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図書室の遥さん  作者: 畑野れたす
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第5話 揺れる



午後からの授業も睡眠時間にした栞里。

起きると教室には誰も居なかった。


「寝過ぎましたねこれは…」


ポツリ呟く。

シンと静まる教室内。

外からは野球部の掛け声が響くが、随分と遠くに聞こえた。


携帯を取りだし、時間を確認すると、下校時間まで二十分と無かった。

寝惚けた頭で時間をかけてそれを理解すると、栞里は教室を飛び出した。


向かう先は図書室。


(放課後待ってるって言ってたのにやらかした!)


寝起きでいきなり全速力で走ったせいだろう。

直ぐに息が上がってきて、汗も滲む。

ぜぇぜぇと息を切らしながら、誰もいない廊下をひたすら走る。

大した距離もないはずの図書室が、今日はとてつもなく離れた場所に感じた。


「はぁっ!はぁっ!………ふぅっ」


図書室の扉に到着。

膝に手を付き肩を揺らしながら息を吐き、一度呼吸を止めて無理矢理整える。


時間を確認。

下校時間まであと十分ほど。

寝起きで状況を理解するのにかなり時間を取られた様だ。

低血圧で寝起きが使い物にならない体質が憎い、と栞里は悔やむ。


ガラリ、と図書室の扉が開いた。


「り、竜胆さん?どうしてそんなに息を切らしてるんですか?」


栞里の目に映ったのは、学校指定の内履きと黒のタイツに包まれた脚だけだった。

息を整える為に下を向いていたからだ。

しかし、声の主は直ぐに分かった。


「は、遥さん…はぁ、悪い…。放課後図書室行くって言ってたのに…寝過ごした…」


そのままの体勢で謝罪する栞里。

息切れだから、というのもあった。

しかしそれ以上に、遥の顔を見れない。


見るのが、怖い


「………それで、走って来たんですか?」


少しだが、強ばった声で返す遥。

怒っているのだろうか。

それとも呆れているのだろうか。

そう考えると顔を上げられない。


コクリ、と首を縦に振る栞里。


「竜胆さん」


強い声。

ビクリと栞里の肩が震える。

そしてゆっくり身体を起こして、恐る恐る遥を見る。

眉根を寄せて、睨む様な目付き。

完全に怒っているのだろう。


「はい」


力なく返事を返す栞里。


「廊下は走っちゃいけませんよ」

「ごめんなさい」

「もう走りませんか?」

「はい」

「でしたらいいです」


表情が一転した。

寄っていた眉は離れて柔らかいカーブに変わり、睨む様な目は細められていた。

口角は緩く上がっていた。


静かな微笑みが、そこにあった。


「あーもう汗もびっしょりじゃないですか。タオルとかあります?」

「あ、いや、ない」

「もう。しょうがないですね」


鞄からハンドタオルを取り出し、栞里に渡す。


「ちゃんと拭いてくださいね?」

「あの、さ」

「なんですか?」

「俺が寝過ごしてすっぽかしたこと、怒らないのか?」


タオルを受け取りつつ聞く。

すると遥は、微笑んだまま答える。


「でも、ちゃんと来てくれたでしょう?」


真っ直ぐ、栞里の顔を見てそう告げる。


「だから、怒ったりしませんよ?」

「………ありがとう」


小さく礼を言い、目を逸らす栞里を、遥は不思議そうに見ていた。


「タオルもありがとう。洗濯して返すよ」

「あ、大丈夫ですよ?」

「いや、汗拭いたわけだし」

「気にしませんよ?」

「俺が気にするから。明日の放課後に返すよ」


そう言いながら鞄にタオルを仕舞う。


遥は笑顔を崩さない。

栞里は何となく恥ずかしいと思いクルリと背を向ける。


「じゃあ、また明日。本当ごめん」

「はい。また明日、待ってますね」






帰宅した栞里は、遥から借りたハンドタオルを直ぐに洗濯機で回した。

グルグル回る洗濯物を一瞥したあと、その場にしゃがみこむ。


遥の微笑みが頭から離れない。

またあの笑顔がみたい。

そう思った時だった。


「っ…!」


胸が苦しい。

上手く呼吸が出来ない。

全身に力が入らない。

頭の中と視界にどんどんモヤが掛かっていく。


「はっ…!はっ…ぐ…っ!」


近くにあったビニール袋に手を伸ばす。

震える手で何とか袋を掴み、荒い呼吸を繰り返す口元に持ってくる。


「はぁ…はぁ…ふぅ…」


落ち着いた呼吸に安堵しながら、洗濯機に背中を預ける。


「………駄目なんだな」


ポツリ、呟く。


竜胆栞里。

彼の身体は健康そのものだ。

幼い頃から格闘技にも触れていたのもあり、むしろ人より丈夫なほうだろう。


しかし、心は違った。

竜胆栞里は心に傷がある。

その傷のせいで、彼はごくごく稀にだがこうして過呼吸を起こす。


「君を忘れてはいけないって事なのかな…」


そう呟き、立ち上がった栞里は浴室へと向かった。


心を洗い流す様に。

気持ちを洗い流す様に。

長い時間シャワーを浴びた。


その背中は、震えていた。

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