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薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
第三章 妖精に愛された国
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自己紹介



「……」


「……」


 二人、無言で廊下を歩く。


 後ろから付いてきている靴音は聞こえるが、アキヨが速度を落としてもそれが横に並ぶことはない。


 出口へと歩を進めながら、アキヨはこの国に来てからずっと考えていたことに、ようやく結論を出した。






 城から出たアキヨ達を待っていたのは、2匹のヨウモ。その内の一匹に跨ったアキヨだが、いつまでも出発しない。


 不思議に思って顔を上げれば、アキヨの後ろに突っ立ったままのローアルが見えた。



「ローアル?」


「……っ」


「乗らないの?」


 もう一匹を見遣り、首を傾げたアキヨを見つめるローアルの顔は心配になるほど真っ青だった。


 口を開けたり閉じたりした後、結局何も言うことなくフラフラともう一匹のヒツジへ向かうローアル。……体調が悪いのだろうか。


 様子が気になったものの、ならばなおさら早く戻らなければと意気込むアキヨは、後ろでローアルが今にも死にそうな表情で項垂れていたことに気付くことはなかった。






 地上にたどり着いたアキヨは、そこでやっと泊る部屋が無いことに気付いた。


 イセレイに到着してからは、宿も取らずに子供達と遊んだり、魔導師の家に行ったりと動き回っていたからだ。



 仕方なく、赤い屋根を目印に、ダンの家を目指す。


 体調の悪いローアルを頼るのも悪いだろうと独断で歩き出したアキヨだったが、その行動でさらにローアルを追い詰めているとは気づかなかった。






 辿り着いたダンの家のドアをノックすると、出て来たのはルドルフで、こちらを見て一瞬嫌そうな顔をしたものの、無言で通してくれた。




「ああ、帰って来たのか!先程はすまなかったね」


 執務室に案内され中に入ると、ダンが手元の書類から視線を上げて苦笑する。



「いえ。すみません、休むところを、教えてほしくて」


「ああ、宿か。ならうちに泊まると良いさ」


「不用心だな」


 ルドルフがちっと舌打ちを挟むが、ダンはのほほんと微笑んで、「こんな可愛い女の子に何ができるの」と窘めている。


 ……確かにその理論は不用心と言われても仕方ない。


 案の定、ルドルフがすかさず反論する。


「アンタの目は節穴か。要注意人物がその“可愛い女の子”にべったりくっついてんだっつーの」


「客室が空いているから、使っていいよ。ルドルフ、案内してあげて」


「……」


 ダンにスルーされたルドルフが、諦めたように溜息を一つ吐き、顎をクイッと動かす。



 それに粛々と従って執務室を出れば、扉が閉じた瞬間に「チッ」と盛大に舌打ちされる。


「魔導師に会ったらさっさと出てくんじゃなかったのか?」


「……ごめんなさい」


 ただ謝るこちらをチラリと見て、さらに眉を寄せたルドルフは、それ以上は何も言わず、足早に廊下を進む。


 その後を小走りでついて行けば、やがて辿り着いた扉をまた顎で指すルドルフ。



 示されるがまま、ドアを押し開けると、思っていたよりもずっと立派な部屋だった。来客用の客室の様だ。



「食事の面倒までは見ねえぞ」


 それだけ言って、ルドルフはさっさと行ってしまった。



 周りをグルリと見回し、綺麗に整えられたその部屋をまじまじと眺める。


 絨毯はふかふか。綺麗な絵や陶磁器が飾られており、アンティークな小棚も設置してある。それと、大きいベッドが二つ。ソファーや机も置いてある。日本なら間違いなくスイートルームと言えるだろう。



 ふと、後ろに立つローアルを見上げ、首を傾げる。


「大丈夫?」


「あ、え」


「体調、悪そうに見えたから。休む?」


 やはり顔色が悪いローアルを覗き込めば、途端にその顔がクシャリと歪む。


 そして、堰を切ったようにポロポロと零れ落ちたのは涙。


 急に泣き出したローアルに愕然とする。


「ろ、ローアル?そ、そんなに辛かったの?」


 慌ててローアルの手を引っ張ってベッドの所まで連れて行き、そこに座らせると唐突にギュッと抱き着かれた。


「うぐっ」


 結構な勢いだったため口から空気が抜ける。


 勢い余って、自分もベッドに乗り上げローアルの膝に座る形になってしまったが、そのまま隙間を埋めるようにぎゅうぎゅうとしがみつかれ、困り果てる。



 嗚咽を漏らしながら、ローアルはアキヨの肩に顔を埋めて、ずっと「ごめんなさい」と謝っている。


 何を謝れているのか分からないまま、一先ず落ち着かせようと背中を撫でるが、さらに嗚咽がひどくなるだけだった。






 いつまでそうしていたか、体感数十分は経ったかという頃。



「……自分を殺したい」


「!?」


 やっと落ち着いたのか、どこか放心したように固まっていたローアルから、唐突に物騒な言葉が吐かれた。


「ごめんなさい、アキヨを傷付けました」


 ひどく元気のない声で、続けられた言葉にパチパチと瞬きをする。


「傷付け、られたっけ」


 記憶を掘り起こすが、思い当たる節が無い。


 首を傾げれば、縋るように抱き着いていたローアルがバッと上体を起こし、赤くなった目を大きく見開く。


「私に見切りをつけたわけじゃ……?」


「?」


 お互いに無言で見つめ合う。何とも言えない沈黙が部屋を包んだ。



 ――どうやら、今自分達に必要なのは、休息ではなく、話し合いらしい。



「ローアルが良ければ、だけど」



 アキヨは少し迷った末、あまりにも今さら過ぎるその言葉を口にした。



「自己紹介、しない?」













 言いだしっぺの自分から、とアキヨは拙い言葉ながら、改めて今までの成り行きを伝えた。



 6歳までの記憶が無いこと。10歳まで孤児院のような施設で育ったこと。


 それから祖父に引き取られて、政略結婚の駒として教育されたこと。14歳の時、婚約者との顔合わせに向かう途中、交通事故にあったこと。


 それから気付いたら知らない場所で倒れていて、奴隷として売られたこと。伯爵のこと、屋敷での奴隷生活、研究所のこと。



 そして、この旅で気付いたこと。



「私は、今まで起こる出来事から線を引いて、感覚を鈍くしてた」


 辛くないように、自分の心を守るために。


 だけどそれは、同時に自分の感情をも鈍くさせた。



 無感動、無表情に慣れてしまって、いつの間にか気持ちを表現する方法も忘れ、相手の感情を拾い上げる術すらも失って――。



「それでも、時間はかかるかもしれないけど、私も皆と同じように笑ったり喜んだり、できるようになりたいって、思ってる」



 旅を始める前までは、その必要性も感じてなかった。


 ……いや、必要かどうかという考え方すら、可笑しいことに気付いていなかった。




 そこまで話して、ふとローアルがとても静かな事に気付いて視線を上げ、ギョッと目を見開く。



「ろ、ローアル!?」


 目に入ったのは、涙でグチャグチャになったローアルの顔だった。


「ううっ、ず、ずみまぜん……。自己嫌悪で――」


 先程から謝ってばかりのローアルに、「また今度にする?」と訊ねれば首を横に振られる。


「むしろ遅すぎですよね。本当に申し訳ありません……。面白い話しではないと思いますが、私の話しも聞いてくれますか?」


 泣き腫らした目で弱々しく微笑まれて、首を横に振る人はいないだろう。



 力強く頷いたアキヨをじっと見つめた後、ローアルはぽつりぽつりと半生を語りだした。



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