャンスだ。
恐らくそういう狙いがあって、俺を揺さぶろうとしていたんだろう。レンジャーギルド所属のメリンヌも協力してるっぽいし。確か五大ギルド入りを狙ってるギルドだった筈。
「はあ……いい話がたっぷり聞けたあ~……」
そして多分、このエチュアだけは蚊帳の外だ。どう考えても工作員に向いているタイプじゃない。
「何? あたしの顔に何か付いてる?」
「……いや、特には」
「嫌な間で言わないでよ! ちょっと、もしかしてあのジジイ……御爺様のツバとか付いてないでしょうね!?」
仮に付いてても許してやれよ。いい話聞かせて貰ったんだから。
「はぁ……そうそう、言い忘れてたけど。ヤメの件」
随分と不機嫌そうな顔でエチュアが近付いてくる。そしてヤメの名前を聞いた途端、オネットさんも露骨に耳を傾けてきた。サブマスターの座を賭けて戦ったあの日から、ヤメに対しては友情を感じてるっぽいからな。気になるのも当然か。
「悪いけど、もう少し待って。本格的に内部調査するつもりだから」
「了解。急かすつもりはないから徹底的にやって貰えると助かる」
ヤメに対して何らかの嫌がらせ等を行っていたソーサラーの洗い出し。これは単にヤメの為だけに提案したことじゃない。ティシエラの為でもある。
ソーサラーギルドの問題児を明確にして、そいつらに対し俺が不快感を示しているという事実を突きつければ、ギルド内に『このままじゃいけない』って危機感が生まれる筈だ。俺のことを嫌ってるソーサラーは多いからな。ティシエラが俺に貸しを作るような事態だけは避けたいだろう。
でも俺としては別にソーサラーと揉める気はない。むしろ協力関係を築きたいくらいだ。
その為には……
「で、ソーサラーギルド一日加入の件だけど」
「何の話?」
「おい」
すっ惚けるエチュアに思わずジト目になってしまった。アヤメルのライバルだけあっていい度胸してるなこいつも……
「冗談よ。ティシエラ様から正式な日付を聞いてきてって言われてるけど、いつがいいの?」
「そっちの都合に合わせるよ。俺が来ても大丈夫な日を幾つかピックアップして貰えれば、その候補の中から決める」
「ティシエラ様にそう伝えておけばいいのね?」
「……ああ」
ちょっと意外だな。もっと拒否反応を示されると思ってたけど。たった一日とはいえ不浄の者呼ばわりしてる奴がギルドに居座るのは嫌だろうに。
「トモ……さん。一つ確かめたい事があるんだけど」
「別にいいけど。何?」
「アンタがソーサラーギルドを一日体験したい理由って、あたしが今日ここに来た理由と同じ?」
回りくどい聞き方しやがるな。要は俺がガサ入れ目的でソーサラーギルドに来るのかって聞いてる訳か。
「いや全然違うけど」
「ヤメの件をちゃんと調査してるか見張る為?」
「それも違う」
「じゃあやっぱりティシエラ様が目当てなんじゃない! 今はイリスチュアもいないし他に考えられないもの! ついに馬脚を現したなこの不埒の者!」
どういう呼び方だよ……なんで俺、女性関係に限ってやたら妙な誤解をされるんだ?
こうなってくると、やっぱり男友達が欲しいよな。女性ばかりと一緒にいる訳じゃないとアピールしない限りずっとついて回るぞこのイメージ……
「宜しいですか」
「ん? オネットさん何かあった?」
「突然で失礼ですが不肖私、ギルドマスターの異性関係に関連して少し口を挟ませて頂きます」
え、何……? 怖いんだけど……
まさかオネットさんまで俺のことを誤解――――
「真なる不埒の者とは! 獲物を狙う野獣のことではありません。自ら獲物を吸い寄せて食らう食虫植物のような者を言うのです!」
……話が訳のわからない方向へ猛烈な勢いで逸れていくのを、俺はただ呆然と見送るしかなかった。




