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肆話 恋愛相談


 弐


 俺が御伽衆として仕事を始めてからふた月が経った。


 以前まで話すことがなければ童話でも話していたのだが、最近は話題に困ることがなくなり、随分とスラスラ言葉が出てくるようになった。


 白雪様が治める民の話、依頼で遠出した際の外の様子。


 ようやく俺は御伽衆の仕事を理解したのである。……御伽衆とは要するに隠密だ。


 もちろん全ての御伽衆がそうというわけではない。中には軍師のように軍略を語る者もいれば、それこそ説法のような有り難い話をする者もいる。


 俺たちは立場上あまり外に出られない白雪様の、目であり耳であり口であるのだ。


 そして俺の、御伽衆の中での立場は目だった。


「あの……白雪様。今日の話は、できれば綱吉さんからも意見が欲しいのですが……」


 しかしだからといって、堅苦しい話をするのはよろしくない。あくまでも御伽衆。隠密もやるが、それでも第一は白雪様を楽しませることにある。


「綱吉の? 別に構わないけど、何かしら。珍しいわね」


 今は八月。八月だから何か特別なイベントだとか祭があるわけじゃないけど、夏である。つまりすっごく暑い。


 暑いとどうなるか。残念ながらこの世界にクーラーはない。となると人はなるべく体温を下げるために薄着となる。


 そして白雪様の場合、薄着にもなったし同時に露出度もアップした。ネグリジェのような寝間着を着て布団の中に潜っていたふた月前と違い、シルクの薄い白いシャツとかぼちゃパンツという装い。


 上はとにかく胸どころか頭頂部の形までくっきりだし、かぼちゃパンツからは白く艶めかしい御御足がスラリと伸びている。


 白雪様がこの格好をしだしたのは一週間ほど前からだが、いい加減俺の理性というものはすり減ってしまっていた。


 そこで今回の話は白雪様を楽しませるため、そして綱吉さんを帳の中に招き入れるために考えついたものである。……まあ俺の切実な願いもそこには入っているのだが。


「ちょっとお二人に相談に乗って欲しいことがありまして……」


「ふぅん……綱吉、聞いていたでしょう? 中に入ってきなさい」


「はっ……うぇ!?」


 中に入ってくるなり綱吉さんは素っ頓狂な声を上げた。綱吉さんの仕事の邪魔をするわけだから、もしかしたらお小言の一つでももらうかも知れないと身構えていた俺は、逆に驚いてしまう。


「と、殿! 何ですかその格好は!?」


 綱吉さんは俺を押し退けるというか白雪様が見えないように吹き飛ばすと、慌ててタオルケットを殿の身体に巻く。


 俺は吹き飛ばされて上下が逆になった世界で「あ、やっぱり」と頷いた。


 そりゃそうだよ。殿様と下級武士とはいえ、白雪様は見目麗しい女性で俺は男。何か間違いが起こってからじゃ遅い。もちろんその間違いがないため綱吉さんが控えているわけだが、それでもやはり無闇にその肌を晒すものじゃないだろう。


「内蔵助ッ! お前も何故黙っていた!」


「お、俺ですか!? そんな、綱吉さんが何も言わないから、てっきりこれが当たり前なんだと……」


「そんなわけあるかっ! 殿はお前が来る前と帰った後は、きちんとこのたおるけっとに包まっているぞ!」


 理不尽なものではあったが、仮にも怒られているのだ。反射的に背筋が伸びる……わけだが、綱吉さんの「たおるけっと」に脱力しかける。


 この国の江戸っぽくない一番の要素が時折混じる西洋のもので、たとえば白雪様は普段、着物じゃなくてドレスだし街では甲冑を着ている人間もいる。俗に言うカタカナ言葉とかも普通に通じるのだが、綱吉さんはそれに滅法弱い。


