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玖話 七ツ胴落「白国」


「そいつは白国。七ツ胴落だ」


 七ツ胴……もはや実在すら疑わしい業物だ。それこそ伝承に残るような、神話級の逸品。国宝で、酒呑童子を斬ったと言われる「童子切安綱」ですら六ツ胴落なのだ。


 もちろん七ツ胴も六ツ胴も斬れ味はさほど変わらず、担い手次第で六ツ胴にも七ツ胴にもなるだろう。しかしそれでも、目の前にある刀が名刀であることに変わりはない。


「白国――――国の名前を冠するということがどういうことか、お前さんも分かるだろう」


 店主曰く、国の名前であり殿様の名前でもある「白」、その文字を入れるにはあらゆる条件をクリアする必要がある。普通なら「白」の文字を扱うことすらできないというのに、この刀の銘は白国。それが許されているのは、「白国」という国……この国の建国に携わった刀だからだ。


「そいつは名刀だなんて生易しいものじゃない。あらゆる人間を斬り、所有者の血すら吸った妖刀だ。その妖刀に選ばれた人間の道は、例外なく血にまみれている」


「妖刀……」


 一番メジャーな妖刀といえば、徳川三代を斬った妖刀村正だろう。


 徳川は村正を忌避し、家にあった村正は全て廃棄されたいう。だが一説には、その類まれなる名刀を徳川だけで所持するための方便であるとも聞いたことがある。


 あくまでも噂でしかない。だがそれが真実なのではないかと疑ってしまうほど、俺は妖刀「白国」の輝きに惚れていた。


「選ばれたとは即ち『魅せられた』ことと同意だ。……それを持ってとっとと帰れ」


「え? あの、お代は……?」


「要らん。選ばれるとはそういうことだ。分かったら帰れ。そんなもの、長々と店に置いておきたくもない」


 しっし、と手を振って追い出される。


 その顔は方便というより、本当にこの刀を忌避しているように見えた。


「……お代、ここに置いておきます」


 七ツ胴落を買うような金は当然ない。もちろん店主もそれを理解して金は必要ないと言ったのだろう。それでも礼儀として一貫文の銀を近くのテーブルに置き、俺は店を後にした。


 そして早速手に持った白国を帯に差す。


「……うん」


 正直に言って、あんまり良くなかった。というのも、俺にとって武士とはやはり大小を佩刀するイメージ。


 刀狩りがないのだから当然武士は大小で浪人は一本差しだなんて観念は存在しないが、そんなこの国でも正装は大小の二本差しなのだ。


「……あのー、すみませーん……脇差も売ってもらえませんか……?」


 再び店の中に入った俺を見て、店主はあからさまにため息を吐いた。





 それから数分後、俺はようやく武士っぽい身なりになって街道を闊歩していた。


 戦国時代だとか江戸時代初期のように武士が特権階級だというわけでもないが、やはり殿様に雇われているのだから他の職業よりも身分のようなものは高い。


 まあそうは言っても金がなければ団子すら買えないし、殿様御用達の商人あきんどに偉そうにできたりもしない。所詮下っ端は下っ端なのだ。


 そう、団子すら買えないのである。


「……はあ」


 大小の小、つまり脇差を追加で購入したわけだが、その値段は約四貫。若干足りないくらいだったが店主は気前良くまけてくれた。


 まあまけてくれたというより、俺の全財産を搾り取ることが目的だったのだろう。何せ妖刀とはいえ七ツ胴落を一貫で売ったのだ。俺もそれを理解していたので、特に抵抗せず全財産を店主に支払ったわけである。


 双方納得のうえ交わされた取引。だがそれでも、一ヶ月分の給料をいきなり全て使い切ってしまった身からするとたまったもんじゃない。


 故に、俺はある場所を目指して歩いていた。その場所とはもちろんギルドのことである。俺は今からここで何か依頼を受け、金策としなければいけないわけだ。


「おろ? この前の坊ちゃんじゃない。佩刀なんてしちゃってまあまあ!」


「いてっ!」


 ギルドに到着するなり俺は、お盆を片手に配膳を終えた撫竹さんに見つかり、したたかに背を叩かれた。


「ちょ、痛いですって、撫竹さん」


「そう? ごっめんねー! あの時は気が付いたらいなくなってたから気になってたのよ? だからまた会えたことが嬉しくって!」


 いや、前回は撫竹さんの方がどこかに行ったっきり戻ってこなかったんですけど。という言葉は、「会えて嬉しい」なんて言われては引っ込めざるを得ない。


「そんなことより、私のことはかぐやって呼んでよね! みんなそう呼ぶんだからっ」


「は、はぁ……」


 ぐいぐいと来られるタイプは苦手というわけではないが、対応に困る。


「……ん? ほら早く。か・ぐ・や!」


「え!?」


 どうやら早速名前を呼んで欲しいらしい。あまり女性の名を呼ぶことに慣れていない身からすると、結構恥ずかしい。お雪さんという例外も存在するが、あの人には苗字がないのか「雪と申します。気軽に雪とお呼びください」と言われたので、他の人に倣ってお雪さんと呼んでいるのだ。


