雫の決意
全知全能。
それは俺の有する能力。
その能力はすべての能力と知識を使える能力。
この能力は世界を創ることも変えることも滅ぼすことも可能な能力であり、過去、現在、未来の全ての世界を知ることすらできる。
この能力の悪いところを上げるとしたならば、何でもできるが故につまらないことだ。
だから俺は全知全能を封印し、その鍵を陽月に渡した。
これは俺の我がままだ、戦いを楽しむための。戦いを楽しむには全知全能は必要ない。
昔、俺は全知全能の能力で全知全能を消したことがあった。
だけど消えたのは一時的なものであってしばらくすれば元に戻っていた。
だから封印した。
正直にいう。
全知全能を封印しても闘いは楽しくなんなかった。
正確に言うと、全知全能を使わなくても、戦う相手との実力が離れすぎていてつまらない。
闘い自体は暇つぶし程度には面白いのだが、全知全能を封印した意味があるかといえば全くなかった。
それどころか今日の朝、龍那と凛那を攫われた。
もしも全知全能が使えたのなら、事前に攫われることを知ることもできたし、攫われた事を無かったことにもすることが出来た。
後悔してももう遅いが、自分のために全知全能を封印したのは間違いだったかもしれない。
「―——————―さん。鬼龍さん?」
考え事をしていて、その声に気が付いたのは話のどこらへんだったのだろうか。
「ん?」
俺は呼ばれた方を見る。
そこに居たのは雫だった。
「帰らないの?」
鞘に納めている刀を左手に持ちながら雫が訊いてくる。
今は確か、放課後の自主訓練が終わったところか。
いつもは朱里と雫も居るのだが、今日はなぜか朱里は用事がありしばらく放課後すぐに帰らなくてはならないらしく。時雨は東華と鬼王祭のタッグを組んだので二人で特訓をすると言っていた。
そのため今日からはしばらく雫と二人で自主訓練をすることになっていたはずだ。
そして今は自主訓練が終わったとこか?
「大丈夫?」
白が俺を見上げながらきいてくる。
白に心配されるほどに考え込んでいたのか。気を付けないと。
「大丈夫だよ。帰るか」
俺は白の頭を撫でながら雫にそう言った。
白の頭はふわふわと柔らかく触り心地がいい。
雫の顔には球粒の汗が出ていた。
「うん」
雫はコクリと頷いた。
珍しく俺と白、雫だけの三人の帰り。
いつもは話が途絶えない帰りなのだが、いつも騒がしい朱里が居ないせいか、無言になる。
だが、その静寂の時間もすぐに終わることになった。
「鬼龍さんお願いがあるんだけど」
雫は歩きながらさらっと言った。
もしかしたら聞き逃すような小さな声だった。だけど、聞き間違いではないのは分かってる。
雫の顔が少し赤くなっているのが横眼で確認できた。
雫がお願いってなんだ?
俺は少しそう疑問に思った。
「お願いって?」
俺はとりあえずお願いの内容を訊いてみることにした。
初めて会ってから二か月が経ったが、雫は俺にお願いをしたことも、無理な要求もしたことがなかった。
だから余計に雫のお願いへの好奇心が湧いてくる。
「それは…… それは、もしも鬼王祭で優勝した時に話したい。でも無理なお願いじゃないから」
雫は一瞬困ったような顔をした後に、意を決したような表情に変わりそう言った。
つまりお願いを聞いてほしいけど今は話したくはなくて、しかも鬼王祭で優勝した時に話したいということか。
しかも鬼王祭には雫と共に俺と白が出場する。
十中八九優勝するのはほぼ確実だろう。
馬鹿にしてるのか?
いや、短い間だけど雫はそんな人間じゃないと確信できる。
つまり、言い出したけどまだ、決意が固まっていないのかもしれないな。さっきも一瞬間があったし。
雫のことだから本当に無理なお願いでもないだろう。
面白い、乗ってみるか。
「わかった何でも一つだけ叶える」
俺は立ち止まり雫に向かってそう言った。
「いいの? てっきり駄目だと思った」
雫が驚いた顔で聞いてくる。
「まあ、俺の気まぐれだから気にしないでくれ。だけどこの言葉には嘘はない」
俺ははっきりとそう言った。
この言葉を口にしたのは雫を本当に信頼したからだ。
「ありがとう」
俺の前ではあまり笑わない雫が珍しく笑ったように見えた。
雫をあまり出すことはない。
だけど今回の笑顔は、年相応に見えて、少し素敵だなと思った。
雫はそう言葉を口に出した後に、また歩み始めた。
夕日が俺達三人を赤く照らす。
今日は少し大変だったけど、今日のこの帰り道は俺にとって少し楽しく思えた時間になった。
今回も読んでいただきありがとうございました。