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壱話 御伽衆の仕事


 壱


 綱吉さんと道場で稽古という名の死闘を繰り広げてから、日常が大幅に変化した。


「内蔵助。上方から、この時期に実がなった珍しい西瓜が届いたぞ。お前も食え」


「あ、ありがとうございます」


 西瓜が届けば俺のもとへやってきて。


「戦力は圧倒的大差だった。だが窮鼠猫を噛むとも言う。私は徹底的に相手の士気を下げるため、相手方の大将に一騎打ちを持ちかけたんだ」


「は、はぁ……」


 廊下ですれ違った俺を無理やり連れ、縁側で武勇を語ったり。


「内蔵助! 上方で流行りの『ぱへ』とやらが食べられるみたいだ! 行くぞ!」


 朝から寝惚け眼の俺を叩き起こし、期間限定で振舞われる「パフェ」を食べに茶屋へ連行されたり。


「内蔵助、今日の夕餉は魚だ」


「ありがとうございます……って、俺の部屋で食べるんですか!?」


「別に構わないだろう。大広間は息が詰まる」


 何故かお雪さんの代わりに俺の飯を運ぶようになり、しかもそのまま俺の部屋で食事を共にしたり。


 兎にも角にも俺の日常は大幅な変化を見せた。というか俺の日常が変わったのではなく、綱吉さんが別人と入れ替わったのではないかと疑うほど変化した。


 何せこうして異世界にやってきたのだ。突如中身が入れ替わった人がいても驚かない自信がある。


 ……もちろん心当たりがないわけじゃない。というか心当たりも何も、あの一戦が原因なことは考えるまでもない。


「痛……」


 綱吉さんにカチ割られた額がズキズキと痛む。


 結論から言うと俺は敗北した。俺の一撃が果たして届いたのかどうか……俺は知らない。何故ならそれを知る前に一撃を喰らい、見事に気絶したのだから。


 カチ割られたと言っても比較的軽症で、日常生活を送るのに何の支障もない。強いて言うならたまに額が痛むだけで、傷はほぼ完治したと言える。


「まだ痛むか?」


 俺の呻きに反応し、今日も今日とて俺の部屋で食事を取っている綱吉さんがこちらを見て言った。


 以前の綱吉さんなら鍛え方が足りないだとか俺を叱責しただろうが、今の綱吉さんは本当に俺を心配してくれている。


 心がざわついた。だって俺に優しい綱吉さんなんて、普通にただの美人じゃないか。俺よりも強いという注釈は付くが。


「ちょっと見せてみろ」


 こちらに来てから少し長くなった前髪を払い、綱吉さんは顔を近付けて額の傷を見る。


 何かいいにおいがするし、弛んだ襟の隙間から強烈な谷間が見えた。


「……傷はほとんど残っていないな。もう少しすれば傷跡も痛みも完全になくなるだろう。


「そ、それは良かったです、はい」


 意図的に視線を逸らしながらなんとか言葉を紡ぐ。ある意味刀を持った綱吉さんより手強いかも知れない。


「ああ、そうだ。今日も亥の刻から殿のもとへ参れ」


「……は、はい」


 変わったのは綱吉さんの態度だけじゃない。


「何だその微妙な顔は。嫌なのか?」


「滅相もない! ……ただ、本当に他愛のない話をしているだけで……他の御伽衆の皆様は、説法だとか有り難い話をされているみたいで……」


 俺は綱吉さんと刀を交えた翌日から、白雪様の寝室に呼ばれるようになった。


 もちろん寝室と言っても邪推するようなものではない。俺が部屋にいる時、綱吉さんが必ず(とばり)越しに刀を差して待機している。


「なんだ、そんなことか」


「そんなことって……。俺、書架に行って勉強とかもしてみたんですよ!?」


 読めなかったが。


「いやいや、そんなことはしなくていい。内蔵助は内蔵助がしたい話をすれば良いのだ。殿もそれを望まれている」


「しかし……」


 俺は一週間ほど前、初めて御伽衆として仕事をした日のことを振り返った。



 ※ ※



「ああ、内蔵助。こんな所にいたのか」


「うわ、ちょ! どこに入って来てるんですか!?」


 包帯を巻いた頭が濡れないように、最新の注意を払いながら湯に浸かっていると、突然綱吉さんがやってきた。


「いってえ!?」


 そして案の定、飛び跳ねた湯が額に当たり痛みを誘発する。


「何を恥ずかしがっているんだお前は」


「いや、風呂ですって! 俺全裸ですから!」


「だからどうした。屋敷だから一人一人別に入っているが、普通は混浴だぞ?」


 そんな馬鹿な!?


