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薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
第四章 亜人の国
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ギャンブル



 この世界に来て数年が過ぎた。


 なぜか異界に飛ばされ、その先で自分の感情を、友達を、夢を、そして幸せを得た。



 だけど、まだ零れ落ちたまま戻ってきていないモノもある。それは――………。



 ガンガン鳴る頭を抱える。どんどん意識が遠ざかって行く中、


 最後に見えたのは、ガラス玉のように澄んだ、青銅色の瞳だった。













 ジアンノ・リモから小舟を漕ぎ、イセレイに一旦戻ったアキヨ達は、入国することなくそのまま島の外周をぐるりと回る。


 イセレイに入国するには、魔導師の防御膜をイセレイの者と潜る必要があるからだ。


 ちなみにルドルフとは、イセレイの船着き場で別れていた。




「ホマーノ王国で良い魔道具があったら、買って来る」


 別れ際にそう声をかければ、彼はこちらを振り返ることなくヒラヒラと手を振る。


「いらねえって。どうせ効かねえよ」


 そしてそのまま振り返ることなく、イセレイの門を潜って行ってしまった。




 そんなあっさりとした、ある意味彼らしい別れの後、ホマーノ王国へ行くために方向転換した舟は、穏やかな海を順調に進んでいた。



 ずっと漕ぎっぱなしのローアルを気遣い、途中で交代を申し出てアキヨも漕いでみたが、力が結構いることに驚いた。


 15分ほど漕いで限界を感じ、再びローアルに交代する。


 しかし、ローアルは感心したように、どこか考え込むようにアキヨに言う。


「漕ぐのが上手ですね。経験があるのですか?」


 首を横に振れば、納得したように頷く。


「では、もしかしたら精霊が手伝ってくれているのかもしれません」


「精霊が?」


「精霊は自然万物に干渉できるようですから、水の動きを操るのも朝飯前でしょう」


「そうなんだ」


 水面を見つめ、小さな声で呟く。


「精霊さん、ありがとう」


「っ」


「……ローアル?どうしたの」


 突然胸を押さえたローアルに驚いて、半分腰を浮かすアキヨ。しかし、それを片手で制して、コホンと一つ咳払いをするローアル。


「いつもの発作ですので、大丈夫です」


「発作?病気?」


「悪い病気じゃないので、平気です」


 きっぱり言うローアルにそれ以上訊くのも無粋かと口を噤むが、内心首を傾げる。


 そもそも、良い病気なんてないのでは?と。




 そんな他愛のない会話をしながら、わりかしゆったりと舟を漕ぎ続けて暫く――。



「あ、見えてきましたね」


「!」


 ついに、ルテニボンの陸が見えてきた。






 ホマーノ王国へは、再び船で移動することになった。20日ほどで着くと言う。結構な長旅だ。



 ルテニボンから逃げるように出国した記憶は、まだ新しい。


 再び入国するとなるとまた足止めされてしまうのではと心配していたのだが、それは杞憂に終わった。


 ルテニボンは大きい国であるため、色んな国への中継地となっているらしく、船から船への乗り換えだけであれば入国審査をせずに済むらしい。



 次に乗る船はこれです、とローアルが指差したのは見上げるほど大きな船。外観は、日本のクルーズ船と大差ないほど立派なものだ。


 旅の途中で船に乗ることもしばしばあったが、船舶は今回が初めてである。



 ホマーノ王国には各国から観光や貿易、外交目的で人が訪れるようで、今回乗る船にも多くの客が列を成して乗船を待っていた。


 船に乗り込んだアキヨは甲板に立って、海を眺める。


 ――ウユジに行く時は、これからの旅に対する不安や、この世界の住民になることへの僅かな迷いなどで緊張感が勝っていたが、今は新しい国へのワクワク感でいっぱいだ。



「あ、ニモンですよ」


 すっとローアルが指差した先で、銀色の輝きと共に空中へ飛びあがった魚がいた。


