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薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
序章 旅立ち
5/66

平団員の決意と魔導師の溜息

やっとメインキャラ登場。



 ケダトイナ王国の王属騎士団は、大きく三つの団に分けられている。


 その中でも、最近新設された第三騎士団は、()()()()が直接率いる精鋭集団として、団内外から羨望の眼差しを向けられていた。



 しかし一方で、国内では「一番入りたくない団」としても有名だった。


 理由は色々あるが、敢えて一つ挙げるとするならば……。


 そう、例えば「出動命令がとにかく急で困る」とか――――。いや、決して私情ではない。






 実際にその日も、後僅かで退勤時間という時分に、その元凶はやって来た。



 いつものように、ノック無しで事務所の扉を開け放った英雄殿(だんちょう)は、冬の夜空のように煌めく不思議な色合いの瞳で、机仕事をする団員達を見渡し、同性でも思わず見惚れてしまうほど麗しい美貌をニコリともさせず、ただ一言。


「出動」


 ――――これである。お分かりいただけただろうか。




 しかし、突発的な有事に対応してこその騎士。


 反射で湧き上がる様々な愚痴不満を頭の隅に追いやり、皆粛々と準備を始めるものの、どことなく気怠い雰囲気を漂わせる事務室内。


 それを感じ取ったのか、そのまま出て行こうとした団長が不意に振り返った。



「下りて来るの一番遅かった奴、今日宿直な」


 …………これである。




 しかし実のところ、宿直の犠牲者はすでに決まっていた。



 ――腹を壊して厠に籠っていたトム(いけにえ)が戻って来た時には、ほぼ全員が支度を終えており、諸々を悟った彼の絶望顔に、皆が合掌したのは言うまでもない。






 さて、最速で支度を終えて下に降りれば、待っていたのは団長ともう一人。


「お前さぁ、ほんと急に動くの勘弁しろって何度も言ってるよなぁ?」


 呆れた口調で、英雄(だんちょう)に苦言を呈していたのは、第一騎士団長であるドルギ殿下だった。


 確か、団長と殿下は幼馴染であると小耳に挟んだことはあるが、二人で一緒にいるのを見るのはこれが初めてだ。


 まさかの王族ご登場に慌てて皆で敬礼をする。それを止めるように軽く手を振ったドルギ殿下は、同情の眼差しでこちらを眺める。


「お前らも大変だな。毎度こいつの我が儘に付き合わされて」


「無駄口叩く暇があるなら、置いてくぞ」


「お前はもう少し無駄口を叩け。説明が無さ過ぎて部下が可哀想だ」


 もっと言ってやってくれ!


 団員の心が一つになった瞬間である。




「今回の任務は、ピグ伯爵家の家宅捜索と、魔術研究所の制圧だ。伯爵家へは我ら第一騎士団が。魔術研究所へは第三騎士団に向かってもらう。二者は裏で繋がり、違法である奴隷売買や非人道的な研究を繰り返していた可能性が高い。今回はその証拠を掴み、まとめて片付ける。第三騎士団は被害者の保護、及び所関係者の捕縛を」


 改めてこちらに向き直ったドルギ殿下が、団長の代わりに今回の任務について説明をしてくれた。


 それを直立不動で聞きながら、団員達は密かに感動で打ち震えていた。



 ――――出動前に任務内容を聞ける日が来るなんて!ドルギ殿下ばんざいっ!!



『はっ!』


「良し。んじゃ、後は――」


「必要ない」


「は?」


 恐らく移動手段について説明を続けようとしていたドルギ殿下を遮るように、団長が手元の紙をバサリと広げる。


 そこに書かれた幾何学模様を見て、団員達は一様に諦めの表情を浮かべた。


 ああ、また()()()()()のか、と。




「え、何。まさかお前、それ転移陣か!?」


 ドルギ殿下が目を剥いて、信じられないと言う表情で団長と団員を見比べる。


 言外に「正気か」と問うそれに応える者は無く、無我の境地で整列する第三騎士団員と、慣れた様子で魔陣を発動させた第三騎士団長は、眩い光に飲み込まれ、あっという間にその場から姿を消したのだった。






