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伍話 土産の意味


「紅猪口、ね。それはそれは……」


 白雪様は楽しそうににやりと笑った。何か作法的なものを破ってしまったのか?


「……やっぱりまずかったですかね?」


「いやまあ、まずいというか……」


 目が合った綱吉さんはそっと目を逸らした。え、本当にまずいやつだったり?


「教えてあげなさいよ、綱吉」


「わ、私がですか!?」


「あなた以外に誰がいるのよ」


「それはそうですが……うぅ……殿が教えてあげてもいいじゃないですか……」


 珍しく綱吉さんがめちゃくちゃ弱っているというか困惑している。それは俺に死刑宣告をする必要があるからだろうか。


 もしかしたら俺は何も知らなかった方が幸せだったのかも知れない。


 今なら何も聞かずに話を流せるかも……と決意するより早く、綱吉さんが口を開いた。


「その……な、内蔵助。お前は別の国から来たのだから知らないのかも知れないが、白国……まあ上方も変わらないのだが、男が女に紅を贈るというのは……『あなたの唇を貪りたい』という意味なんだ」


「――――は?」


「つまりだな、まぐわいたいという文代わりになるわけだ」


 何故か追い打ちをかけられ、俺は脱力して白雪様のタオルケットに顔を突っ込む形になった。


「あ、こら」


 いいにおいがする。


「いいのよ。ほっときなさい」


 白雪様の優しさが目にしみる。いやもう本当、「死にたい」ってこういう時に使う言葉だったんだな……。


 異性に好きですって言葉すら言ったことのない俺が、いきなりまぐわいたいとか……恥ずかしさとか遣る瀬なさとかいろいろな感情が胸をぐるぐると渦巻いて気持ちが悪い。腹を掻っ捌いたらそれらが解放されて楽になるんじゃないかとかつい考えてしまう。


「うぅ……こんなことなら簪にしておけば良かった……」


 いつか髪を伸ばした時に使いたくなるかも知れないし、綺麗な簪だったから飾るだけでも部屋が映えるんじゃないだろうか。


「あ、簪は『一生を添い遂げて欲しい』って意味よ」


「ぐふっ」


 白雪様から痛烈な追い打ちをいただき、完全にノックアウトである。


 そうか……露店の店主に、「女性への贈り物」と言った時点で俺の人生は決まっていたのか。もし人生をやり直すことができるのなら、俺は無難なプレゼントを贈りたい。


「ねえ、綱吉。あなた簪をもらったことはあるの?」


「え!? そんな……私は見ての通り無骨で図体のでかい女ですから、そういった類のものはさっぱりで……」


「あらそう? 確かに女性の中では背が高いかも知れないけど、男に好かれる身体付きだと思うわよ?」


 先ほどの「ほっときなさい」という言葉に救われた俺だが、こうも放置されるとそれはそれで悲しいものがある。しかも人の頭上で恋バナに花を咲かせているのだからなおさらだ。


「ねえ、内蔵助。あなたもそう思うでしょ?」


「へ? あ、はい。もちろんです!!」


 あまり話を聞いていなかったが、自分の主が白と言ったら黒だとしても白だ。俺は反射的に力強く肯定する。


「な、こ、あ、ちょ、――――ばかぁっ!」


「痛!?」


 何故か突然、顔を真っ赤にした綱吉さんに頭を叩かれた。理不尽すぎる。


「ほら、乳繰り合うのはそこまでにしなさい」


「乳っ!?」


 可哀想に。綱吉さんはもう茹でタコ状態で、かなり混乱しているのか頭がぐわんぐわんと回っている。


 俺も何がなんだか全く分かっていないが、そんな状態の綱吉さんを見れば自然と心が落ち着いた。


「内蔵助、あなた明日は暇?」


「明日ですか? もちろん暇ですけど……」


 もちろん暇、という言葉になんとなく心を抉られる。何かこちらの世界で趣味でも見つけるべきか……。


 だが正直そんな暇があればギルドの依頼を受けるか素振りでもしておきたい。


「だったら、お金は出してあげるから綱吉に簪と紅でも買ってきてあげなさい」


「分かりまし――――え?」


 ちょっと待ってほしい。確か紅が「あなたの唇を貪りたい」で、簪が「一生を添い遂げて欲しい」という意味になるんだったな。


 それを分かった状態で、改めて綱吉さんにその二つを買えと?


