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拾話 お弁当


 参


 早朝六時。夏を前にした今、日の出はもう少し早いため屋敷の人たちは既に起床しているようだ。


 電気というものが普及する以前の人々は日が沈むと眠り、日が昇ると起床したらしい。もちろんこの世界も例外ではなく、俺からするとこの世界の人たちは驚くほど早寝早起きだ。


 俺は役目がないのをいいことに、普段はもう少し遅くまで眠っている。だが今日はギルドの依頼を完遂するため、既に出かける準備は整っていた。


 もちろん依頼の内容は小鬼十頭の討伐である。


 ギルドの依頼は受注の報告が不要で、今回の常駐依頼と呼ばれるものは特別なことがない限りいつでも達成報告を受け付けている。日本でもハブを捕獲したら行政が一匹につき数千円で買い取ってくれたりしたが、それに近い。ただしデッドオアアライブではなくデッドオンリーであるため、討伐証明として右耳が必要になる。


 小鬼の容姿だが、赤黒い肌に角という馴染みのものらしく、見たらすぐに分かると教えてもらった。小鬼の生息地まで往復一刻程度のことであるから、何か特別な荷物も必要ない。


「……よし」


 準備万端と言っても、そもそも大小さえあればいい。庭の井戸で汲んだ水を入れた竹水筒もある。


 ただほんの少し緊張しているだけで、その緊張を解すために深呼吸をして部屋を出た。


「……内蔵助様? おはようございます。今日はお早いんですね」


「ああ、お雪さん。おはようございます」


 部屋を出てすぐに大根を持ったお雪さんと遭遇する。「今日は早い」という言葉は、綱吉さん辺りが言ったのなら嫌味に聞こえるのだろうが、お雪さんが言うと柔らかさすら感じるから不思議だ。


「今日はちょっと、ギルドの依頼で小鬼を討伐しに行こうと思いまして」


「小鬼を……お武士様ですものね。でも無茶はしないでくださいよ?」


「はい、もちろん。お雪さんに心配をかけるわけにはいきませんから」


 ただでさえ一度お世話になったのだ。それに怪我なんてしたら、お雪さんは俺のために心を痛めてくれるだろう。だから本心でそう言ったのだが、お雪さんはその言葉を聞いてぱちぱちと瞬いた。


「……ふふっ、そうですよ。内蔵助様が怪我でもなされたら、心痛で眠れなくなってしまいます。だから無事に帰ってきてくださいね」


「ええ。――――それじゃあ、俺は、」


「あっ、ちょっと待ってください! ほんの少しだけ時間をいただけませんか?」


「時間を? いえ、それは別に構いませんが」


「でしたらお部屋でお待ちください。すぐに戻って参りますので!」


 そう言うとお雪さんは、慌ただしく廊下を走ってどこかに消えた。何なのだろうかと気になるが、言われた通り自室で待機する。


 それから数分経ってお雪さんは戻ってきた。


「内蔵助様?」


 戸を閉めていなかったため、空いている隙間からお雪さんがひょっこりと顔を出す。


「これ、おむすびです。よろしければどうぞ」


 少し恥ずかしそうに微笑みながら、竹皮で包まれたおにぎりを差し出す。おにぎりと言ったが、大きさ的におむすびが複数個入っていそうでお弁当と言った方が正しいかも知れない。


「あ……ありがとうございます! めちゃくちゃ嬉しいです! 大事にいただきます……!」


 母親を除けば、女性に弁当を作ってもらうなんて初めてのことだった。だから俺のその言葉は紛れもない本心である。


 小鬼を殺さなければいけないという後ろめたさと戸惑いは、あっという間に吹き飛んでしまった。


 俺の少ない語彙力というか表現力というか文章力では、この喜びを形容できない。だから俺がどれだけ喜んでいるのかお雪さんには伝わらないのだ。それが歯痒くて仕方がない。


「そ、そんな大したものじゃないですよ! あまりお待たせするわけにはいかないから、もうぱぱっと作ったので、ほんとあまり期待しないでください……!」


 それでも俺の気持ちの一部は伝わったのか、お雪さんは両の手で顔を覆ってしまった。ちらりと見える小さく白い耳が真っ赤に染まっている。


 お雪さんは働いているためか学生だった俺よりも大人なところがあるというか、雰囲気は完全に淑女のそれだ。だがこういった表情を見れば、俺と同年代の少女なんだと親近感を抱く。


