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薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
第二章 抑圧の国
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生きる意志



「――小さい子供によくあることですよ」


 年齢を感じさせる皺枯れ声が聞こえ、ふと意識が浮上する。


「熱を出しても気付かずに、逆に気分が高揚したように錯覚してしまって、気を抜いた瞬間に一気に体調不良を自覚して倒れてしまうんです。一日、二日ゆっくり休ませればすぐに良くなりますよ」


 落ち着いた老年の男の声に比べて、ひどく焦燥した声がそれに答えた。


「原因は何だ。病気か?本当にただ休ませて良くなるものなのか?」


「ただの疲れでしょう。お兄様ですかな?妹さんが心配なのも分かりますが、落ち着いて対応することが大事ですぞ。どちらかと言えば、君の方が顔色が悪い」


 その言葉にハッと目を開けようとしたが、どうも瞼が重くて、結局半分ほどしか開かなかった。



「っ」


「あっ、アキヨ!!」


 こちらを覗き込むローアルと目が合い、その顔色の悪さに目が開かないことも忘れて瞠目する。



「ろ、ある」


「ああっ、良かった……!ほ、んとによかっ――ッ」


 途中で言葉を詰まらせて、嗚咽を我慢するようにギュッと目を閉じ、アキヨの手を自身の額へ当てるローアル。


 その横から、白いひげを生やしたお爺さんが、ひょこりとこちらを見下ろし、その小さな目を優しく細める。


「熱は先ほど解熱剤を投与したから、ゆっくりしとったらその内冷めるよ。お兄さんを安心させてあげるためにも、今は安静にしてよく食べて良く寝ることだ。いいね」


「……はい、ありがとう、ございます」


 かすれた声でお礼を言ったアキヨにふぉふぉっと笑ったお爺さんは、ローアルに「また何かあれば呼んどくれ」と声をかけて、小さな黒い鞄を持って部屋を出て行った。






 ――ここは、宿の部屋だ。


 そうだ、ウィーと別れて、部屋に戻って来た途端、倒れてしまったんだった。



 何か夢を見ていた気がする。あまり内容は覚えてないが、目が覚めたことに何故だかとても安心している自分がいた。悪夢でも見ていたのだろうか。




 いや、そんなことより……。ローアルに掴まれていた手を軽く引っ張る。



「ろ、ある。大丈夫?」


 顔色が蒼を通り越して真っ白だ。血の気が引いた、焦燥した表情のローアルにそう声をかければ、なぜか目を見開いてこちらを凝視し、そしてクシャリと顔を歪めた。



「本当に、変わらないですね」


「?」


「自分のことより人のことを心配するところ、全然変わってない」


 アキヨの頭を優しく撫で、眉を下げて微笑むローアル。



「アキヨが突然倒れて、嫌な想像ばかり先立ってしまって――。取り乱してしまってすみません、大丈夫です。アキヨが早く良くなってくれたら私も安心しますので。今はとにかく休んでください」



