第一話 図書室の邂逅
「あ、待って栞里!部活終わったら図書室に行けばいいんだね?」
「ああ。適当なに時間潰してるわ」
授業終了のチャイムが鳴り放課後になると、教室内の生徒達は各々動き出す。
帰宅の準備をする者、部室へ向かう者、残ってクラスメイトとの談笑を楽しむ者。
竜胆栞里は鞄を手に持ち廊下に出ようとした所を、幼馴染でクラスメイトの柏原有志に声を掛けられ立ち止まる。
「しかしまぁ、よくやるよなぁ部活なんて」
「そりゃあまぁ、俺のやりたい事だからね。栞里も部活したらいいのに」
「ダルいし面倒臭いから却下だ。じゃあ後でな」
そのままスタスタと歩き出す栞里。その表情は長い前髪で隠されていて読めない。
その後ろ姿を見送る有志は、全くもう、と溜息を着きながら肩を竦めた。
「さて、と。ここが図書室だよな。うん間違いない」
有志と別れ、図書室に着いた栞里。
入学初日のオリエンテーション以来図書室に行ったことが無かったが、無事辿り着いたようだ。
扉を開き、中に入る。
(誰もいない…いや、一人いるな)
入口から一番離れた窓際の席に、静かに読書をする人影が見えた。後ろ姿からみて女子生徒。
長い黒髪だから間違いないだろう。
扉の音に反応する様子も見せず、読書に集中しているのだろう女子生徒から眼を逸らし、俯きがちに本棚へ向かう。
適当な一冊を手に持ち、女子生徒と対角の席に座り本を開く。
ファンタジー小説だった。
両腕の動かない主人公が絶望から立ち上がり成長していく様を描いたシリーズ物の第一巻。
普段は本を読まない栞里だったが、この小説を夢中になって読んだ。
長い前髪で隠されていて、栞里の表情は見えない。
6割ほど読み進めた辺りで、部活動終了のチャイムが鳴った。
(本なんてちゃんと読んだの、何年ぶりだろうな)
もっと続きを読みたい気持ちはあった栞里だが、少ししたら部活を終えた有志が来るし明日も部活はあるようだから、また放課後に読みに来ようと決めた。
立ち上がり背中を伸ばしてから本をあった棚に返却する。
何となく、女子生徒のいた方を見てみると、まだ席に座っていた。
(どんだけ夢中で読んでるんだよ…)
と、呆れた視線を送っていたが違和感に気が付く。
小さく、本当に小さくではあるが、頭が揺れている。
プルプルとではなく、こくり、こくりと。
(いやまさか…)
足音を立てないようにしながら、女子生徒の対面の席へまわる。
その間も頭以外に動く様子はない。
「寝てる…」
女子生徒は本を開いたまま寝ていた。
何時からだろう。
もしかして栞里が入った時には既に寝ていたのではないか。
チャイムで起きないのだから、扉の音くらいでは反応しないのも頷ける。
(放置するのも気が引けるし…起こすか)
肩を叩こうとしたが、慌てて手を引っ込める。
ゆっくり深呼吸をしてから、机を少し強みに叩きながら声をかける。
「下校時間ですよ〜起きないと花子さんがブリッジしながら追いかけ回して来ますよ〜」
反応はない。よほど深く眠っているのだろう。訓練された船乗りの様に一定のリズムで船を漕ぎ続けている。
(致し方なし)
栞里が自分の鞄で女子生徒の手を軽くつつく。
「あ、起きた。起きたなら帰らねぇとですよ。人体模型がタンブリングしながら追いかけ回して」
ふざけながら声をかけると、女子生徒はいきなり立ち上がった。
辺りを忙しなく見渡すと、本と鞄を持って図書室から飛び出した。
取り残された栞里が呆然としていると、女子生徒と入れ替わるように有志が入ってきた。
廊下と図書室を交互に見た後、固まる栞里を見つけて近寄る。
女子生徒のいた席に座り、頬杖をつきながら一言。
「…栞里?今女の子が飛び出してきたけど、何したの?」
「俺が知りたい。」
栞里は頭を抱えた。
「で、あの子誰?なんで二人きりだったの?」
図書室を出て下校しても、有志の質問は止まらなかった。
「だから、先に居たのがあの人だっただけだっての。お前待ってる間他に誰も来なかったから二人ってだけでやましい事は無い。まず誰だかも分からないんだからな」
「えー?でもさぁ」
「くどい」
ムスッとした栞里に対し、有志はにこにこ笑顔だ。
「笑顔がウザイ罰金刑」
「酷くない?!」
イラッときた栞里は有志にハンバーガーを奢らせて帰宅した。