 ニモン、確か食べると頭が悪くなると言われている魚だ。どうやらトビウオのように移動する魚らしい。


 自然の中で生き物を見るのが新鮮で、ばちゃばちゃと跳ねる魚群をじっと眺める。



 ――魚は物も言わずに自然の輪廻に従うことができるのに、人間は何故文句を言うのだろう。


 ふと、そんな疑問が湧く。しかしすぐに思い直す。



 魚と人間は違う。恐らく、過去の自分はあの魚と同じだったのだ。


 流されるままに生きて、何も考えないように、思考を放棄して泳ぎ続ける魚。



 だが、今は自分で考え、選択できるようになった。感情を思い出し、幸せを知った。



 ヘルの家を出たあの時の自分と比べて、今の自分はどうだろう。


 たくさんの出会いを経て、少しは、魚から人間らしくなれただろうか。


 跳ねるニモンを見ながら、そんな事を考える。




「ローアル」


「はい?」


「海って、綺麗だね」


 キラキラ光る水面に目を細め、どうと言うことのないことを口にする。これも過去の自分にはなかった、些細な変化。


 今まで、喋りたいと思ったこと自体、無かった。何か言葉にすれば殴られることの方が多かったからだ。


 だったら少しでもその回数を減らそうとした結果、無口になった。



 でも今は、こうして「何かを伝えたい、共有したい」と思い、それを素直に言葉にできる。


 アキヨにとって、それはとても大切な、大きな変化だった。



 ローアルは、しばらくの沈黙の後、アキヨと同じように海を見つめ、そして、それはそれは嬉しそうに、噛み締めるように呟いた。


「ええ、本当に」



 ミャーッと、それに応えるようにカモメが鳴いた。






 ウユジの時に乗った船より、やけに豪華な船内設備を見て回り、その途中で、アキヨがふと目に留めた場所を見て、ローアルが少し逡巡した後、「やってみますか?」と訊いたのが発端だった。




 ――ギャンブル。


 その扉の先に広がっていたのは、着飾った男女が騙し合う、賭け事の世界だった。




 ローアルとアキヨは、普段無骨なローブを羽織っているが、その中は割と小綺麗な格好をしている。


 アキヨに自覚はなかったが、ローアルがアキヨに用意した服は全て、貴族が着ていてもおかしくはない、シンプルながらも質が良いと一目で分かる代物だった。


 対するローアルも、冒険者や用心棒がするような厳つい武装はしておらず、清潔感のあるシャツと黒いボトムスが基本スタイルだ。



 賭け事が行われる場所は、一見様や見るからに金が無い者は門前払いされる可能性がある。さらにドレスコードが必要な場合もあるが、ローアルもアキヨも警備員のお眼鏡に適い、入り口で剣を回収された以外は、特に何を言われることもなくすんなり中に入ることができた。






 派手ながらも上品なシャンデリアや装飾が煌めく、豪華絢爛な空間。独特の緊張感に包まれた雰囲気に圧倒されて思わず立ち止まったアキヨの横で、ローアルが周りを見回す。


「案外、人がいますね」


「……ローアルはこういう所に来たこと、ある?」


「付き合いで何度か。好んでやることはないですが、やり方は一通り分かりますよ」


「どれが良いと思う?」


「そうですね……」


 すっと目線を滑らせていたローアルが、ふと一つのテーブルに目を止める。


「ルーレットはどうですか?数字を当てるだけなので難しい決め事もないですし」


「分かった」


 ルールはもちろん、ギャンブルの仕組みもよく分かっていないアキヨは、ローアルが選んだそのゲームをやることに決めた。




 案内されるままに歩いた先では、丁度ゲームが始まるタイミングだったのか、空いている一席に座ることができた。


「嬢ちゃんがやるのかい?後ろの兄ちゃんじゃなく?」


 隣りに座ったちょび髭の男が意外そうな声音で聞いてくる。嘲りではなく、ただ不思議に思って聞いたようだった。


 普通こういうものは年齢制限があるものだ。入り口で何も言われなかったのでクリアしたものと思っていたが、そもそもこう言う場に若者が訪れること自体、あまりない事なのかもしれない。


