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薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
第五章 魔法の国
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ホマーノ王国



 ――ホマーノ王国。別名、魔法大国。



 流行の最先端であり、全世界の先駆けを行くとされる技術大国である。


 魔術士は知識を求め、荒くれ者は金を求め、若者は享楽を求め、ありとあらゆる人々が集い、喧騒を良しとする、そんな国。






『ようこそ!ホマーノ王国へ』


 アキヨが船を降りた瞬間、耳に飛び込んできたのは、大音量の案内音声。


 その近代的な出迎えに一瞬、また違う世界へ飛んで来てしまったかと思ったほどだ。


 それくらい、今まで見てきたどこよりも、その国は確かに抜きん出て技術が発展していた。



 青空を舞う風船もどき。船着き場から見える、立派な家々が立ち並ぶ綺麗な街並み。高いビルのような建物。その間を縫うように舞う見たことのない生き物。


 そして、海のさざめきを掻き消すほどの、街の喧騒。




「す、すごい……」


 ただただ圧倒されるアキヨの横を通り過ぎ、船から降りた人々が興奮した様子で次々に街へと吸い込まれていく。


「ひとまず、入国審査からですね」


 人々が行く先には、大きな門がある。そこがホマーノ王国の入り口のようだ。


「ホマーノ王国はとにかく人が多いので、手を離さないでくださいね」


「うん」


 差し出されたローアルの手をきゅっと握り締め、二人は少し遅れて入国審査へ向かった。






 ホマーノ王国は、ファンタジーの要素をこれでもかと詰め込んだような国だった。


 多種多様な人種、格好の人が入り乱れるように通りを歩き、おもちゃ箱のような街並みをより一層賑やかにしている。


 あちこちで魔術を使ったショーを見せる大道芸人。ギターのようなものを片手に歌を唄う吟遊詩人。道端でダンスを踊る集団。


 兎のぬいぐるみが、まるで人間のように通りを歩いていた時は、さすがに二度見した。もう何でもアリだ。




「懐かしい空気ですね」


「ローアルが来た時と変わらない?」


「そうですね、前よりもさらに騒がしくなっている気がします」


 苦笑気味にそう言うローアルの声も、少し屈んでもらわないと掻き消えてしまうくらい、周りに音が溢れている。


「少し静かな所に移動しましょうか」


「……うん。宿取らないとだもんね」


 キョロキョロと辺りを見回し、宿屋を探す。


 観光地としても栄えているホマーノ王国には、いたるところに宿屋がある。


「あそこはどうですか?」


 すっとローアルが指差したのは、大通りに面した宿屋――ではなく、何本か通りを挟んだ先に見える白壁の建物。


 ローアルの提案にアキヨも頷き、二人はその建物目指して歩き始めた。






 街の喧騒は数本通りを挟んでもなお聞こえるものの、大通りに比べたら多少静かな場所にその宿屋は建っていた。



「二人で一部屋借りたいのだが、空いているか?」


 ローアルが宿屋の受付の人に聞いている。


 ここには今まで泊まった民宿とは違く、ホテルのように従業員がいるようだ。受付嬢のお姉さんが、ニコリと営業スマイルを浮かべて頷く。


「はい!もちろん空いていますよ。一泊朝食付きで15000ヒラです」


「何泊か泊りたい」


「その場合ですと――」


 幾つかの問いかけに、澱みなく答える受付嬢。


 あまりこちらの世界では見ることのなかったその丁寧な接客に、実は高級ホテルだったりするのでは……と、少しそわそわしてしまう。


「それではこちらがお部屋のカギとなります」


 鍵を受け取ったローアルが、そのまま横の階段に向かって歩き始めた。手を繋いだままのアキヨも、それに続く。


 そして階段の前、ローアルが一段目に足を乗せた瞬間。



「……?」


