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薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
第二章 抑圧の国
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復讐の顛末



 それからリナに会うまで、実に5年かかった。



 警備隊の下っ端になれたのは良いものの、それだけでは王族に会うなど夢のまた夢だ。


 リナと会うにはもっと出世しなければと、警備隊でひたすら剣技を磨き、実績を地味に積み重ねる日々。


 そうして、徐々に地位を上げ、ついに王女と対面できるところまで来たという頃。



 第一王子と第二王子が、立て続けに事故と病気で亡くなった。


 国は上を下への大騒ぎとなった。


 事件性を勘繰るもの、跡継ぎ問題を論じる者、後釜を差し出す者が放縦に喚き散らす、そんな大混乱の中、ハランは粛々と、第一王女警護班への異動を拝命した。






「お初にお目にかかります。ハランと申します。命に代えても、御身をお守りいたします」



 顔合わせの日。


 目の前で跪くハランに、薄水色の瞳を限界まで見開く第一王女。その驚愕の表情に、思わずニヤケそうになるのを必死に抑える。



 その日、ついにハランはリナの元に辿り着いた。


 この日のために厳しい訓練を耐え、血豆を潰しながら剣を振るってきたのだ。盛大な演出(サプライズ)に成功した気分だったが、すぐに気持ちを引き締める。


 ここまで頑張ってきたのは、友人がなぜ夢を諦めてしまったのかを問いただすためだ。いつまでも浮かれた気分でいるわけにもいかない。




 しかし、男女と言う隔たりは思ったより大きかった。二人だけで話せる機会がなかなか訪れない。


 そうヤキモキしていた矢先。



「ハランを、私付きの護衛とする」


 ハランが第一王女の護衛班となって数月後、不自然にならない程度の時期を空け、リナ自らがそう任命することで、ハランはようやく友人と気兼ねなく話す機会を得た。






「久し振りだな」


「ああ。で、何があった」


「いきなりだなあ」



 ようやく二人っきりとなった王女の自室。


 ソファに身を投げるように雑に座ったリナが、呆れたようにこちらを見たが、ハランの真剣な表情を目にして、諦めたように溜息を吐いた。


「父上が勝手に婚約を決めたんだ。それを解消するのに奔走していて、そちらに行けなかった」


「解消、できたのか」


「もちろん。志半ばでお嫁行きなんて、死んでもごめんだ」


「……じゃあ、夢を諦めたわけでは」


「ない。私がそんなタマに見えるか?」


 ニヤリと笑ったリナにホッと息を吐く。


 その様子を眺めていたリナが、呆れたように笑った。


「しかし、君も大概だな。それを確かめにわざわざ警備隊に?」


「当たり前だ。友人が困っているかもしれない。それだけで理由なんて十分だろ」


 そう言えば、驚いたようにリナが目を見張り、やがてふと微笑んだ。


「当たり前、か。それができる人間は、案外少ないんだよ。ハラン」


 リナが、いつぞやの時よりだいぶ大人びた表情で、こちらを見つめる。


「君の美徳だね。感謝している。君にはいつも、助けられているな」






 それからしばらく、後継者問題でハランもリナも忙しく、ゆっくり話す機会は持てなかった。


 王族で継承権を持っているのは第一王女、それに第二王女と第三王子。


 しかし、第二王女と第三王子はまだ年齢が一桁だ。


 実質、注目を浴びたのは第一王女で、様々な思惑と一緒にリナは矢面に立たされた。




 しかし、彼女は毅然とした態度を崩さなかった。その姿を護衛としていつも傍で見ながら、ハランは彼女のために自分は何ができるだろうと常に考えていた。


 その感情が友情だろうが、親愛だろうが、はたまた恋情だろうが、ハランとしては何でも良かった。


 ただ、生きにくいと叫んでいたあの日の少女の姿が、ハランの中でまだずっと藻掻き続けている。


 だから、彼女が輝く未来を作りたい。ただ、それだけを思い、ハランは第一王女の横に立ち続けた。




 しかし、今思い返してみれば、その曖昧な感情にしっかりと言葉を与えてあげていればと、そう思わずにはいられない。


 自分はただ逃げていただけだ。モヤモヤとした感情をそのままに鍛冶場を飛び出して、リナの姿を見て安心して現状に甘んじた。






