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終盤の街に転生した底辺警備員にどうしろと  作者: 馬面
第四部06:因と陰の章
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第346話 本物





 ……? 





 何……だ? 何がどうなった?


 いない。


 あの一瞬で部屋から――――ティシエラが消えた!


 いや、ティシエラだけじゃない。コレーもいない。サタナキアもだ。


 まさか、俺が気付かない内に全員で出ていったのか? でも扉は開いていない……一体どうなってる?



「訳がわからないかい? そうだろうね。それくらい驚いてくれなきゃ困るよ。ここまで引っ張ったんだから」



 グノークスは……いる。けど、さっきまでと雰囲気が違う。


 常に他人を見下しているような、挑発的な言動。それでいて大人びた雰囲気。その両方を兼ね備えた奴だった。


 でも今、眼前で佇む奴の姿は……どっちも薄まっているように見える。明らかに今までとは違う。


 これは一体、どういう変化なんだ?


「そう言えば随分、自己紹介が遅れちゃったね。私が誰だかわかるかい?」


 何言ってんだ? グノークスに決まって――――



 ……私?



 こいつの一人称は一定じゃない。また気分でコロコロ変えたのか?


 それとも……



「私はグノークスじゃないんだ。本当の名前は……サタナキアなのさ」



「……は?」


 急に何を言い出すかと思えば……意味がわからないにも程があるぞ。


「おかしいと思わなかったかい? ティシエラの精神魔法を食らう寸前、私が完璧なタイミングで亜空間に逃げ込んだ事を。君がさっきまでサタナキアだと思っていた奴が、そんな気の利いたフォローを出来ると思うかい?」


「それは……」


 出来ない。少なくともそう思ってはいた。だから、そこは少し引っかかっていた。


「私が自分の意志で、自分のタイミングで別の空間に逃げたんだよ。それが、私がサタナキアだっていう証にならないかな?」


「……今のこの空間も、お前が生み出したって事なら納得は行くかな」


 ここは、さっきまでいた空間じゃない。ティシエラやコレーが消えた訳じゃなく……俺とこいつが移動したんだ。別の空間に。


 根拠は、入り口の扉。さっきまでは開いていた。でも今は閉まっている。


 戦闘中に開いている部屋の扉を閉める理由は一切ない。出ていくにしても、律儀に閉める必要なんてない。


 って事は、ここはさっきまでの空間じゃないって事だ。見た目は殆ど同じでも。 


「話が早いじゃない。やっぱり私が見込んだだけはあるよ。君の事はずっと目を付けていたからね。夜道で襲う前から」


 それを知ってるって事は……どうやら間違いない。声色は全く違うけど、こいつは例の『声だけの奴』だ。


 でも、だったらさっきまでサタナキアを名乗っていたあの男は一体誰なんだ……?


 コレーも、カーバンクルも奴の事をサタナキアだと言っていた。精霊が精霊を間違えるとは思えない。


「もう一つヒントをあげるよ。私はサタナキアだけど、今までサタナキアを名乗っていた奴の事を私は否定していなかった。何故だかわかるかな?」


 なんだこいつ、急に謎解きなんてやらせて……遊んでるのか?


 でも奴の発言を無視する事は出来ない。この状況の真相を把握しなきゃ、何処にも進めない。


 サタナキアを名乗っていたのは、あの髪の長い女声の男。奴がサタナキア本人なのは間違いない。なら当然、目の前のグノークスが嘘を言っている事になる。


 でもこんな嘘をつく理由が余りにもなさ過ぎる。何よりこの空間――――奴がここに俺を連れて来たとしか思えない。


 だとしたら……


「どっちも本物なのか……?」


「いいね。ほぼ正解に近いよ。でもまだ完璧じゃないな」


 ウキウキしやがって。こっちは遊びじゃないんだよ。


 今までも複数の名前を名乗る奴はいた。変装して別人を装う奴もいた。違う身体を操る奴も。


 コレーとサタナキアは兄妹。って事は、こいつも身体を乗っ取る能力を持ってるのか?


 でも明らかに違う点が一つある。


 コレーは何人もの肉体を所有していたけど、コレー自身は一人だった。でもサタナキアは明確に二人が同時に存在している。


 目の前のこいつは恐らく、グノークスの肉体を操っているサタナキアだ。そしてもう一人の――――あの陰鬱とした雰囲気の方のサタナキアは、精霊として生まれた奴本来の姿だ。


 だとしたら、考えられるのは一つしかない。


「分裂させてるのか……?」 


「正解! やるじゃん! 先にコレーと戦っておいて良かったね」


 いや、今の発想はコレーっていうよりエルリアフだ。正確にはエルリアフが召喚した精霊コロポックルだな。


 あの精霊も分裂をしていた。あれは身体のサイズを1/2にして2人に、1/4にして4人に分裂するって能力だったけど……サタナキアは本体とそれ以外に分裂している感じがする。というか……精霊としてのサタナキアと、それ以外のサタナキア。ベースとなる本体から人格だけ切り離して、別人の肉体に憑依している……多分そんな感じだろう。


 これまでの戦いがなかったら、到底辿り着けなかった結論だ。


 とはいえ……分裂している意味まではわからない。なんで二人に分かれる必要があるんだ?


