日常の侵略者改
久々の投稿です。
目を覚ますと見知らぬ天井と見知った顔があった。
顔は身を乗り出しており必然的に目が合うようになっている。
「…………」
「ここは病院よ。」
「まあ……そうだよな。」
先日あれほど大けがしたのだから、病院にいるのは当然だ。
問題は入院費のことだが。
「調子はどう?」
こちらをずっと見ながら質問してくる。
一挙一動背全て監視されているような気分になる。
起き上がり上半身を少しひねってみる。多少痛むが問題はなかった。
「ほぼ治ってるな。」
(結構なけがをしたが起きたら治ってるとは、一体俺は何日寝たのか。)
「一日中寝てたわ。バカみたいな顔晒してね。」
「人の寝顔バカにしやがってこのクソアマ。」
「何か言った?永遠に寝かしてあげてもいいのよ。」
変わらず真顔のまま怖いことを言ってくる。病院で殺人を連想するワードを言うのは
やめていただきたい。
「一日で治るような傷でもないよな……。」
「そうね。医者も驚いていたわ。」
骨折はしていたし出血だってしていた。一日くらいで治るような傷ではなかったはずだ。
試しに体中触ってみたがどこも痛くない。すこし擦り傷がある程度だ。
「俺は夢でも見てたのか?」
「残念ながらすべて現実。」
「そうか。」
「マシロは?」
「……」
黙り込む。それだけで答えはわかった。
(行方不明って訳か。)
「ここに連れてきた後、少し目を離したらあの子は消えていたわ。目撃者はいない。跡もない。追うことはできないわね。」
なんとなくそんな気はしていた。
「随分冷静なのね。もう少し取り乱すかと思っていたわ。」
「希望的観測はしないのが主義だ。」
「それは賢明ね。私は帰るわ。それとあなた一時間後には退院だから。」
「なら待っててくれてもってか、退院するころに来ればよかっただろ。」
「嫌よ。退院したてのあなたと二人で歩いたら変な勘違いされるじゃない。」
なるほど。それは確かに。自分としては別に構わないのだが。
「それじゃ、お互いもう会うようなことが無ければいいわね。」
御崎真理のアドレスを入手した。
彼女が去った後、椅子に書置きがあったのだ。今後何かあればと言うができればもう異界騒ぎは御免だ。
自分から連絡を入れる理由もない。
「入院費ってどうなるんだ?」
もう自分の口座にはほぼお金はない。元同居人の1回分の食事で使ってしまった。
入院費はどうやらすでに御崎真理が払っていたらしい。
その証拠に病院の看護婦が
「支払いなら彼女さんが済ませましたよ。」
と営業スマイルで言ってくれた。多分心の中では笑ってない。
(しっかりカップル認定されてんじゃねぇか。)
迂闊なのか慎重なのかよくわからない女だと思う。
「そういえば礼を言い忘れてたけど、言う必要ないか。」
見慣れた病院だと思ったので出た後振り返って確認をしてみる。
「ここは……」
団手市立病院に居たみたいだった。この病院は団手市唯一の病院だ。利用したのは今日が初めてだが、昔母親が働いていた場所なので色々と複雑な思いがある。
「異界関係で傷ついたやつって他にも入院してたりすんのかな。」
家に帰ると部屋はすっかり元に戻っていた。異界騒ぎが一度も明るみに出たことがないのは裏で事後処理をする奴らがいるからと、御崎真理は言った。
「それにしても部屋の配置まで知られてるとは。」
プライバシーは一体どこに行ったのだろう。
部屋の棚などを確認してみるとすべて元に戻っていた。
まるで何事もなかったかのように。
「コップとか皿の傷に至るまで完全再現ね……。どうせなら新品にしてほしかった。」
特に家でやることも無いので、そのまま外に出た。
マシロを探すつもりは無かったのだが自然と体はそういう風に動いた。
やはり心残りなのだろう。理由はさっぱりわからないが。
先日マシロと回った場所を一つ一つ調べる。
気は向かないが通行人に聞いたりもした。
結果はゼロだった。
「やっぱり、異界関係者じゃないと分からないか。」
「阿久津君?」
横断歩道で信号待ちしていると、誰かが話しかけてきた。
