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薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
第二章 抑圧の国
32/66



 城を出る時、門番に止められると面倒だからと、チョーカーの機能を使って透明化する。


 堂々と兵士達の前を通り過ぎても、誰もこちらに目を向けない。不思議な体験だった。



 こうして、アキヨ達は誰にも気付かれることなく城を脱出することができた。






 体に熱が溜まっていたのか、外の空気が冷たく気持ち良い。



 すっかり夕方になり、辺りは紅色に染まっていたが、街の喧騒は収まるどころか増しているように感じた。


 町の人たちは、先ほど国の未来を決める戦いがあり、ラクエがその決闘で負けたことを知らない。


 しかしそれで良かったのだ。


 祭りを楽しんでいる人達を見て、アキヨは心の底からそう思った。




「これからどうしましょうか?」


 ローアルが首を傾げて、こちらに問いかける。その時だった。



「折角だから、俺が街を案内してやろっか?」


 後ろから声をかけられ、振り返る。


 そこには反乱軍の青年が、ばつの悪そうな顔で立っていた。



「えっと……」


「ウィーだ」


「あ、私はアキヨ、です」


「知ってる。で、どうなの」


 少し考えて、折角だからと一つ頷けば、ウィーはホッとしたように小さく息を吐いて、早速踵を返す。


「あんたらのおかげで集めてた経費も必要なくなったからな。全部俺の驕りだ。遠慮なく使えよ」


「……いいの?」


「遠慮はいらねえ。どっか行きたいとこあんの?」


「今考えてたとこ」


 アキヨが答えれば、ウィーはチラリとローアルの方を見てから、こちらに視線を戻して首を傾げる。


「じゃあ適当に回るか?」


「うん」


 午前中はパレードと決闘でちゃんと祭りを見て回ることができなかったため、その提案に断るはずもなく頷けば、ウィーは付いて来いとばかりに先を歩きだした。




「経費って、働いてたの?」


「いや、貴族からひったくってた」


「ひったく……?」



 ふと、初日に目撃したひったくり犯のことを思い出した。


 そう言えば、とウィーをまじまじ見る。


 帽子にラフなシャツとサロペット姿。あのひったくり犯と同じ格好だ。


「復讐の一端さ。植民地化された国の統治はルテニボン上位貴族に割り振られる。そいつらが好き勝手やってるから敗戦国は漏れなく困窮してた。だからソイツ等からふんだくったって、バチは当たらねえさ。……まあ、その改善も、しっかり今回の契約内容に入れ込んであるけどな」


「国を開放することが目的じゃないの?」


「戦は両国の承認をもって始まる。だから戦で負けたのは、こっちの落ち度だ。それをとやかく言うのはまた国同士の問題が絡んでくるから、それこそ俺らが口出しすることじゃねえし、仮にそこに口出ししちまったら世界の法律を捻じ曲げることになるだろ。そこら辺の分別くらい俺達もついてるさ。ただ、その後の境遇が明らかに略奪であったことが問題なんだ」


「……ウィーは、今回の結果に納得してるの」


「まあ結局、一番いい方法だったと思ってるよ。それこそ、俺らが暴動を起こすよりも、もっと」


 そう答えた声音は、とても静かなモノだった。


「犠牲もない。こちらの要求も呑まれた。正直さ、決闘を間近で見るまでは、復讐心はあったけど、あんな戦い見せられたら嫌でも悟るよ。俺達には土台無理な話しだったんだってさ。……あんた、それが分かってたからこそ決闘のこと言い出したんじゃないか」


