第490話 あっ開けたら死にます
「いらっしゃいませ! あっ皆さん、お揃いで!」
今日はルウェリアさん元気ハツラツだ。良かった良かった。
何だろうな、もうルウェリアさんが笑顔で迎えてくれるだけでちょっと泣きそうになってる自分がいる。そんなに苦しんでいる姿を見てる訳でもないのに。俺は多分、儚いものに対して涙腺のツボがあるんだろう。いやー参っちゃうな。心が繊細だから。感受性豊かだから。その分、自分の事に関してはもう何の感動もないけど……
「あれ? ルウェリアちゃん、エプロン変えた?」
「はい! 暗黒武器の添え物として、できるだけ目立たないよう質素な感じにしてみました」
アヤメル、ルウェリアさんとも親しかったのか。まあルウェリアさん誰とでも仲良く出来そうだしな。
それにしても、暗黒武器が好き過ぎて自分を添え物扱いはどうなんだ。確かに深緑のエプロンスカートってかなり地味だから、その分店頭に並ぶ暗黒武器の禍々しさは際立つけれども。
「それで本日はどうされました?」
「ちょいと御主人に頼みたい事がありまして」
「お父さんに……ですか」
あれ? ルウェリアさんの顔が露骨に曇ったな。御主人に何かあったのか?
そういえば……店頭に御主人の姿がないのは珍しいな。あの人、ルウェリアさんが健康体の時も常に店頭にいるからね。変な虫が寄ってこないか目を光らせる為に。
サタナキアの姿もない。ただあいつは隅っこの方で存在感を限界まで薄めている可能性もあるからなあ……武器のどれかに擬態していても不思議じゃない。
「実はお父さん、昨日から寝込んでいるんです」
「え? 嘘でしょ? あの病原菌が怖がって逃げ出しそうな御主人に限ってそんな……」
「強く否定はできませんが事実です。今は三階の階段上がってすぐのお部屋で青ざめた顔して寝ています。サタナキアさんが看病してくれているんですよ」
ルウェリアさんが元気いっぱいで御主人がダウンとは。完全にいつもと逆だ。病気か、それとも過労か……まさかサタナキアが何かしでかしたんじゃないだろな。
何にしても顔を見ない事には始まらないか。
「だったらお見舞いがてら様子を見に行くか。コレットとアヤメルはここにいてくれ。ゾロゾロ出向いても仕方ないし」
「うん。御主人に宜しくお願い」
「私達はルウェリアちゃんと三人でトモ先輩の悪口に花を咲かせて待ってますね」
どんな宣告だよ……まあルウェリアさんがいるから実際には悪口大会にはならないだろうけど。
何にしても時間がないからウダウダ言ってる暇はない。三階三階……階段の最寄りの部屋……おっ、ここか。取り敢えず声を掛けてみるとしよう。
「すみません。トモです。御主人はここにいますか?」
返事は――――ない。
御主人は恐らく寝ているんだろう。そしてサタナキアは絶対居留守だ。あいつ来訪者の対応とか苦手だろうし。知り合いが相手でも無視キメ込むタイプだもんな絶対。
「おいサタナキア、いるんだろ? 開けてくれない? いるのに開けないのは友達としてどうなんだ?」
「いいいいいません」
やっぱりいるじゃねーか。気持ちはわからなくもないけどさ……俺もそういう時期あったし。
「開けるぞ。どうせ鍵とかしてないだろ?」
「してます。すっごいのしてます。何人たりとも開けられ……あっダメだ。まっ間違いでした。とっトラップ。そうそうトラップトラップ。あっ開けたら死にます」
雑なトラップもあったもんだ。まあ鍵の嘘は開ければすぐ判明するから苦肉の策だったんだろうな。
でも開けます。自分不器用なんで。
「失礼しまーす」
「ひいっ」
相変わらず、サタナキアは俺の顔を見ると悲鳴をあげやがる。でも何だろう、ちょっと面白い。
御主人は――――
「う……ぐ……」
魘されてるじゃん! おいおい大丈夫か? ベッドで寝てりゃ良いって感じでもないぞ?
「サタナキア、状況を教えてくれ。御主人に何があった?」
「……」
表情が優れない、どころの騒ぎじゃない。苦悶の表情だ。
これは……俺が思っていた以上にシリアスな状況かもしれない。不治の病、若しくは呪いとかの可能性もある。この辛そうな顔はかなり深刻に受け止めざるを得ない。
一体御主人の身に何が――――
「あっ暗黒酔いです」
「……はあ?」
何その謎症候群。そんなんあんの?
