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薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
第五章 魔法の国
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サーカス



 サーカスは、喧騒から少し離れた場所にある広場に、テントを張って行われるらしい。



 日はすっかり落ちていた。夜特有の匂いと共に、生暖かい空気がアキヨの頬を撫でる。



 どこかワクワクするような非日常感。


 カラフルな明かりがポツポツと周りを彩っている。


 その光に誘われるように、テントの入り口へ吸い込まれていく人々。



 昼間の喧騒とは違って、夜の気怠げな雰囲気に包まれながら、クスクスひそひそと楽しそうに笑い合う人々の姿に、アキヨも何だかそわそわしてきた。



「ローアルはサーカス見たことある?」


 落ち着かない様子のアキヨを、ニコニコと満面の笑みで見つめていたローアルが、穏やかに頷く。


「ええ、一回だけ。ケダトイナに移動式の妙技劇(サーカス)団が来たことがあって、その時に」


「どんなショーだった?」


「魔術を使った人間空中舞踏(ダンス)や、子竜の火の輪潜り、それから――」


「……それって一般的な題目?」


「定番と言っても良いと思います」


 ――やはり異世界。魔術どころか見たことのない生き物も出てくるようだ。俄然、楽しみになって来た。


 無意識に、繋ぐ手の力をきゅっと強めるアキヨを、優しい瞳でローアルが見つめていた。






 テントに入ると、すでに多くの観客が席を見つけていた。


 空いていたのは後ろの方の席だけだ。



 適当に席を取り、一息ついた丁度そのタイミングで、パッとライトが壇上に向く。



「皆さん、今宵は我らアルミューダ妙技劇(サーカス)団の公演にお越しいただき、誠にありがとうございます!」


 大仰な仕草で礼をした壇上の人物は、シルクハットで目元は見えないが、跳ねるような独特な歩き方が目に付く小太りの男だった。



 サーカスが、いよいよ始まるらしい。


 シルクハットの男は、持っている杖をクルリと一回転させ、壇上の端を沿うように歩く。


「夢のようだが現実に起きている、そんな魔訶不思議な時間をお届けしましょう!さて、それでは早速、最初の演目――――我が団の華、妖精姫の登場です!」


 途端、観客席がわっと沸き立った。


 壇上に注目していると、一人の女性がカーテンの向こうから静かに姿を現した。



 フワフワとした不思議な素材で作られた衣装を纏い登場した女性。その頭で揺れるのは、真っ白なウサギの耳。


 ネネリと同じ、兎族の亜人だ。


 彼女は音を立てずに檀上の真ん中まで滑るように移動すると、頭を下げる。そしてヒラリと空中に舞った。


 見る限り紐なんかは見えないが、女性はまさに妖精の如く空中を自在に飛び回り、そのままバク転のような動きやスケート選手のような滑りを披露する。


 観客は自らの上空まで一気に近付いて来た彼女に歓声を上げていた。


 「妖精姫」と称されるのも納得の、幻想的な光景だった。




 妖精姫は徐々にこちらへ近付いて来る。


 その光景を他の観客同様、固唾を呑んで見守っていたアキヨは、パチリと瞬きをする。



 空中を舞う彼女の灰色の瞳と、一瞬目が合った気がしたのだ。


 それは本当に刹那の時間。しかし、その短い時間で感じた微かな違和感。


 その正体を探っている内に、妖精姫は滑るように頭上を過ぎ去って行ってしまった。




 それからは、息つく暇もない程に様々な演目が披露された。


 顔の周りに炎を纏うエリマキトカゲの剣舞や、亜人と思われる人が数人出てきて積み上がった皿の上で身軽に踊ったり、色とりどりの綺麗な鳥が小さな箱から次々と飛び出すマジックショーまで、全部で十項目以上のショーが繰り広げられた。