 ウィーがそう言ってローアルを見上げるが、返って来たのは静かな微笑だけ。


 それを肯定と受け取ったのか、ウィーが一つ溜息を吐いた。



「まじで、何食ったらラクエを一発で倒せるようになんだよ」


「……? 食べ物で強さが変わるの?」


「――あんたもあんたで、どんな生活してたらそんな純粋培養に育つんだ」


 もう一つ溜息を吐いて、ウィーがふと、一つの屋台に寄る。そこでは、饅頭のような物を焼いていた。


「ヘラ焼きだ」


 ウィーが三枚買って、二つをローアルとアキヨに渡してくれる。


 食べてみれば、中にほんのり甘いチーズがとろりと入っていて、両面はカリッとしているが生地はフワフワで、とてもおいしい。


「おいしいっ」


 モグモグと口いっぱいに頬張りながら、ウィーに目を向ければ、なぜかこちらを目を見開いて見つめ返され、次の瞬間ぶふっと吹き出された。


「あははっ!お前、初めて食べたのか?」


 お腹を抱えて笑われ、なぜそんなに笑われているのか分からずに首を傾げる。


「人形みたいなやつだと思ってたけど、ちゃんとガキだったんだな」


 そしてニヤリと笑って言われた衝撃的な単語に思わず動きを止める。


「私、17」


「あ?」


「17歳。ガキじゃない」


 ちゃんと主張して、もう一口ヘラ焼きなる物をハグッと口に入れるアキヨを、今までで一番大きく見開いた目で凝視して、呆然と呟くウィー。


「嘘だろ……。俺と一つしか変わらない……?」


 何だか前にも同じような反応をされた気がするが、誰にされたのだったか……。自分はそんなに幼く見えるのだろうか。




 それから三人で食べ歩きをしたり、雑貨屋や服屋、魔道具屋を回ったりして賑やかな街並みを歩き回った。



 ウユジも出店が並んでいたが、どちらかと言うと商人同士の物々交換や、観光客向けの客引きなどが目立って、卸市場のような雰囲気だったのに対し、ルテニボンの大通りは正にお祭りと言う雰囲気で、子供受けする菓子や食べ歩きに向いている様々な食べ物が売られていて、非日常感があって面白い。


 特に、魔道具屋はココが異世界だと言うことを思い出させてくれる道具がたくさん並んでいて、興味深かった。


 魔術に使う杖や箒、鍋やら水晶はもちろん、最早何に使うかも分からない機械のような様相のモノが雑多に並んでいた。


 下手に触ってまた何かが発動しては困るので、触れないように気を付けながら――言うまでもなくローアルがしっかり手を握ってこちらを凝視していたので阻止されていたと思うが――露店を楽しんだ。




 歩いていて気付いたが、ルテニボンの人々はボーイッシュな格好をしている者が多い。


 ケダトイナでは、布を巻いたような服装が一般的で、家も木造が多かったが、ルテニボンは石やレンガ調の建物が多く、狩猟に行く時のような、ズボンやベストといったかっちりとした服装が主流の様だった。


 女性であっても、ズボンを履いている者も普通にいる。



「この国の女の人は、ズボンを履くんだね」


「ルテニボンは実力主義って風潮だからな。女性だろうと戦意があれば兵士になれるのもその一端だ。ラクエの娘が筆頭だろうけど」


「ラクエの、娘?」


「あ?何度も顔合わせてるだろ」


「シロエ殿のことですね」


 ローアルが穏やかに言う。



 アキヨは飲んでいたジュース――柑橘系の甘い味だ――を思わず吹き出しそうになった。


 シロエのことを完全に男性だと思っていたからだ。まさか、女性だったとは。


 彼――いや、彼女には驚かされてばかりだ。



「女がここまで国の中枢に関われる国っつうのも、珍しいのかもな」


 ふと、考えるようにウィーが呟く。


 確かに、女性だけじゃなく、歩いていると亜人の姿もチラホラ見える。ウユジほどではないが、ケダトイナに比べれば随分見るし、普通に国民に交じって過ごしているようだ。


 実力主義と言う考え方が、見た目や性別の差別を克服していったのかもしれない。


「――俺たちが苦しんだ半面、この国に救われた奴等もいるんだろうな」


 独り言のようにポツリツ呟いたウィーが、こちらを振り返る。


 そして深々と頭を下げた。



「ありがとう。俺たちを、救ってくれて」


 このお礼は、自分が受け取るものじゃないと、ローアルを見上げる。しかし、穏やかに微笑んだローアルはアキヨの背を優しく押す。


「私だけでしたら、決して彼らと関わる道は選んでいません。全て、アキヨが頑張ったから得られた結末ですよ」


 頭を下げるウィーに視線を戻す。そして、自分が言うべき言葉にたどり着いて頬を緩めた。


「ううん。ウィーたちも私に色々くれたから、お互い様。こっちもありがとう」


 この時、初めてアキヨは笑おうと思って口角を上げた。


 にこり、といつもローアルがやるように。


 感謝の気持ちを伝えるために、笑いたいと思ったのだ。



「っ!?」



 顔を上げてこちらを見たウィーが口を開けたり閉めたりしながら、顔を真っ赤にして目を見開いた。


 そして次の瞬間には、視界からウィーが消えた。……いや、目の前にローアルが立ちはだかったのだ。


「なっ?なっ!?」


「あ、アキヨ!?そ、そんな無防備に笑うなんて――い、いや良いことなんですけどもちろん。ええ、そうですよね、良いことなんですけど――!!」


 大混乱中の二人に、上手く笑えていなかったかな、と自分の顔を両手でつまむアキヨ。


 それを見て多少落ち着いたローアルとウィーが、気まずげに俯く。



「あー……、じゃあ、そろそろ解散するか。日も落ちてきたし」


「ええ、アキヨも疲れているでしょう。そろそろ戻りましょうか」


 二人の提案に頷いて、ウィーに目を向ける。


「国は、これからどうなると思う?」


「ま、血の契約がある以上、こちらの要求は呑まれる。今よりは良くなると願ってるさ。それに姫さんもラクエの娘も、俺らのことを考えてくれてるって分かったからな。復讐にもいろんな形があるって、少し思えた気がする」


