表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
第四章 亜人の国
45/66

転換点



 亜人の国を見て回ること暫く。


 そんなに大きくないジアンノ・リモの森をグルリと回り、そろそろゴールが近付いていた。


「亜人が住める国って少ないの?」


 ポツポツと点在する彼らの家を見ながら訊ねれば、悲しそうに笑んだネネリがゆっくり首を横に振った。


「表向きに受け入れを公言している国はいくつかありますし、実際にそう言った国に住んでいる亜人もいます。例えばウユジなんかは人間より亜人の籍が多いと聞きますし。だけど、それはあくまで数値がそうと言うだけで、その暮らしが幸せかと問われれば、決してそんなことはない」


 断言したネネリの瞳が一瞬揺らめく。しかしすぐに諦めたように笑って見せた。


「亜人が実際に他国で国籍を得ようとすれば、人間より複雑で難儀な条件を提示されます。仮に頑張ってその条件を満たしたところで、中に入ってみれば差別の嵐。そんなところにわざわざ行くより、ここで大人しく暮らしてる方が、私達は幸せなんです」


 差別をなくすことは難しい。人の数だけ差別はあるものなのだと、アキヨはこれまでの人生でそう感じていた。


 そしてその差別は、ほとんどが間違っている。間違っていると分かるのに、なぜ無くならないのだろうか。


 亜人って理由だけで虐げられるなんておかしい。彼等の心は人間と何も変わらない。家族の尊さだって知っている。仲間を守ろうとする絆も、暮らしを工夫して自然に溶け込むように生きる技術も、差別するのではなく、もっと見習うべきだ。