 と思ったが、確かに江戸は混浴文化だったと思い出す。異世界だけあって何も江戸と同じわけじゃないが、それでも変なところで江戸っぽい。


「そ、それで綱吉さんはどうして風呂に……? 混浴したくなったなんて言いませんよね……?」


「別に私はそれでも構わんが、それよりも大事なことだ」


「大事なこと?」


 混浴でも構わないのか……というツッコミを入れてしまうと泥沼になるような気がしたため、そこには触れなかった。


「明日から内蔵助には、己の職務を全うしてもらう」


「己の職務……って、御伽衆の?」


「ああ、そうだ。明日の亥の刻、殿の寝室に来てもらう。言っておくが遅れたら腹を切らせるからな」


「ぎょ、御意に……」


 腹を切らせると聞き、反射的に武士っぽい言葉が出てくる。……多分本当に腹を切らされるんだろうなと思えば、明日は絶対に遅刻できなかった。





 そして翌日、亥の刻。


 どうやって尋ねればいいのか聞いておくべきだった、と後悔しながら白雪様の寝室に向かう。


「……白雪様。内蔵助です」


 結局普通に声をかける以外に選択肢はないよな、と思いながら障子越しに名乗った。


「あっ、内蔵助? 待っていたわ。入りなさい」


 室内からやけにフランクな反応があり、俺は戸惑いながら戸を開ける。


「し、失礼します」


 室内に入ってまず驚いたのは、その質素さだ。殿様の部屋だというのに俺の部屋とほとんど変わらない。もちろん俺の部屋には無い床の間がここにはあり、そこに飾ってある大小や掛け軸はきっと値が張るものだろう。


 しかし大広間のような金ピカ空間をイメージしていたため、拍子抜けしたというか何というか……少しだけ緊張が解れた。


 そして俺からすると助かったのは、室内に綱吉さんがいたことだ。彼女は俺にとって畏怖するべき対象だが、今この場では有り難い存在でもある。自分の主で殿様とはいえ、女性の寝室でしかも二人っきりなんて到底耐えられることではない。


「内蔵助? 早く来なさいな」


「は、はい」


 帳……薄布越しに白雪さんから急かす言葉が投げかけられる。俺は目を瞑ったまま座っている綱吉さんに何か声をかけるべきだろうかと逡巡するも「綱吉のことは置物と思って気にしなくていいわ」と言われ、迷いながらその隣に腰を下ろした。


「何してるの? 中に入りなさい」


「えっ」


 中とはつまり帳の先、ベッドの中に入るようなものだった。


 反射的に綱吉さんの方を見るが、彼女は身動ぎすらしない。……何も言わないということは、入ってもいいということだろう。


 そう解釈し、俺は帳の中に入った。どうか介錯されませんように、と洒落にならない願いをしながら。


「っ」


 薄布、と言っても外から中はシルエット程度しかわからない。だから一体何が待ち受けていても取り乱さないで済むよう、俺は万全の状態でいた。


 だがそれでも驚かずにはいられなかった。


「どうしたの? 早くここに座って」


 白雪様はぽんぽん、と自分の隣を叩いた。


「……はい」


 中にいた白雪様は、ただ寝ていた。桜色の布団の中に潜り、顔だけをひょっこりと出している。


 枕に数歩分離れたところでは蝋燭の火が風に合わせてゆらゆらと揺れていた。


 トレンドマークとも言える髪は全て布団の中なのか、こうやって見ると普通の少女みたいだった。


「……もしかして御伽衆って、寝物語を話すのが仕事なんですか?」


「……ええ、そうよ。御伽なんだから。むしろそれ以外に何があるのかしら」


 その声は少し呆れているようにも聞こえた。


 でも心の中で言い訳するなら、俺もそうだとは思っていた。

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