赤崎先生だ。夕方なのでおそらく帰宅しているのだろう。クールな先生が飲み会に興じるイメージはない。
「先生ですか。」
「入院したって聞いたけど。」
不登校気味の生徒が突然大怪我して運ばれたのだ。
まあ先生の考えることも分かる。
「別に人生に疲れてはいないですよ。」
「それならいいのだけど。今も死にそうな顔だったわ。」
思っていたよりも疲れが溜まっていたようだ。
考えてみたらほぼ気絶していただけで寝てはいない。
「何をなすにも休む事が大事よ。休みを制すもの万事を制す。母がよく言ってたわ。」
「凄い格言ですね。」
今の社会でそんなこと言ったら袋叩きにされそうだ。
「ガムシャラにやってもいいことないわ。稀にそれでも何とかなることはあるけど、そういうものは普通にできることだもの。」
「先生。いい事言いますね。」
「バカにしてるのなら課題増やすわよ。」
「これ以上課題増やされてもキャパオーバーなんですけど。」
「冗談よ。いいから休みなさい。」
反省文の提出が迫っている。いまだ一文字も書いていない。
走りながら家に向かう。赤崎先生の言う通り休むことは大事だ。
白い少女に切られたり噛まれた所は治りが異様に早く完治しているが、そうではなく瓦礫によって付いた傷は元々浅いので分かりにくいがまだ残っている。それを彼に言うかは迷った。言っても混乱させるだけかと思ったので結局言わなかった。
御崎真理は異界にいる。歩いていたら巻き込まれたのだ。全く迷惑極まりない。異界にいる間、外の時間は止まっているので予定が狂うことは無い。
「それでも疲れるのよ……。このっ!」
巻尺を鬼神に切りつける。厄介な鎧が着いていたサソリ型とは違うのでダメージを与えるのは容易い。
程なくして鬼神は血をまき散らしながら死滅した。
鬼神の血は残らない。現実に帰ると自然消滅する。だが服は汚れるので鬼神戦の後は、彼女はお風呂に入る事にしている。
団手市は狩人にとって住み良い環境になっている。予期せぬ鬼神戦の汚れを取るための温泉施設が多くある。これは市のお偉い方に狩人がいるからだという。
「まあそれも建前で源泉が会ったから客寄せのためにやってるってのが可能性としては高そうだけどね。」
でも温泉は気持ちがいいので助かる。鬼神発生率は他所に比べて高いのが団手市だが鬼神も温泉を求めているのではないかとたまに思う。
(もしそうなら仲良くしてやってもいいけど、そんなことあるわけない。)
彼女が鬼神を倒すのは、単純に巻き込まれるからと言うこともあるが母親が殺されているからだ。
目の前ではない。彼女が生まれた日に殺されたと父から聞いたことがある。
そういうわけで彼が守ろうとしている白い少女も、理解不能で危険な存在だから殺そうとしている。
着替えを済ませ、戸を開けると先客がいた。
(白い少女。)
彼に倣っていうならばマシロがいた。お風呂に入ってのんびりしている。
先日蹴り飛ばした時とは違って殺気も暴走性もない。
(一体何が目的なのかしら……?)
警戒はしつつも体を洗う。まあかかってこないのならそれでいい。
異界ではない場所で戦うと民間人に被害が出るのでよほどのことでもない限りは避けたい。
体を洗った後は湯船に入る。マシロも同じ湯船にいるが、距離は離れているため
話したりすることは無いだろう。
ちらりとマシロの方を見やる。気持ちいいのかぐっすりと寝てしまっている。
「…………」
(チャンスね。)
まだ入っていたかったが風呂から出ることにした。
続きはこの後、あればだが……。
家でテレビのバラエティを見ながらぼーっとしていると
今日連絡先を入手したばかりの御崎真理からメールが来た。
「アイツに俺の連絡先教えた覚えはないんだが。………!」
『マシロを確保したわ。工事中の団手モールへ来なさい。』
メールを読み終えた後、すぐに家を出た。
団手モールはずっと工事中の場所だ。土地の管理者がいつの間にか変わってたり、
工事を請け負う団体が突然心中したりと色々と不吉な話が絶えない。
「嫌な予感しかしねぇ。」
(俺を呼ぶってことはまだ事は終わっていない、ってことだ。多分!そのはず!きっと!)