 アキヨは亜人の国を歩きながら感嘆する一方で、彼等が受けて来た辛苦を思い、唇を噛み締めずにはいられなかった。






 森の夜は暗い。すっかり日も暮れ、辺りを照らすのはわずかな月明かりのみだけだ。


 亜人は人間より夜目が利くらしく、そこまで困ることはないようだが、そういう種族でない限りは夜にわざわざ歩き回るようなことはしない。


 もう帰った方が良いと言うネネリの言葉に大人しく従い、アキヨ達は来た道を戻っていた。



「二人は、もし差別が無くなったら外で暮らしたい?」


 遠くに見えてきた木造瓦葺を見つめながら問いかけたアキヨの質問に、一瞬だけその瞳に諦観の色を浮かべたネネリだったが、すぐにへにゃりと微笑んだ。



「そうですね。夢のような話ですけど、もしそうなったら私も、アキヨさんみたいに旅をしてみたいです」



「花火」


「……ロボ?」


「花火、見てみたい」


 ハッと息を呑むネネリ。そしてすぐにぐっと何かをこらえるように唇を噛んだ。


 その二人の表情が、アキヨの脳裏に、やけにはっきりと焼き付いた。






「――アキヨ」


「!」


「着きましたよ」


 ローアルに声をかけられて、我に返る。


 どうやらスタート地点に戻ってきたようだ。



 この森で唯一「家」と呼べる形をしている木造瓦葺は、久遠の魔導師の住処らしい。


 その前に辿り着いたところで、ネネリとロボがこちらを振り返る。


「それじゃあ、私達は孤児院に戻ります」


「うん。ありがとう」


「いえ、私も楽しかったです」


 微笑むネネリが、ロボの頭に手を置く。


「ほら、あんたも」


「……さっさと出てけよ」


「あんたねえ~!」


「うん、長居しちゃってごめんね。ロボも、ありがとう」


 アキヨが頭を下げると、ロボはふいと顔を反らしてさっさと歩いて行ってしまう。


「あ、ちょっと!……本当、最後まであの子がごめんなさい。あの、またいつでも遊びに来てくださいね」


 ネネリが照れたようにそう笑って、手を振りながら慌てたようにロボを追いかけていく。


 アキヨは、そんな二人の背中を、見えなくなるまで見送った。













 ネネリ、ロボと別れ、久遠の魔導師の家に入ったアキヨとローアルは、壁に寄り掛かったまま寝ていたルドルフを起こし、さらに奥の部屋へ進む。


 中には、久遠の魔導師が数人の女性を侍らせて、奥座敷に座っていた。



「なんだ、もう観光はいいのか」


「はい、ありがとうございました」


「どうだった?この国は」


 久遠の魔導師は、見定めるようにこちらを眺めている。その視線を真っ直ぐ見つめ返しながら、アキヨは正直な感想を口にした。



「とても静かな場所で、皆不安そうに見えた」


「ほう?」


 面白げに片眉を上げて見せる久遠の魔導師と、その脇に座る四人の女の人達が一斉にこちらを睨む。


「あと、仲間がとても、大切なんだって伝わってきた」


 少し驚いたように目を見張った久遠の魔導師が、ククッと喉を鳴らす。


「お前はなぜ亜人の国を見てみたいなどと思ったんだ?」


「……幸せが何か、わかる気がしたから」


 はっと後ろで息を呑む声が聞こえた。


 久遠の魔導師が微かに眉を寄せる。



「幸せが、分かる?」


「亜人はこの世界では差別の対象だった。だけど、亜人の国があると聞いて、きっとそこは亜人が幸せに暮らせる国なんだろうって思ってた。だから、そんな理想郷があるのなら、見てみたいって」


 だけど、とアキヨは口を噤む。


 脳裏に浮かぶのは、今日できた亜人の友達のこと。



『ここで大人しく暮らしてる方が、私達は幸せなんです』


 諦めたような、悲しそうな表情で笑っていたネネリのこと。



