燻る争いの火種
月がよく見える夜、街中のビルの一室に彼女の姿はあった。
室内に充満する血の臭い。
赤く染まる床や壁。
そこには四つの男の死体。
それらはすべてバラバラに切り裂かれていて、手には銃を持っている。
よく見れば壁には弾痕が残っていて、男たちが抵抗したのがわかる。
彼女の手には一本の短剣。
その剣には血が付いており、男たちを殺したのは彼女だというのがわかる。
ただ普通の女性が、短剣で、男の骨ごと身体をバラバラにするのはとても無理があるようにすら思える。
考えられる可能性は二つ。
彼女の持つ短剣が普通の短剣ではないのか、彼女自身が普通ではないのか。
それに彼女を目にした男は、その容姿に見惚れ、油断する。
だから彼女は簡単に男たちを殺せる。
彼女の容姿だけを見れば誰もが、美人と言うだろう。
しかし、彼女の心を知れば誰もが恐れ、哀れみ、悲しむだろう。
窓際で月明かりに照らされ、血の海に立つ彼女は、天使か悪魔か。
そんな彼女に一本の電話がかかる。
それを彼女は右ぽけっとから取り、耳につける。
「終わったな?」
男だか女だかわからない声が聞こえる。
問われた彼女は周りを見渡し、生存者がいないことを再度確認する。
「はい」
淡々と彼女は答える。
今さっき、人を殺したとは思えないほどだ。
「では次だ。今度の仕事は危険度が最高ランクだ。そのため今回の仕事は受けなくてもいいが、どうする?」
そう訊かれ、彼女は一瞬だけ考える。
危険な仕事はこれまでもこなしてきた。
テロリストの首謀者の暗殺や政治家の暗殺などだ。
今回もそれらと同じだろう、そう彼女は考えた。
「やります」
彼女はそう言った。
「……そうか、了解した。詳細の資料は後程送るが、後悔するなよ」
そう言われ電話を切られた。
最後の言葉の意味を彼女は色々考えたが、思いつかない。
そんな言葉を言われたのは初めてだった。
電話の主とはこの仕事を始めてからの付き合いで、結構長い。
しかし、先ほどの言葉を言われた記憶などなかった。
ここで彼女は悟。
今回の仕事はとてつもなくやばいと。
そして送られてきた詳細に標的の名前があった。
無知な人物でも知っている。
この国に住んでいる人ならだれでも知っている人物の名前だった。
龍神鬼龍。
そう、この国の王の名前であり、今回の標的だ。
どうやら公には龍神鬼龍は、まだこの国にはいないことになっているらしい。
しかし今は戻っており、静かに学生生活をしているらしい。
今更、龍の世界から戻ってきてこの国の実権を握られては困る人たちがこの依頼をしたらしい。
龍神鬼龍が居なかった間、彼らは自分の都合のいい国に変えようとしてきた、だが、鬼神龍鬼がそれを阻止していたのだ。
それが龍神鬼龍に知られれば、粛清される、下手をすれば殺されると彼らは思ったのだろう。
何故ならば、龍神鬼龍は人ではなく、龍神だからだ。
そしてこの国は絶対王政の国だからだ。
日が明け、今日も学園に登校する。
そして教室に入り、桜井紗那からの一言に驚いた。
「鬼王祭の校内予選は中止になった」
俺が教室に最後に入り、クラスの全員がそろった。
そこでの紗那の開口一番の言葉がそれだった。
「これは鬼王からの意向である。そしてこれに伴い、教員と生徒の投票でメンバーを決めることになった。来週の月曜日までに投票するメンバーを決めておけ」
そう言うと紗那はいつものように授業を始めた。
その時間の授業は座学で、龍についてだった。
その日の休み時間、久しぶりに朱里が話しかけてきた。
「鬼龍君、ちょっといい?」
朱里は笑顔でいて、いつものように接してくる。
ただ少し、彼女に敵意があるのが気になる。
いつもならば多少強引に誘ってきても、それは彼女の性格だからと流していたが、どうも今回は違う。
正直不気味だ。
ただ、気のせいかもしれない。
しばらく会ってなかったから、そう思ったのかも。
「なんだ?」
俺は朱里にそう言った。
「次の時間、私と一対一で模擬戦してくれない?」
朱里の口調は穏やかだが、目で嫌とは言わせない感じだ。
別に模擬戦自体は別にやってもいいのだが、ただ一対一だと正直つまらないと思う。
白を戦わせればいいが、結果は変わらないだろう。
「何その顔。鬼龍君、私がいつまでも弱いと思ってたら怪我するよ」
先ほどの雰囲気はなくなり、明かりが俺にいたずらをする子供のような表情でそう言った。
別に俺は朱里のことを弱いとは思っていない。
とは言い切れないが、少なくとも、この学園の中では上位に入るとは思っている。
まあ、そこまで朱里が言うのならば、やってみるか。
「わかった、いいよ」
俺は、渋々だが朱里の提案に乗っかることにした。
てか、次の時間って座学じゃなかったか?
「一応聞くけど、次の時間でいいのか?」
俺は念のために朱里に時間を聞きなおした。
「うん。桜井先生に頼んであるから大丈夫だよ」
前々から思ってはいたけど、朱里と紗那って仲がいいのか?
俺が龍王であることも紗那は朱里に話していたみたいだし。
まあ、もう別にいいか。
「わかった」
俺はそれだけ言うと雫の元へと向かう。
白を預けるためにだ。
せっかくサシでの戦いだから俺が戦いたいと思った。
だから白を雫へ預けるのだ。
最近は白も雫に懐いてきたみたいで、話すようにもなってきたからの判断だ。
今回も読んでいただきありがとうございました。