そもそも、暗黒武器は決して呪いの装備じゃない。あくまでも禍々しさや凄惨さをデザインで表現した武器に闇属性を付加した武器だ。だから強制的に精神汚染を誘発してくるような性質はないし、慣れてしまえば具合が悪くなるなんて事はあり得ない。まして暗黒武器マニアの人間がそれに酔うなんて明らかに異常事態だ。
「たっ多分暗黒武器を眺め過ぎてグロテスクな造形と現実の平和な光景とのギャップで神経系が混乱した結果なのかと」
「成程……」
そういや、元いた世界じゃ3D酔いなんてのもあった。あれって別に3D映像が苦手じゃなくてもなるもんな。特にFPSなんて寧ろ好き過ぎて長時間プレイした奴が3D酔いしてたりもするし。
それに環境の変化もある。今まで大して気にしてなかった……のがまずおかしいんだけど、そもそも王城の中に武器屋がある時点で異常なんだよな。御主人の場合、元近衛兵で健常なお城の光景をずっと眺めてた訳だから、今の異常さが必要以上に感じられたのかもしれない。
「しっ暫く寝てれば大丈夫かと」
「そっか。でも偉いなサタナキア。ルウェリアさんに負担をかけないように自分が看病するって名乗り出たんだろ?」
ルウェリアさんの性格なら絶対自分がやると言うだろうしな。憶測とはいえ確定事項だろう。
「みっ皆さんにはお世話になってるし……なんかメチャクチャ優しいし。こっこれくらいはやります」
おお……まさかサタナキアからそんな発言を聞く日が来るとは。なんかちょっと感動しちゃったよ俺。
ま、それはそれとして油断はできないけどな。またいつ闇堕ちするかなんてわからないし。
「でも困ったな。御主人がこの様子じゃ、服借りるのは無理か」
「……?」
「いや今日な、ちょっと色々イベントがあってキレイめの服が要るんだよ。俺そういうの持ってないから御主人から借りようと思ってたんだけど」
「ふっ服だったら武器屋で少し売ってますけど」
「いやそれは……」
幾らなんでも暗黒武器屋に置いてる装備品を来て行く訳にはいかんだろ。バフォメットマスクとかああいうのだろ? 儀礼的な服じゃなくて儀式的な服になっちゃうって。
「でっでも割と向いてそうな服もあった気が」
「マジで? じゃあちょっと見てみるか。色々ありがとなサタナキア。御主人を頼むな」
「うへへ……まっ任せて下さいよ……こっ呼吸の回数とか魘された時の様子なんかもしっかり記録しておきますから」
うっすら怖い事言うあたり、まだまだ人間界に馴染んでない感があるけど……まあ良い。何事も一気に改善って訳にはいかない。ちょっとずつだ。
俺もその真っ最中。ギルマスとして相応しい格好をして、周囲に少しずつ認められていく。
今日はその為の第一歩だ――――
「……トモ。その格好はなんだい?」
その筈だったのに、出陣式に出向いた俺はディノーから小首を捻られてしまった。
「いや、ちょっと時間がなくて。マジで時間なくて」
サタナキアの奴……いい加減な事言いやがって。何が向いてそうな服だ。
シンプルなモーニングコートのように見せかけて漆黒の中にうっすらとドラゴンのスカルがデザインされた気味の悪い謎ジャケット!
その上着と同生地と思いきや妙に細かい凹凸があってよく見ると無数の手が冥界に誘っている光景が描かれている謎スラックス!
屍をつつく野鳥と周囲に飛び交う蝿の様子を表現したポエムが袖にこっそり刺繍されている謎シャツ!
やたらシワが寄って古いのかと思いきや靴底だけは新品に取り替えられていて明らかに何かがこびりついていたと思われる謎靴!
最悪だ。
暗黒武器屋が商品として置いているイメージそのままの最悪コーデだ! 暗黒とかそういうの関係なくただただ恥ずかしい!
「ホント申し訳ない……こんな事になるなんて」
「ま、まあ事情はわからないけど余り気にしなくても良いさ。それより暫くお別れになるんだ。笑顔でいよう」
流石、女帝が絡まないと人格者のディノー。ちょっと救われた。
その女帝はこの西門に見送りには来ていない。まあ当たり前っちゃ当たり前なんだけど。出陣式っつっても派手なイベントじゃないしな。早朝だから見物人も殆どいない。
「これまでは中々貢献できなかったけど、アインシュレイル城下町ギルドを代表して出向く以上、必ず霧を晴らして魔王を倒す為の手段を見つけてくる。期待して待っていてくれ」
「ああ。宜しく頼む。こっちはこっちで戦力を整えておくから」
「帰って来たらもう席がなくなっていた、なんて事にならないようにしないとな」
冗談っぽく言っている割には目が笑ってないなディノー。意外と危機感を抱いているのか、それとも見送りに女帝が来ていない事に絶望しているのか。何にしても若干心配だ。
「やっはーう」
ん? 後ろから聞こえて来た今の陽気な声は――――
「イリスか。そういやイリスも調査隊に入るっつってたな」
「忘れてたの? もー、てっきり私をお見送りに来たって思ってたのに。このこの」
「ツンツンしないで……」
暫くソーサラーギルドから離れる事になったイリスは、今回の調査でギルドに貢献するつもりらしい。そういう意味ではディノーとは仲間でありライバルって事になる。
「ディノー君とは協力する間柄だけど、一番のお手柄は私が頂くからね」
「望むところだ。お互い良い報告ができるよう頑張ろう」
ガッチリと握手を交わす。ディノーにとってイリスは恋愛対象じゃないんだろう。全く照れがない。
「ソーサラーギルドから他に誰が派遣されてるんだっけ」
「マスターは知らないんじゃないかな。エヴァンナって子なんだけど」
……明らかに知っている名前だった。