「それではいよいよ最後の演目となります」


 シルクハットを被った司会が、仰々しい素振りで手を広げる。


「最後は、お客様にも協力いただきたいんですけどねぇ」


 どなたにしましょうか、と観客席を見回す男の横から、何かがヒラリと空中を舞った。


 舞台上で鳥と戯れていた妖精姫が、急に観客の方へ飛び出したのだ。



 騒めきの中、彼女が迷いなく飛んで行った先にいたのは、


「おやおや、これはこれは、可愛らしいお嬢ちゃんが選ばれました!どうぞこちらへ」




「――……え?」




 妖精姫に手を握られフリーズしたアキヨ。


 手がヒンヤリした感触に包まれ、それに促されるように立ち上がる。隣りに座るローアルが、慌てたように腰を浮かせたのがチラリと見えた、その瞬間。



 アキヨは、咄嗟に口を開いていた。



「お、お兄ちゃんも一緒が良い」


「!」


 ローアルが驚いたようにこちらを見上げるのが分かった。しかし、アキヨはそちらを見ることなく、ただ目の前の女性を見つめる。


 無表情のまま、アキヨの言葉に何の反応も示さない亜人の女性を。




「いやあ、仲睦まじい兄妹だ!もちろん構いませんよ!」


 周りから拍手が起こり、指笛が鳴り響く。


 ローアルが戸惑った様子で立ち上がれば、妖精姫はパッとアキヨの手を離し、クルリと空中で一回転して舞台へと舞い戻って行った。




 ローアルと二人、手を繋いで壇上へ続く階段をゆっくり降りる。


 心配そうにこちらを見るローアルの視線に気付いていながらも、別の事で頭がいっぱいだったアキヨはただ黙って前を見つめたまま、足を動かす。



 アキヨ達が階段を下りている間に、檀上では説明が始まっていた。


「さてさて、素晴らしい兄妹愛を披露してくれた彼らにご協力いただきたいのはこちら!」


 そう言って運ばれてきたのは、大きな一つの箱だった。


「こちらに、今からお二人で入って頂きます!」


 ローアルが不意にピタリと歩みを止めた。


「そして鍵を閉めます。そしてそこからお二人で脱出して頂きます!」


 ざわざわと揺れる騒めきの中、ローアルの緊張をはらんだ声だけがやけにはっきりと聞こえた。



「アキヨ、嫌な予感がします。やめましょう」


 ローアルにつられて足を止めたアキヨが、後ろを振り返る。




「おや~?怖気づいてしまいましたかな?」


 こちらの様子に気付いた司会が茶化すように大声でそう言う。


 それに反応することなくこちらを見つめるローアルに、アキヨも真っ直ぐ視線を返した。



「うん。でも、確かめたいことがあるの」



 檀上に背を向け、ローアルにだけ伝わるくらいの声でそう言ったアキヨに、微かに目を見開いたローアルが、グッと唇を噛み締めた後、アキヨの手を強く握りしめた。



 そうして、周りの囃し立てる騒めきが、段々と戸惑いの声に変わり始めた頃、


「――……分かりました」


 眉を寄せたまま、険しい表情で短く了承を示したローアルが、ゆっくりと再び足を踏み出した。




「決意は固まりましたか?それではどうぞ」


 バーンと言った具合に大げさな手ぶりでアキヨ達を示したシルクハット男に反応するように、壇上に近付くアキヨとローアルにスッポトライトが当たる。


 壇上にいるのは、妖精姫と色とりどりの小鳥、顔の周りが炎で覆われているエリマキトカゲ、数人の亜人と思われる演者たち。


 そして大きな箱とシルクハットの男。



 その一つ一つに視線を向けたアキヨは、先ほど妖精姫を見た時に感じた小さな違和感の答えを捉えた気がした。



 そう。アキヨは最初っから箱の中に入るつもりなどなかった。


 ただ、()()を近くで見たかった。だから、席から立ったのだ。






 アキヨ達はついに舞台の前に辿り着いた。



 シルクハット男の目元は相変わらず陰になって見えない。しかし他の、壇上に立つ演者の目は、真っ直ぐにアキヨを見つめていた。


 不自然なほど、真っ直ぐ無機質に、僅かな瞳孔の動きも示さず。


 ――……まるで、物言わぬ人形のように。






 ローアルとアキヨが同時に、サーカスの舞台へ足を踏み入れた瞬間、眩い光が辺りを包んだ。


 何度も経験したことのある感覚。これは魔陣の光だ。



 そうか、とアキヨは瞬時に悟った。


 箱はフェイクだ。この舞台自体に魔陣が仕組まれていたのだ。



 咄嗟に、ギュッとローアルの手を強く握りしめる。


 景色が白く塗りつぶされる直前、シルクハットの下で、男の口元がニヤリと歪むのが見えた。













 ――――遡る事、数分前。



「それではいよいよ最後のショーとなります」


 シルクハットを被った司会が、仰々しい素振りで手を広げる。


「最後は、お客様にも協力いただきたいんですけどねぇ」


 どなたにしましょうか、と観客席を見回す男の横から、何かがヒラリと空中を舞った。


 舞台上で鳥と戯れていた妖精姫が、急に観客の方へ飛び出したのだ。



 騒めきの中、彼女が迷いなく飛んで行った先にいたのは、


「おやおや、これはこれは、可愛らしいお嬢ちゃんが選ばれました!どうぞこちらへ」



 響き渡る男の声。周りの歓声。




 それに交じって聞こえてきた、小さな小さなコエ。



「タスケテ」






「――……え?」






 妖精姫に手を握られフリーズしたアキヨ。手がヒンヤリした感触に包まれる。



 真っ直ぐにこちらを見つめる灰色の瞳を見返し、アキヨは気付いた。


 まるで生気を感じない、彼女の冷たい手。その手首からは、脈が全く感じ取れなかった。



 妖精姫は人形なのか、それとも、元は生きていた人なのか。


 分からない。しかし、どちらでも同じことだ。



 「タスケテ」と、彼女は言った。


 確かめなければ。その言葉の意味を。チャンスは、きっと今しかない。




 アキヨは席から立ち上がった。


 妖精姫だけではない。改めて見ると、壇上にいる演者たちにも、微かな違和感がある。しかし、ここからでは遠すぎて確信が掴めない。


 ――もっと、近くに行かなければ。この違和感の正体を掴むために。




 あの箱に入れば、何かしら起こるだろうと言う事は、アキヨも薄々勘付いていた。だからこそ、高を括っていたのだ。そうと分かっているのなら、箱に入らなければいいだけのことだと。



