地域性について本気出して考えてみた
ひな祭りである。三月三日、桃の節句。
しかし筆者が子供の頃、ひな祭りは四月三日だと言われて育ってきた。嘘を吐かれた訳ではない。筆者の地域ではそうだったのだ。
その証拠に、スーパーなどでも四月三日にひな祭りフェアをやっていた。昔は地域によって、行事の日にちも異なっていたのである。
ところが今では、全ての行事の日にちは日本全国ですっかり統一されている。スーパーでも三月三日にひな祭りフェアが催され、皆当たり前のように今日ひな祭りをやっている。
一体いつ頃からこうなったのか記憶は定かではないが、少なくとも今四月三日にひな祭りを執り行う家などどこにもないだろう。スーパーなどでも普通の日という扱いだし、やったらやったで浮く事この上ない。
思えば節分の恵方巻だって、昔はそんなもの食べなかった。元は西日本の風習だと言うが、今やすっかり全国でお馴染みの風習になってしまっている。
これに関して思うのが、地域性というものがどんどんなくなっているという事。方言だって使う者が少なくなって久しいし、筆者だって細かいイントネーション以外はほぼ標準語を喋っている。
ずっと一つの国として扱われながらその実結構バラバラだった日本が本当の意味で一つの国になろうとしているのかもしれないが、それは果たして喜ぶべき事なのだろうか。その影で失われていっているものも、沢山あるのではないだろうか。
勿論地域の伝統を途絶えさせず、逆に全国に広めようとする動きもある。それはそれで、とても素晴らしい事だと思う。
しかしそうして全国区になれず、途絶えていく地域ならではの伝統も数え切れないくらいある筈なのである。筆者の地域の、四月三日のひな祭りのように。
それは果たしていい事なのだろうか。一つ一つの地域が、無個性になってしまわないだろうか。
もっと地域によって色々と違う方が面白いし、それによる新しい発見もあるのではないか。そう思えて仕方ない、春の一日なのであった。