『花火、見てみたい』


 険しい表情をふと和らげ、空を見上げてポツリと呟いたロボのこと。



 亜人の国は、理想郷ではなかった。


 ここは、避難所だ。人間に傷付けられ、迫害された亜人の休息地。



「魔導師さん。あなたにとって、幸せって何ですか」



 アキヨの問いに、久遠の魔導師がピクリと眉を動かす。


 暫しの沈黙が流れた。


 二人、無言で見つめ合う。




 ややあと、久遠の魔導師が視線をゆらりと空中に向け、持っていたキセルを吸い、フゥと煙を吐き出した。


 霞がかった視界の中、久遠の魔導師が白い幕の向こうで答えを口にする。



「俺が死ぬまで、この国が消えないことだな」



 パチリと、瞬きをする。


「それが、貴方の幸せ?」


「ああ、俺の存在理由であり、生きる意味であり、全てだ」


 力強く言い切った久遠の魔導師の言葉に、一切の迷いはなかった。


 煙の向こう、鋭い眼光がアキヨを射抜く。



「お前は?」


「?」


「お前の幸せは何だ」


 問い返されて、今度はアキヨが口を噤む。



 ――まさに、それを知りたくて今まで旅をしてきた。


 けど、私は本当に、まだ分かっていないのだろうか……?



 ふと、横にいるローアルを振り向く。


 いつも視線を向ければ、必ず目を合わしてくれるローアル。


 その優しい瞳を見つめ、自然と頭に浮かんだ思いに、アキヨはそうかと頷いた。



 そして久遠の魔導師へ視線を戻した。


「私は、今が幸せ、だと思う」


 言葉に出して、心がそれを肯定した。


 自然と口元が笑む。そう、答えはもう与えられている。



「今?」


「はい。言葉にしたらキリがないほど、全部幸せだなって思うから」


 アキヨの答えを聞いて、久遠の魔導師はしばらく黙り込んだが、すぐに吹き出した。



「ははっ!お前、いいな」


「?」


「俺の嫁にならねえか?」


「長!?」



「は?」


 ――言うまでもないと思うが、今の返答はアキヨのものではない。


 始終傍観していた周りの女の人たちが、信じられないと言う風に一斉に叫ぶのに紛れ、後ろで低い低い声を発したローアル。


 溜息を寸でのところで押さえ、アキヨは首を横に振る。


「ならない」


「そうか、残念だ」


 ケラケラと笑い、あっさり引き下がった久遠の魔導師。本気じゃなく冗談だったのだろう。


 しかし、後ろからの冷気は止まない。無意識なのか反射的にか、久遠の魔導師からの求婚と同時にアキヨの肩に手を置いたローアルは、そのまま手を退ける気配はない。


「ああ、冗談じゃねえぞ?お前は人間だが、イラつかん」


 どちらかと言うと、イラつかせることの方が多いと思うのだが――。


 首を傾げているアキヨを尻目に、久遠の魔導師の視線は、威嚇全開のローアルへと向く。



「お前も人間と言うより亜人のようだな。それは狼の本能か?」


「え?」


 狼?とさらに首を横倒しにするアキヨに、途端、久遠の魔導師が面白がるように目を細めた。



「なんだ、知らなかったのか?そいつの先祖には狼族の亜人の血が流れてんだよ」


「狼族の、亜人」


 初耳だった。驚いてローアルの方を見る。


 いやしかし、ローアルにはもちろん耳も尻尾もついていない。



「遠い昔に亜人と人間が子を成した。それがこいつの一族の祖先だ。大っぴらにはしてねえみたいだがな。特にアル坊は先祖返りか知らんが、見た目はともかく性質は亜人のソレだ。奴等は忠誠心も力も強い。亜人の血を引く貴族であるという事実を隠す代わりに、王への絶対的な忠誠を誓うことでその事実を隠蔽して来たんだろうが、よりにもよって一番その性質が濃い奴が国王以外を主を定めるとはな。長生きもしてみるもんだ」


