第4話 兄の思い出の景色のために
国王・ヴェルヘルムに会いに王宮を訪ねた次の日、学園の自身の教室へ向かおうとする守は好奇な視線を浴びることとなる
その中には「勇者様と口づけを交わせるなんてどんな身分だ」なんて絡んでくる者もいれば「王女様やメイドを侍らせておいて、勇者様まで食らう最低野郎」なんてヒソヒソ話をしている者なんかもいた
「(ま、まぁあんなに目立つ事があればこうもなりますわな…。人の噂も七十五日って言うくらいだし、そのうち止むだろうさ。考えてみると七十五日って結構長いな…)」
魔族と戦争していた際にも別の意味ではあるが同じような経験をしている守は噂話などはあまり気にせずに教室の扉を開ける
するとそこには初日の姿では考えられないほどに沈んでいるエリカの姿があるのであった
「エリ…オリビアさん。落ち込んでいるようだけどどうかしたのか?」
「…あら?えーと…何さんでしたっけ?」
「聖守だ」
「そうそう、守さん。御機嫌よう。相も変わらず平民がオリビア家次期当主の私に挨拶しようなんていいご身分だことですわ」
「挨拶くらい平民でもするだろうに…。それよりも沈んでいるように見えたからな。ひょっとして調子が良くないのか?」
「…平民にはわからない悩みですわ。どうかお気になさらないでくださいまし」
そう言ってエリカはどこかへ行ってしまい、講義開始の時間まで戻ってくることはなかった
中休み、気になった守はエリカの不調が現状のオリビア家の衰えに関係があるのではないかと思い、オリビア家の現状についてアキレウスとアディリシアに尋ねる
「オリビア家のことですか?その…お教えすることは構わないのですが…」
「守、ランス隊長のことを覚えているか?」
「忘れるわけないだろ?ランス隊長が命を削ってまで守り抜いてくれたおかげで俺たちはあの戦いに勝てたんだ。そんな存在を忘れるなんて、感謝の思いしかない」
「そうだな。オリビア家はランス隊長が生前の頃にはまだ衰えてはいない。衰え出したのは亡くなった後でエリカが支えるようになってからだ。亡くなってすぐに兄の代役をしなければならなかったからな、それはしょうがないことだが…そのなんだ…ここから先の事を話すのはいいのだが、聞かないほうがいいと思うぞ」
「なんだよ?そんな言い方されたら、余計に気になるじゃないか」
「後悔するなよ?実は同じく三大貴族のハワード家の息子のラーズがエリカに家を守る代わりに結婚しろと言い寄っているという噂が…ひぃっ!?」
「きゃっ!?」
「(ハワード家。三大貴族の一つで俺とジャンヌの仲を引き裂いた権力者たちの支援をしていた家柄だ。この学園に跡取りのラーズがいることは知っていたが、俺と直接関わりがないうちはスルーするつもりでいた。しかし、ランス隊長のお家を汚そうとしている輩にその名前が出た以上俺は動かないといけない)」
「殺気が抑えられていないぞ、守。アディリシアがびっくりするだろ?」
「…すまない。ハワード家の名がここで出てくるとは思わなかったからな」
「だ、大丈夫です…」
「だから言いたくなかったんだよ。でだ、この件を聞いた以上は動くんだろ?」
「ああ。悪いがオリビア家が落ちぶれた原因を探ってくれないか?」
「調べよう。少し時間をくれ」
「頼む」
アキレウスに調査を依頼した守は自身も動こうと終礼後、そうそうと退出しようとするエリカを引き止め、その目で情報を得るために話しかける
「また、あなたですの?私もそんなに暇ではないのですが…」
「すまないな。この後時間はあるか?」
「あら?平民のご身分でデートのお誘いですか?」
「デートとは違うが、オリビア家が治める領地へ勉強がてら行きたくてな。次期当主様自ら案内をお願いできないだろうか?」
「まあ!!我がオリビア家に興味があるのですか?それならばしょうがありませんね。私自ら案内しましょう」
朝教室で見たときより少し元気が出たエリカは守を連れ、オリビア家が治めるスポットの案内をする
