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薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
番外編
65/66

ローアルの日記 続



××××年△月+日


 イセレイに来た。本当に濃い一日だった。俺はこの一日の事を生涯忘れないだろう。



 アキヨに婚約者がいたと分かった事が発端だった。


 それからはそのことがずっと頭に引っ掛かっていて、魔物が森に出たと聞いた時、少し頭を冷やそうと、子供を助けようというアキヨの提案に、即座に同意した。


 ルテニボンでの決闘の時は、不特定多数の者に囲まれている状況に不安があったが、このイセレイでアキヨが危険に晒される可能性は低いと判断したのもある。


 しかしそれよりも、このじわじわと広がり続けるどす黒い感情に、自分が呑まれてしまいそうで怖かったのだ。だから、気持ちを落ち着かせる必要があると考えた。




 しかしやはり、俺は冷静ではなかった。


 アキヨの異変に気付くのが遅れた。


 記憶の蓋が「ツバキ」と言う花をきっかけに開きかけていた。それに加えて、あの魔導師の境遇にアキヨの過去が共鳴してしまったのだろう。アキヨが唐突に泣き始めたのだ。


 初めて見る彼女の涙に、グルグルと渦巻いていた心がさらに千々に乱れた。



 そして追い打ちのように、あの魔導師が、事も有ろうに……。くそっ、今でもあの光景を思い出すと苛立ちが抑えられない。


 しかし、いつもであれば、冷静に対応できたのだ。いや、言い訳なのは分かっている。しかし、間違っても、アキヨにこの怒りをぶつけるなんてことは絶対……。



 それなのに、――俺は、魔導師を庇うアキヨの態度に理性が切れて、彼女に対して理不尽な怒りをぶつけてしまった。



 すぐに我に返ったが、あの瞬間。アキヨが俺に心を閉ざしたのが、分かった。瞳に影が差し、魔術研究所から助け出した直後のような、暗い瞳に一瞬にして戻ってしまった。


 あの時の絶望。あの後の恐怖。――そこからの記憶が無い。




 気付いたら部屋の中にいて、目の前のアキヨを逃しまいと、自身の腕に閉じ込めるように抱き締めていた。


 もし、アキヨに愛想を尽かされたら死のうと思った。それほどまでに絶望していた。


 何よりも自分自身に失望していた。綺麗事を並べて、結果アキヨを傷付けた自分に反吐が出る。自身を殺してしまいたい。消えてなくなりたい。そう思った。



 しかしそんな俺ですら、アキヨは受け入れてくれた。


 どす黒く汚れた感情まで、全て吐き出したにも拘らず、その全てを否定することなく、それどころか、好きだって、一緒にいようって言ってくれたのだ。……ああ、文字にしてみると、幸福すぎて手が震える。


 夢かと思った。いや、こうしてこの日記を書いている今でも、隣りで寝ているアキヨを何回も確認してしまうほど、信じ切れていない。



 ――分かってる。勘違いはしていない。アキヨは俺と同じ気持ちだと言ってくれたが、この「好き」と言う感情だけは、一緒のものではないと、分かっている。


 俺は今回の事で認めた。俺のアキヨへの感情は、この愛は、親愛でも信愛でも敬愛でもある。そして、情愛でもあるのだ、と。






××××年△月÷日


 ジアンノ・リモへ到着した。



 今日は素晴らしいことがあった。アキヨが「幸せだ」と口にしたのだ!とても嬉しかった。しかし、これは始まりでしかない。これからそれが当たり前と感じられるように、俺はもっと精進しなければならない。



 ……それにしても、久遠の魔導師め。アキヨに求婚するとは、一千年早いっ!


 俺も自身の感情を認めたからには、横から掻っ攫われる事だけは避けなければ。そう思って、アキヨに好きな人の特徴を聞いたのだが、そしたら、なんと、俺となら家族になっても良いと言ってくれたのだ……!


