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捌話 刀剣商


 そのまま数秒感お互いに見つめ合ったが、先に動き出したのは綱吉さん。


「……ん、んんっ。答えが違う時点で私としては斬り捨ててやりたいくらいだが、一応聞いてやろう。タタキとはなんだ?」


 どうやら綱吉さんは鰹のタタキが何か知らないらしい。しかしそれだけで斬り捨てられちゃ敵わないな。


 俺としてはやはり鰹はタタキに限るというか、むしろタタキしか食べたことがないくらいメジャーな調理法だが、この世界では知られていないのかも知れない。だったら知らないまま一生を終えるのは可哀想だ。


「タタキとは刺身を軽く炙って香り付けした後、醤油や酢をかけて包丁の背で叩いたものです。そうすることによって調味料が染み込んで――――」


「なんだ、タタキとは火焼膾ひやきなますのことか」


「火焼膾?」


 今度は俺が頭に疑問符を上げる。聞き覚えのない響きだった。


「火焼膾は火焼膾だ。要するに塩辛のことだな。まあ遠方では鰹も火焼膾で食べるとどこかの文献で目にしたことはあったが……そういえばお前は東から来たと言っていたな」


「え、ええ。まあ……」


 不意にあまり聞かれてほしくない話題に飛び、俺は苦笑いを浮かべながら言葉を濁した。


「ふんっ、お前の国がどうかは知らんが、少なくとも白国では握りが一般的だ。今日はタタキとやらは諦めろ」


「そうですね! 郷に入っては郷に従うと言いますしね! それでは握り、楽しみにしています!」


「あっ、おい!」


 無駄な言い合いになる前に退散しようと、やや不自然ではあるが強引にその場から去る。綱吉さんも若干違和感を覚えているみたいだが、俺の勢いに押されて無理やり呼び止めることはなかった。


「……ふぅ」


 結局街に出てしまった。


 時刻は四時を回るか回らないかで、早いところは屋台も出している。


 立ち食いそばに天ぷら、依頼の帰りなのか茶屋で小腹を満たしている武士もいた。ほんのり甘い団子の香りが鼻腔を掠める。


 ……腹が減った。だがせっかくの初鰹を前に買い食いもどうかと思う。


 いっそのこと逆転の発想をしてみるのはどうだろうか。即ち腹を満たすのではなく、腹を空かせるわけだ。


 幸いにして、以前ギルドに足を運んだことがある。確か店員の名前はかぐや……だったか。彼女であれば不慣れな俺にも何か仕事を紹介してくれるだろう。


 よし、そうと決まれば善は急げ――――


「あ」


 そこで俺はとあることに気付いてしまった。今の俺は無手である。


 一応御伽衆が何なのか分かっていないとはいえ、白雪様には武士として雇われている。そのため大小を差して歩いても見咎める者はいないはずだ。従って問題はそこじゃなく、その大小自体を所持していないということである。


 衣服や部屋は貸してもらっているものの、流石に大小のレンタルはないだろう。


 となればまず俺が行くべき所はギルドじゃなくて刀剣商だ。


「……よし」


 そんなわけで刀剣商を目指して歩く。もちろん場所など知らないが、やはり安定した職業である以上どこかしらか目立つ場所にあるはずだ。


 ちなみに武士の魂と呼ばれる刀だが、この世界ではどの身分でも持つことができる。そして火急の件などお呼ばれして登城する際以外は刀を持ち歩かなくてもいいことになっていた。


 ギルドという存在もあり、そこら辺はわりと自由になっているのだろう。刀狩りなども起きていないようだ。


「お」


 相変わらず閑散とした街道をぶらついていると、思った通りすぐに刀剣商を見つけることができた。


 綺麗な御家流で「刀剣」と書かれた暖簾がある。


「ごめんください」


 暖簾をくぐり、建て付けの良い扉をスライドさせて店の中に入る。


 返事がないため怪訝に思っていると、店の奥で店主が懐紙を口に咥えて刀の検分をしていた。あれは唾液が刀に付着しないためのものであり、であるなら返事がないのも当然のことである。


 俺は気にせず店主に軽く会釈すると、店に飾られた刀を眺めた。


 無骨な年季の入った木の刀掛け台に飾られているが、見たところ結構な業物に思える。剣術をやっていたとはいえ一介の高校生でしかない俺に名刀の区別は付かないが、真剣を扱っていた以上多少の良し悪しくらいは分かるのだ。


「黒鴉……四ツ胴落か」


 黒鴉とはおそらく刀の銘であろう。四ツ胴とはそのままの意味で、四つの胴を斬った――――え?


