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薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
第四章 亜人の国
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ジアンノ・リモ



「あ」


 アキヨは視界に入った人物に思わず声を上げた。


 まさかこの時間に、そこにいるとは思わなかったからだ。






 あの自己紹介タイムの後、そう言えばローアルは体調が悪いんだったと思い出して、慌てて彼に横になるように言い、飲み物を取って来ようとアキヨは厨房に来ていた。



 しかし、そこには先客がいた。ルドルフだ。


 こちらを見てギョッとしたように目を見開く様子に、考えるより先に口が動いた。


「何か、見えてるんですか」


「!?」


 はっと目を見開くルドルフの表情に、自分の言葉が肯定されたことを知る。


 いつもこちらを見る彼の視線が、やけに上下左右と何かの動きを追うように動いていることには気付いていた。


 今もそうだ。アキヨの顔、と言うよりは足元から頭まで一瞬視線が縦に流れ、顔を顰めた。


 アキヨを、と言うより、アキヨの周りにいる“何か”を見て、嫌悪感を表しているような、そんな反応だ。



 アキヨの指摘に、罰が悪そうに視線を反らしたルドルフは、ボソリと言葉を吐く。


「俺は昔から精霊が見えんだよ」


「せい、れい?」


 ふと、ルテニボンで自分が『精霊の愛し子』と呼ばれていたことを思い出す。


 しかし、精霊は気紛れで、見ることはできないという話しだったはずだ。幽霊のようなものかと納得したのも記憶に新しい。


「呪いみてえなもんだ。俺は昔から、精霊が黒いカビやシミのように見えた。どいつもこいつも精霊を神聖視するが、俺にとっては気持ち悪い黒い羽虫だ。」


 こちらをチラリと見たルドルフは、思わずと言ったように眉を寄せる。



 彼と出会ってこのかた、ルドルフがアキヨに向ける表情は一つだけだ。


 嫌悪感と忌避感。いったい彼の眼には、どんな世界が映し出されていると言うのだろう。



「お前には、そのカビみたいな精霊が全身に引っ付いてやがるんだよっ!しかも虫みてえに蠢いてやがる!無数の真っ黒い虫で上から下まで覆われた奴が傍にいてみろ!気色悪くてありゃあしねえ」


 想像してみる。歩く黒いカビ。しかもそのカビは蠢いているらしい。


 ……それは確かに、生理的に避けてしまうかもしれない。



 彼がローアルに「俺と同じ立場なら――」と言っていたのを、ふと思い出す。アレはそういう意味だったのか。


「眼鏡、かけてみたら」


「それは8歳で試した。無駄骨だったがな」


「……」


 ふと、ヘルの存在を思い出す。


「ヘルなら、そういう魔道具を作ってくれるかも」


 オタク気質な彼の事だ。面白がって取り組んでくれそうだ。


 ルドルフが、怪訝そうにこちらをチラリと見遣る。


「ヘル?」


「知り合い」


「金はねえぞ」


「いらないと思うけど」


「タダよりたけーもんはねえんだよ」


 ハッと鼻で笑った後、ふと顎を撫でるルドルフ。


「しかし、そうか。魔道具――」


 何やら考え込んでしまったルドルフを横目に、置いてあったカップを借りて水を入れる。


 そのまま厨房を出ようとすると、機嫌が悪そうに「おい」とルドルフが声をかけて来る。


「?」


「その水、飲めねえぞ」


「……」


 ルドルフは盛大に溜息を吐くと、ブツブツ言いながらも二人分のお茶を入れてくれた。



 もぞもぞ動く真っ黒なカビ人間がいたら、それは近付きたくないだろうなと思う。


 それでもこうして何だかんだ助けてくれる彼は、決して悪い人ではないのだろう。


「ありがとう」


 こちらのお礼に答えることなくそっぽを向いたままのルドルフだったが、事情が分かった今はそこまで気にならない。アキヨはそのまま、そそくさと厨房を後にした。






 部屋に戻ると、ドアのすぐそばにローアルが立っていて驚く。


「っ!」


「ローアル?どうしたの」


 お手洗いかと思ったが、こちらを見てひどく安心したように息を吐いたローアルは、アキヨが持っていたコップをさっと奪い、部屋に戻ってしまう。どこかに行こうとしていたわけではないようだ。



 コップをサイドテーブルに置いたローアルは、ベッドに座ってポンポンと自分の横を叩く。


 その表情が何だか子供のようで、ふふと思わず笑ってしまった。


 促されるままローアルの隣りに座ると、満足そうな表情を浮かべたローアルが、こちらにマグカップを渡して、眉を下げる。


「良かった。夢じゃないんですね」


「ゆめ?」


「アキヨが私とずっと一緒にいたいと言ってくれたのが夢のようで、段々不安になってきてしまって……。それに、アキヨがこっちに急に飛んできてしまったみたいに、いきなり消えてしまったらどうしようって心配で――」