 魔陣での同時転移上限人数は、3人までである。それ以上の人数で転移することも可能だが、飽くまで可能であるという話しで、推奨はされていない。


 なぜかと言うと、


「ぐえっ」

「うがっ」

「ぎゃっ!」


 ――――こうなるからである。


 転移先に転がる死屍累々。4人以上で同時転移すると、高確率で着地が上手くいかずに地面に叩き付けられるのだ。



 しかしそれもいつもの事。慣れと言うのは怖いもので、それに文句を言う者は一人もいない。


 一瞬の痛みをやり過ごした後は、何事もなかったかのように起き上がり、整列して団長の指示を待つ健気な団員達。


 あれ、おかしいな。目から塩水が……。



 ちなみに当の団長はと言うと、無様に転がるなんてことはもちろん無く、難なく転移先に着地し、目の前に聳え立つ魔術研究所を一瞥する。


 そして、こちらを振り返ることなく、またまた一言。



「突撃」


『はっ!』



 任務開始の合図だ。と同時に、団長の姿が消える。


 団員を置いて、先に一人で乗り込んで行ってしまったのだ。


 しかしそれに慌てる団員はもちろんいない。いつもの事だからだ。



 ちなみに「唐突の出陣命令」「有無を言わさない同時転移」「説明なしの突撃命令」「団員放置で団長無双」がウチの常である。




 いつも通りの任務。いつも通りの団長。


 だから今日も、いつも通りに団長がさっさと片を付けて、団員がやる事と言えば後始末くらいだろうと、そう思っていた。






 異変に気付いたのは、魔術研究所に踏み込んですぐだった。


「っ!」


 ブワリと、鳥肌が立つほど濃厚な魔力の圧を感じて、足が止まる。


 冷や汗が滲んだ額を拭うこともできず、眼球だけを動かして辺りを窺う。


 周りの団員も同じように目を見開いて固まっていた。皆、その魔力を肌で感じた瞬間に悟ったからだ。




 ――これ、団長の魔力だ。




「だ、団長、激怒じゃないっすか」


 隣りにいたトムが、声を震わせながら呟く。



 誰かがゴクリと唾を飲む。


 あの団長をこんなに怒らせるなんて、魔術研究所の奴等、一体何をやらかしたんだ……?




 団長の笑ったところなど見たことが無い。


 しかし、怒ったところも見たことが無かった。



 無表情と言うわけではない。凪のよう、という表現が一番近いだろうか。


 感情を波立たせることが無く、全てを無感動に、それでいて完璧に遂行する超人。それが我らの第三騎士団長である。



 その、団長が。


 眉一つ動かさずに特大魔術をバンバン連発する姿から『魔人形』と陰で呼ばれている団長が……。


 トムが就任式で酒を飲み過ぎてゲロった飛沫が、制服に付いた時でさえ無反応だったあの団長が――。




 怒っている。しかも、猛烈に。




 魔力で威圧されたことは職業柄何度もあるが、それで動けなくなったのは初めてだった。膝が完全に笑ってしまっている。


 自分だけではなく、他の団員も同じく固まってしまって動けないようだ。



 このままでは任務に支障が出る。這ってでも団長の元へ行かねば……。


 常に懐に入れている遺書を無意識に抑えながら、震える足を叱咤し一歩踏み出した時だった。




 パタリと、威圧が止んだ。

 ――否、魔力ごと無くなった。


 吸い込む空気にすら染み込んでいた団長の魔力が、急に霧散したのだ。


 それが意味すること、それは……。



「も、もしかして、団長、帰った?」


 お互いに顔を見合わせる。



 いつもであれば、任務完了と同時に「片付けは頼んだ」とこちらに声をかけてから去って行く団長。今回みたいに急に現場からいなくなるなんて、いくら自由奔放な団長と言えど、今まで有り得なかった事だ。




 暫しの沈黙の後、トムがチラリとこちらを見る。


「あの、どうします?副団長」


 皆が一斉にこちらを向く。




「……副団長?」


「はい」


「俺が?」


「え、違うんっすか?」


「いやいやいや。何でそうなってんの!?」


「何でって……、そう聞いたんで」


「誰に!?」


「団長に」


「はあ?」



 ――いや待て、とあんぐり開けた口を静かに閉じる。


 心当たりは、ある。




 確か、そう。あれは入団試験の個人面接の時だったと思う。


 質疑応答中に、団長が急に脈絡もなく「お前、副団長でいっか」とか何とか、ぼそりと呟いていたようなそうでないような……。



 いや、しかしまさか、あれで?


