第487話 乙女心とか生命の神秘くらいわかってなさそう
「……うーん」
最近はもうすっかり慣れちまったな、この感覚。どんな夢だったか思い出そうとする気にもなれない。どうせ思い出せないからね。
でも……なんだろうな。酷く気が滅入ったって感覚がちょこっとだけ残ってるんだなー。そんなに辛い夢だったんだろうか。
まあ、単純にこれから寂しい出来事が待っているからってだけかもしれない。
何しろ今日は、邪怨霧調査隊『ディスパース』の出発日。ウチから派遣されるディノーとは暫くお別れだ。
俺は心配だよ。最近明らかに迷走しているディノーが、この街を離れてどうなっちまうのかが。何しろそれは女帝との暫しの別れを意味している訳で、幾ら志願しての事とはいえ不安定なメンタルで余所様のギルド員にご迷惑を掛けないか心配で仕方ない。
どうあれ、ちゃんと見届けてやらないとな。とっとと棺桶から這い出るとしよう。
「よっこいせっと……」
「あーあージジ臭いですねー」
「どわっ!?」
ああビックリした何だよ誰だよ!
「おはようございますトモ先輩。ほらとっとと起きて。調査隊のお見送りに行きますよ」
「アヤメルか……つーかなんでいるんだよここにお前が!」
「棺桶が空いてたら寝てみようと思って来たら先客がいたんで」
あれマジで言ってたのか……なんだよその謎の行動力。有言実行ってさあ、立派な事を言って初めて正しい行為なんだよ? 変な事を実行したらそれただの奇行予告だからね?
「私、ずっと思ってたんです。このギルドに来てからずっとですよ。ずっと。わかります? この悩ましさが」
「知らん。何がさ」
「トモ先輩ってギルマスなのに威厳がないじゃないですか。それって格好の所為だと思うんです」
「……相変わらずしれっと嫌なトコ突いてくるやっちゃなー」
確かにアヤメルの言う事には一理ある。ファッションとか全然興味ないから、着る物は常に適当に見繕ってきた。この第二の人生でもそれは余り変わらない。
今日の調査隊出発日には、各ギルドの代表者が集う予定になっている。んで調査隊を見送った後はそのまま五大ギルド会議が開催される。ミーナで判明した事実についての情報共有を行うのが主な目的だから、俺も参加を要請されている。
今まで、そういう席でも特にフォーマルな格好をしようって意識はなかった。だって毎回無理やり出席させられてるからね。格好に気を遣う余裕なんてない。
でも今回はそういう訳にはいかない。各ギルドから人員を派遣する調査隊の見送りとなれば、ある程度はしっかりした格好じゃなきゃディノーに申し訳ない。アヤメルはそう言いたいんだろう。
「別に普段から貴族みたいな格好をしろとは言いませんけど、ディノー先輩に恥を掻かせないくらいの服装は用意しなきゃダメだと思いますよ?」
「仰る通りだ。ちょっと軽く考えてたな」
とはいえ、今は早朝。服を売ってる仕立屋は当然開いていない。誰かに借りるしかないか。
でも男友達が少ない俺には借りる相手もなあ……体型が近い奴も意外と周りにいないんだよな。まさかディノーに借りる訳にはいかないし。
「アヤメル、男性が着る服に心当たりない?」
「なんておバカな事聞くんですか! 持ってる訳ないじゃないですか! 大体持ってても貸しませんよ!」
「いや親類とか知人が持ってないかって話。アヤメルの服貸せっつってんじゃねーよ」
「……」
なんで疑惑の眼差しなんだよ。明らかにそっちの勇み足じゃねーか。
「残念ですけど心当たりゼーローですね。力になれなくて申し訳ないとも思えないくらい跡形もなくゼロです」
「マジか……うわーどうしよう」
あんまり時間もないし、迷ってる暇はない。所在がハッキリしてる人に借りに行くしかないだろう。
となると――――
「はい私良い案思い付きました! コレット先輩に借りれば良いじゃないですか!」
「……はあ?」
なんでコレットに借りるんだよ。あいつこそ男の服なんて縁がないだろうに。
「コレット先輩ってパラディンマスターなのに見た目地味な服が多いんですよ。割と男女兼用でもイケそうな服も持ってると思いますよ? 何度か見た事ありますし」
「むむむ」