 その後すぐに撤回されてしまったが……。しかし、言質を取った。ここに、その証拠をしっかりと記しておこう。






××××年*月Ψ日


 次の行き先が決まった。ホマーノだ。


 ジアンノ・リモでアキヨは大切な夢を持てたようだ。亜人の差別をなくしたいらしい。アキヨらしい優しい夢だ。


 そして、アキヨの夢は俺の夢でもある。俺も全力で、アキヨの助けになろう。



 ホマーノへは船で移動することになったが、そこで一人の男と出会った。


 クウマと名乗っていた。知らない名だったが、俺の勘が只者じゃないと告げていた。少し鎌をかけてみたが、今思えば悪手だったかも知れない……。今後、彼と関わらないことを願いたい。






××××年*月€日


 船の旅は楽しいものだ。何より、誰にも邪魔されることなくアキヨとずっと一緒にいられる!


 あれからクウマの姿は見ない。嫌な予感は消えないが、今はただこの幸せな日々を噛み締めていよう。






××××年*月●日


 ホマーノについた。今日は少し時間があるので寝る前にこの日記を書いている。


 ヘルと話して確信したが、恐らくあの船の男、クウマはドリミナ――精励の魔導師だ。


 ホマーノにいるのか、もう別の国にいるのか分からないが、暫くは気を引き締めていなければ。何だか嫌な予感がずっとしている。気のせいなら良いが……。アキヨの顔が曇るようなことだけはあってはならない。



 アキヨはこれから見に行く妙技劇(サーカス)が余程楽しみなのか、何度もちらちらと時計を確認している。そわそわとベッドの上で足を揺らす姿が、何とも可愛くて癒される。ずっと眺めていたら、こちらの視線に気付いたアキヨが恥ずかしそうに姿勢を正した。それすらも可愛くて、思わず悶絶したら心配されてしまった。……俺が曇らせてどうする。






××××年×月×日


 長い一日だった。いろいろなことがあった。


 書くとこの日記一冊を消費してしまうだろう。だから、ひとまず喜ばしい事だけを記しておこうと思う。



 ……まず何よりも、アキヨと再会できた。本当に良かった。


 首飾りの追跡が途絶え、『騎士の誓い』で微量ながら繋がっていた感覚が途切れたあの瞬間、確かにアキヨは地上のどこにもにいなかった。


 後で聞いた話しだが、どうやら天真の魔導師の魂が存在する、いわゆる一種の結界のような中にいたらしい。地上と天界の狭間のような場所にいたようだ。そのため、この世界には留まっていたものの、半分死んでいるような状態だった、と。


 あの時は肝が冷えたが、何はともあれこうして戻って来てくれて、本当に良かった。


 それにこの上なく喜ばしい事もあった。俺達は神子と聖騎士となり、本当の永遠を約束されたのだ。他でもない神に!


 これでもう、アキヨが元の世界に戻る可能性は完全になくなった。この世界の神に、その存在を認められたのだから。




 地上に戻れば、今回の魔物の暴走で亡くなった命も、荒れた大地も、創世説話の如く、何事も無く蘇っていた。


 妙技劇(サーカス)天幕(テント)の中で意識を失っていた観客も、炎の中から火傷も掠り傷も無く救出された。しかし残念ながら、劇団の団員は助からなかった。と言うのも、彼等は魔物の暴走が始まる前から、すでに屍だったのだ。恐らく、精励の魔導師に傀儡の如く操られていたのだろう。彼等のほとんどが亜人だったため、アキヨと共に、ジアンノ・リモへ遺体を運び、埋葬した。


 どうやらその中には、あの兎族の女――ネネリとか言ったか――の母親もいたらしく、かなり動揺して暫くずっと泣いていたが、最後にはアキヨと共に墓を作り、自ら母親を眠りにつかせた。


 やっと穏やかに眠れた。母を助けてくれてありがとうと、泣きながら頭を下げた彼女に、アキヨは涙をこらえるように唇を噛み締めていた。






××××年×月!日


 ――俺達は、これからも旅を続ける。


 しかし、その前に一旦ケダトイナに戻ることになった。なんとアキヨが、俺の家に来てくれることになったのだ!



