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終盤の街に転生した底辺警備員にどうしろと  作者: 馬面
第四部04:交易と広益の章
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第286話 くぅ~疲れましたw

 思い付いたきっかけは皮肉にも、俺達を散々苦しめた、あの鉱山での事件だった。


 刺された被害者コーシュは、男と女を二股にかけるゲスの極み野郎。被害者側のヨナも相当したたかで、本当は同性であるコレットが本命なのに、コーシュをキープする形で持ちつ持たれつの関係を築いていた。


 これほど複雑に爛れた人間関係も珍しい。異性愛と同性愛が混在しつつも、そこが全く焦点になっていない所が凄い。『好きになったら性別なんて関係ない』って類のセリフはよく見るけど、それを綺麗事でも何でもなく実践しているのが奴等だ。


 本物の愛なんてものがこの世にあるかどうかなんて知らんし、興味もない。ただ、ひたすら我欲と自分の恋心に忠実な彼等を見ていると、これが恋愛の正しい在り方なんじゃないかって思ったりもする訳だ。


 勿論、そんなに単純な事ではないんだろう。実際、元いた世界ではこの手の問題が世界規模で徹底的に議論されていたっけ。


 俺はこっちの世界に、その手の議論を持ち出すつもりは一切ない。上等な思考も、高尚な思想も全く持ち合わせていないんで。


 訴えたい事なんて、たった一つ。


『祭りの時くらい、自分を解放してもバチは当たらないんじゃないの?』


 それだけだ。


 祭りってのはそもそも、そういうイベントだと思うんだよな。普段は心の内に留めている衝動や鬱憤を、みんなでワイワイ騒いで発散する。表に出す事でスッキリする。だからこそ時代を超えて世界各地で継承されているんだろう。


「。。。違うよ。。。? 。。。お祭りは人間が神々に向けて行う儀式で。。。」


「こまけぇこたぁいいんだよ」



 ――――シレクス家を訪れた翌日。



 この日、俺は複数の用事を抱え、王城へと足を運んでいた。


 まず最初に着手しておかないといけないのは、始祖への質疑。何しろ始祖には『魔王の気配がわかるかも』って話が出ている。それが本当かどうかを確認しなくちゃならない。


 でも来て早々、そんな核心に迫るような話は出来ない。そこでまずは雑談と称し、交易祭に関するアイディアを始祖に聞いて貰う事にした。なんせ始祖ってくらいだ。見識も相当広いだろう。


「。。。恋愛解放宣言。。。ってのをやるのはわかったけど。。。それ宣言したからって。。。カミングアウトする奴はいる。。。?」


「普通にやっただけじゃ、いないだろうな。祭りのテーマに従う義理もないし」


「。。。なんか考えがあるんだろ。。。はよ言え」


 流石、何気に付き合いも長くなってきただけあって俺の事をよく御存知で。


 こういう事を行き当たりばったりで実施するほどの度胸は俺にはない。事前にしっかり準備しておきたいタイプなんで。


「まずシンボルとして、精霊同士の恋愛を街の人達に見て貰おうと思う。ただし、精霊同士っつっても種族は違うし身体の大きさも全然違う。実る筈のない恋だ。でも、それでもめげずに恋心を伝えようとしてる奴がいてさ。その直向きさを見て貰えば、『俺も』『私も』ってなると思うんだよな」