アホ案だと一蹴するつもりだったけど、確かにコレットの格好ってシックな服が多いし基本スカートじゃなくパンツ派。身長も俺とは10cm程度の差で、そんなに大きくは違わない。多少無理すれば着られるかもしれない。
「でも、それならシレクス家に行ってセバチャスンの燕尾服借りた方がマシなんじゃ……」
「朝一番に貴族の屋敷を訪ねて『服を貸せ』って言うんですか?」
う……確かに非常識か。最近フレンデリアとタメ口で話してるから忘れがちだけど、シレクス家は立派な貴族。本来は気安く出入りできる家じゃない。
「ここでグダグダ考えてても仕方ないか。取り敢えずコレットの所に行きながら別の案も考えよう」
「お供します! コレット先輩の住んでる所一回見てみたかったんですよね。何度も行きたいって言ったのに全部断られちゃって」
そりゃそうだ。あの陰キャが人を家に招く訳がない。まあ家っつっても宿の一室だけど、プライベート空間には変わりない。
俺も昔はそうだった。自分の住んでいる空間に他人を入れるなんて想像もできなかった。なのに今じゃ何度も易々と侵入を許し、それに対して特に思うところもない。人間変われば変わるもんだ。
「んじゃとっとと行くか」
という訳で、移動開始。
コレットの泊まっている宿はギルマス選挙の頃と変わっていない。あいつ金はたんまり持ってるから、その気になれば最高級の宿に毎日泊まれるんだけど、その度に宝石コレクションを移動させるのも面倒ってんで居住はそのままが良いらしい。
確か、この角を曲がって……
「あったあった。ここだ」
「え、ここって【エスコン】ですよね。意外とフツーなんですね……」
アヤメルの言うように、この宿――――正式名称エスコンディエンティエは特別高い宿じゃない。確か一泊200Gくらいだった筈だ。俺みたいな庶民はそうそう泊まれる所じゃないけど、一流冒険者は年間70000G強くらいの額なら訳なく払えるだろう。
「ではでは、フロントに言って起こして貰いに……」
「いや、いいんだ」
アヤメルを制しつつ、フロントに向かう。
「すみませーん」
声を掛けると、奧から羽振りの良い格好の中年女性が出てきた。この宿の女主人だ。
ネックレスも指輪もイヤリングもやたらデカい宝石が付いていてかなり派手。その見た目通りの宝石コレクターで、同じく宝石好きのコレットとは何かと気が合うらしい。
「あらトモちゃん珍しい。コレットちゃんだったらまだお部屋よ」
「どうも」
さ、それじゃコレットの部屋に……
「ちょちょちょちょちょちょ! トモ先輩ちょっと待って!」
「なんだよ忙しねーな」
「何ですか今の顔パスは! えっもしかして顔馴染みなんですか? 普段からコレット先輩の部屋に通ってるって事ですか!?」
「ンな訳あるか! 何回か来ただけだ!」
「本当ですか~? 私、ずっと前から二人は怪しいって言ってますよね? やっぱり私の睨んだ通りなんじゃないんですか~?」
違うっつーのに。ホント人の色恋沙汰好きだなこいつ。その割に自分は全然その手の浮いた話ないってんだから困った奴だ。
「ギルマス就任式の日に酔っ払ったコレットを運んで、その時に色々お世話になったりしてたの。時間ないんだからとっとと行くぞ」
「はーい」
あっさり引き下がりやがって……だったら最初からイジってくんなよ。
「ま、トモ先輩がそんなマメな事する訳ないですよね。乙女心とか生命の神秘くらいわかってなさそうですし」
「へへっ」
「なんではにかんでるんですか……そこは怒鳴り散らして私が謝る流れにしてくれないと、私ただの嫌な事言う奴みたいじゃないですか」
言い草は酷いけど事実だから仕方ない。この年になっても恋愛感情がよくわかってない俺にとっては真芯を捉えた言葉だしね。
女心と秋の空なんて古い言葉があったけど、生前の日本からは秋がほぼなくなりつつあったからな。理解が難しいどころか観測すらできないレベルって意味では今の俺の心情と綺麗にマッチしている。
ま、そうはいってもウチのギルドには女性も結構いるんだし、頼りがいのあるギルマスになる為には多少なりとも乙女心がわかる人間にならなきゃいけないのかな……
なんて事を思いつつ、コレットの部屋の前に到着した。