最悪な再会
朱里がなぜ怒っているのか、それを本人に訊きたくて放課後に保健室に出向く。
朱里は今だ目を覚まさないらしい。
ただ、俺の不死の加護があるので命に別状はない。
目を覚まさないのはおそらく俺の与えたダメージが朱里の身体にまだ残っているからだろう。
不死の加護はただ死なないだけであり、ダメージは残る。
体の傷はともかく、死の恐怖を覚えた心の傷まではどうすることもできない。
「失礼します」
「失礼します」
俺と雫は放課後の保健室へと足を運んでいた。
もちろん俺の横には白もいる。
そしてその後ろには、体を小さくしている神狼霞と、同じく小人みたいな大きさになっている土の精霊王ノーミードこと、ミードが霞の背にまたがっている。
ちなみに何で霞とミードが俺のもとに居るかというと、まあ、あれだ。
出会いがあれだったので、あまり信用が出来ていないわけだ。
ただ、俺はそう思っていても霞とミードは俺に懐いているみたいだ。
特に霞は、白と同じくらい甘えん坊だ。
四六時中俺の近くにいる。
白が猫だとするのならば、霞は犬だな。
「よ! 久しぶりだな鬼龍」
保健室に入った俺にそう言ったのは、鬼神龍鬼だった。
龍鬼とはアテナ戦の前に会ったのが最後で、確かに久しぶりだ。
てか、何で龍鬼がこんなところに居るのだろうか?
流石に少し驚いた。
ただ、俺のそんな顔を見て楽しむアイツの姿が目に浮かぶから、絶対に顔には出さん。
「鬼王様?!」
俺より驚いたのは雫だった。
まあ確かに驚くのも無理はない、学園の医務室に国のトップの一人が居るのだから。
いや、現在俺は国王としては表に立っていないので、実質のトップは龍鬼だ。
でも、ここまで驚くことではないと思うのだけどな。
雫も一度、龍鬼に会ってるんだから。
「なんでここに居るんだよ?」
俺はおどろく雫をスルーして、龍鬼に訊く。
「なんでって。お前が気が付かなかったのか? いや、お前の脅威にすらならないから気にしてなかったのか」
龍鬼が俺に訳の分からないことを言う。
俺が気が付いていない?
いったい何にだ?
表の世界で大国同士が同盟を組んで、この国を狙っていることか?
大陸の地中に封印されている邪神が目覚めかけていることか?
それとも異界の怪物がこの大陸に迷い込んだことか?
今、この大陸に俺や家族に関係があるのはこれくらいだけど。
いくら考えてもわかんないな。
いや、龍鬼がここに居ること、そしてここには朱里が居るのを考えれば、朱里が関係しているのか。
朱里だとするのならば、最近朱里は放課後にすぐに帰ってしまう。
そして、なぜか俺に怒りの感情を抱いていた。
もしかしたら朱里に何か憑いているのか?
「しばらく真面な戦いが無いから勘が鈍ってるな鬼龍」
龍鬼が俺の方を見てそう言う。
確かに大陸に戻ってからの戦いは、味気ない物ばかりだった。
旧神もどきを殺したのと、中位龍の怨念で殺されたのを除けば特に記憶に残っているものもない。
この大陸に戻る前は、毎日殺し合いをしていたな。
懐かしい。
向こうの世界では、俺に傷を与える者も珍しくなかったし、本気を出せることもあった。
だけどこの大陸では本気は絶対に出さないだろう。
仮に本気で出したとすれば、星ごと、いや宇宙もろとも消え失せるだろう。もしかしたら世界そのものが崩れるかもしれない。
まあ、世界を消そうと思えば消せるが、妹達や陽月がいる間は絶対にしないけど。
ただ、今の俺は力を封印している。
そして身体能力もだいぶ下げている。
これも封印に近いが、普段の戦闘での力加減のためだ。
「こんなにいつも近くにいるクラスメイトの異変に気が付かないなんて。まあ、このオレも最近気が付いたんだけどな」
龍鬼は情けないとばかりに気が笑いを浮かべる。
「端的に言う。結城朱里はすでに百五人を喰っている化け物だ」
龍鬼は淡々と言う。
「彼女がこうなった経緯は、クトゥルフにて精神を汚染され、狂気を心に帯びたところに、運悪く何者かが彼女に取り憑いたらしい」
龍鬼が朱里の寝ているベッドを見て言う。
「彼女は被害者でもある。ただ、だからと言ってこの大陸の罪もない民を喰ったのだから生かしておくわけにもいかない」
