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薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
第三章 妖精に愛された国
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用心棒



 イセレイ連合国は、ルテニボン帝国の上、大きな川を隔てた先にあるらしい。



 アキヨ達は、魔陣で門から港へ飛ばしてくれた元兵士の男と別れた後、丸10日かけて、時に歩き、時に馬車に乗り、時に馬に乗りながら道を進んでいた。


 特に、乗馬での移動は心躍るものがあった。


 馬貸家があったことが発端で、アキヨが物珍し気に馬の並ぶそこを見つめていたら、ローアルが「乗ってみますか?」と提案してくれたのだ。この世界では割とある移動手段の一つらしい。


 其処で馬を借り、次の町の馬貸家に馬を返すという仕組みだ。その分、一定の距離と限られた場所しか移動ができないが、馬車や船などの乗り物を使うより安上がりのようだ。



 初めて馬に乗った時は、思ったより視界が高く驚いたが、ローアルの操縦が上手かったのか、乗り心地は悪くなく、とても楽しかった。


 すっかり馬が気に入ってしまったアキヨに、ローアルが嬉しそうに笑って、


「馬を買いますか」


と、冗談を言っていたが、馬を飼うならどれくらいのお金がかかるのだろうと少し本気で考えてしまったほどだ。




 様々な乗り物を乗り継ぎ、時に宿を取って休みながらゆっくり進んできたアキヨ達は、ついに国境付近まで辿り着いた。


 ちなみに、馬車の御者が国境付近までは通常5日ほどで着くと言っていたため、二倍の時間がかかったことになるが、それは偏にローアルがアキヨの体調を心配して無理せず進んできたからだ。


 熱を出してしまったことが相当堪えたらしい。






「渡し舟が出ていると言ってましたね」


 国境の川付近で渡し舟が出ていると言っていたのは、宿屋の人だ。


 その情報を信じて船を探すが、付近には見当たらない。


 しばらく川沿いに歩いて移動していると、前方に小さく二つの人影が見えた。そして彼らの前には船頭の乗った小舟が一つ。


「あれですかね」


 ひょいとアキヨを持ち上げたローアルが、舟の方へ駆け寄り、声をかける。


「すみません、向こう岸に渡りたいのですが同乗しても?」


 いきなり猛スピードで近付いて来た人影に、船頭と何やら話していた二人組が驚いたようにこちらを向いた。


 一人は、派手ではないが上品な服装に身を包んだ壮年の男だ。穏やかそうな垂れ目と、学者がかけているような小さな丸眼鏡が良く似合っている。


 もう一人は浅黒い肌に青銅色の短髪、無骨な剣を腰に挿した傭兵のような格好の男だった。


「ああ、構いませんよ」


 愛想良く微笑んで快諾した丸眼鏡の男とは対照的に、こちらを見てぎょっとしたように青銅色の瞳を見開いた傭兵風の男は、盛大に眉を顰めた。


「おいっ、本当に良いのか?向こう岸に渡るっつーことは、イセレイへ向かうってことだろ。使者の話しは聞いてないぜ」


 如何にも嫌そうな顔でこちらを睥睨する傭兵男に、丸眼鏡の男がわざとらしくポンと手を打つ。


「それもそうだ。君たちはイセレイ連合国へ何か用なのかい?」


 穏やかに微笑んだまま首を傾げる丸眼鏡の男に、ローアルは淡々と答える。


「正確にはその先のジアンノ・リモへ行く予定なんです。ですが、ルテニボンからジアンノ・リモへ行く航路に海賊が出ると聞きまして。イセレイ連合国を経由していくルートに変更したわけです」


