第496話 求刑は死刑。判決も死刑。執行は本日本時刻。
「一問目。イリスに故意に触れた?」
どうやらティシエラさん、俺が答えるまで絶対に質問を辞めないウーマンになっているらしい。目が据わっているから誤魔化せそうにもない。
ここはもう正直に話すしかないな。全て正直にだ。じゃないと借金地獄に逆戻り……とかいう以前に死ぬ。殺される。魔法が効果ないこの場所でも確実に俺は惨殺される。
覚悟を決めろ。正気を保て。弁明の余地は必ずある。
「故意に触れてはいない。イリスが溺れそうな時も、脱衣所に連れて行く時も精霊に頼んで――――」
「二問目」
えぇぇ……あの極限状態でもイリスに一切触れず対応した俺の努力が全く評価されず素通りされてるんですが。しかも最後まで言わせてくれない時点でもう結論出ちゃってるじゃん。イリスに全部聞いてんじゃん!
このまま質問が続けば確実に終わる。どうする? どうすんだよ俺! いやもう回避方法探すしかないわ。何か思い付けー思い付けー……
「イリスに偶然触れた上で彼女が精神的苦痛を訴える事案は発生した?」
「……精神的苦痛は……どうでしょう。意識なかったんで何とも」
「保留ね」
真面目に答えても絶対素っ気ないの嫌過ぎるんですが……
「三問目。イリスに過剰な助力を強要し彼女が精神的苦痛を訴えた事案は?」
「一切ない」
「四問目。イリスに十分な休憩時間を与えなかった?」
……そう。問題はここからだ。正直これは抵触している気がする。混浴騒動の翌日も色々動いて貰ったし。
だけどあれは――――
「五問目」
答えてない答えてない! 俺答えないよティシエラさん!
「イリスに性的な連想が可能な話題を振ったわね?」
「ちょっと待ってちょっと待って待って! もう聞き方がおかしくなってるから!」
「六問目」
俺の叫声を全て無視し、ティシエラの目がこちらに向く。
……どう表現して良いかわからない。あれはどういう目なんだ?
ただただ、本能が訴えている。このままじゃ生きて帰れないと。
「イリスに性的な行為を強要した?」
――――視姦。
そんな不穏なワードが脳裏を過ぎった。
「い、いや、そんな真似は決して……」
「終わったみたいね」
「ちょっちょっちょっ! 終わってない! 俺の人生まだ終わってないから! 誤解だから! 終わらせるような事はしないで――――」
「貴方の話はしていないわ」
ティシエラの視線がいつの間にか俺じゃなく別の方に向いている。
その視線を追うと――――アヤメルとエチュアの戦いが終わっていた。
「おっおおおおおおおおお終わったんだな戦いが! さてどっちが勝ったのかな!? 内容はどうだったかな!? ペトロ解説員、解説プリーズ!」
今はこの流れに乗るしかない。ティシエラはずっと不穏なオーラを出っぱなしだけど気にしたら負けだ。
アヤメルもエチュアも肩で息したまま俯いてその場から動かないもんだから、どっちが勝ったのか見当もつかない。
「仕方ねェなあ……つーかちャンと見てやれよな。可愛い後輩の戦いなんだろうがよ」
仰る通り。アヤメルには悪い事をした。ペトロを喚んでおいたのは正解だったな。まさかイリスとの一件がティシエラにバレてるとは思わないじゃん。何で言ったんだよイリス……
「まァ訓練だし別に良いけどよ。じャあ一から解説すッからよ、頭の中で2人がどう動いたかイメージしながら聞けや」
「了解」
「暫く膠着状態が続いた後、先にソーサラーの方が動いて魔法を連打しやがッた。冒険者の方はサークリングで的を絞らせないよう動いて回避してたんだが……」
そこまでは俺も見ていた。って事は、ここからが未知の領域だ。
「守勢に回りッぱなしなのが不服だッたンだろうよ。体勢不十分のままソーサラーの方に突ッ込ンでいきやがッた」
ああ、目に浮かぶようだ。アヤメルそういう事あるよねー。精神的にも明らかに優位だったし、自分から仕掛けるのは妥当だ。
「その突進に対しては余裕で躱したンだ。だが冒険者の方は躱されるの前提だったみたいでよォ、ソーサラーが回避する方向に追ッていきやがッた。良いセンスしてやがンぜあの人間」
ペトロが一目置くほどか。やっぱりアヤメルって凄いんだな。だったらやっぱりアヤメルが勝ったのか。
「けどソーサラーも必死に逃げてよ、結局そこから近距離での魔法合戦ッてな展開だ。中々見応えあッたぜ、お互い目と鼻の先の相手に魔法を撃ち合うッてンだからよ。一撃貰ッたら終わりなンだが、どッちもそれを中々貰わねェ」
何その激アツ展開。見てりゃ良かったな……
「先に仕掛けただけあッて、どッちかッつーと冒険者の方が押してた。で、勝機と見たンだろうよ。魔法の応酬の間隙を縫ッて地面を這うようにゼロ距離まで接近してよ、一つフェイント入れてから足払いを仕掛けたンだ」