 ……思うのだが、今回、魔物の暴走が起こらなければ、俺はいつかこの執着心をこじらせ、アキヨをどこかへ閉じ込めてしまっていたかもしれない。


 何度後悔したとしても、己を制御しきれず、結局本能に抗えずに、いつかアキヨを傷付けてしまうのではと、いつもどこかで恐怖していた。


 しかし、今は違う。神から祝福された俺達を、引き裂くものはもう何もないという、確かな確証を得たからだ。


 俺は未来永劫、この命が尽きた先でも、アキヨと一緒にいられるのだ。それを約束された未来に、何を恐れることがあるだろう?






????年×月×日


 今日はアキヨの25歳の誕生日だ。


 毎年、アキヨの誕生日はケダトイナで祝うと決めているため、今年も我が家に帰って来た。そこで知ったが、どうやらウユジで出会ったあの少年が、ケダトイナの騎士団に入ったらしい。ドルギに聞いた。


 初の他国出身者を採用したことでちょっとした話題になったとか。アキヨにそのことを言ったら、顔を輝かせて会いに行きたいと言った。最高に可愛かったが、少し嫉妬した。




 彼は第三騎士団に所属していた。


 対面した時、アキヨの変わり様にひどく混乱した様子だったが、まあ、無理もない。アキヨは、数年前とは比べ物にならないくらい成長した。痩せすぎな体系も、依然痩せてはいるものの健康的な体型になったし、隈が目立っていた痩せこけた顔も、本来の美しい顔立ちに戻っていた。


 黒い髪や目も、奇異な目で見られることも多いが、彼女の凛とした雰囲気と相俟って、見惚れるように見る者も増えた。


 アキヨの変貌ぶりに目を白黒させ、更に過去出会った俺が噂の英雄だったと知った彼は、驚きで顎が外れるんじゃないかと言うくらい、あんぐりと口を開けて固まっていたが、すぐに興奮したように、これまでの事を楽しそうにアキヨへ語って聞かせた。



 ……最近、俺は危機感を抱いている。アキヨを狙う男共が増えたからだ。この元ウユジの少年もそうだ。俺が同じ穴の狢を見逃すはずがない。彼は確実に彼女へ懸想している。


 これは、俺も早々に手を打たねば……。






????年%月▼日


 今日は、初上陸の国へ行った。とある人に会うためだ。


 ルテニボンの反乱軍、その頭の――ハランとか言ったか……彼の故郷で、新たに女王が立ったらしい。今の時代ではかなり革新的な出来事だ。女性が国を治めるとは。


 その女王から直々に、『神子と聖騎士』を戴冠式に招待したいと申し出があった。戴冠式に呼ばれるような心当たりはなかったが、アキヨが行ってみたいと言うので参加することになった。




 女王はリナと言った。対面した彼女は、何と言うか、王族にしてはざっくばらんな態度だった。悪い意味ではない。むしろ、ああいう者は国民にも慕われる良い王になるだろう。


 リナ女王は、初対面のアキヨとも旧来の仲であるかのように、あっという間に距離を詰め、アキヨも楽しそうに彼女と話していた。


 どうやら、この国はルテニボンの植民地となり、リナ女王も捕らわれの身となっていたらしいが、件の決闘で俺がラクエを倒したことで、『血の契約』により国は解放され、リナ女王も無事釈放されたという話しだった。


 その後、ハランは国に戻り、女王の側近になると共に、彼女の婚約者となったらしい。……俺達を差し置いて、自分だけ結ばれやがってと、正直羨ましく思ったが、もちろん口には出していない。