 隣りの男に頷くに留めて返事をすれば、孫を見るような目で微笑まれた。


「若いのにやんちゃなんだな。親を悲しません程度にな」


「……」


 それには返事をせずに、ディーラーの手元へ視線を移す。


 テーブルに備え付けられたルーレットには数字が振ってある。


 ディーラーが入れるパチンコ玉くらいのボールがどの数字の穴に入るかを賭けるゲームのようだ。


 同じテーブルには6人のメンバーが席についていた。


 端から順に数字を言いながら、賭けるチップを前に出す。


 アキヨが最後だ。他の5人の平均値のチップを前に出し、ルーレットを見つめる。


「黒の、6」


「――それでは、始めます」


 ディーラーがルーレットを回し、球がコロコロと転がる。止まったのは、黒の6。


 ザワリと空気が揺れる。


「おめでとうございます」


 他の者が賭けたチップが、アキヨの前に集まる。隣りの男が目を見張り、アキヨを見る。


「すごいな、嬢ちゃん」


「……」


 パチパチと瞬きをするアキヨの後ろで、ローアルが何か考え込むようにルーレットを見つめ、そしてそっとアキヨの耳元に顔を寄せる。


「アキヨ、次の勝負は違うゲームにしましょう」


「? 分かった」


 集まったチップをとりあえずローアルに渡し、促されるままにローアルの後に続く。


 次にローアルが選んだゲームは、トランプのゲームだった。


「ポーカーです」


 これはアキヨも聞いたことがあった。


 しかしやったことはもちろんない。ルールも知らないが、大丈夫だろうか。




 少し不安に思いながらも席に着く。こちらは5人席だった。


 他の4人の視線が突き刺さる中、余った一番端の席に着く。


 ディーラーが慣れた手つきでカードを配る。実を言うと、トランプで遊ぶことが夢だったので、少しワクワクしている。


 じっとトランプを見つめていたアキヨの耳に、「コール」と言う声が聞こえてきた。


 見ると、チップを賭けているようだが、先程のように数字を言うのではなく、何か単語を言っているのが聞こえた。


 見ていると、コールは前の人と同じ掛け金を賭けるという意味のようだ。


「……コール」


 アキヨが前の人の掛け金と同じだけ出せば、ディーラーが淡々と自分の目の前に三枚のトランプを並べた。


 全てハートだ。左から4,6,9。すると、真ん中に座っていた若い男が喜色を滲ませて、自分の手札を見た。


「おや、これはついてますね」


 その言葉に、隣りの着飾った女性が無邪気に訊ねる。


「あら、良いカードだったんですか?」


「まだ分かりませんがね。後は運に任せましょう」


 肩を竦めて見せた男を横目に自分の手札を見る。ローアルを見上げると静かに微笑まれた。どうやらまだ様子見が良いようだ。


 続けて掛け金をまた出し、ディーラーが次の一枚を机に出す。ハートのキング。


「おっ」


 思わずと言った風に、今度はアキヨの隣りの男が声を上げる。


 恰幅の良い中年の男だ。ぴょんと左右に跳ねた髭をなでながら、その円らな瞳をパチパチと瞬かせた。


「いい勝負ができそうですね」


 男の反応を見て、楽しそうに真ん中の男が言う。それに対して中年の男がひょいっと片眉を上げて答えた。


 それを見ていた女の人と、気弱そうな一番端の青年が苦笑して、次のターンでは「ドロウ」と言った。どうやらここで降りるようだ。


 二人が掛け金を積む中、アキヨも「コール」で掛け金を上げる。


 それに対して、他四人の何とも言えない視線が突き刺さった。


 隣りの中年男が思わずと言った風に口を開こうとしたが、それよりもディーラーの方が早かった。


「それでは、最後のカードを開けます」


 パタリと軽い音を立てて置かれた最後のカードはハートのクイーン。


「よしっ!」


「おやおや」