「なるほど。じゃあ仕方ないね」


「いやいや、そう簡単に納得すんなよ」


 呆れたように待ったをかける傭兵男に、丸眼鏡の男が不思議そうな表情を向ける。


「君がそこまで誰かに突っかかるのは珍しいね。何か理由でもあるのかい?」


「そ、れは……」


 言い澱んだ男がギュッと眉を寄せ、チラっとこちらを見た。


「――いや、いらん口を利いた。悪かったな」


 しかし結局、その理由を言うことなく、傭兵男は顔ごと視線を反らしてしまった。




「話はまとまったか?人数的には問題ねえぞ。乗るならさっさと乗りな」


 タンクトップ姿の船頭が、目に半ば被るように巻いている布巾を少し上げて、アキヨ達を急かす。



「……もう一度戻ってくるんでしたら、次の便でも構いませんよ?」


「いや、彼の言ったことなら気にしなくても大丈夫だよ。悪いね」


 丸眼鏡の男が穏やかにそう言って先に船に乗り、その後を傭兵男が無言で続く。


 ローアルがこちらを見るので、一つ頷いて丸眼鏡の男に頭を下げる。


「すみません、一緒に乗せてください」


「どうぞどうぞ」



 ローアルがアキヨを抱えたまま船に乗り、船頭が長い棒を下まで伸ばして船を動かす。


 向こう岸が見えないほどに、川幅は広い。


 砂利が見えなければ、海だと言われても信じてしまいそうだ。


 水は澄んでいていとても綺麗だった。川底まで見える。時折川魚が群れを成して泳いでいるのが見えた。




 穏やかに進み始めた小舟。しかし、その船上ではどことなく気まずい空気が流れていた。


 その筆頭は、こちらを一度も見ようとせず、盛大に目を反らしている傭兵風の男だ。


 始終無言でそっぽを向いている。


「あー、えっと、君たちイセレイは初めてかな」


 空気に耐えられなかったのか、丸眼鏡の男がこちらに尋ねてきた。


 アキヨが頷けば、ニコリと微笑まれる。



「イセレイは好い国だよ。僕は生まれも育ちもイセレイだけど、他の国に移りたいと思ったことは一度も無いんだ。皆良い人だし、時の流れが穏やかだし。今回仕事でルテニボンに数日いたんだけど、久し振りに来て改めてイセレイがどれだけのんびりしているのか分かったよ。ルテニボンが特別せかせかしてるのか、イセレイが他国よりのんびりしているのかはよく分からないけど、僕にはイセレイの雰囲気が合ってるなあ」


 どうやら丸眼鏡の男は、元来お喋り好きらしい。


 嬉々として話し始めた声音は、彼の言うイセレイの国民性故か、とても穏やかだ。



「そう言えば、数日前に祝勝閲兵式(パレード)があったそうだね。もしかして君たちもその閲兵式(パレード)を見にルテニボンへ?」


 厳密には違うが、祭りに参加したことは事実なので、一つ頷いて肯定する。


 すると丸眼鏡の男は眉を下げて、羨ましそうに肩を落とした。


「いいねえ。僕は丁度そのお祭りが終わった頃に到着したから見れなかったんだ。ルテニボンの祭りは盛大だよねえ。僕も随分前だけど参加したことがあるんだ、ルテニボンのお祭り。イセレイと全然違うからびっくりしたよ。これが都会の祭りか!ってね。いや、イセレイの祭りも良いんだけど、ルテニボンに比べればやっぱり華やかさに欠けるからねえ」