 だから俺のこの感情を、もっと赤裸々にぶつけてみたいという悪戯心が芽生えた。しかしいじめ過ぎて嫌われるのも嫌なので、ここらで止めておく。


「あはは。それじゃあ、行ってきます」


「……はい。いってらっしゃいませ」


 お雪さんに見送られ、俺は屋敷を後にした。





「……ふぅ」


 目的の民家には一刻……二時間ほどで着いた。


 かぐやさんが言うには往復で一刻とのことだったのだが……近くに民家らしきものはないため、おそらく間違いないだろう。間違いないが……本当にあっているかは少し自信がなかった。


 まず半刻で着くはずが一刻かかった。しかしかぐやさんの情報がどこまで信用できるかも分からないし、旅……とまではいかないが、悪路を歩き慣れていない身であるが故に時間がかかったのかも知れない。田舎とはいえ、祖父の家や道場の周りはアスファルトで舗装はされていたのだ。


 本当に最低限しか舗装されていない道というものを、現代の高校生が何度も歩くわけがない。しかも妖怪や山賊に気を付けながら。


 だが他にも懸念している点がある。


 この民家、民家というには大きすぎるのだ。


 民家というか屋敷というか、貴族がいるような……というか、俺が今住んでいる屋敷と変わらない。


 寝殿造り、というやつだ。十円玉の裏……まあ本当は表らしいが、それはいい。その十円玉の裏に描いてあるあれだ。


 確かに塀はぼろぼろで朽ちかけているとも言えなくはないが、立派な門すらある。


 お手頃なろ級の依頼で乱獲される小鬼が住むにはもったいない気がした。


 しかし屋敷を見ながらウンウン唸っても始まらない。


「取り敢えず近付いて――――っ!?」


 ガタガタと建て付けの悪そうな音を立てて、突然門が開かれた。それと同時に中から四体の小鬼が姿を表す。赤黒い肌と頭には二本の角。ぼろぼろの布を身体に巻いており、そこから伸びる手足は枯れ枝のように細い。間違いなくあれが小鬼だろう。


 小鬼たちはどこかに向かっているようだが、様子を窺う前にまずは心の中で「疑ってすみません、かぐやさん」と謝罪しておいた。


「四体……か」


 門は開きっぱなしだが、他の小鬼が出てくる気配はない。だがこの広大な屋敷に小鬼が四体で住んでいるとは思えないため、まずはどこかに向かう四体の小鬼が屋敷から離れるのを待つことにした。


 小鬼たちはキョロキョロと辺りを探っているが、俺という外敵に気が付いて出てきたという様子ではない。おそらく食料になるものでも探しているのだろう。手には錆びた鉈や、手作りらしき弓矢を持っていた。


 どうやらある程度以上の知能があるらしい。今はまだ狩猟に頼っているのかも知れないが、農墾を覚えた先に待っているのはもう一つの人類……。


「っ」


 頭に浮かぶ恐ろしい想像を打ち消す。きっと小鬼たちが人間の脅威になっていないのは、そうなる前に……知恵を付ける前にこうして依頼を受けた誰かが殺しているからだ。そう考えるとギルドの依頼というものは、もっと国を挙げて取り組むべき事柄じゃないのだろうかと思う。


 ちなみに小鬼を十頭討伐して得られる収入は銀一匁。俺が食っちゃ寝してるだけでもらってる一ヶ月の給料が銀六十匁なのだから、どれだけ割に合わない仕事なのかが良く分かるだろう。


 しかし誰しも俺のように職を得られるわけじゃない。明日の路銀すらない浪人からすると、小鬼を十頭倒せば数日は飯に困らないだけの路銀が手に入るのだ。そう馬鹿にできたものじゃない。


 それでも俺のような穀潰し……と自分で言うのは少しばかり心が痛いが、まあその穀潰しに年間十両も払う余裕があるのなら、多少なりとも上乗せしてやってもいいんじゃないかと思わずにはいられない。



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