『私は王になる。その時、隣りで支えてくれるのは君であってほしい。ハラン』


 だから、あの日。そう乞われた時。ハランはすぐに頷けなかった。


 自分の気持ちに整理がついていなかったから。



 そうして曖昧にして、答えを先延ばしにして逃げた、その3日後。


 ルテニボンが攻め入って来た。













 ルテニボンが侵攻してきた日、ハランは珍しく休暇を取って実家に戻って来ていた。


 休む気配のないこちらの様子を見兼ねた王女自らの進言を断り切れず、一昨昨日の件で顔を合わせづらいこともあって、ハランは言われるままに休みを取った。




 久し振りに見る我が家。


 警備隊に入ると飛び出した日以来、帰っていなかった実家だが、時が止まっていたかのように何も変わっていなくて、拍子抜けしたのを覚えている。


 帰るのは数年ぶりなのに、まるで今朝出かけて、そのまま帰宅したような、そんな不思議な感覚。


 一気に、鍛冶職人の見習いだった頃に戻ったような気分になった。




 荷物を置き、鍛冶場にいるだろう父にリナのことを話そうと、再び家を出ようとした、その時だった。




『こちらはルテニボン帝国である。いまから1刻後に侵攻を始める。繰り返す――――』




 魔術による拡声通話。空から突如として振って来た声に、国中の者が上を見上げた。



 そしてハランはと言うと、その宣戦布告を聞いた瞬間、ぼんやりと立ち尽くす人々の間を縫って、宮殿へ走り出していた。




 休むことなく馬を駆り、眠ることなく昼夜ひた走る。




 そうしてやっと辿り着いた宮殿へ、転がるように駆け込んだハランが見たのは、ルテニボンの兵士に取り押さえられ、ボロボロな姿で地面に伏すリナの姿だった。



 駆けつけた時には、全てが終わっていた。


 必死にリナへ手を伸ばすも虚しく、ハランはすぐに拘束され、城を追い出された。






 不意討ちと言う形で開かれた戦は、一瞬で終わった。


 自国は制圧され、ルテニボンの植民地と化し、法律も治安も生活も、全てがあっと言う間にルテニボンに支配された。


 王族はまとめて地下牢へ閉じ込められた。


 生きてはいる、が。会うことは叶わなかった。






 後悔が止めどなくハランを襲った。



 なぜあの時、自分はリナの言葉にすぐ頷かなかったのか……。


 なぜ休暇など取ってしまったのか。


 肝心な時に傍にいなかった自分が情けない。




 何度もリナを救い出そうと侵入するハランは警戒されてしまったらしく、宮殿の勤務からすら外された。


 こうなってしまえばもう城に入る事すらできない。ハランは放り出された城の門前で、悔しさに手を強く握り締める。


 そして、同時に決意した。




 護衛として隣りに立ちながら、リナのために何ができるかと毎日のように考えていたが、ようやくその答えを見つけた気がした。



 もう、間違えない。


 ――リナの願いは、俺が叶える。



 彼女を王にする。その為には、ルテニボンが邪魔だ。













 ハランは国を出た。



 そしてルテニボンへの潜入を果たし、静かに、しかし着々と同志を募った。


 ルテニボンに仲間を殺された元魔術士の青年、ウィーもその一人だった。彼の闇魔術は見事なもので、諜報や仲間集めに打ってつけだった。


 こうして、一気にハランの計画は加速した。




 そしてついに、全ての準備が整ったという矢先、一人の御仁から接触があった。


 緻密に創られた魔術による伝書鳥。


 それは、王族であるヨルシア姫からの会談の申し入れだった。



「明らかに罠です。当然乗るべきじゃない」


 多くの者がそう言った。


 しかし、ハランはヨルシアの提案を受け入れた。




 ……今だから分かる。ハランはヨルシアにリナを重ねていたのだ。


 あの時、「隣りで支えてくれ」と頼ってくれた彼女に頷かなかった自分。


 その後悔が、ヨルシアの提言を無下に断るという選択肢を阻んだ。




 しかし当日、予定時刻より少し前に乗り込んできたのは、ヨルシアではなかった。



 後日再会を果たすことになるその二人組は、ハランから見たら立派な偽善者だった。


 自身に関係のない厄介事に首を突っ込み、挙句にその中心に立って嵐を鎮めようと言うのだから、これが偽善事業でなくて何だと言うのだ。


 しかもその方法は、お粗末と言うほかない、あまりに稚拙で他力本願なものだった。



 しかし、だからこそハランは話に乗ったのだ。


 無理だと確信していたから、こちらの計画には何の支障もないと踏んでのことだった。