 言われた通りに、大人しく目を閉じると、思ったよりすぐに意識が薄れていく。


 それに抗うこともできずに、アキヨは再び眠りに落ちた。













 次に目を覚ました時、一番に目に入ったのは焦げ茶色の瞳だった。


「……」


「あ」


 珍しく間抜けな声を上げるローアル。


 しばらく見つめ合った後、気まずげに視線を反らしたローアルが、アキヨの視界から退く。



「す、すみません、不安で――」


 どうやら寝ているアキヨをずっと凝視していたらしい。


 ローアルは、もじもじと何やら言い訳じみた言葉を並べた後、ハッと顔を上げる。



「体調は大丈夫ですか?」


「……頭が、ボンヤリする」



 大丈夫、ではない。体調は悪い。ガンガンと鳴る頭に、久し振りに感じる倦怠感が、気分すら重くさせる。


 ――今までこうなった時は、一人で体を丸めて横たわり、熱が下がるまでただ耐え忍ぶのが常だった。



 だけど、今は近くにローアルがいる。それがどれだけ有難いことか、きっと旅に出なければ分からなかった。



「いつも、ありがとう」


 ぼんやりする視界の先で、ローアルが目を見開くのが見えた。


「わたし、ローアルと出会えて良かった」



 もし、また()()生活に戻ることになったらと考えると、とても恐い。


 だけどそれは、今がとても穏やかで、満たされているからこそ、そう感じるんだと思う。




「私は大丈夫だから、ローアルも眠って」


 あれからどれだけ経っているのか分からないが、帰った時には日が落ちていたにもかかわらず、今外は明るい。


 少なくとも夜は明けているはずだが、ローアルの格好は最後に見た時と何ら変わっていない。眠らずにずっと看病してくれたのだろう。



 アキヨの言葉に不安そうにこちらを見て何か言いかけたローアルだったが、ギュッと唇を噛み締めて頷き、ラフな格好に着替えるとアキヨと同じベッドに潜り込んだ。


 ローアルが、遠慮がちにお腹に手を置くと、優しく撫でてくれる。


 それがとても温かくて安心できて――。アキヨはいつの間にか、また眠っていた。






 結局、アキヨの体調が完全に良くなる頃には、お祭りはすっかり終わってしまっていて、出立できたのはそれから5日後だった。



 倒れて3日で熱は下がったのだが、心配性を遺憾なく発揮したローアルが、万事を取ってさらに2日出発を遅らせたのだ。




「あら、もう行くのかい」


 宿屋のお婆さんに鍵を返すと、代わりに渡されたのは、小さな丸い包み紙。


「飴だよ。体調に気を付けてね」


「ありがとう、ございます」


 飴を大事に握り締め、お礼を言えば、お婆さんは優しくアキヨの頭を撫でた。






 5日ぶりに宿を出て、ルテニボンの街へ降り立つ。



 移動中、聞こえてきたのは、そこかしこで囁く人々の声。


「ラクエがケダトイナの英雄に決闘で負けたらしいぞ」


「その噂、不敬にもほどがあるわよ。どこからそんな出鱈目な話しが――」


「だが、元帥殿が寝込んでるっつうのは本当らしいな」


「いよいよご子女様へ代替わりなさるつもりなんじゃないか」


「想像できないね。そういや、反乱軍はどうなったんだ」


「さあ、結局あれも噂に過ぎなかったってことじゃない?」


 噂が噂を呼び、尾ひれ枝葉を付けて、どんどん広まっていく。



 しかし少なくとも、正確な情報はまだ知らされていないらしい。


 ラクエは無事回復したのだろうか。それだけが、少しだけ気になった。






 宿を後にしたアキヨ達は、王都の門の前に辿り着いた。そこで入った時と同じように、紋章を確認される。



「っ!少々お待ちを」


 ローアルの紋章を確認した途端、慌てたように兵士が奥に引っ込んで行った。


「面倒な予感がしますね」


 ふむ、と言う風に少しだけ首を傾げ、ローアルがニコリと微笑む。


「逃げちゃいましょうか」



「……んじゃ、途中までお供しましょうかね」


 アキヨ達の後ろに並んでいた男が、突然話しかけてきた。


 驚いて振り返るアキヨ。そこにいたのは――……。



「あ、兵士さん」


「もう兵士じゃねえよ。実家に帰って農業を手伝うのさ」


 肩を竦めてみせた男は、アキヨ達を取り調べした兵士だった。


「私達を見逃してしまっていいのですか?」


「そんくらいしか恩返しできねえからな。安いもんさ」


「?」


 ラクエを倒したローアルと、それに加担したアキヨは、この国の兵士にとって(かたき)であるはずだ。


 それなのに、仇討ならまだしも、恩返しとは一体どういう意味か。


 首を傾げたアキヨだったが、男はさっさとロバの手綱を引き、顎を前に向けて付いて来いと言う風に歩き出してしまう。


 戸惑いながらもその後について行けば、出口付近で門番をしていた兵士が男の顔に気付き、はっと敬礼する。


「隊長……」


「よせ。もう上司じゃねえよ」


「――本当に残念です。またいつでも遊びにいらしてください」


「そうだな。田舎暮らしに飽きたら、な」


 冗談交じりにポンポンと元部下らしい兵士の肩を叩いて、男がさり気無くこちらをチラリと見遣る。


 何食わぬ顔で門番の横を通り過ぎる男に続いて、アキヨ達も門を潜るが、兵士は見知った顔に気が緩んだのか、特に引き留める素振りはなく、アキヨ達は事無く王都を出ることができた。






 門を出てすぐ、懐から一枚の紙を取り出した男は、こちらを窺い見る。


「ちんたら歩いてる時間はないな。すぐ追手が来ちまう。俺の魔陣で港まで飛ぶがいいか」


「ああ。頼む」




 男がローアルの肩に手をかけ、紙をロバの背に置き、その上に手を乗せたと思った次の瞬間には、潮風がアキヨの頬を撫でていた。




 景色が一瞬で変わっていた。


 目の前に広がるのは青い海。港に並ぶ漁船が穏やかに波に揺れ、カモメがフワフワと漂うように飛んでいる。


 チラホラと人気はあるが、王都に比べれば随分静かな港町だ。


「俺はココから船に乗って実家に帰るんだが、あんたらはどこに行くつもりなんだ」


「ジアンノ・リモへ」


 ローアルの答えに、男は怪訝そうな表情でこちらをまじまじと見る。


「ありゃ御伽噺だろ。冗談か?」


「夢のある旅でしょう?」


 飄々とそう返したローアルを唖然と見上げた男は、すぐに笑い声をあげて頷いた。



「そうだな。夢のある、あんた等らしい行き先だ」


「……?」


 どういう意味だろうかと首を傾げるアキヨに、男は苦笑を返して、海へ視線を遣る。



「戦はもうこりごりでね。外で敵と血泥被って戦って、帰って来てみれば今度は内乱ときた。いつまでこんな生活が続くのかってな……。噂の英雄殿なら或いは、この泥沼みてえな現状もどうにかできんじゃねえかって、年甲斐もなく夢見たこともあんだ」