ソーサラーの身体能力は総じて低い。アヤメルのレベルが29とかなり低めでも、スピードでは確実にアヤメルが上。最接近で焦らせてフェイントが効きやすい状況を作った上で、最後は足下か。いやらしい戦い方するよなアヤメルってば。
「足払いは決まッた。けど倒れたソーサラーの身体が冒険者の方に傾いて、たまたま肘が背中にドスッて入ッたみてェでよ。呼吸できず悶絶してる間に魔法一発で勝負ありだ」
ペトロの解説が終わった瞬間――――アヤメルはガクンと項垂れ、エチュアは天井を仰いだ。
「勝ったあああああああああああ!! 私勝ったああああああああああ!! いぇいっ!!」
「くっそーーーーーーーーーーっ!! 不覚を取りました! まさか倒れ様に肘なんて……!」
気持ち良いくらい喜んでるし、気持ち良いくらい悔しがってるな。訓練なんだからそこまで気持ち入れんでも。まあでも眩しいな、真剣に勝敗を競う姿は。俺にはもうこの情熱はないよ。
「やりましたティシエラ様! 私やりました!」
「ええ。良くやったわ」
ティシエラも多分しっかりは見てなかっただろうけど、ペトロの解説で偶然の勝利なのは理解しているだろう。でもそこを無粋に指摘する事なく讃えたのは良かった。ティシエラも自分の存在がプレッシャー与えてるの気にしてたもんな。
引き締めなきゃいけない所をなあなあにするのは違う。でも、こういう時には手放しで讃えた方が相手の為にはなるだろう。やっぱり成功体験って必要だしな。
さて、決着も付いたし帰ろ――――
「トモ先輩! 仇取って下さい!」
……はい?
「見てたでしょ? 私負けたんです。悔しいです。全力で戦って負けたの超悔しい! だから仇。取るでしょ? 取りますよね? 可愛い後輩がやられたんですから! ギルドマスターなんですから!」
おいおいマジで言ってんのかよアヤメルさんよ。一切言い訳せずに負けを認めてる姿は潔くて好感持てるけども。何で俺を巻き込もうとするんだよ。こっちは訓練とか必要ないんだよ引退してるんだから冒険者はとっくにさあ。
「トモ」
「……マジで?」
ティシエラが視線で行けと合図してくる。
それだけじゃない。
イリスの件は不同意視姦罪で情状酌量の余地なし。求刑は死刑。判決も死刑。執行は本日本時刻。逆らえば速やかにそう言い渡す――――と訴えかけてくる。
ヤバい。冷や汗が止まらん。言い訳しないと死ぬ!
「いや……ね? ほら、アレだ。戦いって俺だけでやる訳じゃないでしょ? エチュアの事も慮らないと。連戦って良くないと思うなあ。フェアじゃないし。それに五大会議の途中なんだし。後日あらためてって事で……」
「会議ならここでも出来るでしょう? 貴方に頼んでいた証言はもう言い終わっているし、エチュアの役割は私が引き継ぐから」
「おう、それで良いじゃねーか。いちいちソーサラーギルドまで戻るのメンドいし」
「異論を挟む余地はないね」
ぐっ……このダメな大人コンビ、肝心な時に限って見捨てやがる。それが大人のする事か?
「連戦上等。さあ、あたしと戦えアインシュレイル城下町の代表……いや不浄の者!」
エチュアが不敵な笑みで挑発してくる。でも今はその呼び方とかどうでも良い。
いやね、魔法食らってもノーダメだから怖くはないんだよ別に。相手ソーサラーだから魔法以外の攻撃は特に気にしなくて良いし。
けどさあ、ティシエラやアヤメルの見てる前でみっともない負け方なんかしたくないって。幾ら非戦闘員の俺でもそれはキツい。
「それとも、あたしが怖い? だとしたらティシエラ様。この男は信じられないくらいのビビリです。もう関わり合いになるべきじゃないってあたしは思います」
「……」
成程。そっちの挑発で来たか。
だったら受けない訳にはいかないな。俺は別にヘタレでも落第者でも良いけど、このやり取りをティシエラと俺を遠ざける為の口実にされるのは許容できない。
「……俺は精霊使いだから、精霊は喚ばせて貰う。それでも良いのか?」
「勿論。どんな手を使われようと、不浄の者……あんたみたいな女を侍らせるのが趣味のゲスに負ける訳ないから」
「わかった。俺が勝ったら今の言葉を全部取り消して貰う。それで良いなら戦ろう」
俺が本気になったと伝わったんだろう。エチュアの顔つきが露骨に変わった。挑発的な笑みを消して、張り詰めた表情で睨み付けてくる。
所詮は訓練。でも負ければ失うものが多過ぎる。負ける訳にはいかない。
それに、この手のタイプは俺にとって相性が良い筈だ。あらゆる手を使って一撃食らわしてやる。
「ペトロ。悪いが今日の出番はここまでだ」
「おうよ。まさかこのオレ様がそンな貧弱な人間の女と戦う訳にもいかねェしな。負けンなよ総長」
一つ頷き、エチュアと対峙する。
まさか今日この子とガチで戦う事になるとは。人生何があるかわからねーな。
「始め」
ティシエラの合図が聞こえた瞬間――――
「来い! ポイポイ!」
早速機動力の確保を試みた。