「かぐや……さん」


「うんっ、よろしい!」


 せめてもの情けというか敬称付けくらいは許してくれるらしく、かぐやさんは笑顔で頷いた。


「で、二度目の来店ということは、今日は依頼探しに来たわけでしょ? 察しが良くてごめんね! 私的にオススメの依頼はこの辺りかな」


 そう捲し立てると「どーん!」と「ろ級」の冊子をカウンターに叩き付けた。


「試し斬りにオススメなのはやっぱり小鬼ね! 何せ斬った感触が人間そのもの。背丈は齢十足らずの子供程度だから、両断できてスッキリすると人気なのよねー」


 かぐやさんは変わらず笑顔を浮かべたままそう言った。


 妖怪……鬼とはいえ、人の形をした生き物を両断。それが気持ちいいんだと弧を描く唇も。


 なんだかんだで人の心を読んだかのように、適切な仕事を割り振る手腕も。


 そのどちらもが俺には怖かった。ギルドの看板娘である撫竹かぐや……彼女がただの看板娘じゃないということに、俺は気付いてしまった。


「店を出て、右手に真っ直ぐ行けば東門があるの。その門を出て、道に沿って歩いたら朽ちかけの民家があってね、そこら辺は既に鬼の縄張り。ろ級の常駐依頼は小鬼十頭の討伐だから、右耳を十個単位で持ってきてね!」


 簡潔な説明である。小鬼の生息場所、依頼内容、依頼達成に必要な部位。それら全ての情報が揃っていて、後は足を運んで小鬼を殺すだけだ。……その分かりやすさすらも不気味に感じる。


 でも、それが普通なのだろう。この世界と日本では、命の価値観が絶望的に違うのだ。


「……っ」


 思い出さないようにしていたが、俺はこの世界に来て既に二人殺している。


 水に浸けた巻藁の中に細い青竹を入れてやると、その感触は人を斬った時の感触と似ているらしい。そう聞かされながら道場では何度も巻藁を斬った。


 だが実際のところ、そんな抵抗すらなかった。


 もちろん俺が斬ったのは太ももと喉仏。袈裟斬りで胴を両断したわけでもないのだから、その感触が軽いのは当然だろう。


 だが実感すらない一撃で人を殺した。


「どうしたの? 坊ちゃん。小鬼はまだ早かった?」


 かぐやさんが黙り込んだ俺の顔を覗き込んで言う。その顔は俺を心配しているようだった。


「…………いえ、今日は晩御飯が鰹の初物なので、間に合うかなと思案していました」


 無理やり笑みを浮かべて俺は冗談を飛ばした。


 流石のかぐやさんも意表を突かれたのか、ぽかんと間抜け顔を晒している。


「な――――ふ、ふふっ、あははは! 驚いた! てっきり初めての殺しにビビってるかと思ったのに!」


 まったくその通りであったが、俺はなんとか顔が引き攣ったりしないように耐えた。


「そっかぁ……童貞( 、、) じゃないなら、何か言う方が野暮ってもんだね。……うん、ごめんごめん!」


 いきなりの童貞という言葉に驚くが、要するに彼女は俺を「生き物を殺したことがある人間」であると言いたいのだろう。


 それにどうせこの喧騒じゃ何も聞こえない。俺は開き直ることにした。


「あはは、まあそういうわけで……今から行って、間に合います?」


「うーん……知ってると思うけど、夜は妖怪が活発になる時間だから亥の刻……夜四ツには門が閉められるのよ。時間的に余裕がないわけじゃないけど、不慮の事故に巻き込まれないとも限らないから私はオススメしないわ! そんなことより初鰹の方が、だんっっっぜん! 大事ね! 今日は早く帰った方がいいわよ!」


 むしろ早く帰りな! といった勢いに圧倒される。


 江戸の人たちの初物好きは有名だが、この国も例外ではないらしい。それは初鰹が五千文で取引されていることから分かっていたのだが、改めて実感した。


「それじゃあ、忠告に従って今日は帰ります。次は小鬼の耳を持ってきますから」


「じゃあね。楽しみにしているわ、坊ちゃん」


 変わらず笑顔を浮かべて手を振るかぐやさんに見送られ、俺は屋敷に戻った。

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