4 ー未知との遭遇ー
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「町に着いたね、今度は門番に追い返されないと良いが……」
濃密な記憶を残しながらも 短い空の旅を終え、町を囲う壁の側に降り立った師匠が シャリテを抱えたまま門の方へ向かう。
「ししょう、あっち」
しかし、門にいる大人は シャリテを見ると怖い顔で追い払おうとするので、師匠を呼び止め、いつも出入りする亀裂のある 門とは反対側を指差す。
「うん? 上から見た感じだと 彼方に門は無かった筈だけど……何かあるのかい?」
そう言いつつも、シャリテの指し示す方へ歩む師匠。少し歩いた先の壁には、子供ならば余裕で通れるけれど、体格の良い大人ならば確実に通れない程度の亀裂があった。
「ここ。町に行く」
シャリテが指し示した亀裂に、師匠は空いた片手で目を覆い 天を仰ぐ。
「なるほど、その手があったか……。子供ならではの出入り口だね。私は……ギリギリだな」
師匠に下ろしてもらったシャリテは、ひょいと通り抜けて振り返る。さあ師匠も通れと言わんばかりである。
「不法侵入だが……背に腹は変えられないか。ここで食料品を手に入れなければ、国に帰る前に2人で行き倒れだろうし……よし」
何事か葛藤があったようだが、結局は 体を横にして亀裂に……ちょっとばかり服が引っ掛かりながらも、細身な師匠は なんとか通り抜ける。
「ふう。ここ数日の減量のお陰かな? 帰りは空から帰るべきか……。まあ、後で考えよう。シャリテ、この町の宿屋の場所はわかるかい?」
「こっち」
宿屋に入ったことは無いが、この町の唯一の場所であり、裏口には毎日のように残飯や野菜屑が生ゴミとして出されているので よく知っている。この町の孤児たちのホットスポットのひとつだ。あとは、数軒ある酒場や大小2つの食事処……特に小さい方の食事処は、食べ物の争奪戦も覚束ないような幼い孤児には 余り物を恵んでくれたりする“いい大人”の居るところだった。
とりとめの無い事を思い出しながら 宿屋に着けば。外で待機の姿勢でいたシャリテだったが、師匠に手を引かれて いつもの裏口では無く正面口を潜る。
「はい、いらっしゃいませ……お客さん、そんなのを連れて入っちゃ困りますよ。忌み人の浮浪児じゃないかい」
師匠を見て 愛想よく声を上げかけた 恰幅が良く声の高い大人が、言葉の途中で表情を曇らせて 鼻先に臭いものを差し出されたような顔でシャリテを見た。
「この子は私の恩人なんだ。今晩だけだから見逃しておくれ……これで足りるだろう?」
そんな大人に、師匠は懐から煌めく石の欠片を取り出して握らせる。その途端、大人の表情は一瞬で変わってしまった。
「ひぇっ! これは上質な……ささ、一番上等なお部屋をご用意いたしますからね。なんだったら1週間だって泊まってってくださいよ! さ、お嬢ちゃんも お入りっ!」
あまりの豹変ぶりに、若干 引き気味のシャリテすら笑顔で迎え入れた大人。そんな大人に一瞬だけ師匠の笑顔が消えたが、シャリテが気づく前に すぐに何事も無かったように あれこれと注文する。
「後で部屋に2人分の食べ物と飲み物を頼むよ。ここのところあまり食べられなかったから、できれば柔らかくて食べやすい物だとありがたい。それと、部屋に浴室はあるかい?」
「もちろん、ありますとも。……えと、お薬の類いは入り用で?」
意味ありげにシャリテを見る大人の視線を遮るように半歩横に移動した師匠は、即座に申し出を断った。
「そういった気遣いは無用だ。もう一度言うが 彼女は私の恩人なんだよ、“そういう相手”じゃない」