「理由が知りたいかい? こんな回りくどい事をしている」


「そりゃな。でも、俺に話すメリットなんて……」


「あるよ。私は君の事をたくさん理解してきた。今度は君に私を知って欲しい」



 ……え。



 何それ。急に怖い事言い出したんだけど。どういう意味で言ってんだ?


「ここには君と私しかいない。そういう空間に転移したから。せっかく2人きりになれたんだし、私の事をいっぱい聞かせてあげるよ。私がこれまで、どんな気持ちで君を……トモ、君を追いかけていたかを、ね」


 なんで急にヤンデレストーカーみたいな事言うの!?


 怖い怖い怖い!! さっきまで無双してたグノークスやいつ街を滅ぼすかわからない爆弾陰キャのサタナキアも十分怖かったけど、今のこいつからはそれ以上にヤバい何かを感じる……!


「私はね、デメテルの息子として生まれて……」


「え、そんな昔から語るの?」


「私の生い立ちを知って欲しいんだ。君には」


 ……ホント、何なの? これマジなやつ? 俺をおちょくってるんじゃなくて? 展開が急過ぎて頭がついて行けないんだけど……


「私は、君が想像しているような精霊だったんだ。社会に適応できない。親の期待にも応えられない。だから心の中ではずっと鬱屈としたものを抱えていたよ。それこそ、精霊を皆殺しにしたいってくらいのね。勿論、そんな事を実行に移す気はなかったけど」


 って事は……あの陰キャのサタナキアはこいつの黒歴史?


 過去の自分を切り離したって事なのか? そんな事が可能なのか……?


「それで或る日、もう耐え難くなって精霊界を出て行ったんだ。その後はまあ色々とあって、魔王の側近になったんだけど」


「いや自分語りしたいならそこ端折るなよ!」


「別にここは大して重要じゃないんだよ。単に闇堕ちした私が魔王軍と相性良かったってだけの話だしね」


 普通、こういうのって闇堕ちした過程が一番の見所じゃないですかね……


「あの頃の私はとにかく荒れててね。精霊と人間を滅ぼしたくて仕方なかったんだけど……そんな或る日、人間がこれを持って魔王様に挑んで来たんだよね」


 ファートゥムレラ……!


 武器を転移させる能力でこの空間に出現させたのか。今更だけど、これも奴本人の能力で武器を空間移動させてたんだな。


「じゃあ、お前がその人間と戦って奪ったのか?」


「そのつもりだったんだけど、彼は『魔王と戦う』って運命をファートゥムレラで固定していたみたいでさ。だから介入できなかった」


 運命の力ってそこまで強力なのか……魔王の側近にまでなったこいつが手出し出来ないほど。


 でも、その剣の力をもってしても『魔王を倒す』って運命までは生み出せなかったのか。まあ、それが出来れば苦労はしないけど。


「結局その人間は魔王様に敗れて、魔王様にこの剣は穢されたんだけど……見てよこの艶。この色合い。この形状。この劈くような雰囲気。信じられなかったよ。こんなカッコ良い武器がこの世にあるなんて……生まれて初めての一目惚れだったなぁ……」


 うっとした顔で、サタナキアはファートゥムレラに舌なめずりしている。余程お気に入りらしい。


 ……お気に入りだからって剣を舐める所作に打って出る意味がわからんのだけど。絶対汚いよ?


「ん……んっ……んむぅ……ちゅ……」


 いやいつまで舐めてんだよ! なんか妖しげな雰囲気出したいのか知らんけど、30歳のオッサンのペロペロ見せられるこっちの身にもなってくれよ!


「ふぅ……最高……これどうしても欲しかったんだよね……魔王様にお願いしたんだけど、結局くれなくてさ……」


 そりゃそうだ。魔王に穢された時点で魔王殺しの剣じゃなくなったとはいえ、そんな強力な力を持ってる武器をそうホイホイやれんわな。


「しかもその後、魔王様ってば行方不明になっちゃうし。もう魔王城は大騒ぎでさ。まあそっちはどうでも良かったんだけど、この剣まで一緒になくなっちゃったのが問題で。そこでピンと来たの。あ、これ絶対魔王様が人間に返しに行ったなって」


「なんでまた魔王がそんな事すんだよ」


「さあ? でも、それまでも自分を殺せる武器を穢しては人間に返してたみたいだから。絶望与える為とかじゃない? 知らないけど」


 確かに言われてみれば、ネシスクェヴィリーテもフラガラッハも魔王に穢された割に人間が所有してるんだよな。魔王が返還しない限りあり得ない事だ。


 自分を倒しに来た人間を返り討ちにして、人類の希望である魔王殺しの武器を穢し、それを人間に返す事で、自分の圧倒的な力を人間に誇示して絶望を与える……実際、魔王ならそれくらいはやりかねないな。倒した奴の亡骸を晒すのと同じような感覚なのかもしれない。