 今回、アキヨと俺をこの国に呼んだのは、お礼と謝罪をしたかったとの事だった。


 アキヨは恐縮していたが、どうしてもお礼がしたいと言うリナ女王に、だったら……と自身の夢を伝え、「亜人も幸せに暮らせる国を作って欲しい」とお願いしていた。


 リナ女王はそんなアキヨの心根に痛く共感したようで、「必ず君が望むような国にして見せる」と固く誓った。



 実際、アキヨの尽力で亜人差別に対する意識はここ数年で一気に改善した。素晴らしい成果だ。さすがアキヨ。


 これからも、アキヨは夢のために邁進するだろう。そして俺は、それを全力で支えていこう。






????年★月※日


 聞いてくれ過去の俺!今日、やっと、アキヨと夫婦の誓いを立てたんだ!


 アキヨは28歳。いよいよ本気でアキヨに求婚する輩が増え、俺は我慢の限界を迎えていた。



 「不安だ」と正直に打ち明けた俺に、アキヨは可愛らしくキョトンとして、「じゃあ、結婚する?」とあっさり言った。そう、言ったんだ!


 ああ、あの瞬間の俺はこの世界で間違いなく、一番の幸福者だった!


 その言葉が取り消される前に、即日で婚姻届けをウユジの事務所に提出した。俺達の国籍はウユジのままだったからだ。



 こうして俺達は名実ともに夫婦となった。なんて、幸せなのだろう……。涙が滲んでくる。アキヨに出会ってから、随分涙腺が緩くなってしまったようだ。


 しかしこれで、正々堂々と近付いて来る男共を蹴散らせる!手始めに、昨日アキヨに秋波を送っていた果物屋の店員へ釘を刺しに行かねば。






????年●月▼日


 アキヨと俺の間に子供が生まれた。元気な男の子と女の子の双子だ。


 助産してくれたのはあの研究所にいた――ツキとかいう女。ウユジを根城にしていたらしい彼女に、アキヨが自ら頼んだのだ。



 名前は、二ホンの言葉で付けた。「千世(ちせ)」と「千明(ちあき)」だ。千の世を越え、全てを明るく照らす子供達になって欲しい。そんな願いを込めて名付けた。


 両腕に子供を抱いて、俺は泣いた。アキヨがそんな俺を見て笑っていて。


 ――ああ、とても幸せだと、そう思った。













????年?月?日


 俺はもうすぐ死ぬ。アキヨの寿命が尽きようとしているのだ。


 俺とアキヨの命は繋がっている。アキヨの命が尽きる時、俺の命も尽きる事は、あの日あの時、俺自身が神に頼んだことだから、間違いない。


 寿命だ。立派にアキヨは寿命を全うして、こうして共にその命を尽きようとしている。



 享年92歳。立派に育った娘、息子たちとその孫に囲まれて死ぬことができる。死に際をこんな穏やかな気持ちで迎えられるとは、これほど幸せなことはないだろうと思う。



 思えば、俺はアキヨと出会ってから「幸せだ」と思う事ばかりだった。


 アキヨはどうだろう。これまで何度もその言葉を聞いたが、それでもそう考えずにはいられない。


 アキヨは隣りですでに目を閉じている。まだ息はあるが、それも時期に止まるだろう。


 しかし俺の心は穏やかだった。すぐに彼女に会えると分かっているからだ。




 濃い人生だった。アキヨに出会っていなかったら、こんな穏やかな死を迎えられていなかっただろう。こんな楽しい人生を歩めなかっただろう。


 アキヨありがとう。



 そして、俺と関わってくれた全ての人へ、最期にありったけの感謝を送ろう。


 ありがとう。……ありがとう!



 俺はもうすぐ死ぬが、死後もアキヨと共に世界樹と成り、この世界を未来永劫見守ると、ここに誓う。



 ――ウホマトンケに祝福を。




ローアル・スクリム

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