 要するに、サクラのようなものだ。


 でも、やらせって訳じゃない。本気の恋をしている精霊の生き様ってやつを見て貰う。きっと、恋心を秘めている人達にはそれが刺さる筈だ。


「。。。交易祭は元々。。。精霊が主役だった。。。その原点に立ち返るって意味もあるんだな。。。」


「そうそう」


「。。。小賢しい」


 なんだとこの始祖っ子ミロちゃん。俺の悪口ならば俺の前で言うな。


「。。。ま。。。好きにすれば良いんじゃない。。。面白そうだし」


 一応、お墨付きを貰ったって事で良いんだろうか。精霊界の礼儀に反するとかだったら、そう伝えてくれるだろうし。


「話は変わるけど始祖、魔王の気配って察知できる? この前のヒーラー騒動って、始祖にそれさせる為だったみたいなんだけど」


「。。。魔王ナメたらダメ。。。本気になったら気配どころか存在すら消せる。。。」


 石ころ帽子的なやつか。だとしたら、幾ら始祖が優秀でも本気で隠れる魔王を見つけるのは難しそうだな。


「そっか。ありがとう。じゃ、またな」


 若干巻きで始祖に別れを告げ、次に向かったのは――――



「おうトモ。例の事件、無事解決したんだってな」


「おめでとうございます。汚名挽回ですね」


 同じ王城でも玉座の間。暗黒武器専門店ベリアルザ武器商会は、本日も清々しいまでの暗黒一色だった。あとルウェリアさん、汚名は挽回してませんので。


「一応、冤罪を晴らす事は出来ました。でもまだまだ問題は山積みで。交易祭の準備も進んでませんし」


「そういや、交易祭のプロデュースを任せられてるんだったな。そうだ! この空前の暗黒ブームを祭りに組み込むってのはどうだ? どんよりどよどよ暗黒祭りと行こうぜ!」


「お父さん! それは浮かれ過ぎです! お祭りと暗黒は相性が良くありません! 雨天中止です!」


「いえ、実はその話をしに来た次第でして」


「……へ?」


 ルウェリアさんも、そして自分から言い出した御主人も目を点にしている。勿論、冗談でも忖度でもない。今日はその交渉をする為にここへ来たんだ。


「今回の交易祭で、暗黒武器を大々的に使わせて欲しいんです」


「マジか! おいルウェリア聞いたか!? いよいよ暗黒飛躍の一年になりそうだぞオイ!」


「私、信じられません……暗黒がお祭りにまで進出するなんて。お祭りに似合う暗黒武器を見繕わないといけませんね」


「おうよ! これで暗黒ブームは更に加熱――――」


「いえ。ブームは終わらせましょう」



 ――――その俺の言葉に、御主人とルウェリアさんは同時にフリーズした。



「くぅ~疲れましたw 暗黒ブーム、交易祭にて完結です!」


「はぁぁぁぁ!? なんでだよ!! 暗黒がブームになるなんて100年に1回あるかないかだぞ!? この確変を終わらすなんざ……お前さては地獄の使者か!?」


「そんなぁ……あんまりです」


 御主人が引きつった顔で、ルウェリアさんが絶望の顔で、共に膝を折っている。無理もない。明らかに俺の説明不足だ。


 でもこういうケースの説明って、結論から先に言っておいた方が頭に入れて貰いやすいんだよな。


「落ち着いて下さい。仮にも俺は元従業員なんですから、この武器屋にとって不利益になるような事はしませんて」


「どう考えても不利益だろ……ブームだぞ? 暗黒武器に注目が集まってるんだぞ? 信じられるか? 俺は未だに信じられねぇよ。そんな夢の時間を終わらせるとか……鬼畜の所業だろうがァァァ……」


「お父さん泣かないで! きっとトモさんにも深い事情があるんです! でなければ、こんな無慈ぴっぴな事を言い出す筈ありません!」


 無慈ぴっぴ?