「魔王様が剣を返すとすれば、この街しかないんだよね。近いし、人間最強の連中が集まってるし。だから私もここに来たんだ。でも闇堕ちした状態じゃ、聖噴水が邪魔して入れないでしょ? それでね、精霊だった頃の自分と今の自分とを分裂させたのさ。コロポックルに頼んでね」


「あの精霊、他者の分裂まで出来るのか」


 しかも過去の自分を分裂させるって、何気に凄い能力だな。恐らく、昔の自分の記録がマギに残ってたりするんだろう。


 でも……


「お前、他の精霊を憎んでたんじゃなかったのか?」


「別に特定の精霊を恨んでた訳じゃないからね。必要なら手くらい借りるよ。君達だって漠然と『社会が憎い。他人が憎い』って感情くらい持った事あるだろ?」


 それは確かに。だからといって全ての人間を拒絶する訳じゃない。精霊も同じか。そりゃそうだ。種族は違うけど交流できるくらいに文化レベルは近いんだから、感性も自然と似かよったものになる。


「けどおかしくないか? その理屈だったら、陰キャ……精霊だった頃のお前はともかく、闇堕ちした後のお前はこの街には入れない筈だろ?」


「だから、こうやって他人の肉体に憑依してるのさ」


 そうか、人間に化けてたモンスターと同じ理屈か。ガワが人間なら入れるのは証明されているからな。何気に攻略されてるよな、聖噴水。


 もう一方の精霊時代の方のサタナキアは普通に街に入れる。奴は奴でファートゥムレラを欲していた訳か。


 ……ん? でもそれって、ちょっとおかしくないか。


「分裂した人格はそれぞれ独立してるんだよな?」


「ああ、その通りだよ。精霊だった頃の私がそのまま再現されているし、当時の記憶はどちらも保有したままだ。でも、魔王様に下ってからの記憶は今の私しか持ってない」


 って事は要するに、あっちのサタナキアは精霊時代のバックアップファイルみたいなもんか。で、こっちが最新ファイルと。その理屈は一応わかる。


 でも、陰の方のサタナキアに闇堕ち以降の記憶がないのなら、いつ何処でファートゥムレラに惚れ込んだんだ? 


 ……なーんかまだ隠してる事がありそうだな。


 それにもう一つ気になる事がある。


「どっちも本物なのはわかったけど……だったら何でお前は自分をあんなに追い込んでたんだ?」


「わかってるんでしょ? 魔王様さえ凌駕する、私の最大の攻撃……タントラムを引き起こす為さ」


 そこは読み通りだったか。


 でも煽る方も煽られる方もサタナキアだったのは予想外過ぎる。どんなマッチポンプだよ。


「それで俺を始末する為だったのか。虚無結界を破壊できるほどの威力があると踏んで……」


「いいや、全然?」


 ……え、違うの?


「タントラムの威力を知りたかったのさ。分裂した状態で、どこまでの威力を出せるか。でも、あれを使うには極限まで精神を追い詰められないと駄目だから、自分ではちょっとね」


 って事は、これから俺じゃないだれかに使う予定があるのか。


「それより君は、自分の結界についてよくわかってないようだね。良い機会だから教えてあげるよ。その結界は……魔王様すら破る事が出来なかった、無敵レベルの結界なのさ」


 あっ知ってます。いや知ってた訳じゃないけど、夢で見ました。こいつは魔王から聞いたんだろうけど。


 つーかマジで魔王と戦ったんだな、この身体の持ち主……しかも魔王の攻撃を完全にシャットアウトする結界まで用意して。もしかしてメチャクチャ凄い人だったのか……?


「どういう理由かは知らないけど、その結界の使い手がこの街にいるのは知ってたよ。コレーが随分欲しがってたのもね。だから先に、私が手に入れたくなったんだ」


 ……は?


「お前が欲しかったのはファートゥムレラじゃなかったのかよ」


「勿論。だから苦労して手に入れたんだよ。詳細は言えないけどね」


 って事は、ファートゥムレラは実際にこの街にあったのか。それはつまり、魔王がこの城下町を訪れた事を意味する。



『以前の城下町襲撃は……この街に魔王がいないかを調査する作戦の一環だったんだ』


『魔王も自分の意志で失踪しているのよ。こっちの王族と同じようにね』



 これでアイザックの証言も裏が取れたし、ティシエラの推察も正解だと確定した事になる。ティシエラすげーな。ギルマスとしてだけじゃなく考察厨としても尊敬せざるを得ない。


「私は欲しい物は全部手に入れなきゃ気が済まないんだよ。魔王様の側近って立場も、最強に近付く為に手に入れたの。そうすれば、妹よりも私の方が上だって証明できるでしょ?」


 ……そうか。


 こいつはコレーに強いコンプレックスを抱いていた。だからコレーの欲しがる物を全て奪おうとしてたのか。


 最強の座。より高度な亜空間の使い方。そして……俺の結界。


 もしかしたらこいつは――――悲しい奴なのかもしれない。


 ふとそう思った。






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― 新着の感想 ―
[一言] 前回の引きで、コイツのほうがサタナキアっぽいなぁ、と思って、では現在サタナキアとされている見た目女の精霊は…と思ったらそういうことだったのか。でも、動機はコンプレックスからというのは真実だっ…
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