 気付けば、扉が等間隔に並ぶ廊下に、ポツンと立っていた。


 慌てて後ろを向けば、目に入ったのは階段の踊り場で、大きく「2」と壁に書いてあった。


「あ、れ。2階……?」


「階段の一段目に魔陣が敷いてあって、それを踏むと上下の階へ飛ばしてくれるんです。高層建物だといちいち階段で上がるのが大変なので、この方法がよく使われています」


 つまり、瞬間移動できるエスカレーターということか。


 驚きに目を見張るアキヨにくすくすと笑ったローアルは、自分達の泊まる部屋の前まで来ると、持っていた鍵を回した。




「いい部屋ですね」


 ローアルの言葉に、アキヨも部屋を見回して頷く。


 ベッドが二つと小さい机にソファー。冷蔵庫らしき物や風呂まである。風呂が付いているところはかなり珍しい。


 今までローアルが浄化魔術で綺麗にしてくれていたが、やはり体を温めるに越したことはない。


 久し振りにお風呂に入れることが嬉しくて頬が緩むアキヨを、ローアルが優しい瞳で見つめる。



「さて、これからどうしましょうか。ちなみに、町の人の話しを盗み聞きましたが、ちょうど今日の夜には妙技劇(サーカス)が見れるそうですよ」


「サーカス!」


 目を輝かせるアキヨに、ローアルが破顔して「決まりですね」と頷いた。






 夜までの時間、荷物の整理やお風呂を済ませ、暫しの休憩タイムを過ごしていたアキヨ達。


 ふと、大事な事を思い出してベッドから身を起こしたアキヨに、ローアルが読んでいた本から顔を上げた。


「どうしました、アキヨ?」


「そう言えば、亜人の事、頼まれてた」


 久遠の魔導師が言っていた情報を思い出す。


 最近、色んな所で亜人が行方不明になっている。そして、その事件の手掛かりが、どうやらホマーノ王国にあるらしい。


 久遠の魔導師が直接、アキヨにその調査を頼んだわけではない。


 しかし、アキヨは“自分の夢”のためにも、何もせずにココを去るわけにはいかないと考えていた。



「そうですね……。動くにも、今回は情報が少なすぎます。まずは情報収集ですね」


 危険だと止めることなく、顎に手を当てて一緒に考えてくれるローアルに内心ほっとしながら、ベッドから降りてソファーに座る。


「町で誰かに聞くってこと?」


「それも良いですが、もっと手っ取り早い方法があります」


 そう言って、トントンと首元を叩いて見せるローアル。


 あ、と声を上げたアキヨに微笑んで、ローアルはするりとチョーカーを撫でた。



「ヘルに聞いてみましょう」




 船の中で聞いた、チョーカーの一機能である『通信機能』。やり方は案外簡単だった。


 チョーカーに手を当てて、『通信開始』と言うだけ。


 話している間はチョーカーに手を当て続ける、手を離せば通話が切れる。やり方はそれだけだ。


 魔力がなくとも使えるのだろうかと疑問に思ったが、言われた通りに『通信開始』と唱えて待つこと数秒。


 微かにチョーカーが震え、同時にスピーカー越しに話しているようにヘルの声が聞こえてきた。どうやら問題なく繋がったらしい。



『あー、あー、聞こえる?』


「ヘル!うん、聞こえる」


『あ、アキヨちゃん!久し振りだねぇ。元気そうで何より』


 久し振りに聞く、元気な少年の声。


 どうやらチョーカー自体がマイクの役割を果たしているらしい。


『今どこにいるの?』


「ホマーノ王国」


『へー!随分遠くまで行ってるなあ。楽しい国だよね、ホマーノ。僕も好きで良く行ったなあ』


「うん、おもちゃ箱みたい」


『ははっ!確かに』



 アキヨはこれまでの旅の事を、ヘルに話して聞かせた。


 その途中でルドルフのことを思い出し、精霊が見えなくなるような魔道具は作れないかと聞いてみれば、ヘルは快く了承してくれた。


『まあできるかは分からないけど、面白そうだしやれるだけやってみるよ!』


「ありがとう」


『うんうん』



 そうして、いよいよ本題に入ろうとした時、それまで黙って見守っていたローアルが口を開いた。


