8 ー空の旅と愛し子ー
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慌ただしく飛び立った師弟の空行きは順調……では無かった。
「く……やはり、詠唱の短縮は負担が大きいな……」
「ししょう?」
空に舞い上がり、しばらく経った頃。
涼やかな美貌を僅かに歪め、額に汗を滲ませる師匠を、シャリテは不安げに見上げる。昨夜の飛行では 楽しげに周りを飛び回っていたキラキラな光の粒が、今は荒々しい様子で 飛び交っている。まるで、怒っているようにも、何かを求めているようにも見えた。
「ああ、大丈夫だよ シャリテ。少し無理な魔術の使い方をしてしまったからね、精霊の機嫌が悪いのか 制御が難しくて魔力の消費が激しいんだ。もう少し距離を稼いだら、一旦 地上に降りて休憩しよう」
辛そうなのに、それでも シャリテには軽く笑って見せる師匠の様子に、彼女は いよいよ心配になってくる。
「きらきら……何かほしい?」
「うん? キラキラ??」
意を決してキラキラに話しかけてみたら、師匠が不思議そうな顔をしてシャリテを見る。師匠には、昼間の日光の下でも尚 明るく光るこの無数の光の粒が見えていないのだろうか? 今も 沢山の光が師匠の髪に纏わり付いて、まるで食べようとでもしているかのようなのに。
「きらきら、ししょう 食べちゃだめ。……これあげる」
「へ? 食べる???」
荒ぶる光に危機感を覚えたシャリテは、師匠の見よう見まねで自らの髪を ぷちんと引き抜き、光へと差し出した。
「わっ」
「おっと?!」
その効果は、シャリテの予想を遥かに越えていた。
飛び交う光が一斉にシャリテの手元に集まり、飛行中に二人を包んでいた風の膜どころか、板の浮力さえも瞬時に掻き消え、師匠が焦った声を出す。
しかし、光が集ったシャリテの黒髪は 一瞬で風に解け、光の粒たちが 昨夜以上に楽しげに周りを飛び回り始めることで、先ほどよりも穏やかな風の膜に包まれ、師匠の足下にある板は安定した浮力に支えられる。
よく見れば、師匠の髪だけではなく シャリテの髪にも戯れるように纏わり付く光も出て来る有り様であった。
「驚いた……。シャリテ、キミは“愛し子”か」
「いとしご?」
驚きも冷めやらぬままに ポカンとしているシャリテに、こちらも 驚きの色を帯びた表情の師匠が、半ば確信を持って言う。
「そう、愛し子だよ。シャリテ、キミは 私が魔術を使う時に 何度か“キラキラ”と言っていたね?」
「今も、ししょうとしゃりて、きらきらしてる」
「そうか。見え方は愛し子によって それぞれらしいけれど、そのキラキラは“精霊”と言ってね、私達 魔術師が……いや、魔法使いもだけれど、魔術や魔法を使う時に手伝いをしてくれるものなんだ。そして、それは 普通の人は見ることができない。そんな精霊を見ることができ、精霊達から殊更に愛される存在が“愛し子”と呼ばれる人なんだよ」
ところどころよく分からなかったけれど。師匠の話によると、シャリテの視界の中で こんなにも沢山 飛び回っているキラキラを、他の人達は見ることができないらしい。シャリテにとっては奇跡のような魔術を使う師匠ですら、何となく気配は感じても、見ることはできないそうだ。
「きらきら、せいれい……」
「ああ、そのキラキラが精霊達だ。彼等はキミの事が大好きなのだろう、先ほどよりもずっと素直に魔術を手伝ってくれているんだ。シャリテには、魔術の素質があるのかもしれないね。とても楽になったよ、ありがとう」
そう言う師匠に微笑まれて、シャリテはとても心がキラキラした。まだ、師匠の役に立てて嬉しいとか、微笑まれて嬉しいとか、今の気持ちを表す言葉は知らないけれど……こんな時には唇がむずむずして、師匠みたいに両端をきゅっと持ち上げたら良いのかもしれない と、なんとなく真似をしてみるシャリテだった。
「おや、上手に笑えるようになってきたね。これからもどんどん嬉しい事や楽しい事を見つけて、沢山笑いなさい。その方がずっと良い」
本当は、まだまだ ぎこちない笑顔だったけれど、師匠は更に笑みを深めて シャリテを褒めるのだった。
それからの旅路は穏やかなものだ。
「ししょーーー!!!」
「シャリテ?! どうしてそんな場所に??!」
休憩のために立ち寄った森の開けた場所で、師匠が離れた隙に 髪を引き抜いて精霊に話しかけたシャリテが、精霊の悪戯によって師匠の目線ほどの木の枝に乗せられてしまったり。
もちろん、その後 一人での魔術の練習は禁止になった。
「っうわ!」
「ししょーーー!!!」
水を汲もうとした師匠が 小川の畔で足を滑らせてずぶ濡れになったり。
命の危険も、衣食の心配もない、穏やかな旅路である。
ちなみに、道中の水汲みはシャリテの仕事になった。
「悪いが、他所に行ってくれ」
「頼むよ、一晩だけで構わないんだ」
「駄目なものは駄目だ。アンタだろ? 最近、隣の村を騒がした銀髪の魔術師っていうのは。それだけでも要注意人物なのに 忌み人まで一緒じゃあ、どんな災いを呼び込まれるか分かったもんじゃない。捕縛されないだけありがたいと思って、とっとと どっかに行ってくれ!」
「……」
ゆく先々での、地元民達との心暖まる交流などのエピソードは些か不足しているが。
「仕方が無いな。今夜は野宿になってしまうけれど、国境を越えるまでだから 我慢しておくれ」
「しゃりて、いつも のじゅく。……ししょうといっしょ、あったかい」
「……そうだったね。ほら、おいで。ちゃんと外套の中に入らないと風邪をひくよ……たぶん私がね」
まだ冬ではない事が幸いして、木に寄りかかった師匠の膝の間にシャリテが抱え込まれるようにして眠れば、風邪をひく事も無かった。
もうひとつ幸運を挙げるならば。野生の獣は、この食糧難な国の人間に見つかれば、嬉々として その日のディナーにされてしまうので、警戒して二人に近寄る事が無かったという点だろう。実に穏やか……? な旅路である。
そんな旅路を幾日か。
何処かに落ちたり引っ掛かったり 心なしかボロッと草臥れた様子の師匠と、毎日食べられる美味しいご飯で ほんのり血色の良くなったシャリテの前に。国境を示す川と橋、橋の両端に設けられた国境警備隊の詰め所が見えて来たのだった。
師匠の髪は食べられません!(※重要)
精霊さん達にとって重要なのは魔力の方なので、魔術の媒体として差し出されたものは遠慮なく持って行きますが、流石に生えているものを根こそぎ持っていったりはしません。……え? 大切な事ですよね、銀髪ロン毛様の安否って(´・ω・)?
あと、初期設定に忠実に? 師匠の残念さを仄めかしてみました(´≧∀≦)v