神の試練2 (鬼龍)
女神アテナの気配をたどり、外に出た鬼龍は朝日に背を向けて豪華な椅子に腰かけながら、優雅に果実を口にしているアテナを発見していた。
そしてその横には二人の女性が立っている。
鬼龍の後ろには龍那と凛那もついてきている。
なぜ二人が戦闘になるかもしれない鬼龍についてきているのかというと、鬼龍が二人に目の届くところに居た方が守れると言ったからだ。
実際二人がさらわれた時には冷静だったが、二人の姿を見て安心と同時に危険にさらされたと恐怖を覚えたのも確かだった。
だから安全な己の近くに二人を連れてきていた。
「お前がアテナか?」
鬼龍が女神アテナにそう言う。
鬼龍が出てきたことに対して、アテナの側の二人の女性たちは鞘から剣を抜き、アテナの前に素早く立った。
「いつの間にここまで来た?」
アテナが立ち上がり鬼龍を睨めつける。
対する鬼龍もアテナを睨む。
この場に重い空気が流れる。
「先ほど転移で来たばかりだ」
鬼龍がアテナの質問に答え、異空間から漆黒の刀を取り出し、抜く。
鬼龍が取り出したその刀の鞘、刀身、柄、全てが漆黒。光の反射すらしないまでの黒。
すべてを飲み込むかのように黒。
まるで闇が刀の形を模っているかのような刀だった。
その刀こそ鬼龍が全知全能を封印する前に創り出していた刀。
鬼龍の全知全能の一部を具現化した戦道具。
この漆黒の刀は鬼龍の消滅の能力を具現化した刀。
「よくも俺の娘達を誘拐してくれたな」
鬼龍が持つ消滅の刀に暴風が吹く。
「いきなり剣を抜くとは野蛮だな」
アテナはゆっくりと立ち上がり、傍らに置いていた武具を身にまとい槍と盾を手にした。
その姿のアテナは朝日を背にし神々しく、まさに戦いと知恵を司る女神の様だった。
「それに、この神域に転移してくるとは中々な強者よ。だが、其方からは神の力や竜のような絶対的強者のオーラが感じられない。まして其方が龍の王などと、やはり信じられんな」
アテナが槍を鬼龍に向けそう言い放つ。
アテナは知恵の神だが全てを知っているわけではない。
鬼龍は最上位龍神より上に位置する龍王。
普段鬼龍は無駄な雑魚との戦闘を避けるために、全知全能で別次元に居る者にだけ己の力がわかるようにしていた。
しかし、全知全能を封印した今、その能力の効果はなくなり、弱い者には鬼龍の実力がわからない。
ギリギリわかるとすれば、同じ龍神の力を持つ同族か、龍達と心を通わすことが出来る巫女たちだけだろう。
もっともその巫女も限られており、龍神代陽月と柊寧々の二人しか今はこの世界には存在しない。
「あっそ。別に信じても、信じなくても俺は別にいいけど」
勘違いをしたままのアテナを鬼龍は冷たく見る。
鬼龍にとってアテナは自分の娘を奪った憎い相手、ただそれだけの存在にしか思ってないのだ。
鬼龍がここに転移した直後に放っていた凄まじい神気に気が付かない位には、鬼龍とアテナとの間に力の差があった。
その考えで行ったら龍王である鬼龍と龍神の巫女である陽月との遺伝子を受け継いでいる龍那と凛那は、鬼龍の神気に気が付いた。
つまり、アテナより龍那と凛那の方が存在の格が上ということになる。
それは龍那と凛那が女神アテナより強いということでもあり、アテナはそれに気が付いていないということになる。
そして、親である鬼龍と陽月ですら二人の実力を把握していなかった。
「仮に俺が龍王じゃなかったとしたら、こんなことは出来る俺は一体何なんだろうな」
明けてきた空が暗くなり、風が吹き狂い、雷と氷、炎の雨が海に降り注ぐ。天変地異が島の周囲を襲う。
幸い、この島には被害はない。
だが、これはただ事ではないとアテナも思っただろう。
さすがのアテナも周りをキョロキョロと見渡し始めた。
「これはいったい!? 何をした!?」
アテナの顔に恐怖が浮かび始めたのがわかる。
『『『『命令により参上いたしました王よ』』』』
空から複数の声が聞こえる。
その声は海のどこに居ても聞こえそうなほど迫力だが、決して大きなわけではない。
その声は狂気を含み、歴戦の強者ですら狂乱により死を選ぶほどの狂った声だった。
その声は雷鳴のような轟音で、恐ろしく冷たい声だった。
その声は燃え盛る炎のような強い怒りを具現化したかのような声だった。
その声は凍てつく氷河のような殺意が感じ取れるような声だった。
これ以外にも様々な声が王に向けて掛けられた。
「周りをよく見ろ、もうみんなそこに居るぞ」
鬼龍がアテナにそう言う。
そしてそれに従うようにアテナが目を凝らし周りを見る。
「っ!!」
それらを見てしまったアテナの顔から血の気が引いていくのが見える。
そしてアテナは膝から崩れ落ちる。
アテナの取り巻き二人はすでに気を失っていた。
「ここに呼び出したのは皆、龍神の中では下位の存在なんだけど。まあいい、やっと俺が誰か理解したか」
鬼龍がアテナに一歩ずつゆっくりと歩み寄る。
アテナは鬼龍に対して対抗心がすでに無くなったのか、それとも恐怖で動けないのか、その場から動かなかった。
「お前が誰の娘を奪ったのかわかったか。俺は龍王だ」
消滅の黒刀を掲げる鬼龍。
そして振りかざす。
その刹那。赤い雷光が鬼龍とアテナの眼前を横切る。
その速度は鬼龍が刀を振り下ろすよりも速く、まるで流星のようでもあった。
目の前に現れた人物に気が付いた鬼龍はその刃を止める。
「駄目だよパパ」
鬼龍の前に立ちはだかったのは、泣きそうな顔をして両手を広げてアテナを庇るようなポーズをしている凛那だった。
鬼龍が全力ではなかったとはいえ、凛那は一瞬だが鬼龍のスピードを上回った。
その事実に鬼龍も驚いていた。
そしてそれよりも自分の娘に刃を向けてはいけないという感情により、刀を鞘に戻した。
「なんで庇うんだ?」
鬼龍は目線を凛那に合わせて優しく問いかけた。
そしたら龍那が横から近寄ってきた。
「お父さん。きっと凛那、このお姉さんにお菓子をもらったからだと思うよ」
龍那が言った事実に鬼龍は耳を疑った。
「そうなの?」
鬼龍は凛那に訊く。
そして凛那はコクリと頷く。
どうやら凛那はアテナに餌付けをされたようだ。
「ん~~~ わかった。凛那がそこまでするんだ、話し合いで解決しよう」
鬼龍は少し考えた末に凛那にそう言い、漆黒の刀をどこかへとしまった。
そして安心したのか凛那が少し明るくなった。
「お前らはもう帰っていいぞ」
『『『『承知しました』』』』
鬼龍がそう言うと、誰一人不平を言わずに龍神たちが立ち去って行った。
そして龍神たちが居なくなったことで、天変地異は治まっていった。
「さて女神アテナ、そろそろ正気に戻ってくれないとこれからの話が出来ないんだが?」
鬼龍がアテナにそう言う。
「……」
だが心の整理が付いていないのか、感情が追い付いていないのか、アテナからの返事はなかった。
「しょうがない、冬姫と命が来るまでここで少し待つか」
鬼龍は地面に横になり目を閉じた。
今回も読んでいただきありがとうございました。