「ヘル、聞こえるか」


『うわ、びっくりした。アル坊?いたの?いや、そりゃいるか……』


「最近亜人が各地で行方不明になっているらしい。何か知っているか」


『君、相変わらず脈略というものがないね……。てか、亜人の行方不明なんて珍しい事じゃないでしょ』


「小さな違和感でも良い。最近起きたそういう事件について何か知っているなら教えてくれ」


『え、なになに。何か厄介事に巻き込まれてたりする?』


「あ、えっとね。亜人の国に行った時に――」



 いつもはローアルがアキヨの足らない言葉を補ってくれるが、今回ばかりは逆だった。


 アキヨの補足を聞き終えたヘルは、情報を整理するようにしばし沈黙してから、うーんと唸った。



『ホマーノ王国に、ねえ。悪いけど、亜人関連で目立った事件は聞かないな』


「……前所長、と言う事はないか」


『!』


 チョーカーの向こうから、はっと息を呑む声が聞こえてきた。


 ……前所長?どういうことだろう。



「ホマーノへ行く途中、クウマと名乗る男と会った。魔道具職人と言っていたが、タコのでき方から見て恐らく嘘だろう。そいつは、『精霊の指輪』を探していた」


『……なるほどね。断言するには不十分だけど、無視できない程度には引っ掛かる』


「どう思う?」


『調べてみる価値はあるかも』


 何やら話がまとまったらしい。


 キョトンとしているアキヨに、ローアルが苦笑して短く謝った。


「置いてきぼりにしてすみません。説明しますね」


 そう言って、ローアルが語りだしたのは、ケダトイナの負の歴史だった。





 ケダトイナは今でこそ善王が立っているが、それまではひどい悪政が敷かれていた。



 アキヨが捕らわれていた魔術研究所。あそこもその悪性時代の負の遺産だ。


 魔術や魔力の研究と称して悪質な人体実験が繰り返され、他にも言葉にするのも悍ましい悪逆非道な行為の数々がその中で行われていた。


 そしてその筆頭となっていたのが、魔術研究所の前所長ドリミナ。



 ちなみに、アキヨを伯爵の屋敷から連れ出した銀縁眼鏡の男は、ドリミナの後任を引き継いだ二代目所長だったようだ。



『ドリミナは魔導師だ。まだ生きている可能性が高い』


「そして、船内で出会ったクウマが、その魔導師――前所長かもしれない。あくまで憶測ですが」



 ドリミナが魔術研究所の所長に就任した時、ヘルはすでに祝福の魔導師としてケダトイナに住んでいた。そのため、彼と会って話したこともあるらしい。


 そしてその時、ヘルは聞いたと言う。ドリミナが魔術研究所で何を研究しているのかを。



 ドリミナは『世界の真相について知りたい』とヘルに語った。


 『そのためには、亜人と精霊について知る必要がある』とも。




 久遠の魔導師が懸念する亜人の失踪。


 『精霊の指輪』を探し求めていたクウマ。


 行方不明のまま見つかっていない魔術研究所の前所長。



 どれも小さな違和感。


 しかし、間が抜けているだけで、どこかで繋がるかもしれない大きなピース。



『とは言っても、証拠は一つもないしねえ』


 溜息混じりにそう言ったヘルは、ふと真剣な声音でアキヨに言う。


『とりあえず、僕の方でも色々調べてみる。でも、もし相手があのドリミナなら、今回は手を引いた方が良い。奴は狡猾で悪知恵が働く。絶対、碌なことにならないからね』


「……分かった」


 ひとまず、可能性を知れただけでも良しとしよう。ドリミナの情報だけでも、十分な収穫と言えるだろう。



 大人しく返事をしたアキヨに、ヘルは『またいつでもかけて』と話しを締めくくった。




 チョーカーから手を離したアキヨは、何やら考え込んでいるローアルを横目に、窓の外へ目を遣る。


 徐々に日が落ち始め、夕暮れ色に染まる街並みの上を、一匹の鳥が緩やかに飛んで行くのが見えた。




 ――――何かが始まる、そんな予感がした。



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