第498話 ぬかしおるわ小娘が
「なんで……? あたし何間違った……? ひっ……あ……あんな不浄野郎に負けるなん……ひっく……」
おい泣きながら口悪いぞエチュアさんよ。でも不思議と不浄の者より不浄野郎の方がマシに聞こえるな。慇懃無礼的な要素が減ったからか。
「お疲れ様。相変わらず性格の悪い戦い方ね」
「ソーサラーギルドはグッドルーザーの精神を教えてないみたいだな」
「勝者を讃えるのは相手の為であり自分の為。だったら自分を犠牲にして勝者を讃えないという選択肢もあっていいと思わない?」
ティシエラさん、それは捻くれ過ぎでしょう。つーか滅多にないんだよ俺が誰かに勝つって。こういうレア体験をもっとちゃんと褒めてくれるまともな人材はいないのかここには。
「ありがとう」
「……いや、礼を言われたい訳じゃないんだけど」
「可哀想だけど、あの子には今回何かしら痛い目に遭って貰いたかったの。想定していたものとは違っていたけど」
そりゃそうだ。会議中に戦闘に突入するのは異常なんだよ。なんかみんなして普通に受け入れてるけどさ。
「で、痛い目ってのはアレか? 失敗から学んで成長して欲しい、みたいな事?」
「ええ。あの子に限らずソーサラーギルドには優秀な子が多いんだけど、閉鎖的になりやすい環境だから自覚がないうちに馴れ合い所帯になってしまうのよね」
まあ、大抵のソーサラーがティシエラを崇拝している状況では自然とそうなるわな。宗教関連の集いと構造は似てる訳だし。
「魔法を扱える私達は良く言えば特別視される存在だけど、裏を返せば何処かで恐れられてもいるの。それがソーサラー同士でも当てはまるから厄介なのよね。結果、心に余裕がない大人に育ってしまいがちなの。私もそうでしょう?」
「成程」
「……」
そこは否定しなさい、って顔で見られても無理だよ。結構余裕ない所見てきましたからね。貴女の。
「……本当はあの子とアメリー、シーマの3人をディスパースに派遣する予定だったんだけど」
「そういえば、前にそんな話してたな」
言われるまですっかり忘れてた。そうか、イリスが当分ギルドには入れないから急遽イリスを派遣するよう変更したんだな。
でもそれなら残りの2枠を3人の中から選べばいいだけの事。サクアやエヴァンナに変更したのは何故だ?
「今のあの子達だと調査隊の和を乱しかねないって思ったのよ。和というよりは、3人だけの会話や行動に終始して溶け込もうとしない、って懸念なんだけど」
「まず間違いないな」
あえて言葉にはしないけど……ティシエラと折り合いが悪いマルガリータが指揮官を務める以上、エチュア達が素直に言う事を聞くとは到底思えない。ティシエラの判断は正しい。その点、イリスとサクアは上手くやるだろう。残りの一人はどうか知らんけど。
「誰かに負ける事でその相手への意識が強まれば、私への依存から脱却できると思うのよね」
「だからアヤメルをライバルに宛がった訳か」
道理で強引にエチュアを参加させた訳だ。元々バチバチに意識していた2人に因縁を生ませて本格的なライバル関係にしたかったんだな。
やっぱりティシエラは凄い。ギルマスとして、ギルドがどうあるべきか、ギルド員にどうなって欲しいかを常に考えている。その上で厳しくしなきゃいけない場合は躊躇しない。100%相手の事を思って怒るなんて俺には到底無理だ。自分の感情を完全に押し殺すなんてできない。
でも見習うべき所は見習わないと。俺ももう少しギルド員に対して厳しい姿勢を見せるべきだろう。最近、なあなあな雰囲気になってきてるからな。
「ところで会議はもう終わった?」
「いえ、まだ途中よ。だから貴方にはもう少し時間を使って貰わないと」
「……?」
なーんか嫌な予感がするというか、不穏な発言に聞こえたな今の。
「トモ先輩。あらためて勝利おめでとうございます」
讃えてくるアヤメルの顔は、どう見ても勝者を祝福するような表情じゃない。瞳の奧にメラメラと燃え盛る炎が見える。
まさか――――
「次は私とのバトルですよ。さあ戦りましょう!」
「やっぱりかよ! いやもういいよ! 何で俺がアヤメルと勝負しなきゃなんねーのよ!」
「決まってるじゃないですか。私が負けたエチュアがトモ先輩に負けて、私とーーーっても複雑だってさっき言ったでしょ? でも私がトモ先輩に勝てば全員一勝一敗でイーブンな訳ですよ。スッキリしますよね?」
「こっちは全くしねーのよ! 訓練なんだから負けっ放しでも別にいいだろ!」
「よくないですよ何言ってるんですか! このままじゃ私、今日の寝付き悪くなりますよ? 睡眠不足は美容にも悪いし体調悪化の原因にもなりますから最悪です。ギルド員の健康管理をちゃんとするのがギルドマスターの役目じゃないんですか?」
屁理屈にも程がある……冗談じゃねーよ。これ以上引っ張ってどうすんだよ。他にやること山ほどあんのに。新たな仕事を探すとかギルド員補充の募集とか……
「はぁ……全くトモ先輩はワガママですね。そんなに御褒美が欲しいですか? 勝ったら私に何かさせたいんですね? わかりました。だったら賭けましょう」
「勝手に話進め過ぎてんぞ! 俺はワガママじゃないし御褒美も要らないし何もさせたくないんだけど!」
「またまた~。ティシエラ先輩の前だからってカッコ付けちゃってもう。本当は違うでしょ? 私は知ってますよ、トモ先輩の真の姿を。ヤメ先輩が嫌ってほど話してくれましたからね」
「明らかに全部デマってわかってて言ってるだろお前……大体、冒険者ギルドの代表として来てるんだから会議が再開されたら参加しなきゃダメだろ」
「それに関しては問題ないわ。冒険者ギルドに関連する話はもう終わっているから」
余計な事を……! ティシエラのこういう融通が利かない所は嫌いじゃないけど今は嫌だ。つーかマジで戦いたくない。全く予定のない戦いってだけでも鬱陶しいのに連戦はキツいって。
「勝負を受けないのなら、私が会議している間にエチュアが泣き止むよう慰めて貰うつもりだけど。それでいい?」
冗談じゃねーよ! なんーで俺に敵意向けっぱなしの奴に安らぎを提供しなきゃならねーのよ! 言ってる事ムチャクチャだぞ!