 ローアルのその言葉に、アキヨはようやく合点がいった。


「――だから、離れることを恐れてたの?」



 旅の間、アキヨが常に隣りにいないとローアルは落ち着かない様子だった。


 思い返せば、この数ヶ月、ローアルが隣りを離れたのは、ウユジでの魔陣事故を除けば、決闘の時と、森にイノを助けに行った時、そして今の飲み物を取りに行った時の三回っきりだ。それもどれも短い時間。


 通りでと納得したアキヨだったが、ローアルは一瞬言い澱んでから首をゆるゆると横に振った。


「それだけじゃないです。私は三度も、アキヨを守れなかった。私の目が届かない場所で、アキヨがまた傷付くことがあったら、私は一生自分を許せない。だから……」


 ……三度?アキヨは首を傾げた。


 話してくれた過去のことから、二度は日本へ来た時の事だと分かる。


 しかし、三度……?



「アキヨがこちらに飛ばされて、忌まわしい貴族や研究所の奴等に傷付けられたでしょう?」


 ローアルが悲し気に言った言葉に目を見開いて、慌てて首を横に振る。


「ローアルが助け出してくれた。それで十分だよ」


「私が納得できないのです。これ以上、アキヨが不遇な想いをするのは。言ったでしょう。アキヨを苦しませることは、私にとって大罪なんです」


 項垂れるローアルに、アキヨは一旦口を噤み、そして一つ頷いた。


「分かった。自分を大切にする。それと、なるべく一緒にいよう」


 ローアルは、こちらの言葉にパッと顔を上げると、嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます」


 そしてマグカップに口を付けて、お茶を一口飲むローアル。


「おいしいですね。アキヨが入れてくれたのですか?」


「あ、ううん。ルドルフさんが」


「え」


 途端に毒でも飲んだかのように顔を歪めるローアルの様子には気付かず、アキヨはマグカップの中身を眺める。


「そんなに、悪い人じゃないのかも」


「……彼と、話しを?」


「私を嫌う理由を、聞いた」


 詳しく言うのは、ルドルフに悪いと思い、そこで言葉を切るアキヨに、ローアルは不満げに眉を寄せたが、それ以上突っ込もうとはしなかった。


「どんな理由があろうと、アキヨは何もしていません。あそこまで邪険にすることはないと思いますが」


 納得できないと言う風にボソリと呟くローアルに、アキヨも一理あると思いはしたが、口には出さなかった。






「明日、亜人の国へ発ちますか?」


「うん。そうしよう」


 マグカップを置いて、ローアルの魔術で浄化した後、ベッドに潜り込む。




「……ありがとうございます。私の事を受け入れてくれて」


 少し気恥しげにそう言ったローアルは、ふにゃりと嬉しそうに微笑んだ。


 その笑顔を見て、アキヨも頬を緩める。


「話してくれて、ありがとう。これからもよろしくね」



 今日も、二人でいられることが、これほど嬉しいことだとは思わなかった。


 ――どうかこの日常が、なるべく永く続きますように。


 そう願って、アキヨはゆっくりと目を閉じた。













 翌朝、ダンに亜人の国へ発つと告げると、彼は傍らに立つルドルフを見上げ、爆弾発言を落とした。


「あそこは部外者に冷たい。丁度私から書簡を届ける予定があるから、ルドルフと一緒にソレを届けに来た態で入国するといいよ」


「はあ?」


 ルドルフが「嘘だと言ってくれ」と言いたげに顔を歪めたが、ダンはどこ吹く風でこちらに視線を戻す。


「久遠君は基本、部外者に冷たいんだけど、ルドルフの事は気に入ってるから、多分入れてくれるはずだよ」


 チラリと見れば、ルドルフは「断れ」とアキヨを睨みつけている。


 次にローアルを見れば、「断ってください」と目で訴えられる。



 三人の視線を受けて、アキヨはそう迷わずに結論を下した。



「お願いします」


「「!?」」


「そうこなくちゃ。じゃあ、これ。よろしくね、ルドルフ」


 ニコニコと嬉しそうに書簡を渡すダンを見つめる。


 たぶん、ダンはルドルフに他人と関わってほしいと願っている。


 ダンにはお世話になった。だから彼の思いはなるべく汲んでやりたい。




 そのまま、無言を貫く二人と共に執務室を出る。


 そして扉の前でクルリと振り返ったアキヨは、ルドルフを真っ直ぐ見上げた。


「貴方は私を嫌うけど、私は貴方のこと嫌いじゃない」


「っ」


「案内、よろしくお願いします」


「……」



 無言で見つめ合い、やがてフンと鼻を鳴らしたルドルフは、


「ジアンノ・リモの長は認めた者しか通さん。拒否されたら大人しく帰れよ」


 こちらを極力見ずにそう忠告し、「さっさと行くぞ」と、今度は先頭に立って歩き始めた。




「……本当に良いんですか?」


「うん。彼に付いてきてもらった方が、入国しやすいみたいだから」


 聞いた限り亜人の国は随分鎖国的なようだし、入国時にルドルフがいなければ、きっとローアルに負担が行く。それは避けたかった。



「それはそうですが――」


 あまり納得はしていない様子のローアルだったが、結局渋々ながらも彼の同行を認めてくれた。


 こうしてアキヨとローアルの旅路に一人、同行者が増えたのだった。













 ジアンノ・リモへの道筋は、海を渡ることになった。


 無人島(と一般的には思われている島)を根城にしているらしい彼等は、イセレイと国交契約を結ぶ代わりに、イセレイの防御壁の恩恵を受けているらしく、綺麗に透き通る穏やかな海を少し進めば、すぐ見えてくる距離にその島はあった。