「す、すみません。お部屋は 階段を3階まで上って一番奥ですから、ど、どうぞ」
忙しなく表情を変える、今度は顔色の優れない大人を通り過ぎ、鍵を受け取った師匠とシャリテは階段を上る。
3階の一番奥の部屋は、シャリテには別世界のように見えた。
艶々の家具に、ガラスの窓と汚れや継ぎ接ぎの無い窓布。手前や奥にある木の足がついた布の塊は何だろうか? と首を傾げたり、床に敷かれた布を汚さないように 爪先立ちで恐々と歩いたりしているうちに、師匠はさっさと入口から見て横の方にある扉を開けて確認していた。
「ああ、浴室はこちらか。シャリテ、食事が来る前にさっぱりしてしまおう。此方においで」
「さっぱり?」
師匠のもとへ爪先立ちのまま ふらふら歩み寄って見上げれば、師匠はシャリテに軽く説明してくれた。
「ああ、ここで 服を脱いで、この扉の中で髪や体を洗うんだよ。あの赤い石に触れるとシャワーから湯が出るから、この布と石鹸で洗うといい。……じゃ、私は彼方で待っているからね」
そう言って、ささっと出ていってしまった師匠をやや首を傾げつつ見送り、シャリテは言われた通りに服を脱いでツルツルした壁や床の部屋へと入って行った。
シャリテの“きち”よりももっと広い部屋には、よくわからない物が置いてあったりしたが、壁にあるピカピカのガラスを覗けば くしゃくしゃな髪で黒い瞳がギョロリとした子供がいた。
「しゃりて」
これは自分だ。雨の後の水溜まりや、飲み水を汲む小川に薄っすらと映っていたし、黒い瞳は町にいた時でも自分だけだったから すぐに分かった。これは姿を映すものらしいと判断して、師匠の言っていた赤い石に触れる。
「っ?! ぎゃーーー!!!」
熱い! 痛い! 怖い!
それしか分からなかった。壁の上からにゅっと飛び出た金色の部分から、熱い水が止めどなく降り注いで来た事で胆を潰したシャリテは 絶叫して蹲り、少しでも襲いかかって来る水から離れるべく、部屋の隅で縮こまる。
「どうしたんだい?!」
シャリテの叫びに 血相を変えて駆け込んで来た師匠に飛びついて、シャリテは涙ながらに訴える。
「水、いたい! しゃりて、いたい!!」
「あー、シャワーか。火傷なんかは……してないね。よしよし、大丈夫だよ。落ち着いて。大丈夫、大丈夫。驚いただろうけど、これはそういうもので、汚れを洗い流すものなんだよ。ああ、泣かないでおくれ……」
師匠に背中を優しく叩かれながら、少し落ち着いて来たシャリテだが、再び師匠が外に出ようとしても、外套と上着を脱いだ師匠のシャツを掴んで放さなかった。もちろん、シャリテの髪や肌は まだ汚れたままである。
「うーん。参ったね……今日だけは私が手伝ってあげるから、次からは自分でできるようにしようか。大丈夫、これは恐いものではないよ」
そう言って、困ったように微笑む師匠は シャワーに怯えるシャリテの頭を撫でた。
慣れれば暖かいお湯と夢のような香りのする石鹸、慎重に髪を洗う師匠の指。時々、ぶつぶつと「先ほどもだが、これでは あらぬ疑いが……」とかなんとか言っていたけれど、シャリテは無事に“小汚い子供”から“清潔な子供”へとクラスチェンジを遂げた。
「次からは自分で~」と、言われていたけれど。シャワーにほんのり苦手意識を持ったシャリテに 暫く手を煩わされるようになる事を、師匠は まだ知らない。
この話で食事まで辿り着くハズが……。
予定していた文字数のほとんどを不法侵入とシャワーに持っていかれてしまいました |||orz
鏡に映った自分……には さして驚かず、シャワーに動転するシャリテでした。
残念ながら(?)師匠はロリコンではありませんでした。ロリコンの方が面白かったかな?(待て!!)