引き続き模索中
どうも、筆者です。前回は売れるのに文章力は必要ない、面白ければそれでいいという旨の話を書きました。
しかしある読み専さんの意見を聞くと、どうもそうとは言い切れない模様。今回はその話について書きます。
まず、筆者が度々言っている文章力。これは、「文章を正しく美しく書く力」の事を指しています。昨今の小説批判を見るに、多分この解釈で間違ってないと思います。
この力は必要ない、その意見は変わりません。読者は問題なく文章が読めれば、文章の正しさ美しさなど気にしないのです。
しかしある読み専さんは言いました。「面白いより解りやすい話の方が、先を読む気になる」と。
ははあ、とこれまたストンと納得。成る程。これが大半のなろう読者の基準なのだな、と。
筆者のような古い書き手は、ついつい描写を綿密にやってしまいがちです。その方が、読み手に臨場感が伝わると思ってしまうんですね。
しかしそれ自体が、実は間違いだったとしたら?
例えば火が燃える描写。「煌々と燃える炎が夜空を焼いている」と「大きな炎がボウボウと燃えている」だったら、一見前者の方が好ましい表現に思えますが実際好まれるのは後者の表現な訳です。
何故なら、後者の方が明らかに解りやすいから。
とどのつまり、「文章を正しく美しく書く」文章力は必要ないですが「物事を簡潔に解りやすく伝える」文章力は必要だという事です。確かになろうの小説作品は、後者においてはとても優れているように感じます。
筆者が好きなあの作品やこの作品がなろうで人気が出ない理由、漸く納得。みーんな小難しい話ですもの。
この傾向の推移を、「読む側の質が低下した」と嘆く方もいるでしょう。実際そうであるのかもしれません。
しかし幾ら嘆いても、今の時代ではノイジーマイノリティ。「今の時代はそうなんだ」として、受け入れていく他ありません。
ただ、これらの傾向は全て「ネットで読む小説の場合」であるという事も同時に明記しておきます。
ネットで人気のあった作家なのに、書籍化したらなかなか売れない。よくある話だと思います。
だって紙媒体の小説を好む人の好みは、ネットのそれとはまた別物ですから。これはまた別の読み専さんとの話で感じた事です。
思うに、ネットで流行している異世界チートは紙媒体ではそれほど流行ってません。ジャンルという点に関しては、ネットの流行と真逆のものであるように感じます。
例えば、ネットでは未だにファンタジーが主流です。しかし紙媒体中心の人の意見は「ファンタジーは飽和し過ぎてて読む気がしない」であるのです。
勿論先の読み専さんにしろこの読み専さんにしろ、あくまで個人の一意見である事に変わりはありません。しかしこれを、ただの一意見と無視してもいいのでしょうか。
まあ色々言いましたが「小説に正しい美しい文章は特に必要ない」これは変わりませんので、「小説を書いてみたい、でも文章力がなあ……」という方がいたら「そんなの気にせず書いちゃえ」と筆者は声を大にして言いたい訳です。
筆者? 別に売れたい訳じゃないので今まで通りですよええ。




