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薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
序章 旅立ち
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金色の月と、冬の夜空



 ――地球とは別の星、ウホマトンケ。


 この星には魔力と呼ばれる力が存在し、精霊や魔獣、亜人といった人間以外の種族がいる。


 世界は大きく四つの大陸に分けられ、大陸毎に様々な特徴を持つ国が点在している。


「そしてここは、東大陸一の領地面積を誇る国、ケダトイナ王国だよ」


 ヘルによると、ケダトイナ王国は世界的に見ても、非常に豊かな国だと言う。


 石炭、金鉱などの資源が豊富に取れる山脈。農作物に適した気候。


 戦争は負けなしで、中でもケダトイナの「王属騎士団」は世界にその名を轟かせるほど実力派揃いなのだとか。



 しかし一方で、酷い悪政が敷かれていた時代もあり、未だにその傷跡を払拭しきれていない現状もある。


「君を奴隷市場で買い取った伯爵のような、前時代的思考を捨てきれない貴族も多いんだ。現国王が奴隷制度を廃止したけど、裏では法を掻い潜って、未だに人身売買が行われてる。君もその被害者ってこと」


 伯爵と出会った掘っ立て小屋。あそこは奴隷市場だったのかと、今さら知る。


「特にその件の伯爵は、闇市場によく顔を出していると噂されていてね。今回改めて調べ上げてみれば、その違法取引に加え、魔術研究所と繋がっていることも分かった」


「魔術、研究所」


「君を見つけた場所だよ」



 馬車を下りた時に一度だけ見た、ドーム型の建物を思い出す。



「魔力を活用して起こす様々な現象のことを『魔術』って言うんだけど、あそこはそんな魔術に関する研究施設、ってことになってる。表向きはね」


 含みのある言い方に首を傾げると、ヘルは眉を寄せて苦い表情を浮かべる。


「あの研究所は意外と古い施設でね。元々、この国は周辺諸国と比べてあまり魔術技術が発展していなかったから、その研究のために建てられたんだ。……だけど悪政の時代、その大義名分を隠れ蓑にして、秘密裏に倫理的とは言えない実験が始まった」



 実験、と言われて頭に浮かんだのは、無表情に何かを書き記す、白衣の人達。



「人体実験だ。その頃は人身売買が当たり前に行われ、奴隷が国内で急増した。そして用無しとなった者は研究所に送られた。中でどんなことが行われていたのかは知らない。生きて出てくる者はいなかったからね」


 ヘルの言葉で、ふと思い出す。あの女性も、同じようなことを言っていたなと。



 “――この研究所から出ることはできない。被験体も、そして研究者も、ね”



「今回、伯爵が研究所と繋がっていることが分かり、その確固たる証拠を掴むために騎士団が伯爵邸と研究所に踏み込んだ。そこで君が見つかった」


「……私以外の、人は」


「残念だけど、ほとんど助かるような状態ではなかった と、聞いてるよ」


 つまり、自分以外にも閉じ込められている人がいたということだ。


 研究所にいた女の話しから、そうかもしれないとは思っていたが、……そうか。




 ――自分が、助かってしまったのか。




「それでね、きっと思い出したくもないだろうけど……。君が研究所で何をされていたのか、言える範囲で良いから教えてもらえないかな?」


 申し訳なさそうにこちらを窺うヘルを見つめる。


「報告しなきゃいけなくて」


「……?」


 誰にだろう、と首を傾げる。



 すると何かに気付いたように、ヘルは手を打った。


「ん、ああ!そっか。そこをまだ説明してなかったね」


 納得したように頷き、ヘルは「えっとね」と姿勢を正した。


「君を見つけてここまで連れて来た騎士と、僕が知り合いなんだ。今そいつは後処理に追われて忙しいから、僕が代わりに君の事情聴取を買って出たってわけ」


 そこで一旦言葉を区切ったヘルは、少し言い難そうに眉根を下げた。


「君の情報は、研究所の実験記録に残っていたよ。年齢や研究所に来るまでの経緯、生誕日とかもね。二ホンという国の出身だってことまで書いてあった。ただ、君が別の世界から来たってことは、さすがに知らなかったみたいだけど」