自身の領地を嬉しそうにエリカは説明するが数件回った後、最後に訪れた場所は荒れ果てた森で今までの笑顔がなくなり、真剣な顔で語りだす
「…ここは少し前まではすごく綺麗で人々の集まるいいところだったのですわ」
「そうか…。オリビア家は風を司る家柄と昔聞いた事があったが、この森が霊脈なのか。どうしてこうなったか聞いてもいいか?」
「元々オリビア家は私の兄ランスが跡を継ぐ予定でしたの。ですが先の大戦の際に隊長として戦に出た兄は名誉の戦死。急遽私がオリビア家を継ぐ事になったのですが、これ幸いと思ったハワード家の陰謀により、この森から民心は離れていき、この森の地脈は今にも切れかけてしまいました。その結果が目の前の光景ですわ」
「(読めたぞ。恐らく邪魔な兄がいなくなりここに集まる人間に金か何かをばら撒きオリビア家を衰退させ、地脈を取り戻させてやるから結婚しろという迫り方をしているんだろう。ハワード家やはりクズの家系だったようだな…)」
エリカの説明を受け、森を眺めている二人の元にやれやれと言わんばかりの煌びやかな服を着た男がやってくる
「…やはりここにいたのか、エリカ。探したぞ」
「ラーズ…。今日は用事ができたとそちらに連絡を入れた筈ですわ」
「(こいつがラーズか。父親同様、クズのオーラが溢れているな。情報を探る意味でも少し様子を見るか)」
「ふん。お前はまだ自分の立場がわかっていないようだな。その森を以前の姿に戻したいのなら私と結婚する以外道はないのだぞ。黙って私の嫁になれ」
「その選択以外ないことはわかっていますわ…。ですが、まだ返答の期日ではありませんわ」
「イエスと首を縦に降ればいいものを…。本当に兄のようにダメな女だ」
「兄の事はかんけいなっ」
「まぁまぁ、その辺で引いてあげてくださいな、ラーズ様」
「…お前は誰だ?見ない顔だが、エリカの執事か?」
「これは失礼致しました。俺…じゃなかった。私は聖守と申します。オリビアさんの学友にございます」
「ああ、あの勇者様や姫様がご執心の平民か。ハワード家次期当主の私を差し置いて、こんな奴のどこがいいのか理解できん」
「そこには同感致します。それよりもラーズ様、期日はまだという話でしたらここはハワード家の器の大きさを示すためにも黙って待っていたほうが良いと思いますよ?焦る男はモテませんから」
「ふん。平民風情に言われなくてもわかっている。エリカ、良い返事を期待しているぞ」
森を見て嘲笑うかのように言いたい事だけ述べてラーズは去っていく
ラーズの姿が見えなくなり、緊張がほぐれたのか安心したエリカが口を開く
「…助かりましたわ。あの男は喋り出すととにかく長くて刺々しいのです」
「いや、気にしなくていい。それよりも、この森を守るためにあいつに脅迫されているのか?」
「今のを見られましたので正直にお答え致しますが、森のために結婚を迫られているのは確かですわ。…兄は昔からこの森の景色が好きでした。豊かな緑に人々が集まり、長閑に過ごしている光景が。兄の思い出の景色のために私はここを守りたいと思っています。ですが…」
「そこからはいいよ。辛そうだからここまでだ。今日は案内してくれてありがとうな。ランス隊長の好きな森の景色が取り戻せるといいな」
「…そうですわね」
「(救ってやるさ。元勇者パーティ大魔法剣士の聖守がな)」
把握しておきたい情報はすべて調達できたと、守はエリカと別れ、オリビア家を救うことを決意する
そして、その目で確かめた事実をすぐにアキレウスに共有すべく王宮へ足を早めるのであった
前回のあとがきで触れました、書きたい人物はエリカになります。そして三大貴族二人目の登場クズ男ラーズ。
このクズに対して主人公が作中では初めてチートを使うとか使わないとかになる予定です。
そして残りの三大貴族についてはもう少し先に登場させます。そいつもちょっと飛んでる人物にする予定です。