 苦笑しながらそう言って、ふとこちらに顔を向ける男。


「そう言えば亜人の国へは何をしに?」


 純粋に疑問に思っているようで、不思議そうに首を傾げている。



 丸眼鏡の男はこれまでの人達とは異なり、亜人の国の存在を否定する素振りはない。亜人の国について、何か知っているのだろうか。



「……どんな国か、知りたくて」


「観光ってことかい?それは良い!観光は経済が回るからね。……久遠君も、もうちょっと外交的になればいいのにって思うけど、まあ、()()()は色々あるからねえ」


「クオン君?」


「ああ、ジアンノ・リモの当主をそう呼んでるんだよ。あそこの長は代々“久遠の魔導師”が務めることになってるからね」


 代替わりしても呼び方が一緒でいいだろう?と茶目っ気たっぷりにウィンクする丸眼鏡の男に、曖昧に頷く。


 亜人の国の王様が魔導師、と言うことだろうか。亜人の魔導師がいるらしい。



「亜人の国に行ったこと、あるの?」


「もちろん。イセレイとジアンノ・リモは頻繁とは言わないけど交易があるからね」


 ニコニコとそう説明した後、丸眼鏡の男がはっとしたようにポンと手を打つ。


「そうだ、自己紹介がまだだったね。僕は、イセレイ第一連邦国領主のダンって言うんだ。そっちの青い髪の子はルドルフ。君のお名前は?」


「アキヨ、です」


 ぺこりとお辞儀をすると、ポンポンと頭を撫でられる。


「こんなに小さいのに亜人の国へ旅行なんて、何か訳ありかな?」


 緑色の瞳をキラリと光らせ、興味津々と言った様子でアキヨを見つめる丸眼鏡の男――ダンに、なんて答えれば良いか分からず、視線を泳がせる。


 だが、一応これだけは言っておこうと口を開く。



「私、子供じゃない。17歳」


「え」


 ダンが、ポカンと口を開ける。


 その向こうで、思わずと言った風に一瞬振り返った傭兵風の男――ルドルフの、「どんだけだよ……」という呟きは、波の音に遮られて誰にも届くことはなかった。













 船は穏やかに進んで、体感1時間ほどで向こう岸に到着した。



 舟から降り、生い茂る木々の向こうにそびえる、無機質な灰色の壁を見上げる。


「あの塀の向こうがイセレイだよ。僕と一緒に行けば通してくれるから心配しなくても大丈夫」


 ニコニコと微笑みながら、灰色の壁を指さすダンに首を傾げる。



「あれは、防壁?」


「そうだよ。イセレイには、ルテニボンみたいな軍事力が無い代わりに“守り神”がいてね。僕らの国が今までどこからも侵略されずに平和を保てているのは、あの塀があるからなんだ」


 目を細めて聳え立つ壁を見上げるダンに瞬きを返せば、補足するようにローアルが答えた。


「中道の魔導師殿ですね。イセレイの国防を担っていると言う」


「おや、良く知っているね」


 少し驚いたようにローアルを見上げるダン。それに対してローアルは愛想笑いを浮かべる。


「魔導師に知り合いがいまして。彼から聞きました」


「そっか。まあ、隠してるわけじゃないから知ってても可笑しくは無いんだけど……。お察しの通り、僕たちは中道君の衣食住を保証する代わりに、彼にイセレイの国防の一切をお願いしてるんだ」


「中道、くん……?」


 また魔導師の名前が出てきた。


 これで、すでに6人中5人の魔導師について知ったことになる。世界は案外狭いらしい。



「どんな人なの?」


「ん?中道君かい?そうだなあ……。まあ一言で言えば、引きこもりかな」


「……引きこもり」


 パチパチ瞬きをするアキヨに苦笑して、溜息を吐くダン。


「人前に姿を見せないどころか、どうやら家からも滅多に出てないみたいなんだ。僕が彼との橋渡し係だから、彼の家を訪ねることが多いんだけど、毎回まるでゴミ屋敷みたいでね、見た目は20歳くらいなんだけど、行動はまるで小さい子供みたいなんだよ」


 だいぶ溜め込んでいたのか、ダンの愚痴は止まらない。


「いくら魔導師って言ったって、適度な運動は必要だと思うんだよ。でも、『日光に当たると体力が奪われる』とか言って、全然外に出ないんだ。そんなんだから、常に血色悪くて具合が悪そうだし、食事はちゃんとしてるみたいだけど、それにしては痩せてるし……。彼を見ていると、もう今にも倒れそうで心配になるんだ」


 と、そこで言葉を止めたダンが、良いことを思いついたとばかりにこちらを見る。


「そうだ、良かったら彼と友達になってくれないかい?彼には年の近い子との交流が必要だと思うんだ」


「……イセレイにはいないの?」


「実は、彼がイセレイの国防を担ってくれる条件の一つに、イセレイの者は原則、中道君に干渉してはいけないって言うのがあってね……。ほら彼、人付き合い苦手だから」


 肩を落として残念そうにそう言ったダンだったが、すぐに拳を握ってこちらを熱く見つめる。


「でも外から来た君達なら問題ないだろ?何しろ“イセレイの者”ではないしね!うん、我ながら良い考えだ!」


 自己完結しているダンの中では、すでにアキヨと「中道君」の会合は決定事項のようだ。



 ダンからの思わぬ提案に戸惑うアキヨは、ローアルが僅かに表情を強張らせたことに気付かなかった。



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