イセレイ連合国
森、と言うよりは林と言った雰囲気の、柔らかい緑の木々を抜けて辿り着いたのは、灰色の壁の前。
「ダンさん!帰ったんですね」
「うん。変わりないかい?」
こちらに気付いた門番が軽く手を上げて、ダンへ気軽に声をかける。そして、アキヨとローアルを見て不思議そうに首を傾げた。
「おや、彼らは?」
「僕の客人なんだ。通してあげてくれるかい?」
「分かりました。まあ、俺が判断することじゃないんですけど」
肩を竦めて、門番が格子状の門をギィッと押し開け、アキヨ達を促す。
「どうぞ。魔導師殿のお気に召すと良いですね」
「?」
門番の言葉に首を傾げれば、ダンがそれに気づいて「ああ」と声を上げる。
「今のは挨拶みたいなもんだから気にしなくていいよ。この国の防御が強固な理由の一つに、中道君が張ってくれている結界があってね」
「結界?」
初めて聞く単語だ。首をさらに倒したアキヨに説明してくれのはローアルだった。
「結界は、魔陣よりさらに高位な魔術です。紋様を描く必要が無く、魔陣より強力な効果を広範囲に適用できるのですが、代わりに膨大な魔力と、効果を維持するための精神力が必要です。ルテニボンでも、不屈の魔導師殿が闘技場を覆うように防御膜を張っていましたが、あれがそうですね」
「そうそう。それで、ここには『イセレイに害を成そうとする者を弾く』結界が張られてるから、悪意を持つ者は入国前にこの門で弾かれちゃうんだ」
門の中、トンネルのようになっている通路を進みながら、ダンが説明を引き継ぐ。
「基本、他国の者はイセレイの者と一緒じゃないと入れないようになってるし、亜人の入国にも制限をかけてる」
「亜人も?」
意外だった。差別とかが無い国かと勝手に想像していたからだ。
ダンはそんなアキヨの疑問を正確に読み取って、悲しそうに微笑んだ。
「差別とかじゃないんだ。昔は亜人も他国の人間も受け入れていたんだけど、亜人を狙う闇商人が入り込んできてしまってね……、致し方なく、外からの受け入れを最小限に抑えることにしたんだ。ただ今は“悪意を持った者を阻む”って結界を中道君が張ってくれているから、正直僕はもう他国の人も亜人も受け入れて大丈夫だって思ってるんだけど、他の領主たちが承諾してくれなくてね……」
「他の、領主たち?」
「イセレイは、連合国――小さな国が寄り集まってできた国なんだ。だから王様はいない。代わりに、各国の領主が話し合って政事を執り行っているんだ。だから僕だけの意見じゃ、国防に関わることは変えることができないんだよね、残念だけど」
困ったように肩を竦め、溜息をつくダン。
「僕以外の領主たちは割と保守派が多いからね。今の平穏を崩されるのが怖いって思ってるんだろうな。まあ分からなくもないけど……、それじゃあ停滞するだけで、いつまで経っても発展しない。良くも悪くも、変化は必要だと僕は思うんだ」
確かに、何かを変えることは、とても恐いことだ。選択することは、いつだって怖い。
だけど、そうやって変えようと行動することで、分かったこともある。
「……変えることは、怖いって思う」
「うーん、そっかあ。まあ、そうだよねえ」
「でも、それが悪い結果になっても、それも一つの大事な答えだから。私は変えないことより、変わることを選びたい」
ダンを見上げれば、彼は驚いた様に目を見開いた後、へにゃりと目尻を下げて、嬉しそうに笑った。
「うん、やっぱり君は、中道君と良い友だちになれると思うよ」
しばらく歩いた先に、出口の明かりが見えてきた。
「あの出口に防御膜が張ってあるんだ。君たちは他国の人だけど、僕と一緒に潜れば大丈夫だよ」
ダンが言った通り、アキヨ達は難なくその出口を通り抜けることができた。
外に出る時に、一瞬視界が歪むような感覚があった。どこかで感じたことのある感覚だ。
「恭謙の魔導師殿の家に張られていた魔術と同じ類ですね」
アキヨの心の中を読んだかのようなタイミングで、ローアルが解説してくれる。