 そう言って肩を竦めたヘルに、ふと疑問に思った。



「なんでヘルは、地球を、知ってるの?」


「それは……」



 ヘルは一瞬だけ言い澱んだように見えたが、すぐに笑顔で口を開いた。


「僕は何度か、魔術を使って地球という星を垣間見たことがあるんだ。二ホンのことも、そこじゃ黒い髪が普通だってことも知ってるよ」


「魔術で……」


「そう。召喚陣を書き変えて遊んでいた時に、たまたまできあがった魔陣が二ホンに通じていてね。それで、知ったんだよ。別の世界の存在を」


「まじん?」


「ああ。これだよ」


 ヘルが机の方へ歩いていき、散らばっていた紙を一枚取って渡してくれた。そこには黒いインクで、複雑な円形模様が描かれている。


「この模様が魔陣。魔力を込めることで術が発動するんだ。ちなみにこれは使い魔を召喚できる魔陣ね」


「つかいま……」


「使い魔っていうのは、まあ、魔術士の助手みたいなもんかな。ムゥがそれ」


 窓際に留まり、我関せずと言った様子で毛繕いをしている赤い鳥を指さすヘル。


「えっと、それで……。そうそう、つまり僕は魔陣を通して二ホンを見たことがあるんだ」


 納得してくれた?と、首を傾げるヘルに頷く。


 少し想像に欠ける部分はあるが、ヘルが魔術の力で地球の存在を知ったことは理解できた。



「よし。それじゃあ次は君の話しを聞きたいんだけど……。少し休む?」


 そう言われて、研究所でのことを話すんだったと思い出す。随分話しが逸れてしまったようだ。


「大丈夫?無理強いはしないよ」


 心配そうにこちらを窺うヘルに、首を振る。




 そして、この世界に来てからの日々を思い返しながら、研究所に辿り着くまでのことも含めて、調合物のことや白衣の人間達のこと、全てを話した。



「調合物を無理矢理、飲まされたの?」


 首を横に振る。


 不可解そうに足を揺らすヘル。


「抵抗しなかったってこと?」


 ひとつ頷く。それを見て黙り込んだヘルだったが、すぐにまた口を開いた。


「他に何かされた?乱暴されたとか……」


 質問に対して、首を横に振る。伯爵の屋敷にいた頃は生傷が絶えなかったが、研究所で過ごす内にその傷も塞がっていた。



 ただ、あの地下室にいる間はお風呂なんて入れなかったし、トイレも自由に行けなかったため、衛生面が――……。


 そこでふと、自分の体を見下ろす。ところどころ包帯が巻かれた腕。清潔な服。伸びきっていた髪も整えられている。


 全身を今更ながら確認していると、それに気付いたヘルが、思い出したように声を上げた。


「ごめん!言い忘れてた。傷の具合を見たくって、髪を切らせてもらったよ。それと、服もだいぶ汚れていたから着替えた方が良いかなって――。まあどっちも、君をここに連れてきた奴がやったことなんだけど……。その、勝手にごめんね」


