志望理由書
「ねぇ、もう志望理由書書いた?」
3月の終わり雨上がりの昼下がりだった。春休みの一幕、受験まで1年を切って焦って通い始めた塾の休憩室で突っ伏してたら隣に座った彼女に唐突に顔を覗き込まれた。
「……書いた。丁度さっき自習室で終わらせた。」
一瞬固まったとはいえ、すぐに反応できた自分には花丸をあげたい。いくら自分の彼女とはいえ、だからこそかもしれないが、美少女とまでは呼ばれなくてもそこそこに可愛い女の子に突然顔を覗き込まれたらかなり驚く。ちなみに、志望理由書とは、本物ではなくご丁寧に某〇〇ゼミが作った予行演習的なもので、春休みの課題の一つなのだ。
「良かった。どんな感じで書けば分からなくて困ってたんだ。もし今暇なんだったら教えてくれない?」
こちらの気も知らないで彼女は安堵した顔をした。
「いいよ。俺の書いたの見せるから分からないこととかあったら聞いて。」
俺はバックから志望理由書を取り出して彼女に渡した。
彼女はありがとと言っておもむろに俺の志望理由書を読み始めた。
俺はする事も特になかったので彼女の横顔を眺めて待った。別に美少女でなくても彼女の全てが好きな俺にとって彼女の横顔は愛おしくて何時間見ても飽きない。まあ、志望理由書なんて800字程度だからゆっくり読んでも3分もしないで読み終わるから大して待つわけで、すぐに読み終わった彼女はなんかニヤニヤしながら志望理由書を返した。
「ねぇ、篤人って何も国語教師目指してるんだよね?」
「そうだけど?似合わない?」
そういうわけじゃないんだけどさぁ。と、彼女はニヤニヤしたまま続ける。
「篤人って羊好き?」
「は?好きか嫌いで言ったら好きだけど?」
「私達は?」
「……愛してるよ?」
「うーん。嬉しいけどそうじゃなくてさ。」
「え、何。突然どうしたの?」
「いやさぁ、篤人、私達の達って字間違えてるよ。達はしんにょうの横に土で土の下に羊だよ。篤人の羊の棒が一本足りない。」
「あ。」
志望理由書を見たら確かに間違えていた。
「ほんとだ。ありがと。普通に今まで気づかなかった。」
「篤人時々そういうちょっとしたミスあるから気を付けないと。」
ちょっと馬鹿にしたように笑う。だから少しムッとして
「いいよ。君が居れば、こうやって注意してくれるでしょ?」
「……そういう返しばっかするのはずるくないですかねぇ。」
顔を背けた彼女の耳がほんのり赤くなってるのを見て俺は満足した。