「四ツ胴!?」


 刀の斬れ味を意味する四ツ胴。


 即ち土壇に寝かせた罪人四人の胴を斬った証で、間違いなく名刀と呼ばれるものである。


 日本で言えば「虎徹」だとかの有名どころになり、ただの鑑賞目的の購入でも一千万を超える値段がつくのだ。


 そんな刀が、店先にぽんっと置いてあるこの状況に俺を目眩すら覚える。


「……五十両か」


 俺の年収が十両だから、その途方もない値段設定が良く分かると思う。雑な計算で千五百万……こんな名刀を持つことは一生ないだろう。


「はぁ…………ん?」


 帰るか。


 そう思って踵を返すと、視界の端に「束刀」の文字が見えた。数打ち物と呼ばれる大量生産品で、質より量の安い刀だ。ひと束いくら、で買われたから「束刀」というらしい。つまり俺でも買えそうな刀というわけである。


「やっす」


 しわくちゃの紙には「一貫」と書いてある。一貫とは銭一千文。俺の手持ちは五千文であるため、買おうと思えば五本は買える。


 普通に四ツ胴落を置いてあるような店にとって束刀はおもちゃみたいな扱いなのか、刀掛け台ではなく傘立てのようなものに数本まとめて置いてあった。


「ふむ」


 ずっしりとした重みが腕にかかる。軽く鞘から抜いてみると懐かしさすら覚えた。祖父は何やら業物を持っていたが、俺は両親に通販サイトで買ってもらったのである。


 流石に初伝をマスターし、中伝の技を追う時は祖父の刀を貸してもらっていたが、一番長く使っていただけに馴染みがあった。


「これで十分か」


 しかしたまたま手に取った刀は俺の身長からすると少し短い。安物で十分だが、長さだけはきちんとしたものを。


 そう思って他の刀に手を伸ばし――――


「っ!?」


 身体に電流が走った。びりびりと直感という名の電流が俺の身体を貫く。


 ここに置いてある刀は全て一貫の束刀。だというのに一振りの刀だけ、何かが違った。


 導かれるように俺はその刀を手に取る。


「……軽い」


 軽かった。当然刀は鋼鉄で、竹刀よりも断然重さがある。事実先ほどの束刀ですらずっしりとした重みを感じた。


 だというのにその刀は軽かった。


 試しに鞘から抜いた刀身はすらりとした白銀で、驚くほど薄い。一体どれだけの人間を斬り、何度刃を研いできたのか。その美しい見目からは考えられないほど濃い血のにおいが店の中に満ちる。


 俺は血のにおいに酔ったようにふらつく身体で、なんとかその刀を店主のもとまで持っていく。


「す、すみません……これを……」


 喉が張り付き、掠れた声しか出ない。しかし俺の気配に気付いた店主は煩わしそうに顔を上げ、ぽとりと口に咥えた懐紙を落とした。


 何か言おうとしたのだろう。しかし刀に唾液が付着するのを嫌ってか、素早い動きで刀を鞘に収める。


 そして道具を片付けると剣呑な雰囲気を隠そうともせず、俺を睨みながら口を開いた。


「小僧、それをどこから持ってきた」


「っ、その……そこにある、束刀の中から」


「束刀だぁ? 馬鹿を言うな! 蔵の中で厳重に保存されたそいつが、束刀と一緒に置いてあるわけがねえだろッ!」


 その怒声に思わず身を竦めるが、本当なのだから仕方がない。


 それよりも蔵の中に保存されていた、とはどういうことなのだろうか。話は見えないが、言葉だけで判断するならやはりこいつは名のある業物なのかも知れない。


「……しかし小僧、仮に束刀の中に混ざっていたとして、何故数十振りの刀の中からそいつを選んだ?」


「……俺が選んだわけじゃありません。ただ触れた瞬間、電流が走ったかのように身が震えました」


 我ながら嘘っぽい話だ。再度訪れるであろう怒号に備えておく。しかし店主は俺の言葉を聞き、逆に声のトーンを落とした。


「そうか……選ばれたか」


 選ばれた?


 俺の疑問は苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる店主を見て霧散してしまった。


 何か言葉をかけられるような雰囲気ではない。


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