「あ、もしかしてさっき言ってた知り合いの?」
「いえ、それはまた別です」
「と言う事は、仲良くしてる魔導師が2人もいるの?すごいなあ」
「いえ、恭謙の魔導師殿とは別に親しくはないです」
「そ、そっかあ」
ばっさりと言い捨てるローアルに苦笑したダンは、前に向き直り、表情を明るくする。
「まあ、何はともあれ。ようこそイセレイへ!」
ニコリと微笑んで、手を広げて見せるダン。
その背後に広がる景色に、アキヨは思わず歓声を上げた。
門を出口から伸びる一本の橋。その先に見える、幻想的な雰囲気を醸し出す、緑の島。
灰色の壁と島の間にはぐるりと溝があり、流れる水の中を優雅に泳ぐ魚が見える。その上を橋で渡り、アキヨ達は“妖精に愛された国”イセレイ連合国に到着した。
イセレイにはあまり人工物がないようだった。
地面はふかふかの緑の絨毯。一面が広大な草原といった様相だ。
花々が穏やかに風に揺れ、頭上は小鳥が飛び、ふと何かが動いたと思い目を凝らせば、ウサギが跳ねまわり、蝶々がヒラヒラと舞っていた。
そして、そんな動物たちと共に、イセレイの子供達がきゃっきゃと遊んでいる。金髪に白い肌の子供達は、幻想的な雰囲気も相まって、まるで天使のようだ。
「あ!領主様だ!」
「こんにちはー!」
「おきゃくさまですか?」
遊んでいた子供たちがこちらに気付き、駆け寄って来た。そしてアキヨとローアルを見て首を傾げる。
近くで見て気付いたが、皆目の色が綺麗な緑色だ。金髪に緑色の瞳はイセレイ国民の特徴なのかもしれない。
白い簡素なワンピース型の麻布を、腰辺りで紐で結び、それぞれその裾に個性的な飾り刺繍が施された服を身に着けている。この国の民族衣装なのだろうか。
「こんにちは。ルテニボンで出会った旅人さんだよ。イセレイに観光に来てくれたんだ」
「かんこー?」
「ねえねえ、おねえちゃん。いっしょにあそぼー!」
くいっと服の裾を引っ張られた感覚があって、見下ろせば小さな女の子がこちらをキラキラと見上げていた。
「……うん、遊ぼっか」
女の子が引っ張る方向に抵抗することなく付いて行くアキヨに、ダンが声をかける。
「後で中道君のところへ一緒に行こう!僕たちはあそこの赤い屋根の家にいるから」
彼が指差す方向を見れば、可愛い三角柱の屋根の家が見えた。
頷いて答えれば、相変わらずそっぽを向いたままのルドルフを連れて、ダンはヒラヒラ手を振り、去って行った。
「わたし、めい!」
「私はイノだよ」
「キャッツ」
「私はアキヨ。こっちのお兄さんが、ローアル」
「あきよ~?ふしぎななまえ!」
「お姉ちゃん、どこから来たの?」
「ケダトイナってとこ」
「けだとーな?どこにあるの?」
「……海の向こう側、かな」
「ふーん」
「ねえねえ、お姉ちゃん、かくれんぼやろ!お姉ちゃん鬼ね!」
「いいよ」
「この砂が全部落ちたら探して!」
三人の子供達が、アキヨを囲んで口々に言う。
はいっと渡されたのは、アンティークな砂時計だった。入っている砂はとても少なく、恐らく30秒くらいで落ち切ってしまうだろう。
「じゃあ、後ろ向いて!」
「きゃーっ!!」
笑い声を上げながら散って行く子供達の気配を背後に感じながら、砂時計をひっくり返す。
落ち始めた砂を見つめていたら、ローアルが静かに声をかけてきた。
「――アキヨは、子供の扱いに慣れているんですね」
少し緊張したような声音だったのを不思議に思って見上げれば、こちらを真剣に見つめているローアルと目が合った。
「うん。孤児院にいたから」
「孤児院……。あの、何歳くらいまで?」
「10歳。お爺様が引き取りに来るまで」
サラサラと落ちる砂時計に視線を戻しながら、そう言えば身の上話を詳しく語った事はなかったなと、今更ながら気づく。
「お爺様に引き取られて、4年お屋敷にいた。こっちに来たのは、たぶん14歳になった日。婚約者に会いに行く途中で――」