 小舟でも渡れるほど穏やか海を越え、無事に白い砂浜に辿り着いたアキヨ達は、その鬱蒼と生い茂る森を見て驚く。


 島の面積はそんなに大きくなさそうだが、如何にも無人島と言った様相で、とても国と呼べるほど人が住んでいるようには見えなかったからだ。



「もう見られてるから気を付けろよ」


 まじまじと森を見つめていたアキヨに、ルドルフがボソリと言う。


 それと同時に、ローアルに問答無用で抱き上げられた。


「複数の視線を感じます。殺気はなさそうですが、好意的なものでもなさそうですね」


 観察するように森を見つめ、ローアルが極力口を動かさずにそう呟く。



 しかし、アキヨはまるでその気配というものを感じられなかった。



「そ、そっか」


「アキヨ、しばらく移動はこのままで」


「……わかった」


 抱き上げている方がいざという時に動き辛いのでは、と思わなくもないが、地に足が着いていても自分は間違いなく足手纏いになるので、大人しくローアルの判断に従う。



 そうして森、と言うよりジャングルのようなその敷地へ、アキヨ達は足を踏み入れたのだった。






 草を掻き分け、虫の声と鳥の声だけが響く、人気のないジャングルを無言で進むこと数分。


 ピタリ、とルドルフとローアルの歩みが止まる。と、同時にガサガサと木々が鳴った。



 すたっと軽い音を立てて、何かが目の前に降り立つ。


 ――亜人だ。どうやら木の上にいて、アキヨ達の同行を見ていたらしい。



 皆、獣の皮で作った服を身にまとっているが、布面積が妙に少なくて目のやり場に困る。真ん中の女性なんか、ほぼ水着のような格好だ。



「名乗れ」


 亜人の女性が、持っていた槍をすっと構えて目を眇める。頭の上で、警戒するようにオレンジ色の獣耳がピクピク動いた。



「イセレイの使者、ルドルフだ。何回か来たことがある」


「その付き添いの、ローアルとアキヨです」


 いつも通り微笑んで答えるローアルの声音は落ち着いたものだった。


 アキヨもペコリと頭を下げる。しかし、女性の声は冷たいままだ。


「用件は」


「書簡を届けに」


「どの領主からだ」


「ダン領主から預かっている」


 淡々と、一問一答の会話が続く。


 緊張して固まっていたアキヨだが、不意にこちらへ視線を移した女性と目が合い、肩が跳ねる。


「それで、その二人は?付き添いにしては異質な人選のようだが。何が目的だ?」


 女性にしてはハスキーな声と、嘲笑するようなセリフ。


 当たり前だが警戒されてしまっているようだ。さて、どうしたものかと考えを巡らせるアキヨより先に、ローアルが口を開いた。



「観光です」



 沈黙がその場を支配した。



 ……まあ、確かにそうなのだが、その理由で通してくれるとはとても思えない。


「……嘗めてるのか?」


「いえ、真実を言ったまでです。あなた方は嘘がお嫌いでしょう?」


 ニコリと微笑むローアルの言葉に、一瞬女性の眉がピクリと動く。動揺しているのか、尻尾がゆらりと揺れた。


「――なぜ、そう思う」


「久遠の魔導師殿と仲の良い知り合いがおりまして。よく彼から貴方がたのお話を聞いていたものですから」


「知り合い?随分口が軽いようだな、そやつは」


「そうですね。魔導師の中でも断トツで口が軽いかもしれませんね」


 世間話のように軽い調子でそう言ったローアルに、女性が微かに目を見開く。


「なに?魔導師?」


「ええ、祝福の魔導師と呼ばれている者です」


 ご存知でしょうか?とわざとらしく聞くローアルに、今度こそ女性は大きく目を見開いた。


 若干、手に持っている槍が下がる。


「祝福の魔導師……。いや、しかし、証拠があるまい」


「彼の声を聞かせる手段はあるのですが、確かにその声が祝福の魔導師のものであるかは、貴方がたでは判断できないでしょうね」


 焦る様子もなくのんびりとそう言うローアルに、女性が眉を寄せた。


「……どちらにせよ、示せるモノがないのであれば通すわけにはいかないな」


 再び槍を構え直した女性がすっと表情を消して淡々と言う。


 それに、ローアルが一つ頷いた。


「そうですか。では、もう一つの方法で通るしかなさそうですね」


 カチリと剣に手をかけるローアル。



 二者の間に緊張が走った、その時だった。



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