 ククッと笑う久遠の魔導師に、ふとケダトイナで国王と話した時の事を思い出した。



『解らぬな。あのスクリムがお前を主とする理由が』


 国王が言っていた、あの「主」とはそう言う事か。そう言えば、ウユジの魔導師も、不屈の魔導師も、「主」がどうとか言っていた気がする。



 絶対的な忠誠心を持つ狼族の亜人を先祖に持つ、スクリム一族。中でもローアルは、先祖返りと言うべきか、その亜人の性質を一番強く受け継いでいるらしい。


 それを聞いて、アキヨは全てが腑に落ちた。



 ローアルが自分に付いてきてくれる理由。


 そのきっかけが過去にあったことは聞いたし、理解はした。しかし、まだ少し引っ掛かっていた部分があった。



 たった2回、しかも異界と言う隔てられた世界で出会った一人の少女に、躊躇うことなく自身の全てを投入する、異常なまでの執着。


 正直、理解はできても、共感はできなかった。



 しかし、それが亜人の性質から来るものなのだと言われれば、納得がいく。




 スッキリしたアキヨが一つ頷く。


「そうだったんですか」


「それだけか?」


「……? はい」


 逆にどんな反応を期待していたのだろうか。


 怪訝そうな何とも言えない表情でこちらを見る久遠の魔導師に首を傾げれば、いつの間にか肩からお腹に回っていたローアルの腕に力が籠る。


「勝手にべらべら喋らないでいただけますか。やはり魔導師と言うのは口が軽いようですね」


 冷え冷えとした声で皮肉を言うローアルを鼻で笑った久遠の魔導師は、チラリと奥の間を見遣る。



「まあいい。俺が寛大な事に感謝するんだな。……泊めてはやるが、朝一でここを出て行くことだ。長として国民の睡眠不足は阻止せねばなるまい」


「?」



「人間が同じ敷地内にいるのに、安心して眠れるわけないでしょ」


 久遠の魔導師に凭れるように座っている女の一人が、ローアルに負けず劣らずの冷たい声でそう言った。


 それは申し訳ないことをしたと落ち込むアキヨを慰めるように、頭を撫でながら「亜人と言うのは案外繊細なんですね」とマウントを取るローアル。


 それに「何ですって!?」といきり立つ女達。



 これ以上ここにいれば口喧嘩に発展しかねないと思い、アキヨは慌てて顔を上げる。



「あ、ありがとうございます」


「おい待て。今日中には出ると言ったはずだぞ」


 今まで気配を断って傍観していたルドルフが、アキヨ――ではなく、久遠の魔導師を不機嫌そうに睨む。


 それに肩を竦めた魔導師はチラリと外を見遣った。


「別に止めはしねえが、お勧めもしない。夜は獣がうろつく上に海が荒れる。あの小舟じゃ帰るまで保たんだろうな」


「……くそ」


「寝るなら、その簾の奥だ」




 言われるままに進めば、廊下の奥にツインルーム程の部屋があった。


 簡素な布団が一つ、それにソファーと机が置いてある。


 カントリー調のこじんまりとした部屋で、アキヨは一目で気に入った。




「お腹がすきませんか?」


 そう言えば夜ご飯を食べていない。そう気づいた瞬間、お腹が「くぅ~」と可愛らしい音を立てた。


 驚いてポスンと自分のお腹を押さえれば、頭上で「んっ」と詰まるような声を上げたローアル。


 顔を上げれば、口元に手を当てて少し目を反らしている。笑われてしまったようだ。


「空いてる、みたい」


「っそ、そのようですね。保存食が残っているのでソレを食べましょうか」


 誤魔化すように咳払いをして、四次元状態の鞄から缶詰を取り出すローアルに頷き、後ろを振り返る。


「ルドルフ、さんも」


「俺はいい。飲まず食わずは慣れてる」


 壁にもたれかかってこちらを見ずに断るルドルフの前に、缶詰をいくつか持って行く。


「おい、いらねえっつってんだろうが」


「うん。渡すだけ」


 はい、と差し出された食べ物にルドルフが何とも言えない表情になり、眉を寄せたまま盛大な溜息を吐き出した。


 そして頭をガシガシと掻いた後、ボソリと一言。


「――ありがとな」


「!」


 コクコクと頷き、慌てて使い捨て用の木のフォークを差し出す。


 それを今度は素直に受け取ったルドルフは、ソファーに座ることなく地面にしゃがみ込み、乱雑に缶詰を開けた。それを横目で確認してから、アキヨもローアルの元に戻る。




 研究所から出てから、かつてないほど健康的な食生活をしてきたおかげか、アキヨの体格は「ガリガリ」から「やや痩せ」くらいにまで回復していた。


 肉付きが良いとは言えないが、心配されるほど痩せているわけでもなくなった、と思う。


 それもこれもローアルがアキヨの食事を気にかけてくれてるおかげだ。


「……ローアル」


「はい?」


「いつも、ありがとう」


 ペコリと頭を下げると、一瞬動きが止まったローアルが、すぐに「はぁあ~」と深い息を吐いて項垂れてしまった。


「え、ど、どうしたの」


「……いえ、何でもな……くはないです」


 ガバッと顔を上げたローアルが、赤く染まった目元でこちらをジッと見る。


「アキヨがとても可愛いなって」


「え」


 カワイイ?カワイイって……、なんだっけ。


 あまりに自分とかけ離れた表現に、一瞬意味すら理解できなくなる。


 しかし、そんなアキヨを置いて、すっきりした表情でニコニコと缶詰を開けるローアル。


「アキヨを太らせるの楽しいので役得です」


「……」


 とんでもないことを言われた、気がする。


 差し出された缶詰を反射的に受け取ったが、しばらくなぜか手を付けるのに躊躇ったのは言うまでもない。




 そしてその後、間髪入れずに、


「おい、俺のいる前でいちゃつくんじゃねえ!飯が不味くなんだろうが!」


と、ルドルフが吠えたのは余談である。













 ローアルとアキヨが布団、ルドルフがソファーで寝ることとなり、さっさと横になったルドルフが早々に寝息を立て始めた頃。


「ローアルの先祖は、狼族?だったんだね」


 二人寝転び、しかしまだ眠気が来なくてローアルに小声で話しかければ、苦笑しながら頷かれた。


「ええ、まあ、あまり自覚はなかったんですけどね。スクリムの家に生まれた者は物心付いた頃に教えられます。先祖について」


 確か、ローアルは貴族だと言っていたか。


 日本ではそう言った身分制度は廃れたが、いわゆる立場だけはお嬢様であったアキヨは、その身分がこの世界においてどれだけの効力を持つのか、何となくだが想像できた。


 ……突然騎士団を辞め、見知らぬ少女と旅に出たローアルを、家族の人はどう思っているのだろうか。



「ローアルの家族は、どんな人?」


 気付けばそう聞いていた。緊張をはらんだアキヨの声に、ローアルは穏やかに答える。


「5人家族で、私は末っ子です。厳しい父と、穏やかな母と、兄と姉がいて……って言うのはこの前話したんでしたっけ。皆、普通の人ですよ。姉は……、普通の貴族令嬢よりは多少逞しいですが」


「……いつか、会ってみたいな」


 段々と落ちる瞼をそのままにポツリとそう呟けば、ローアルがニコリといつものように微笑み、


「その時は結婚の報告になりそうですね」


と、サラリと言った。




 あまりに普通のテンションで言われ、惰性で頷きかけて、パチリと一つ瞬きをする。



 ――あれ、今なんて言った?



