第489話 ちょっと育て方が違ったのかな
「おぉぉー……これが敬愛するコレット先輩のお部屋ですか。ほうほう」
さっきまでの陰鬱としたムードは何処へやら。早速部屋を物色し始めているアヤメルの行動力には清々しさすら感じる。
にしても、本当に宝石が好きなんだな……部屋の至る所にキラキラした物体が置いてあって落ち着かない。なんつーか、紫水晶とか売ってる怪しげな店の中に入った感覚と似ている。
「さっきは恥ずかしいトコ見せちゃったね」
コレットは溜息交じりにそう告げ、飲み物を運んで来てくれた。この世界はお湯が簡単に湧かせないから寒い季節でも冷茶が基本。でも意外と悪くなかったりもする。
「私なりに色々とやってはいるんだけど、まだ若輩だし中々認めて貰えなくて。もっと頑張らないと」
「そっか。で、本音は?」
「……辛いよう。苦しいよう。報われないよう」
弱音の吐露が早いな! しかも涙ポロポロ流して……そうかそうか、やっぱり辛かったか。成長したとは言ってもそう簡単に精神までタフにはならんよな。逆に安心したよ。
「はぁ……なんでギルドマスターになんてなっちゃったんだろ。選挙に勝った時はあんなに嬉しかったのに」
「そう言われると、協力した一人としては責任感じるな」
「そうだよ! トモが背中押してくれたから私ギルドマスターになんてなっちゃったんだよ! だからもっと頻繁に私を慰めて! 適当にギャーギャー言い合いしてストレス発散させてよ!」
求めるものがちょっとおかしくない? そこはせめて『どうすれば尊敬されるギルマスになれるか考えて!』とか言いなさいよ。いや言われても困るけど。
「まーまー。コレット先輩はもう十分頑張ってますよ。多分誰がなったって反乱分子は生まれますし。私みたいな後輩に慕われてるだけでも立派なものです」
「アヤメルちゃ~~~~ん」
何処から目線かわからんアヤメルの謎励ましにすら泣き崩れる情緒。これはちょっとヤバいですね。コレットさんかなりキてますねこれ。
もし今のコレットに『マルガリータには気を許すな。奴は日常会話の途中にサラッと正体を明かしてくるタイプの裏切り者かもしれない』なんて言おうものなら精神崩壊しちゃうな……黙ってるしかないか。
「やっぱりアレだな。もうちょっとわかりやすい実績が必要かもしれないな」
「実績? モンスター討伐とか?」
「そうそう。伝説のモンスターを一撃で打ち取るとか、伝説の装備品を手に入れるとか、そういうやつ。レベルの差とかよりもそっちのが一目置かれる気がする」
「かもですね。っていうかレベルの差は寧ろやっかみしか生みませんし。有名人を狙ってマウント取りにいくチャレンジャーな冒険者もいますし」
確かに、そういう敢えて困難な道をアグレッシブに駆け抜けようとする奴もいるのかもしれない。冒険者ってその手の気質の奴多そうだもんな。
現状、コレットのレベル79っていう一番の強みが今のところプラスに働いている気が微塵もしない。寧ろ溝の原因になってるだけで。
ギルド員全員に好かれる必要はない。でもアヤメルのような信頼してくれたり親しくしてくれたりする仲間が今のコレットには必要だ。
「魔王は倒す手段がないから流石に無理だとしても、魔王に近いくらいのモンスターはいるだろ? そいつをやっつけに行くか」
「良いですねジャイアントキリング。大物を狩った実績作れば私もコレット先輩の後を継ぐに相応しい名声を得られますし。コレット先輩、やっちゃいましょうよ!」
「んー……でもあんまりピンと来ないかも。人里を襲ってくるモンスターなら良いけど、聖噴水があるからそういう事は滅多に起こらないし」
コレットは基本、無闇にモンスターを狩ろうとはしない。そういう性格だからこそ支持された側面もある。でもその支持母体が今のコレットをイマイチ支えていないのは、多分『コレットがギルマスになった事でギルドが良化した』って実感が得られていないからだ。
ホラ見ろ、やっぱり我々の選択は正しかっただろ――――そう思わせる事が出来れば状況は劇的に改善されるかもしれない。
「なら、城下町全体が抱えている問題に果敢に立ち向かう、みたいなのを目指すしかないな」
「そんな問題ありますか? 例の鑑定ギルドの件はあんまり周知されてないから地味ですよね」
「まーな。出来れば城下町の住民誰もが知ってるくらいの大問題にズバッと切り込んでビシッと解決するのがベストだけど、生憎そういうのはないんだよな」
聖噴水も完璧じゃない。とはいえ、聖噴水の問題自体が余り一般レベルで広まっていない以上、その改善に貢献しても大きな名声には繋がらない。
サタナキアの一件にしてもそうだけど、どうにも暗躍というか人知れずというか、その手の活躍ばっかりだもんな……
「ま、おいおい考えよう。フレンデリアも巻き込んで」
