巡りだす運命の輪
阿久津結城は不運な人間だった。
どれくらい不運かと言うと、パンツを朝、洗濯機に入れたところそれが生存していた最後のパンツで仕方なくノーパンで学校に行き、体育の授業前に教室で着替えてノーパンであることがクラスメート全体に知れ渡ったくらいの。
無論、阿久津結城にそんな経験はない。断じてない。
不運を感じると言えば人間はなぜ運なんて言う不確かなものを信じようとするのだろう。不確かならば幸運だけを信じていた方がいいに決まっている。おそらくいい方へ考えないことで最悪の時の心の保険にでもする気なのだろうが、阿久津結城はそこまで考えがいたらない。
なぜならば
今、銃撃戦の真っただ中にいるからだ。銃撃戦と言うには少し違う気もするが。
「おい!坊主。心の保険とやらはできたのか?」
考えていたことを口に出していたようだ。阿久津結城にはそういうところがある。
「うるせぇ!だれだっていきなり殺されそうになったらこうなるわ!」
阿久津結城が一人で歩いていた時のことだ。学校をさぼって抜け出してきた阿久津結城は気が付いたら血だらけの空間にいた。否、血のような真っ赤に染まった世界だ。街並みは元の世界と変わらないが生きている生物の気配がない。ご丁寧に植物もいなくなっている。そしてその世界には化け物が二ついた。
一つは阿久津結城の目の前で暴れている化け物。鬼神とかいうらしい。白い皮膚に真っ赤に発光している目を持っている。形はゴリラのように上半身がやたらゴツイ。
もう一つの化け物が隣で暴れている男。狩人とか言うらしい。見た目は普通の人間。だが身体能力や反応速度が人間のそれではない。どう見ても危なそうな拳銃を扱っている。
「俺らぁ特別強いんだ!」
というのが彼、在木愛理の言い分だ。比較対象が無いので一概には言えないが確かに強い。ゴリラ型の鬼神を手も足も出させず翻弄している。だが阿久津結城にとってはそんなことどうでもいい。が敵対されても困るので、できる限り誠実に頼み込むことにした。
「あの帰る方法知りません?」
「空気読めや!今戦ってるんだからよぉ!」
自分がいなくなったほうが相手も戦いやすいだろうと思って聞いたのだが無駄骨だった。
「じゃあいいですよ。他に誰かいないか探しますんで。」
「ちょっと待て。少しだけ待て。こいつ倒したら色々話聞くからさぁ。」
阿久津結城がさっさと離れようとしたら在木愛理が引き留めた。実は寂しがりなのかもしれない。
「今すぐ話してくれますか?」
在木愛理はゴリラ型の鬼神の攻撃をかわし続ける。阿久津結城と話しているせいか少し危なげな動きも目立つ。
「少ーーーし長い話になりそうだから後にしない?」
「いえ。俺は後30分で家に帰らないといけないので早くお願いします。」
阿久津結城にはやることがある。大事な。彼の本気の目と訴えを知り在木愛理は
「お前……まさか、家族が危ないのか?」
「家族……確かにそうかもしれないな。」
阿久津結城は彼女がほほ笑む姿を想像しながら言った。
「30分後から始まる魔法使いじゃじゃ子の再放送を見る為だ!」
「そんなことのために俺の命危険にしてたのかよ!」
魔法使いじゃじゃ子。最近界隈で流行っているアニメだ。不思議な仮面をかぶって、闇落ちした親友を救う為じゃじゃ子が魔法のステッキを使って、敵を殴り倒していくヒロイックストーリーだ。
独特なポーズ、どんどん増えていく仲間たち、最終的に世界の命運をかけた戦いになったりする。
「『そんなこと』とは!じゃじゃ子は俺の嫁であり生きがいです!」
堂々と恥ずかしげもなく宣言した。
「じゃあ死ね。一刻も早く死ね。」
在木愛理はゴリラ型に向けている方とは反対の手に持つ拳銃を、阿久津結城に向けて引き金を引いた。ズドンという重い音を立ててすぐ後ろのコンクリートに穴が開いた。
「おまっ……マジで殺そうとしたな!」
「マジだよ。マジ。」
その時ゴリラ型が口を顔いっぱいに開けて、在木愛理を喰らおうとした。
現在在木愛理の注意は阿久津結城に向かっている。
ゴリラ型の動きに反応できず口の中に入ってしまった。
「あいつ、マジで喰われたのか?」
銃で殺される危険性は無くなったが、その代わりゴリラに殺されそうだ。
ゴリラに対して死んだふりが通用するのか思案していた時、
「……?!」
ゴリラ型の体が膨らんでいった。ゴリラ型の痛々しい声が響き渡る。外道と定評のある阿久津結城ですら耳を塞いでしまうほどだった。
そしてそのほぼ悲鳴がピークに達すると同時にゴリラ型は血をまき散らしながら爆発四散した。
血の雨が降り注ぐ中に、在木愛理は立っていた。彼のボロボロの黒コートと相まって死にゲーとかダークファンタジーの表紙に出来そうな絵だった。
「うげっ、あいつ生きてたのか。まるでゾンビだな。」
「いいのか?俺がいなけりゃ、お前帰れねぇぞ?」
「最高。生きててよかったぜアンタ。」
「見事なまでの手のひら返しだな。」
在木愛理は腕に女の子を抱きながらやってきた。
見たことのない子だった。失礼な話だが髪や体の色が鬼神と似ている気がする。
「アンタ、そういう趣味だったのか。」
「お前と一緒に住んじゃねぇ。この子は知らん。お前が預かっとけ。」
と言いながら、在木愛理は女の子を投げてきた。
彼は相当な運動神経があるがそれを抜きにしても女の子は軽かった。
「預けるって、俺が?」
「それ以外に誰がいる?俺ぁそっちに行けねぇんだ。」
「??」
「意味わからんって顔だな。偶然迷い込んだわけじゃねぇんならまた会うかもな。そん時はゆっくりしっぽり説明してやるよ。」
「しっぽりせんでいい。つか後で説明するって言わなかったか?」
と言いながら在木愛理はビルの上へとジャンプした。それと同時に阿久津結城は自分の体が段々と消えているのに気づいた。
「うわ?!なにこれ。」
「そっち側へ戻るだけだ。気にすんな。」
「さっきからそっちとかあっちとかなんなんだよ!」
「ここは異界でお前が元居た場所とは少し違う場所、それくらい推測しろや!」
後で話してやるとか言いながらその横暴すぎる発言。
在木愛理は記憶能力に難があるようだ。
「無茶言うなよ!」
視界が一瞬真っ白になりその時に気絶してしまった。
次に目を覚ました時には世界は元に戻っていて腕の中に白い女の子がいた。