 ともあれ、ルウェリアさんの言う通り。俺なりに考えに考え抜いた上での結論だ。


「聞いてください。ブームは確かに喜ばしい事だと思います。でも、いつか終わるんです」


「いつか……終わる?」


「はい。これから俺の故郷で起こった話をします」


 愕然としている二人に、とっておきの話をしようと思う。これは俺の人生の教訓でもある、戒め系の説話だ。


「俺の故郷には『食パン』という白露パンと良く似たパンがありまして、安価でも美味しく食べられ、他の様々な食材と組み合わせられるそのパンは、それはもう老若男女問わず全ての人々に愛され、特に朝食の主食として重宝されていました。余りにも生活に密着したこのパンは、庶民にとって馴染み深い食べ物であるのと同時に、あって当たり前の物だったのです。しかし、ある時期を境に食パンへの認識が変わりました。『高級食パンブーム』の到来です。そのブームを巻き起こしたパン屋は、元々は『食パンの表面が硬くて食べにくい』という年配者の声に応え、形が保てないくらい柔らかいパンを開発し、それを『生食パン』という名前で売り出しました。その商品を実現させる為には、通常の食パンの何倍ものコストをかける必要があり、普通に売ったら高過ぎて買って貰えないから、いっそ全て高級食材を用いて高級な食パンとしてブランド化し、特別感を付随して売り出すという戦略だったのでしょう。結果、それが大当たりしまして、高級食パンは一大ブームとなり、多くのパン屋と事業者がこれで一儲けしようと専門店を造りました。ブームは加熱し、中には毎日行列が出来る店も生まれ、既存の人気パン屋も高級食パンの販売に着手するなど、パン業界に多大な影響を及ぼすまでに発展します。しかしそのブームは長くは続きませんでした。元々庶民の食べ物で、そのイメージが長年定着していたからこそ、正反対の『高級感』が新鮮で受けていただけの事。そういう商品はブームが下火になった途端に叩かれます。『美味しいけど高過ぎる』『期待したほどじゃなかった』って意見が次第に増え、ちょっとでも業績が右肩下がりになったり、閉店する店が出て来たりすると『ブームは終わった』『もう時代後れの産物』と揶揄されるようになり、過去の物というイメージが先行します。実際にはそこまで酷くはないのに、ブーム時の勢いが大きければ大きいほど、その落差で落ちぶれ感が強くなってしまうんです。俺はこの一連の流れに強い憤りを覚えました。食パンは、庶民の生活を支える、いわば国民食なんです。なのにそれを高級だ何だと持ち上げるだけ持ち上げて勝手に落とすとは何事かと。食パンのイメージを無駄に悪くしやがって……俺達がどれだけ食パンに助けられてきたと思ってるんだ。殺してやりたいですよ本当」


「えっと……それで闇堕ちして暗黒化したとか、そういうお話でしょうか」


「ブームは怖いって話です。類似例としてタピオカの話もありますが、今回は省略します」


 ブームが終わった時の世間の反応は本当に冷たい。今回はたまたま食パンを例に挙げたけど、芸能人なんかはもっとシビアだ。この世界だったら没落貴族あたりが好例になるだろう。


「特に暗黒武器の場合、元々が王道じゃないですから余計大変です」


「要するに、ブームが終わった後がヤバいって話だろ? なのに終わらせるってなぁどういう了見だ?」


「自然に終わらせたら、落ちぶれ感が強くなります。でも、納得感のある理由で終了すれば、イメージダウンは避けられるかもしれません」


「……?」


 二人は顔を見合わせ、納得感のない表情を浮かべていた。


「ブームの終焉は、言ってみれば定着できなかった結果であって、『定着するほどの魅力がなかった』って評価に繋がるんですよね。それが酷評の一因でもあるんですが」


「そう言われると、確かに怖い気がします」


 さっきの長々と話した実例より、今の何気ない説明の方がルウェリアさん的にはピンと来たらしい。若干不本意だけど、まあ良いとしよう。


「なので、暗黒武器について『定着は出来なかったけど、あんな理由があるんじゃ仕方ないよな』って思って貰えるような流れを作る必要があるんです」


「ちょっと待て。なんで暗黒武器が定番化しないのが前提なんだよ。このブームの果てに王道武器の仲間入りするかもしれねぇだろ?」


「……」


「なんだその『いい歳して夢見んなよ』ってツラは! あーわかったよ! だったらルウェリアお前が言ってやれ! 暗黒武器のポテンシャル嘗めんなって!」


「は、はい。トモさん、あのですね、暗黒武器だって頑張れば、街の皆さんに末永く……愛して頂ける……武器に……なる……と……ごめんなさいお父さん私には無理です……暗黒武器に嘘はつけません……」


