神の試練1 (鬼龍)
俺は屋敷から大陸の南東にある海岸に転移した。
太陽もすでに顔を出している。
腕時計を見れば時間はすでに午前六時四十二分になっていた。
俺はアテナの試練を仕掛けた島とやらの場所がわからないので何となく島がある方角に転移したのだが、肉眼ではまだ目視ができない。
だがわかる。この先に神域が存在することが。
正直今の力では一人でできることに限界があるのは分かっている。
「どうせずっと見ているんだろ、出てこい」
俺は誰もいない海岸でそう言った。
「はっはっは! 気が付いていたか!」
どこからか男の声が聞こえてくる。
そして目の前に黒い靄が現れ、中から赤い目をした長身の男が姿を現した。
「どうせ暇を持て余してコキュートスから見てたんだろサタン」
俺は目の前に現れた魔神サタンにそう言った。
この魔神の身体からは絶えずどす黒い魔力があふれており、普通の人間では近寄ることすらままならないだろう。
「さすがは鬼龍、我が王だ」
サタンは満足げにそう言った。
魔神サタン。
古の時代に神と敵対して地獄に落とされた悪魔。その力は強大で地獄を支配し最強の魔神の一角として世界にその名を轟かしている。
そして今では俺の配下の一人だ。
「世辞はいい。それよりこの先の神域に俺の娘達がとらわれているんだ、そして娘達を助けに俺の妹達がその神域に乗り込んだわけだけど念のためお前は妹たちの所に向かってくれ。俺は娘を助けにそのまま行く」
俺はサタンにそう言ってそのまま龍那と凛那の気配がある場所に転移していった。
転移した先は白を基調とした神殿じみた場所だった。
よく見るとここは室内で、魔法で明かりを確保してるみたいだ。
そして床と壁、天井はすべて大理石で出来ているのがわかる。
「お父さん?」
建物を観察していると後ろから声が聞こえてきた。
声の主に察しはついている、なぜなら俺がここに来たのはその声の主とその妹を助けるためだからだ。
俺は振り向く。
そして声の主の顔を見る。
そこに居たのは黒く綺麗に伸びた髪に真紅の瞳を持った俺の娘である龍神龍那と、姉である龍那の後ろに庇われるように立っている銀髪で金色の瞳を持つ龍神凛那だった。
そういえば何で疑問形なんだろう。いつもなら目の前に転移してもすぐに俺だとわかってくれてるはずなんだけど。
「そうだけど、どうした?」
俺は何故か警戒して近づいてこようとしない愛娘二人に訊いてみた。
自分では特段なにも変わったところは何もないと思っているのだけど、もしかしたら俺が気が付いていないだけで何か変わってるところがあるのか?
「……いや、えっとね。普段お父さんそんな凄いオーラみたいなもの纏ってないからわからなかった」
龍那が俺にそう言ってきた。
オーラ?
俺は今そんなものを纏ってるのか?
俺は自分の体を見ながらそう言う風に考える。
よく見ると神気を纏っているのがわかった。
どうやら無意識で神化していたみたいだ。
「あぁ、すまん。今しまうから」
俺は神化を解き、神気をしまう。
普段はもちろん神化をしたりはしない。
最後に神化したのはクトゥルフ戦の時でそれ以降は一度もしていない。
それに神気を使った攻撃すらしばらくしていない。
本当になんで神気を纏っていたんだ?
「あ~ 本当のパパだ」
龍那の後ろからヒョコっと凛那が飛び出してこちらにやってくる。
本当のパパって。さっきのは偽物でも何でもないからね。
まあもう少し大きくなったら二人にもわかるようになるかな。
ん? 今思ったら、この外見年齢(十六歳)で娘がいるってのもおかしいか。
「二人とも痛いことされてないか?」
俺に抱き着いてくる凛那の頭を撫でながら、二人に何もされてないか訊く。
凛那は思い切り甘えに近づいてくるが、やっぱり龍那には少し距離を置かれている気がする。
「されてないよ~」
凛那が嬉しそうに答えてくる。
「凛那の言う通り、私たちは何もされてないよ」
龍那は俺から一歩離れた距離でそう言う。
実際俺の感想だが、凛那は過剰とも呼べるほど俺に懐いてくれている。そのことに対して俺も凛那を可愛がっているのでいいと思うが、それに対して龍那は俺から少し距離をとっている気がする。
それに比べて陽月には二人とも懐いていて、よく山の中でかくれんぼや鬼ごっこをして遊んでいるそうだし、一緒にも寝ているらしい。
正直、陽月が羨ましい限りだ。
でも、二人が無事でよかった。
「そうか、よかったよ」
俺は二人に心の中で思ったことを口に出した。
二人も無事だったしさっさと帰るか。
いやその前に、二人を拉致した奴を殺しに行くか。
こんな事二度とさせないために見せしめにこの島ごと沈めるのもいいな。
俺はこの二人を誘拐した奴をどうしてやろうかと考えながら出口に向かう。
ここの外に一人。いや一柱の気配があるから、おそらくそいつが女神アテナだろう。
「パパどこに行くの?」
外に向かう俺に凛那が訊いてくる。
「二人をここに連れてきた人のところに行くだけだよ」
俺は凛那を怖がらせないように笑顔でそう言った。
それにしても何でアテナはここに俺が来ているのにのんきに別の場所で待ってるんだろう。
もしかして気が付いていないとかじゃないよな。
今回も読んでいただきありがとうございました。