 見れば綱吉さんも俺の隣でフリーズしている。


「あの、綱吉さ」


「ひぅっ!」


 全力で避けられた。


 少し傷つくが、綱吉さんはどうやら男女の付き合いというものが苦手らしいのだから仕方がない。百戦錬磨、悪鬼羅刹の綱吉さんといえども弱点はあるのだ。誰しも経験したことのないものには疎く、未知とは恐怖である。


 だがそれは俺にとっても同じことだ。……最も、俺は綱吉さんと違って経験値が蓄積されている。


 それは前回のパフェしかり、何度か綱吉さんと出かけたことがあるからだ。彼女にとっては部下とのちょっとしたお出かけ程度の認識でも、俺からすると美少女とのデートである。


 心構えが違う分、俺はレベルが上がっていたわけだ。


「綱吉さん、俺を助けると思って一緒に買い物に行ってくれませんか?」


「く、内蔵助を助ける……?」


「はい。俺はお雪さんの誤解を解くために、もう一度……今度は簪でも買ってみようと思います。その時に、他の女性……たとえば綱吉さんの分も一緒に買って帰れば、きっとお雪さんは俺が何も知らずに紅を買ったと思うはずです」


 あくまでもその付き合っていただいたお礼として、綱吉さんは簪と紅を受け取ってくれませんか? と条件を提示する。俺に取っても綱吉さんにとっても悪くない話なはずだ。


 白雪様の命に背くわけでもないし、かといって俺と綱吉さんが不必要に気まずくなるわけでもない。さらに俺はお雪さんの誤解を解くことができる。


 我ながらぱっと考えた割にはなかなかいい案だと思うが……あくまでもそれを判断するのは綱吉さん。俺は黙って彼女の答えを待った。


「…………それなら、まあ……内蔵助には、ぱへとかにも付き合ってもらったわけだしな……」


 まだ少し迷っているみたいだが、白雪様の目の前で言質は取った。これであとからやっぱり止めたとは言えないだろう。


「はい、じゃあそれで決まりということで。明日は巳の刻に、あなたたちがよく行く茶屋で集合でいいかしら?」


 巳の刻……大体朝の九時頃だ。


 正確な時計があまり普及していないためかこの世界の人たちは割と時間にルーズだが、それでも明日はなるべく早く屋敷を出ることにしよう。仮にもデートで女性を待たすわけにはいかないからな。白雪様もそれを見越して茶屋を待ち合わせ場所に指定してくれたのだろうし。


「わ、私はそれで大丈夫だ」


「俺も問題ないです」


「そ。じゃあ内蔵助、今日はもう戻っていいわよ。……やることもあるでしょうしね」


 うちの殿様はどれだけ気が回るんだ、と逆に呆れそうな勢いである。


 もちろんその有り難い提案を断る理由もなく、俺は白雪様に頭を下げた。


 いつもは綱吉さんに付いていくだけだったのだが、明日はやはり俺がエスコートするべきだろう。だとすれば多少の下見はしておきたいし、デートプランも考えておきたい。もう随分と外は暗いが、やりたいことはいくつもある。


「お言葉に甘えて、本日はこれで失礼致します」


「内蔵助。分かってると思うけど、報告楽しみにしているから」


「もちろんです。……それでは」


 俺は白雪様の寝室をあとにする。


 明日に備えての準備が目白押しだ。しかしそれは嬉しい悲鳴とも言える。


 何せ互いに意識し、同意した上での初デート。さらに言えばお雪さんの誤解を解くこともできるのだ。


 一時はどうなるかと思ったが、白雪様も楽しんでくれているみたいだし……怖いくらいに万事上手くいっている気がする。


 このまま……このまま何事もなく、幸せな日常を過ごせますようにと俺は誰かに祈った。


 その幸せな日常に飽き飽きしていた、ほんの数ヶ月前の日々を忘れて。

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