 掛け金を出していた二人がそのカードを見て各々声を上げる。そしてほぼ同時に手札を開けた。


「スリーカード!」


「フラッシュ」


「なっ」


「ほっほっほ。儂の勝ちですな」


 どうやら勝ったのは中年の男の方だったようだ。


 反応的に真ん中の男が勝ったのかと思ったが、どうやらそう思わせるようにわざと反応を押さえていたらしい。


 なるほど、こうして自信を持たせて掛け金を多く出させるのも手なのか。


「では、チップを回収――」


「お待ちください」


 ディーラーが中年の男を止める。そしてこちらをチラリと見た。


「お嬢さんがまだですよ」


「ああ、すまんかったな。礼をかいてしまって」


 そう言う中年男の表情は、明らかにこちらの負けを確信しているものだった。


 しかし、正直アキヨ自身ルールがよく分かっていない。


 勝ち負けの判断もつかず、促されるままにカードをオープンする。


「なっ!?」


「こ、これは……」


「ロイヤルフラッシュ!?」


 ザワリと空気が揺れる。近くにいた数人が、何事かとこちらを見た。


「ロイヤルフラッシュ?」


「誰だ、その強運の持ち主は」


 徐々に集まる人気に、唖然とこちらを見る参加者4名。


「――お嬢さんの勝ちですね。チップをどうぞ」


「あ、ありがとう、ございます?」


 何が何やら分からないまま、チップを受け取る。どうやら勝ったようだ。実感はないが。



 何だか居心地が悪く、そそくさとチップを持って部屋の隅のソファーへ避難すると、二人並んで座り、一息つく。


「やはり、思った通りでしたね」


 ローアルがチラリと山のようになったチップを見て苦笑する。


 首を傾げれば、周りに聞こえないようにローアルが顔を寄せ、小声で囁く。


「恐らく精霊の業です。アキヨを勝たせようと動いているのかと」


「!」


 ハッと目を見開く。そして納得した。


 恐らくギャンブルとは運なのだ。イカサマしない限り、勝ち続けるのは難しい。


 つまり、逆に勝ち続けると目立ってしまうし、疑われると言うことだ。


「……そろそろ終わりに」


 そう提案しかけた時だった。


「君、すごいね」


 上から声が振って来て、驚いて見上げる。


 全く気付かなかったが、いつの間にかソファーの近くに一人の青年が立っていた。


 どこにでもいそうな平凡な容姿に、若干地味にも見えるシンプルな格好。


 人好きする柔和な笑みを浮かべ、こちらを見下ろすその姿に、あっと声が漏れた。


「さっきの」


「そう、同じテーブルにいたんだけど」


 トランプのゲームの時に一番端に座っていた男だ。


 大人しそうな見た目の割に遠慮はしないらしい男が、向かいのソファーに座る。


「今日は負け続きでね。どうやらついていなかったようだが、幸運の女神がいるなら話は別かな」


「め、女神?」


「そ。一回だけ、僕と組んでゲームしてくれないかな?」


 期待に満ちた様子でキラキラとした瞳を向けられ、断り切れずぎこちなく頷く。


「い、一回だけなら」


「よし!決まりだね」


 弾んだ声と共に立ち上がった男が、右手を差し出す。


「よろしく、僕はクウマ。お名前を窺っても?」


「あ、アキヨです」


 握手を返せば、チラリとアキヨの隣りを見遣るクウマ。


「君は……、彼女のお兄さんかな?よろしく」


 ニコリと微笑んで、同じく握手を求めるクウマに、ローアルは一瞬ふと表情を消したように見えたが、すぐにいつもの微笑みを浮かべ、軽く頭を下げた。


「ローアルです」


 握手を返さないローアルに苦笑して腕を下げたクウマは、早速と言う風に踵を返す。


 しかし、彼が向かうのは、なぜか出口の方角で――。




「さあ、行こう。宝探しに」



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