龍鬼はそしてこちらに向き直る。
俺にというよりは雫に視線を合わせて。
「今日ここには、鬼王、鬼神龍鬼の名のもとに結城朱里を断罪するために来た」
龍鬼ははっきりと朱里を断罪するといった。
龍鬼が自ら手を下す、それほどまでに事は大きくなっていたらしい。
俺の知らぬ間に色々この大陸で起きていたらしい。
「そんな……」
雫は今にも泣き崩れそう声でつぶやく。
俺は朱里と雫とであって間もない。
だけど、二人は友人同士であり、とても長い間仲が良かったことがわかる。
そんな長い間仲の良かった友人が断罪されそうになっているんだ、雫の心情は穏やかではないだろう。
「そんなことさせない!」
そう言うと雫は龍鬼を睨み、自分の水色の妖刀を呼び出す。
完全な龍鬼への敵対行動を雫はとる。
雫はそのまま、抜刀して龍鬼に切りかかる。
「愚かな」
龍鬼も腰に下げてあった刀を抜き出し、雫の両腕を切り落とす。
その斬撃は雫よりも数段高みに上りつめた一撃であり、圧倒的に鋭い一撃だった。
「あぁぁぁ!!!」
腕を切り落とされ刀を使えなくなった雫は、一切怯むことなく次に蹴りを繰り出す。
もちろんただの蹴りではなく、身体強化を施している。
普通ならば腕を切り落とされて平然としているのはおかしい。
発狂してもおかしくはないが、親友を殺すと言われて感覚がおかしくなっているのだろう。
雫にとって、朱里を殺すとはそれほどのことなのだろう。
ただ、雫の一撃など反撃する必要なんて無いのになぜか龍鬼は反撃をする。
雫の蹴りが当たる前に、また龍鬼は刀で切りかかろうとする。
ただ、今回は明らかな殺気を込めての一撃。
これは流石に止めないと。
龍鬼がイラついて、雫の魂を壊されては流石に不死の加護じゃあ守り切れない。
俺は素手で龍鬼の一撃を右手で掴み、雫の蹴りを背中で止める。
ただ、龍鬼の一振りで、室内の物は辺りに飛ばされた。
龍鬼と雫に挟まれたような位置に立った俺だが、俺はどちらとも敵対するつもりは無い。
「二人ともやめろ」
俺はそう言うと、左手で「永久」を抜き出し、「全能:復元」で雫の腕を治す。
「一旦落ち着け。少し話し合おう」
俺はそのままの態勢で二人にそう言う。
そして、このままだと落ち着きそうにもない雫を影魔法で拘束する。
「でも!」
ただ、それでも雫は冷静さを取り戻さないみたいだ。
はぁ、争いを止めるのはめんどいな。
今にも暴れだしそうな雫。
こんな雫を見るのは初めてだった。
普段は穏やかで、あまり感情の起伏は無い雫だが、親友の危機にはこれ程に勇敢になるのか。
それに、筋力や反射速度など色々が普段の比にはならないくらいに身体強化をしている。
怒りで枷が外れたか。
そして龍鬼。
龍鬼が最初に雫の腕を落とした一撃はただの脅しだった。
しかし、二回目の俺が止めた一撃は違った。
明らかな殺意を持っての一撃。俺の加護があれば死にはしなかったかもしれないけど、魂を壊されれば取り返しのつかないことになる。
今の龍鬼にとって雫は、断罪を邪魔するものでしかない。
この国は少し特殊な絶対王政。
龍鬼の立場は俺に次ぐ、国内第二位。
本来ならば俺以外が龍鬼に口出しなど出来ない立場にある。
それはこの大陸の者ならば知っている。
雫も知っていたはずだ。
王に歯向かったのならば殺されてもしょうがない、それがこの大陸のルールだ。
「鬼龍、オレはな、お前と違って大陸の民を大事に思っている。個人ではなく全体を守らないといけない」
龍鬼はこう言った。
「だから一旦話し合いをしようと言ってるんだ。それともなんだ? この龍王の言葉が聞けんのか?」
俺がここまで言うと、やっと龍鬼も刀を鞘に戻す。
流石にここまで言えば龍鬼も話を聞いてくれるようだ。
雫も後ろで震えてはいるが、大人しくなった。
「出来ればオレはお前とは戦いたくはないからな。わかった話し合おう」
俺と雫、白とミード、霞、そして龍鬼と共にある場所へと転移した。
白とミード、霞は連れていく必要はなかったんだが、残すのもかわいそうなので連れていくことにした。
今回も読んでいただきありがとうございました。