 落ちかけていた瞼をパッと見開き、上に視線を向ければ、存外真剣な表情をしたローアルと目が合う。



 お互い無言で見つめ合って数秒、へらっとローアルが相好を崩した。


「冗談ですよ」


「じょーだん」


「アキヨに求婚する人が最近多かったので、私も乗ってみました」


 ニコリと浮かべられたローアルの笑みは、普段自分以外に見せる対外的なものとよく似ていた。


 その表情を見て、考えるより先に口が動いた。



「また、何か我慢してる?」


 思ってもみないことを言われた、という風にローアルが目を見開く。


 きっとこういう表情の事を、鳩が豆鉄砲を食ったようって言うんだろう。呆気に取られたその表情に、アキヨは思わずそんなことを考える。



「無理には、聞かない。でも、もし私のために我慢してるなら、言ってほしい」



 きっと、自分はまだ“普通の人”のように感情を拾えない。


 言われないと分からない事の方が多いと、この前ローアルと話して分かった。


 だから、もうローアルに溜め込んでほしくない。そう思い、咄嗟に出た言葉だった。



 ローアルが俯く。


 そして次に顔を上げた時には、あのへにゃりとした、どこか困ったような、でも嬉しそうな笑みに変わっていた。


「アキヨには、本当に敵わないですね」


 呟くようにそう言ったローアルが、何か迷うように目線を彷徨わせた後、チラリとこちらを窺うように見つめた。


「あの、じゃあ一つ、アキヨに聞きたいことがあって」


「なに?」


 首を傾げれば、もじもじと手先を弄り、視線を反らしながら緊張したように口を開くローアル。


「あ、アキヨの好きな性格(タイプ)って、どんな人ですか?」


「好きな、タイプ」


 何でも応えようと気合を入れていた矢先、出鼻をくじかれる。



 ……好きなタイプ、どんな人?


 どうしよう、ローアルの質問の意図が全く分からない。



 しかし、ここで聞き返せば、「やっぱいいです」と言われてしまう気がした。


 困った末、はっと打開策を思い付く。



「ろ、ローアルの好きなタイプは?」


「え、私ですか?」


 まさか聞き返されるとは思っていなかったようで、なぜかさっと頬を染めたローアルが視線を泳がせる。


「わ、私の好きな性格(タイプ)は、あ、アキヨなので」


 言ってから、さらに真っ赤になるローアルだったが、アキヨは考えることに夢中で、その視線は天井に固定されていた。




 ローアルが自分を好いているのは知っている。


 愛しているとまで言ってくれたのだ。嫌われてはいないだろう。



 しかし、質問は「好きなタイプ」であって、「好きな人」ではない。


 それなのに、ローアルは「好きなタイプはアキヨだ」と答えた。と言う事はつまり、「好きな人」と「好きなタイプ」は同義だと言うこと。


 行き着いた答えに、アキヨはなるほどと一つ頷く。



 つまり、「好きな人」を答えれば良いのだ。



 しかし、アキヨは先日、ローアルに「好きだ」と告げている。ローアルもそれは承知のはず。


 そのうえで「好きな人」を聞いて来たと言う事は、他にも誰か「好きな(タイプ)」はいるのかと、そう聞いているのだと、アキヨは斜め上の解釈に至っていた。



 あまり人を好き嫌いで考えたことがなかったが、ひとまず今まで会ってきた人たちを思い浮かべてみようと思考を巡らしていたアキヨは、ふと浮かんできたその名を口にした。



「ネネリみたいな、人かな」


「え」


 ガチンと固まったローアルに気付かず、アキヨは少し恥ずかし気に俯く。


「初めての、女の子の友達、だし」


「……」


 無言で百面相をするローアル。



「――で、では結婚するならこんな人が良いって希望はありますか?」


「結婚?」


 つまり、家族になる人ということか。


 言われて真剣に考える。それこそ今まで一度も考えたことのない問いだったからだ。



 正直アキヨはまだ、自分が家族を持つというイメージが持てずにいた。


 家族に憧れないと言ったら嘘になる。


 しかし、イセレイの魔導師――ラウアールドのように、家族に対する理想は描けても、自分がその中にいる想像だけはどうしてもできなかった。


 きっと、自分の中に家族という概念が無いからだろう。



 6歳以前の記憶。きっと自分にもあったであろう、家族との思い出。


 失くした記憶を思い出せば、それが分かるのだろうか。



 ふと隣にいるローアルを見つめる。


 ここまで旅をしてきて、ずっとローアルとは一緒にいた。


 その関係性に未だ名前は付けられていないものの、彼の隣りは居心地が良い。



 彼とだったら、もしかしたら――。



「ローアルみたいな人となら、家族になれるかも」


 思考回路をだいぶ省いて、結論のみを告げたアキヨは、ガチンと固まったローアルに気付くことなく、その結論が割と理に適っているような気がして、数度頷く。



「あ、あき、アキヨそれってつまり――!!」


「でもやっぱり、結婚はまだ考えられない」


「え」



 上げて落とすとは、まさにこの事。


 ローアルはがくりと肩を落とした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