 何やら深刻そうな表情で再び頭を下げるヘルに瞬きを返す。なぜ謝られているのか分からない。寧ろこちらが謝るべきだろう。


「――ごめんなさい、何から何まで」


「え、いやそれは全然。うん……。君が気にしてないのなら、別に良いんだけど……」


 なぜか複雑そうな表情で口篭ったヘルだったが、すぐに気持ちを切り替えるように笑みを浮かべた。



「色々教えてくれてありがとう。僕はあいつ――君をここに連れてきた奴と連絡を取るから、もう少し休んでいて。眠かったら寝てもいいからね」


「……ありがとう」


 机の方へと歩いて行くヘルの後ろ姿を見つめながら、小さく息を吐く。




 まだ分からないことは多いし、これからどうすればいいのかも定まらない。


 だけど、ヘルが色々と教えてくれたおかげで、見えてきたこともあった。ここが地球とは別の世界だと分かっただけでも、精神的に大きく違う。




 それにしても、とこちらに背を向けたヘルに視線を向ける。


 見た目はせいぜい十歳くらいでしかないのに、まるで大人と対しているような気分にさせられる。年の割に随分としっかりした少年だ。喋る言葉も子供のものとは思えない。


 ヘルが先程から言っている「君をここに連れてきた奴」とは、どんな人なのだろう。会ったらお礼を言いたい。


 ……この家にはヘルとムゥ以外、住んでいないのだろうか。




 浮かんでは消えていく、取り留めのない思考の波。


 机で何やら書き物をしているヘルを、ぼんやりと見つめる。




 外から聞こえてくる小鳥の鳴き声が眠気を誘う。


 今までの生活からは想像もつかないほど、穏やかな一時だ。




「よし。じゃあこれ、頼んだよ」


『了解』


 ヘルが手紙のような物をムゥに渡すと、それをクチバシに咥え、赤い鳥は窓から飛び立って行った。




「さぁて……。あれ、どうかした?」


 ヘルがこちらの視線に気付き、キョトンとした表情で首を傾げる。



「……ムゥ、喋るの」


「あ、うん。喋るね」



 窓から、爽やかな風が吹きこみ、短く切られた自分の髪が揺れる。


 ムゥが飛んで行った緑の風景を眺めながら、ぼんやりと思う。




 何はともあれ、自分は今生きている。


 ――だったら、死ぬまで生きるだけ。



 そう、今まで通り。それで、いい。













 ばさばさと、騒がしい羽音に、いつの間にか舟を漕いでいた顔を上げる。



 早っと、驚いたようにヘルが呟くのと同時に、部屋のドアが勢い良く開いた。




「――っ!」




 息を呑んだのは誰だったか。



 入って来た人影と目が合った瞬間、記憶が蘇る。


 意識を失う寸前見えた、淡い金色と、冬の夜空。



「あーっと。彼が、君をここに連れてきた奴だよ」


 お互い見つめ合ったまま動かないのを見兼ねてか、ヘルが苦笑混じりに紹介する。


 途端、我に返ったようにぎこちなく足を踏み出した彼は、こちらにゆっくり歩いてくる。


 そしてベッドの側まで来ると、こちらの目線に合わせるように跪く。



 サラリと、微かに揺れる白金の髪は輝き、こちらを真っ直ぐ見つめる瞳は、澄んだ冬の夜空のように煌めている。


「助けてくれて、ありがとう、ございます 」


 彼が何か言う前に、気付けば言葉が零れ落ちていた。



 男は虚をつかれたように一瞬固まった後、微かに唇を戦慄かせた。


「よかった……」


 柔らかい低音が、吐息のように零れる。


「本当に、よかった」


 感極まったように言葉を詰まらせ、黙ってしまった彼に戸惑っていると、ゴホンと咳払いが聞こえた。


「気持ちは分かるけど、自己紹介くらい自分でしてよ」


 ヘルがひどく呆れたように溜息を吐くと、ハッとしたように顔を上げた男が、片手を左胸に添えて背筋を伸ばした。



「申し遅れました。ローアル・スクリムであります。以後お見知りおきを」


「……よろしく、お願いします」



 畏まって挨拶をされ、慌ててこちらも頭を下げる。


 視線を戻すと、宝石のように煌めく瞳と目が合う。



「貴女の御名を、お伺いしても? 」



 名前を聞かれるのは、この世界に来てからは初めてのことだった。