「良いですね。名付けてコレット救済計画! このメンバーでコレット先輩を盛り立てましょう!」
「そ、そんなの悪いよ。トモなんて別のギルドの代表だし……」
明らかに『そんな事ないって言え』ってツラで言いやがって。なんだかんだ甘えられて悪い気はしないけれども。共依存とか言ってくれるなよ。
そんなコレットでも、幼少期は言いたい事も言えない子だったんだよな。その反動が今、俺に対して来ているんだろう。過去のコレットと出会ったお陰で妙に納得してしまうな。
「それじゃ手始めに服貸してくれ」
「……どういう繋がりで言ってんの?」
「ディノー達の見送りと五大ギルド会議の為のフォーマルな服がないんだよ」
「そこでトモ先輩が『ギルマスってのはこうだ!』ってのをズギャーンと見せつけるから参考にしなさい、って事みたいです」
「勝手に人を尊大キャラにすんな!」
「あたっ! ちょっと見ました!? こいつ今私の頭にチョップしやがりましたよ! なんて酷いギルドマスターですか全く!」
はぁ……ヤメの似なくて良い所ばっかり似やがって。誰だよこいつをヤメの下に付けた奴は。鏡があったら見てみたい。
「……なんか2人、仲良くなってない?」
コレットが急に変な事を言い出した。
「ねえアヤメルちゃん。今トモの事を『こいつ』って言ったよね。普通言わないよね。失礼だもんね。だって派遣先の一番上の立場の人だもんトモ。なんで『こいつ』って言ったの? 勢いでつい? それとも、もしかして普段から言ってる? 距離感が縮まり過ぎて逆にぞんざいな呼び方になったパターン? それってどうなのかな」
「ち、違いますよ。だってトモ先輩って『こいつ』って呼びたくなるじゃないですか。コレット先輩だって一度くらいありますよね?」
「ううん一回もない。一回もないよ? 一回もないよね?」
コレットがカッカッカッと三段階の調節機能を駆使して俺の方に首を向けてきた。
病みコレット久々……でもないか。ミーナでも一回見たな。でも俺以外にこれが発動するのは初めて見たかも。なんだかんだ、アヤメルには本性を曝け出せるくらい心を許してるのか。良かった良かった。そういう仲間がもう少し増えればギルドでの居心地も良くなるだろう。
「えっ……なんで微笑ましいって顔してるんですか? バカですか? バカなんですか? 脳の感情を司る部分が焼き切れてます?」
「アヤメルちゃん。ちょっと口が過ぎるんじゃないかな? トモは確かにおバカな所もあるけど、そういうトコを指摘して良いのは親しい人だけだよ? アヤメルちゃんトモの友達? 違うよね。派遣先の上司さんだよね。なんでそんな言い方しちゃうかな? ちょっと育て方が違ったのかな」
「いやその……ちょっとトモ先輩! ボーッと見てないで何か言ってあげてくださいよ! コレット先輩が壊れちゃってますって!」
「平常運行だけど」
「嘘ですよね!? 目が死んでるし挙動変だし感情ドロドロですよ!?」
うん。出会って二日目の時点でそんな感じでしたよ。そこが売りなんで。案外そこをもっと前面に出した方がギルドの空気も変わる気がする。
「ねえねえアヤメルちゃん。トモの何処がそんなに気に入ったの? 教えて教えて?」
「気に入ってませんってば! トモ先輩助けて!」
「ほら一番に助け求めてるじゃん。アヤメルちゃんにとっての一番のヒーローがトモって事でしょ? もう信頼しきってる感じ? 私より? 私ってそんなに頼りない? リーダー失格?」
「あ、それはちょっと思ってます」
「わあ。本音言ってくれて嬉しい。ナデナデしてあげよっか?」
「えええっっ!? 今ちょっ、黒目がグルンってしませんでした!? コレット先輩しっかりしてください! 人間やめちゃダメですってば!」
……この2人、相性良いのか悪いのかよくわかんねーな。唯一わかってるのは、お互い何の支えにもなりそうにない事くらいだ。
「全くもう……っていうか、トモが着られるような服私持ってないよ。当たり前だけど」
「そっか。じゃどうしようかな」
「普通に男の人から借りれば良いじゃん。ベリアルザ武器商会の御主人とか」
……それは盲点だった。筋肉量が大分違うから別次元の人って感じだったもんな。でも身長差は俺とコレットよりもないからイケるかも。
「時間はまだあるよな。それじゃ早速行こう」
「あ、待って。私も行くから。すぐ準備するから外出てて」
「わかった。アヤメル、ほら行くぞ」
「はーい」
コレットの病みオーラを大分食らってた割に、アヤメルはケロッとしている。こいつのメンタルどうなってんだ。
案外、本人の言うように将来冒険者ギルドを背負って立つ存在になるのかもな……つーか現時点でコレットより向いてそうだし。
――――なんて事を考えつつ、ベリアルザ武器商会が現在店を構えている王城へと向かった。