 眩く光る海に目を細め、ふと口元を緩めた男がこちらに向き直る。


「あんたらは、お偉いさんにとっちゃ嵐だったかもしれねえが、変化を望む奴等にとっちゃ恵みの雨だった。だから、俺はあんたらに感謝してるよ。ありがとな」


 気恥しげに笑いそう言うと、話しは終わりだとばかりにロバの手綱を引く男。


「亜人の国がどこにあんのかは知らねえが、どっちにしろ行くなら上の方だろ?あっちは今海賊が出て物騒だ。ちょいと遠回りになっちまうが、イセレイ国から船に乗った方が安全だと思うぞ」


「なるほど、イセレイ連合国ですか。分かりました、情報感謝します」


「おう、達者でな」


 男はロバの荷を確認すると、それじゃと片手を上げてあっさりと歩き出してしまう。



「あの!ありがとう!」


 慌ててその背にお礼を言えば、こちらを振り返ることなく、男は片手をヒラヒラ振ってそのまま去って行った。






「ローアル、イセレイって?」


「イセレイ連合国。ケダトイナとはそんなに交流が無い国なので私も行ったことはないのですが、自然が豊かで、平原の多い場所ですから景色が美しいことで知られている国ですね。その美しさから、妖精に愛された国とも呼ばれています」


「妖精」


「精霊と同義ですが、どちらかと言えば妖精の方が幻想的な表現として使われることが多いですね」


 幻想的な国、と言うことだろうか。


 どうしますか、と言う風にこちらを窺うローアルに、頷きを返す。



「行ってみたい、イセレイ」


「では、しばらくは陸移動ですね」



 見渡す限りの海を左手に、二人は歩きだす。


 次の目的地――、イセレイ連合国へ。













 ――時は少し遡り、ローアルとアキヨが港町へ転移した頃。




 所変わって、ここはルテニボン宮殿、医務室内。



 どんなに激しい戦争の直後でも、一度たりとも医務室にその姿を見ることはなかった元帥殿が、今では一番大きいベッドを貸し切ってピクリとも動くことなく眠っていた。


 現在、医務室にいるのは彼を診察している医師が2人と、シロエ、ヨルシアの4人だけ。




 ベッド脇の椅子に腰かけているシロエは、膝の上に手を組んだまま動くことなく、じっと治療の様子を見つめている。


 そしてヨルシアは、そんなシロエを固い表情で見つめていた。




 思わぬ形で決着が付いた今回の騒動。死者を出すことなく、詳細を知る者も最小限。


 予測できる限り、これ以上ないほど最善の結末。



 残すは、後片付けだけだ。






 シロエとヨルシアの当初の目的。それは、王侯貴族の再建と、ラクエの失脚だった。


 実を言うと、反乱軍が表立って動き出す前から、シロエとヨルシアは動き始めていた。反乱軍の事は、あくまで片付けるべき雑事の内の一つでしかなかった。


 まさか、反乱軍がこんなに勢力を上げて、国を脅かすほどまでに成長するとは、正直思っていなかったのだ。



 ヨルシアはぎりっと手を強く握る。


 何が王侯貴族の再建だ。反乱軍をそこまで危険視していなかったのは、すぐに鎮圧されるはずだと嵩をくくっていたからだ。


 ラクエの乱暴なやり方に反対する者は当初割と多くいた。しかしその全てがすぐに消された。殺された者もいるし、牢獄に入れられた者もいる。身分など関係なく、反乱分子は潰されて来た。


 だからこそ、王侯貴族はラクエに媚びを売るようになったのだ。


 そして、その現状を変えなければと、そう思って動き出したはずなのに――。



 他の誰でもない自分自身が、反乱の意志が生き続けるはずがないと、そう思ってしまっていた。




「姫」


 ポツリと、不意にシロエがヨルシアを呼んだ。


 はっと顔を上げるヨルシアの視界に映るのは、シロエの背中。


 表情は見えなくとも、その感情を推し量れるほど、その声は決意に満ちていた。



「これから、ですね」



 そう、これから。


 実際の所、ヨルシアとシロエのやりたかったことは、何一つ解決していないのだ。


 雑事の一つですら、自分達の力で解決できなかった。



 ――しかし、だからとここで打ちひしがれている暇などないのだ。



 これは好機だ。情けなくも、赤の他人であるはずの彼等が作ってくれたこの機会。逃してしまえば今度こそ、自分たちは真の愚か者になってしまう。



「……ええ」



 ぎゅっと手を握り締め、ヨルシアは力強く頷く。


「命を懸けてくれた彼等に、顔向けできる私達となりましょう」




 いつか、恩人の彼らが再びこの国を訪れてくれたら――。


 その時には、何の負債も感じることなく、ただの一人の友人として、笑顔で迎えることができるように。



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