 むしろ、標的を一か所に集めてくれると言うのだ。願ったり叶ったりである。



 そう、ハランがその二人組の提案を呑んだのは、何も見ず知らずの彼等に反乱軍の行く末を託したからではない。


 むしろ、ハランは決闘に英雄が負ける前提で、計画を練っていた。



 最後まで、あの瞬間まで、自分がラクエを倒すのだと、復讐の炎を煮えたぎらせていたのだ。






 しかし、決闘の日。


 他でもない、ハランの考えこそが甘かったのだと思い知った。



 復讐だとか、憎しみだとか怒りだとか、そう言った諸々の感情を抱えて集まった、その全ての人間が一瞬にしてその気を削がれてしまう程に。


 次元が違った。とてもじゃないが敵わないと、嫌でもそう納得せざるを得ない、そんな絶望と敗北感。



 偽善者だったのはハランの方だった。


 自暴自棄になっていたと言われても仕方がないほどの、圧倒的な力の差。


 情けないことに、それを目にするまで頭で分かっていても納得できていなかった。そしてそれは、ここにいる全ての者がそうだった。


 初めてその実力差を肌身に感じた反乱軍の面々は、皆一様に茫然自失となり、目の前の光景をただ固唾を呑んで見ていることしかできなかった。






 果たして、英雄はラクエに勝った。


 それは一瞬だった。あまりにも呆気なく、ハラン達の敵は倒れた。




 闘技場の真ん中に集う彼等を呆然と見つめながら、ハランはふと、先日少女――確か、アキヨと呼ばれていた――が言っていた言葉を思い出す。



『復讐をして欲しいって、私に言うような人、いない。皆優しいから』



 あの時は「綺麗ごとを」としか思わなかったが、今になってその言葉が頭の中でぐるぐる回る。



 ――リナは。


 リナだったら、今の自分になんて声をかけるだろうか。



 もし、英雄と少女が現れなかったら、自分は計画通り反乱を起こし、そしてラクエとの圧倒的実力差を前に破れ去っていただろう。もしかしたら死んでいたかもしれない。


 ――もし、そうなっていたら。


 遠いあの国で、ハランの現状を知ったリナは、何を思うのだろう。




 目が覚めた気分だった。


 ずっと鉛のようにどろどろと思考を苛んでいた澱んだ塊。


 それがごっそり取れたような、そんな心地だった。



 そしてハランは、そこでやっと、心の底から思うことができた。……これで、良かったのだと。


 この復讐心に決着がついた瞬間だった。






 ラクエを担いだ魔導師と共に、姿を消した英雄と少女。


 その後に残されたのは、ルテニボンの革新派と反乱軍の面々。



「お前らは、この先にどんな未来を描く」


 ハランの問いに、ヨルシアとシロエが真っ直ぐと、淀みなくこちらを見つめて答えた。


「より良い国にしますわ、必ず」


「もう二度と、同じ過ちは繰り返さない」




『何事も前例など、初めはないんだ。大事なのは気持ちだよ。平民でも貴族でも……、男でも女でも、関係ないさ』



「ははっ」


 突然笑い出したハランに、ヨルシアとシロエだけではなく、ウィーも驚いたようにこちらを見た。


 しかし、笑いは止まらなかった。






 ――ああ、本当にそうだな。リナ。大事なのは気持ちだ。男も女も関係ない。


 復讐は果たされた。だが、ルテニボンは許せない。その気持ちは消えない。


 でも、なあリナ。ルテニボンにも、お前みたいに国を変えようと立ち上がった女性がいるんだ。


 そして、実際にそれは叶えられた。


 大事なのは気持ち。そこに男も女も、国すらも関係ない。




「ルテニボンへの憎しみは、そう簡単には消えない」


 その言葉とは裏腹に、ハランの表情は晴れやかだった。


「だが、お前たちが夢見る国には興味がある。証明してみせろ。俺達に憎悪を与えたルテニボンは、変わったのだと」


「!」


 ヨルシアとシロエが目を見開いた。


 しかしすぐに、力強く頷く。



 それにふっと笑みを浮かべ、ハランは踵を返す。






 さて、後は自分の尻拭いだ。それが終わったら、故郷に帰ろう。



 『血の契約』によって、母国は――リナは解放される。


 そうしたら彼女に語ってやろう。ハランのお粗末な復讐劇と、その顛末を。




 そして今度はこちらから言うのだ。



 ――こんな自分で良ければ、ずっと貴女の隣りを守らせてほしい、と。



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