考えれば考えるほどネガティブになる。
焦る必要はない。のだが嫌な予感はつもりに積もる。
「くそっ、なんでそんなヤバそうなところ指定したんだよ。」
幸い家のあるマンションからそこまで離れてはいない。
それが救いだった。
「遅かったわね。」
「…………」
工事現場の鉄骨に四角形に囲まれた空間に二人はいた。
まるで何かの祭壇のような雰囲気がある。
マシロは眠っていて、ロープで縛られている。そしてその首元には
御崎真理の持つ巻尺があった。
「まずはその武器どけろよ。」
精いっぱい睨んだが応じない。その程度で怯むような女ではない。
「この状況を見ればわかると思うけどこの子を殺すわ。」
「させると思うかよ。」
「あなたがそう言うのはわかっていたわ。」
「じゃあなんで俺を呼んだんだ?何も言わずにやれば面倒はないだろ。」
マシロを殺すことを許容することはまずありえない。
御崎真理の考えが少しわからない。
「チャンスをあげようかと思ったのよ。この子を連れてこの敷地から出られたら以後手を出さない
って条件でね。」
それは彼女と戦えということか。誰も怪我せずに済ます方法は無い物なのか。
「戦わないって選択枝は無いのか?」
「今更、怖じ気づくとでも言うの?この子に関して私とあなたは意見が違う。どこかでぶつかるのは必然よね。」
「俺は別にどうなったっていい。ここで暴れたらマシロが危ないだろ。それにお前も。」
ここにいるだけで嫌な予感が際限なく襲ってくる。
俺の中の全ての器官が「今すぐ逃げろ」と言っているのか、油断すると今にでも後ろへ走り出してしまいそうだ。
「あなた私を舐めているのかしら。」
突然御崎真理が猛烈な殺気を放った。
違う。放ったわけではない、ずっと抑えていたものを解放したのか。
異界に入った時や鬼神と対峙した時とは違う。あれはまだ謎の状況で心がマヒしていた。
でも今は明確に命を狙われている。心臓を握りつぶされているような感覚で一瞬反応が遅れた。
「っ!」
巻尺が頭を跳ばそうと迫ってきた。ギリギリで回避するも、余波で頬が切れた。
「私の心配?戦力差を考えて物を言いなさい。私にとってあなたは敵じゃない。ただの獲物なんだから。」
彼女の言うことは正論だ。事実今の攻撃はジャブのようなものだ。
それでもギリギリだった。次避けられる自信はない。
「あなたのことよくわからないのよね。」
巻尺が向かってくる。すぐに右に向かって走り出した。
とりあえず回避はできたが、止まれない。二撃目がある。
「保身的かと思えばこの子に関してはそうじゃないし」
御崎真理は身を低くして重心を安定させながら、巻尺を右側へそのまま動かす。
巻尺の高度は低かったので、ジャンプして回避する。そして
「今のように無謀にもここにやってきたわりには、敵である私の心配もしてくる。」
ジャンプして隙だらけの阿久津結城を、いつの間に接近したのか御崎真理が蹴り飛ばした。吹き飛ばされた体は勢いをつけて鉄骨に激突した。
「ごほっ……」
血が逆流するような感覚に耐えられず吐く。
たぶん骨が折れた。下手すると臓器にまで攻撃が及んでいる可能性がある。
何が言いたいかと言うと、痛すぎて動けない。
「終わりね。」
巻尺を首に当てられる。さすがに抵抗はできない。
阿久津結城を殺そうと、彼女が巻尺を振りかぶる。
工場に大量の血が流れた。