邪神の眷属達1
遅くなってスミマセン
朝日が顔を見せ始めて少しした頃、時雨達は大陸の南南西の海岸に居る。そこで時雨達が目にした光景は信じられないものだった。
いや、時雨以外の者がだろう。
その光景とは、海が凍りついている光景だった。今は4月の後半しかもこの地域は温暖な気候で海水浴が人気の観光地がある場所だ、とても海が凍る場所ではないのだ。
凍るとすれば何か異常なことが起きているのだ。
「くる」
しばらく喋っていなかった白がそう言った。
白がそう言った瞬間だった。凍っていた海面がひび割れた。
ヒビは大きくなってそこから巨大な何かが姿を表した。
「あれはいったいなに?」
朱里が隣にいた雫に訊いたが、答えが返ってこない。返ってくるはずがなかった、あんな異様で不気味で強大な存在を目にしたのだから。
あの怪物は、体型は人間のようだが身体にはウロコ、指には水掻きがあり、どんよりとした目をもった十メートルの異形の姿だ。その者はクトゥルフの眷属、ダゴンやハイドラと呼ばれるものだ。
「白ちゃんお願い」
地面に刀を突き立てていた時雨が白にそう言った。
白は時雨の方を一瞬だけ見るとダゴンに向かっていった。
「あの子を止めないと」
雫がそう言った。おそらくは無謀に少女がたった一人で怪物に立ち向かう姿を見てそう思ったのだろう。
雫は白を追いかけようと動き出すが、足が震えてうまく走ることができず転んでしまった。
「なんで、なんで」
雫が砂浜に膝をつきながらそう言った。その姿は震えていた。
おそらくは恐怖で心と体が言うことを聞かないんだろう。
「大丈夫ですよ先輩」
やさしい声が聞こえた。声の主を見るとそこには後輩である時雨が居た。
「結城先輩は白ちゃんの強さは知っていますよね?」
時雨は朱里に訊いた。
「うん、白ちゃんが強いのは知っている。いるけど……」
朱里はそこで言葉を失う光景を見ていた。
その光景とは、小さな少女が巨大な怪物を蹴り飛ばした光景だった。
「あいつは白ちゃんには勝てませんよ。」
時雨が喋っている間にもダゴンは宙を舞って凍った海面に叩きつけられていた。
凍った海面から巨大な水しぶきが上がる。
「わかっているかもしれませんが、先輩と戦ったときには全力ではなかったんですよ」
時雨はたんたんと告げる。朱里にはわかっていた、あのときが本気ではないことを、今も本気を出していないことを。
「泉先輩。安心してください。あの怪物と白ちゃんでは格がちがうんです」
割れた氷の穴からダゴンが這い出てくる。
白はダゴンの首を切り裂く。まるで虎が獲物を鋭い爪で引っ掻くように。
ダゴンの首が凍った穴に落ちる。続いて体も海へ消えていく。
戦いは短かった。それは、あまりにも一方的な戦いだった。
「本当に勝った」
雫がそう言った。
「キリューのほうも勝ったみたいだよ~」
シルフィードが笑顔でそう言った。
シルフィードは風の精霊王、大気があるところの様子をしることも容易いことだ。
シルフィードがそう言うと、東北東の方角から風が吹いた気がした。
「いっぱいくるよ」
白がそう言うとダゴンが沈んだ穴と姿を表した穴から次々と異形の者が姿を表した。
いわゆる半魚人のような感じだがもっと別物だ。大きさは人間サイズ。
「できれば先輩たちにも手伝ってほしいです。けどその様子では難しそうですね」
時雨は珍しく平坦な声でそう言った。
それも仕方がないだろう、今の時雨には余裕が無いのだから。敵の数はおよそ一万。そんな数が街に行ったら恐ろしいことになるであろう。しかも、今の時雨は全力で戦えないのだからなおさらだろう。
「先輩方をお願いします」
時雨はシルフィードにそう言うと、地面に突き立てていた刀を引き抜き、魚人達の群れに切りかかっていった。
その姿は凄まじかった。目にも止まらない速さで魚人達を両手の刀で切り裂いていく。
時雨の持つ紫の刀は空間の刀。その刀で切りつけた者は空間ごと切られる、防御不可能の刀だ。
青い刀は時間の刀。切った者の時間を操る能力。
おいていかれた二人は思った。後輩にそこまで言われていいのかと。
「行こう雫」
「うん」
さっきまでの恐怖が嘘かのように二人は一緒に魚人の群れに走り出した。おそらくは、ダゴンより迫力がないのと、後輩である時雨に言われたのがきっかけだろう。
朱里はサラマンダーを、雫は水の刀を呼び出した。
「ワタシが守ってあげるから安心してね~」
シルフィードがそう言うと二人に風の鎧をまとわせた。
この風の鎧は魚人たちでは突破できない。
「全滅させる」
白はそう言うと神速で魚人達の群れの中に消えていった。
次回も来週の同じ時間に投稿する予定です。
もしかしたら、予定より早く投稿するかもしれませんが。