「婚約者!?」
突然大きな声を出したローアルをビクッと見上げる。と、同時にガッと肩を掴まれ、ローアルの顔が目の前にグイッと近付く。
「こ、婚約者とは!?どんな奴ですか!?い、いや、そんなことより、あ、アキヨはそいつのことを、まさか――」
「……あ、落ちた」
アキヨの言葉に、ローアルはピタリと口を閉じ、砂が落ち切った砂時計を見下ろす。
「探しに行かなきゃ」
「……」
ぐっと唇を噛み締めるローアルを見上げ、ところで、とアキヨは首を傾げる。
先ほど早口で何やら言っていた気がしたが、何だったか。婚約者がどうとか言っていた気がするが。
ひとまず歩を進めながら、その道中に聞いてみる。
「ごめん、何の話ししてた?」
「……いえ」
「?」
アキヨは険しい表情のローアルに首を傾げたが、本人が否定することに突っ込むこともないかと、すぐさま子供たちを探すことに思考を切り替えた。
広大な平原の中に、いくつかある障害物――中が空洞になった木の幹が横たわっていたり、ところどころに木々が生えていたり――そう言ったところを手当たり次第に探してみる。
「……あ」
「ああ!みつかっちゃった~」
空洞の木の中を覗き込めば、緑色の瞳がキラリと光って見えた。アキヨの服を引っ張っていた女の子だ。
よいしょっと幹から這い出た女の子は、アキヨの服を掴んで引っ張る。
「ふたりのかくれてるばしょ、わかるよ!こっち!」
そして連れて来られたのは、一本の木の前だった。
女の子がガンッと幹を蹴るのにびっくりしていると、上からガサガサと音がして、スタッと何かが降って来た。
「メイ~、教えんなよ」
不服そうな表情をした男の子だ。確かキャッツと言っていた。
木の上に隠れていたらしいキャッツは、女の子――メイがアキヨに答えを教えたことに不満そうだ。
「だっていっつもキャッツがそこにかくれてるから」
「ま、いいや。じゃあイノ探そ」
「イノはねー、かくれんぼとってもじょーずなの!」
メイが元気にそう言って、キョロキョロと辺りを見回す。
「きのうえかな?」
「街の方かもよ」
「きのう、そうだったから、ぜったいちがうよ!」
「じゃあ森の方とか?」
「このまえそっちいったら、おこられたじゃん」
「じゃあどこにいるんだよ」
何だか険悪な雰囲気になり始めた二人が、一斉にアキヨの方を見る。
「おねえちゃんは、どっちだとおもう!?」
「……森の方は危ないの?」
「うん。この前イノが遠くに隠れようとして、立ち入り禁止の森に入ろうとしたら、見つかって怒られたんだ」
――何だろう、嫌な予感がする。
「森の方、見に行ってみようか」
「ほらな」
「ぜったい、いないもん!」
ぷくっと頬を膨らませるメイの手を引いて、キャッツの案内で森へと向かう。
案内されて着いた森の入り口は、確かに柵のようになっていて、いかにも立ち入り禁止と言った様相だった。
「あ!見て、これイノの服の切れ端だ」
キャッツが柵に引っ掛かっていた布切れを掴む。見れば、確かにもう一人の女の子が身に着けていた服の刺繍と似ている気がした。
もう一度森を見遣る。
結構深そうだ。人の手があまり入っていなそうで、太い幹と濃い緑の葉がどことなく神秘的でもあり、何だか恐ろしくもあった。
――その時。
「っ!!」
バサバサと一斉に鳥が森から飛び立った。
そして森から聞こえた、小さな悲鳴。
「今の、イノの声だっ!!」
二人が一気に不安そうな表情になり、森の入り口を見遣る。
「……二人とも、今から急いでダンさんを呼んできて」
二人の目線まで屈んで、目を見ながらお願いすれば、二人はゴクリと唾を飲みこんで、コクリと頷き、手を繋いで急いで駆けて行った。
二人の背中を見送り、ローアルを見上げる。
「助けに行こう」
「恐らく、魔物ですね。危ないのでアキヨはココで待っていてくれますか」
「分かった」
大人しく頷けば、ローアルは微笑んで柵を乗り越え、森の中へ走り去って行った。