「私、は」




 ――――『黒目』でも、『被験体』でもない。




「私の名前は、あきよ、です」


「アキヨ……」


 片膝をついた状態のまま、ローアルが俯き、微かに肩を震わせる。


 しかしまたすぐに顔を上げたかと思えば、徐にそっと手を取られた。




「アキヨ」


「?」


「己の命に代えても大切な主を守護すること。それこそが我々騎士の誇りであり、何よりの幸せです」


「……?」


「どうか、私が終古に主と定めた貴女の傍で、貴女の御身をお守りすることを、許して頂けませんか」


 真っ直ぐこちらを見つめ、手を握ったまま離す気配のないローアルに戸惑い、助けを求めてヘルを見るが、なぜか首を横に振られた。



 よく分からない焦燥感と混乱の中、必死に彼の言葉を咀嚼する。


 その結果、自分の脳が導き出した意訳は、そう、つまり――。


『自分は騎士で、騎士とは誰かを守ることが仕事で、今回は貴女を守ることが仕事だから傍にいてもいいですか』


と、いうことだろうか……?




 何から守るのかは知らないが、それが彼の仕事であると言うなら断る理由もない。


「お願い、します……?」


 了承の意を伝え、頭を下げる。



 するとローアルの真剣な表情が崩れ、代わりに満面の笑みが浮かぶ。


「――っはい、ありがとうございます!!」


 喜色の滲み出る声で、なぜかお礼を言われた。



 そして再び真剣な表情に戻ったローアルは、す、と瞳を伏せる。


 優しく握られていた片手を持ち上げられ、そのまま頭を下げた彼の口元が、手の甲に触れる。


 その時、ふわりと何かに優しく包まれたような感覚がした。



 今のは、何だろう。気のせいだろうか……?



「我、ローアル・スクリムは、アキヨに絶対の忠誠を誓います」


「あーあ……。ちゃっかりしてるなあ」


 ぽつりと呟かれた声に、顔を上げる。


 そこには退屈そうに頬杖をつき、半目でこちらを見ているヘルがいた。


「今の君を、騎士団の皆にも見てもらいたいよ」


「ヘル、しばらくこっちに泊まる」


「今更だよね?」


 別にいいけどさ、と不満そうに足を揺らすヘルは、こちらに苦笑を向けた。


「アキヨちゃんも、面倒なのに捕まっちゃったね」


「……ヘル」


「はーいはい」


 ヘルの言葉の意味が分からず首を傾げていると、ローアルに手を握り直され、そちらに視線を戻す。


「何か食べられそうですか?お腹は空いてます?」


 そう言われるが、空いているという感覚はない。ここ暫くの生活で胃袋が縮んでしまったのかもしれない。


 ゆっくり首を横に振ると、心配そうにこちらの顔を覗き込むローアル。


「少しでも何か食べた方が良いですよ。消化に良い物を作りますから」


「でも……」


「遠慮はいらないよ、アキヨちゃん。少なくとも十日間は何も食べてないんだから、何かしらで栄養を取った方が良いよ」


 そう言われて、戸惑いながらも一つ頷く。するとローアルは安心したように頬を緩ませ、手を離し立ち上がった。


「すぐ戻ってきます 」


 無駄のない動きで部屋を出て行ったローアル。その後を追うように「新しいお茶を淹れてくるね」とマグカップを持ち立ち上がるヘル。


 そんな二人を見て、不意に申し訳ない気持ちが湧いてくる。



 ここまでしてもらう価値が、自分にはない。


 助けてくれて、意識を取り戻すまで置いてくれて、治療までしてくれた。それだけでもう充分なのに……。これ以上貰っても、返せるものなんて何もない。



 怖い、と思う。



「アキヨちゃん」


 呼ばれて顔を上げる。


 ヘルがその容姿に似合わない、大人びた笑みを浮かべ、こちらを見つめていた。


「余計なことは考えなくていいよ。まずはゆっくり休んで」


 ヘルの穏やかな声音に、何か言葉を返そうとするが、結局何も言えずに口を閉じる。ただ、頷くことしかできなくて。




 ――初めて触れる “優しさ” に、戸惑うことしかできなかった。



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