「もし、また反乱が起きそうになったら、ウィーはどうするの」


 アキヨが問えば、ウィーはこちらをジッと見つめて、ニヤリと笑った。


「心配すんな。少なくとも、もう今回みたいな無茶な真似しようとは思わねえさ。次はもっとうまくやるよ」


 言葉は物騒だが、その声は明るく希望的に聞こえた。


 その答えに漠然と感じていた不安が解けていく。



 きっと、ウィーやシロエ、ヨルシアがいればこの国は大丈夫だ。ハランも話しが分かる人だったし、不屈の魔導師……は分からないけど、悪い人じゃなかった。



 きっともう、この国は大丈夫。



「――ありがとう。楽しかった」


 アキヨがぺこりと頭を下げれば、ウィーは照れたように笑って、帽子をヒョイッと上げた。


「ああ、じゃあな」


「うん」


 パッと手を振って駆けていく後姿を見送りながら、何だか晴れやかな気分になって、アキヨはもう一度笑った。













 ローアルと二人、部屋に戻ったアキヨだったが、急激に体が重くなり、フラフラと備え付けの椅子に座り込む。


「……アキヨ?」


 ローアルが不思議そうに問いかけてくる言葉にも答えることができない程、だるくて気持ちが悪い。


 この感覚には身に覚えがあった。


「ご、めんなさ、い。体調が――」


 グラグラと目が回り、机にそのまま突っ伏す。ローアルが自分の名前を呼ぶ声が、ひどく遠くから聞こえた気がした。













 ――――ふと気が付くと、公園にいた。


 日本の公園だ。だが、記憶にない公園。これは、夢だろうか。



 時刻は夕方らしい。赤く染まった遊具。小さな公園だった。


 ブランコと滑り台と砂場と鉄棒、バネ付きのアヒルの乗り物、そしてベンチが一つ。


 遊んでいた子供達は親に連れられポツリポツリといなくなる。やがてそこに残るのは、一人の女の子だけになった。




 ギコギコと、ボンヤリとした様子でブランコを一人漕いでいる女の子。


 サイズの合っていないぶかぶかのTシャツに、ペラペラの布で作られたパジャマのズボン。暖を取るように、毛布を一枚羽織ってはいるが、それでも寒いのか震えている。


 しかし、なぜかそこから動こうとしない。




 やがて日が落ちて、完全に夜になった。気温も先程より落ちているだろうに、女の子はブランコから立ち上がりもせず、相変わらず震えたままただじっとしていた。


 しかし、ふと何かに気付いたように顔を横に向ける。


 その視線の先に、一人の男の子が立っていた。


 走ってきたようで、息が上がっている。公園に一個だけ立っている街灯に照らされて、どこか呆然とした様子で突っ立っている。


 そして、女の子と目が合った瞬間、ビクリと肩を跳ねあがらせた。


 しばらくお互い無言でいたが、やがて男の子が口を開いて女の子に声をかける。


「もしかして、俺が見えるのか!?」


 男の子が目を見開いて、半ば叫ぶように問いかけるのに対して、女の子は首を傾げる。


 その反応に、ゴクリと喉を鳴らして、恐る恐ると言う風に男の子が口を開く。


「ここは、どこなのだろうか」


「……こうえん」


 その答えに、警戒を少し解いた男の子がゆっくりと女の子の様子をうかがいながらブランコへ近付く。


 そして1m程の距離を取って立ち止まった。


 暗闇で良く見えないが、男の子の年は10代前半くらいに見えた。対する女の子は4歳程だ。


「その、地名……、街の名前を知りたいのだが」


「……」


 女の子は男の子の様子をジッと見つめて、やがて首を傾げた。


「まいご?」


「まっ……、いや、うん。そうなる、のか」


 歯切れ悪く認めた男の子は、チラリと周りを見回して眉を顰めた。


「そもそも迷子と言う次元なのか?それに……」


 ブルリと体を震わせた男の子の様子を女の子はジッと見つめていた。


「寒いっ……!ケダトイナじゃ考えられない気温だっ」


「――」


 男の子は、Yシャツにベストを羽織り、黒いズボンを履いている。質は良さそうだが、いずれも生地が薄い。


 寒さにブルブル震え始めた男の子に、それまで動かなかった女の子がピクリと反応して、唐突にブランコからピョンッと飛び降りると、トコトコと男の子に近付き、羽織っていた毛布を押し付けるように渡した。


「はい、どうぞ」


「えっ」


 驚きながら、反射的に受け取った男の子に、ニッコリと笑った女の子は、そのまま公園の出口へ歩いて行く。


「あ、ちょっま――」


 毛布を掴んだ瞬間、何かに驚いたように目を見開いた後、ハッと我に返って慌てたように女の子の後を追いかける男の子。


 そのまま二人は公園を出て行く。



 どこに向かうつもりなのかとその後を追おうとした途端、急激に景色が遠くへ飛んでいく。


 どんどん空へ吸い込まれるように、見える景色が小さくなっていく。




 そしてそのままブラックアウトした。



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