 しかし、相手の方が一枚上手だった。


 箱はフェイク。アキヨ達が舞台に上がった時点で罠が発動するよう、仕組まれていたのだ。



 転移陣の眩い光に目を眇めながら、アキヨは咄嗟にローアルの手を強く握った。













「え?」


 フワリと風が頬を撫でる。


 空には輝く星。風に舞う砂。



 転移の直前までしっかりとローアルの手を握り締めていたはずのアキヨは、なぜか一人で砂漠に佇んでいた。






 黄金色の砂が、空に浮かぶ大きな満月に照らされて、まるで海のようにキラキラと光っている。


 風にフワリと舞う砂を一身に浴び、地に埋まる足元に気をとられながらも、ゆっくりと前に進む。


 見渡す限り何もない、一面に広がる砂の海。目を細めて見回しても、建物一つ見当たらない。


 確実に、ここは先程までいたホマーノ王国ではないのだろう。




 先程と打って変わって、ひどく静かな場所だった。ぼんやりと歩を進めていると、考えないようにしていた懸念がどんどん膨らむ。



 ――ローアルは、大丈夫だろうか。


 ピタリと歩を止める。



 隣りにローアルがいないと言う事は、此処に転移したのはアキヨだけ。


 ……恐らく自惚れとかではなく、アキヨが突然消えたとなれば、ローアルは半狂乱になるだろう。



 モヤモヤと、消えない不安が蔓延っている。


 大げさだと思う。自意識過剰だとも思う。だけど、不意に頭の片隅に浮かんだ一つの可能性に、知らず知らずのうちに顔が下を向いていた。



 ――もしかしたら彼は、絶望して自分の命を絶ってしまうのではないか。



 ぶるりと身震いする。慌てて首を横に振った。


 まさか、そんなことはあり得ない。そんな自暴自棄なやり方、きっとローアルならしない。大丈夫。大丈夫……。




『何か考え事ですか?』


 ひどく穏やかな声が、前方から聞こえた。



 顔を上げる。


 先程まで見渡す限り誰もいなかったし、何もなかったはずなのに、いつの間にか目の前に一人の女性と一匹の大きな狼がアキヨの行く先を塞ぐように立っていた。


 ガラス玉のように澄んだ青銅色の瞳。風にたなびく綺麗な銀色の髪。真っ白なワンピースから覗く、細く華奢な手は、傍らで女性を守るように立つ真っ黒な狼に添えられている。



『初めまして、異世界の君。貴女の事はずっと見ていました』


「……だれ?」


 ぼんやりと問いかけるアキヨに、女性は緩やかに答える。



『私は、ユレシオン。2000年前に、魔獣の暴走を見届けた、天真の魔導師です』



 彼女の後ろで、流れ星が流れた。


 どこか現実味の無い、幻想的な光景。……もしかして夢でも見ているのだろうか。



『そして彼は、私の使い魔、フェンです』


 黒い狼の毛並みを撫で、ユレシオンと名乗った女性は、こちらにすっと手を差し出した。


『少し、お話を聞いていただけませんか?』


「……あなた達が、私をここに呼んだの?」


 アキヨの質問に、ゆるりと首を横に振った女性だったが、その後一つ頷いた。


『半分正解です。しかし、きっかけを作ったのは、精励の魔導師でしょう』


「精励の、魔導師?」


『本来、貴女は違う場所へ飛ばされる予定でした。もう一方の、貴女の連れと共に』


「……?」


『しかし、貴女の精霊がそれを阻止しました。貴女が飛ぼうとしていた先が澱んでいたからでしょう。そこに私が干渉して、ここへ飛んでくるように時空を歪めました』



 魔術の事はよく分からないが、つまりアキヨの転移を阻止したのは精霊で、代わりに別の転移先――つまり、ここにアキヨを飛ばしたのが目の前の女性、ユレシオンだと言う事か。



『今、この世界は崩壊に向かっています』



 世間話でもするような気軽さで、さらっと爆弾発言を落とした彼女は、ガラス玉のように煌めく瞳でこちらを見つめ、コテンと首を傾げた。



『お話を、聞いていただけますか?』



 アキヨは、ゆっくりと一つ頷いた。



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