 一応こっちが言った意味は通じているしたまに綱吉さんも使ったりするのだが、先ほどのように発音はとてつもなく怪しいのだ。


「うるさいわよ、綱吉。別にいいじゃない。私が私の臣下の前でどんな格好していたって」


「いいわけありませんとも! 第一、他の御伽衆たちには帳の中にすら入ることすら許していないではないですか!」


「え?」


 思わず俺はまじまじと白雪様の顔を見る。てっきり御伽衆は皆白雪様の隣で話をしているものかと思っていたようだが、どうやら違うらしい。


 何故かと問うために逆さまになった状態から起き上がって身嗜みを整えるが、どうやら気軽に話しかけられる雰囲気じゃないようだ。


「……綱吉。私は同じことを二度も言いたくはないわ」


 睨みながらそう言う白雪様に、流石の綱吉さんも口を噤んだ。


 同じことを二度、とはどういうことなのだろう。「臣下の前でどんな格好をしていたって」のことだろうか。


 しかしそれなら俺も何か言わねばならないだろう。俺の主にはやはり毅然とした態度でいて欲しい。俺の前だけ特別な姿というのも嬉しくはあるが、そういうことが積み重なってボロが出るのだ。


「それより内蔵助。早く話してちょうだい。つまらない話だったら腹を切らせるわよ」


「え、あ、はい!」


 ……何も言えない自分の無力さを呪う。


 言い訳をするなら、俺の立場だと仕方のないことなのだ。居酒屋で騒いでいる普通のサラリーマンが国会で総理大臣相手に何かを言うようなものだ。そもそもの話として、国会という舞台に上がれない。


 俺がこの場にいるのは偶然が重なった結果でしかないわけだ。


 それに綱吉さんが白雪様に意見を言えるのは、彼女が白雪様の母君……上方より参った客将だからである。


 俺は詳しくないが、どうやら白雪様と母君には何らかの確執があるらしく、そこから来た綱吉さんとはこうやってしょっちゅう言い合いをしていた。


 もちろん綱吉さんはただの客将とは言えないほど白雪様を一番に考えているし、白雪様も数多くいる家臣の中からわざわざ綱吉さんを選んで側仕えとしている。


 二人は俺が口を挟むには深すぎる関係なのだ。


 なので今は自分の職務を果たすことを優先としよう。


「お二人に聞いていただきたいのは、その……女性のことなのです」


「「女性?」」


 二人仲良くハモって首を傾げた。そこに先ほど言い合った様子は見受けられない。……なんというか、姉妹みたいだな。


「内蔵助……お前はわざわざ殿に、恋愛相談に乗ってもらうつもりなのか?」


「あら、いいじゃない。私は好きよ、そういう話」


「いや、ちょっと待ってください! そういうやつじゃないんですよ! ただ、ちょっと困ったことになっていまして……」


 何故かいきなり恋愛相談という流れになりかけ、俺は慌てて暴走する二人を止めた。


「困ったこと?」


「美人局かしら」


 いや何でそんな言葉知っているんですか、というツッコミと俺をどういう目で見ているんですか、というツッコミが生まれて俺の脳がショートしかける。


 白雪様とは一度ちゃんと話したいが、ここはさっさと本題に入ることにした。いっこうに話が進まなさそうだし。


「先日、ギルドの依頼を受けるために小鬼狩りに行った日のことなんですけど――――」


 俺はお雪さんの出会いと、この前の弁当のことを簡単に説明し、そしてそのお礼に土産を買った話を二人にした。


 気恥ずかしかったので具体的に何を買ったかは言わなかったが。


「それで、まあ受け取ってはもらえたんですけど、それからお雪さんに避けられるようになってしまって……」


 俺は切実な悩みを二人に打ち明けた。


 そう、あれから俺はお雪さんに避けられている。……ような気がする。


 もちろん決まったわけじゃない。確かに俺とお雪さんはあれから不自然なくらい会っていないが、原因の九割くらいは突然俺の配膳を担当し、部屋で食事をするようになった綱吉だ。俺とお雪さんの大きな、というか接点のほとんどが食事の配膳であったため、それを奪われては会う機会もなくなるというもの。


 だが心の片隅で、残った一割ほど俺に責任があるんじゃないかと思ってしまっているわけだ。


「ふぅん……ちなみに内蔵助。その土産って何かしら」


「そうだな。土産の内容が分からないことには、私たちに言えることは何もないな」


「う……やっぱり言わなくちゃいけない感じですよね……」


 何せ初めて買った女性への土産。センスないわね、とか言われたら心が折れそうだ。


 だが確かに、内容が分からなければアドヴァイスの出しようもないわけで…………仕方なく俺は、土産の内容を口にした。


「良さげな……その、紅猪口を買ったんですけど」


「んぐっ!?」


 気管に唾液でも入ったのか、綱吉さんが噎せた。


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