「ルウェリアぁ! お前って奴は! チキショウ!」


 暗黒武器は、日陰の存在だからこそ美しい。


 そんな事は、暗黒武器を愛している二人なら誰より理解しているだろう。どれだけ強がっても暗黒魂は正直だ。


「すまねぇ、強がりで話の腰を折っちまった。正直な話、俺も不安は感じていたんだ。このまま売れ続ける訳ねぇ、流れが止まった時どうなっちまうんだって。それに、ただ流行りってだけで買って行く奴も最近多くてな……暗黒武器のカッコ良さをまるで理解してねぇ奴に買われるのは、複雑なもんさ」


 御主人……ただ浮かれてるだけじゃなかったんだな。流石は御主人。本名がジュリアーノなだけはある。


「で、どうやって終わらせるってんだ?」


「はい。実はこういう案があって――――」


 俺の要求は、彼らにとって決して心地良いものじゃないだろう。それでもこうやって話を聞いてくれる。この世界に来て最初に出会ったのがこの人達で、本当に良かった。


「……また随分と変な事を考えたモンだな」


 説明を終えると、御主人は呆れたような、ルウェリアさんは感心したような顔になっていた。


「それで街の連中に伝わるのか?」


「大丈夫ですよ。お祭りですから」


 祭りは理屈じゃない。感じるものだ。だからこそ、暗黒武器が大きなシンボルになる。そして、それが『禁断の恋』の布石になってくれる筈だ。


「す、凄い事になって来ましたね。もしかしたらお祭りのあと、全然違うコレクターさんが生まれるかもしれません」


「きっとそうなりますよ。その人だったら、末永く暗黒武器を愛してくれると思います」


「だったら嬉しいです」


 そのルウェリアさんの笑顔のお陰で、俺も少しだけ気が楽になった。


 フレンデリアにも始祖にもこの二人にも、随分と偉そうに話してはみたものの、自分の案に絶対的な自信は持てない。本音を言えば、不安の方がずっと大きい。


 でも、やるしかない。報酬を満額ゲットしないと、借金を返せる保証はないからな。


 いざとなれば、シレクス家やコレットから借りて一旦ヒーラーに完済し、あらためて彼女達に返していく事は出来る。それは何度も検討して来た。


 でもそれをしたら、俺は真のギルマスには一生なれない気がする。


 今の俺は、設立者だからデカい顔が出来ているに過ぎない。一度定めた目標は何があっても達成する――――それが出来ないのなら、リーダーたる資格はない。


「じゃ、そういう事でよろしくお願いします」


「おう。ほどほどにな」


「お身体に気を付けて下さいね」


 俺が無理しているのを見抜いているんだろう。気にかけて貰えるのは、本当にありがたい事だ。


 でも、心配される立場からはそろそろ卒業したい。今年の交易祭を成功に導ければ、今よりずっと強いリーダーになれる気がする。戦闘力が低くても、ギルドには絶対に必要だと言って貰える、そういうギルマスになれる気がするんだ。


 生前はずっと逃げて来た。


 責任ある立場からも、人間関係からも。


 本気になった自分にどれだけの事が出来るか、って事からも。


 今まさに、俺は生き直している最中だ。


 その事実が心を奮い立たせてくれる。 


「一度死んだ人間が言うのもバカみたいだけど……死ぬほど頑張ってみるか」


 城を出て、澄み切った青空を眺めながら、自分に向かってそう発破を掛けた。



 そんなこんなで、各所に色んなお願いをして回ったり、膨大な量の書類に目を通したり、計画書を何度も作り直したりして、ハードなスケジュールを日々こなし続け――――



 交易祭の日はやって来た。






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[良い点] くぅ疲とか懐かしすぎるw SSブームも遠い日の話になっちゃいましたねえ
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