 あの瞬間に、自分はすでに副団長になっていたのか!?






 皆の期待に満ちた視線を一身に受け、ヒクリと頬が引き攣るのを感じながら、何とか声を絞り出す。




「……総員、任務続行」


『はっ!』



 びしっと敬礼する同僚達を見て、こちらも決意が固まった。



 ――うん、この任務終わったら退団しよう。













 その日、ケダトイナ王国のとある森に住む魔導師は、机に積み上げられた本を見比べては放り、魔陣形を紙に描いてみては握り潰しを繰り返していた。


『集中、ナイ』


 部屋の片隅にある止まり木で毛繕いをしていた鳥が、カパリと嘴を開き鳴く。それに応えるように、魔導師は深い溜息を吐いた。



「だってぇ、気になるじゃん」


『魔術研究所カ』


「そ。当たりか、外れか」


『ドッチガ、嬉シイ』


「正直、どっちでも嬉しくはないかな」


 だから気が重い、と伸びをしながら魔導師が苦笑する。


『嬉シク、ナイ』


「だって “当たり” だったら、奴隷生活に加えて、あの研究所で実験体にされてた可能性があるんだ。生存率は絶望的だよ」


『ハズレ、ダッタラ』


「また振り出しに戻る。年単位の調査が全てパアさ」



 この世界に()()が転移していると気付いて、早2年。今日やっとその居場所を突き止めた。


 絶対そこにいると言う確証はなかった。しかし、確信はあった。



 それから座標を定めて、そこへ飛ぶための転移陣を描き、友人を呼び出したのが今日の日没頃。


 調査結果を伝えるや否や、彼は転移陣を引っ手繰るように受け取って飛び出して行った。



 普段はその綺麗な顔にほとんど表情を乗せることの無い彼が、その時ばかりは目を見開き、焦燥と歓喜が綯い交ぜになったような顔をしていた。



「まあ、無理もないか」



 幼い頃から何にも興味がなく、子供らしい執着心すら覗かせなかった友人。しかし、忘れもしない十数年前のあの日から、彼はガラリと変わった。


 それまでの無関心さが嘘のように、あらゆる分野の技能を貪るように習得し始めたのだ。


 少しやれば人並み以上にできてしまう天才が、努力を重ねたらどうなるか。


 幼い頃から神童と呼ばれていた彼が、歴代最年少で騎士団へ入り話題になったかと思えば、今度は英雄と呼ばれるようになり、その数年後には、騎士団長の地位にまで登り詰めた。まさに、あっという間だった。


 そして一番驚くべきことは、それもこれもあれも、全てのきっかけが “とある少女” 一人にあると言う事だ。



 誇張でも何でもなく、彼にとって、()()は「全て」なのだ。



 英雄と呼ばれる彼が、唯一深く執着し続ける存在――やっとその居場所を突き止めたと思ったのに……。よりにもよって、()()魔術研究所に閉じ込められていたとは。




 ああ、神よ!どうか、最悪な結末だけは描いてくれるなよ。













 夜が更けていく。気分転換に入れたお茶も五杯目となった頃。


 バサッと鳥が翼を広げた。それにハッと顔を上げた魔導師も素早く椅子から立ち上がり、玄関の扉に視線を向けた。その瞬間、


 ――バタンッ!!


 扉が勢い良く開いたと思ったら、友人が物凄い勢いで家の中に飛び込んできた。そして、速さを落とすことなく魔導師の部屋を横断すると、そのままこちらに何を言う余裕もなく、隣室へと消えていった。



 魔導師は、溜息を一つ吐く。


「当たり、か」


 鳥が羽を一度鳴らす。



「ああ、そうだね。とりあえず、事情は後だな」




 見たことが無いほど険しい表情をしていた友人と、その腕に抱えられた痩せ細った子供の存在を思い返し、まだ予断を許さない状況であることを悟った魔導師は、もう一度深い溜息を吐き出したのだった。



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