ははーん。さてはティシエラさん、まだ全然俺を許してませんね? イリスの裸の件、相当腹に据えかねていたんだな。
だったら、このままゴネてても時間の無駄か……切り替えるしかないな。
「どうやら決着を付ける時が来たみたいだな。アヤメル」
「急にその気になりましたね。でもその方針転換を歓迎します。トモ先輩とはいつか白黒付けなきゃって思ってたんですよ」
フッ、ぬかしおるわ小娘が。連敗食らわして思いっきり凹ましてやろうじゃないの。
「おいおい、マジで戦んのか? まあ別にいいけどよ」
「もし彼が勝ったら一日で二度10代女性を泣かせる事になるね。倫理的にかなりヤバいんじゃあないか?」
うっさいぞ野次馬コンビ。アヤメルが負けて泣く訳ねーだろ。そんな可愛げのある性格じゃねーぞこいつは。
レベルは29。でも俺や全裸二刀流ガニ股仮面と一緒にフィールドへ出た時にボムベイツやグランディンワームを倒してるから、レベルアップしている可能性もある。
とはいえアヤメルの強さはレベルとは余り関係ない。戦闘技術、戦術や戦略に長けた奴だからな。
「グランディンワーム戦の頃から思ってたんですけど、トモ先輩と私って戦い方似てますよね」
「……まあ。搦め手が得意な所は似てるかもしれないけど」
「だから私、結構一目置いてたりするんですよね、トモ先輩の事」
そんな敬慕の情を表明する発言とは裏腹に、アヤメルの眼光が鋭くなっていく。好戦的な笑みを浮かべた顔はなんとなく小悪魔っぽい。
「コレット先輩から色々話は聞かされましたから、私結構トモ先輩の事知ってるんですよね。レベル18でこのアインシュレイル城下町まで辿り着いて、ヒーラー相手にも臆さずに街中で起こった色んな事件を解決に導いて、リーダーシップを発揮して……割と私がやりたい事をやってるんですよね。棺桶でも寝てるし」
「あの棺桶で寝てるの……?」
ティシエラの引き気味な視線が痛い。早く会議に行って。
「私が勝ったらあの棺桶を譲って貰います。それでどうですか?」
「……わかった。じゃあ俺が勝ったら俺の悪口禁止な。ヤメにもそう言っとけ」
「了解です。っていうかトモ先輩、ヤメ先輩好きですねー」
「おいおい。そんな揺さぶりで戦う前から主導権握ろうなんて思っちゃいないよな?」
「いえいえ。私は思った事をそのまま言っただけですから」
バチバチに睨み合う。ティシエラの気持ちが痛いほどわかった。こいつには一度痛い目遭わせておきたい。
とはいえ、戦闘センスに関しては抜群のアヤメルを相手に戦うのはかなり難しい。エチュアと違って相性は最悪。完全上位互換だからな。
「ティシエラ先輩。開始の合図だけ下さい。後は会議に集中して貰えれば勝手に決着付けますんで」
「自己申告制って事? トモはそれでいいの?」
「ああ。自分が致命打食らったと思ったら素直に負けを宣告。それで何の問題もない」
手を重ねてポキポキ鳴らす。それと同時に、ポイポイがスッと傍に来た。
「楽しみですね。目にもの見せてあげますよ」
「二度と嘗めた口が利けないようギタギタにしてやる」
「……まるで兄妹ゲンカね」
呆れ気味に皮肉を吐きつつ、ティシエラが華奢な腕を天井に向かって上げ――――
「始め」
本日最終戦の幕が上がった。




