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薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
第二章 抑圧の国
31/66

決着



 決闘が始まる前、あれだけ騒いでいた観客達は、今や椅子の背に体がくっついてしまったのではないかと言うくらい、ぴったりとその背中を押し付け、固唾を呑んで――と言うより唖然と、目の前で繰り広げられている戦いを見つめていた。




 開始の合図と同時に炸裂した光は、ラクエが発した魔術が起こした爆発によるものだった。


 余りの眩しさに視界を奪われ、何が起きたのかと混乱している間に、壇上ではすでに熾烈な戦いが繰り広げられていた。




 皆がそうしている様に、アキヨも闘技場の中心へ視線を向けてはいるが、正直何も分からない。


 と言うのも、先程から絶え間なく爆発音と轟音、何かが燃える音や地面抉れる衝撃音等が続き、それに合わせて激しい衝撃風が吹き荒れ、目を開けていることすら億劫な状況なのだ。


 しかも、いくら目を凝らしても魔術による光や炎は見えるが、二人の姿が見えない。動きが早すぎてアキヨの動体視力では捉えきれないのだ。




 しばらくして、


『逃げるだけかっ!剣を抜け!ローアル・スクリム!!』


 ラクエの声が闘技場に響き渡った。もちろん、相変わらず姿は見えない。



 どうやらローアルは剣すら抜かずに逃げの一手に回っているらしい。




 戦いが始まって、体感一時間ほどが経っていた。


 疲れるどころか、どんどん魔力の威力が増すラクエに、会場にいるほとんどの者がローアルに勝ち目が無いと、そう思った。


 それほど、ラクエは次元が違っていた。


 普段の訓練や戦場でラクエと共に剣を交えている兵士はまだしも、噂やその一部しかラクエの実力を見聞きしていなかった反乱軍の者たちは、総じて顔色を悪くしていた。


 自分たちが挑もうとした者の実力を目の当たりにして、同時に悟ったのだ。


 自分たちに勝ち目など、億が一にもない。


 それでも良いと、ただ一矢報いることができるのなら、相打ちでも良いと……。覚悟はできていた。


 しかし、自分たちがいざこの男の前に立った時、実際には道の蟻を踏み潰すが如く、その恨みの一欠片でさえ晴らすこともできずに死ぬのだろう。


 分かっていた。分かっている、つもりだった。


 理想と現実は違う。痛いほど分かっていたのに、納得はできていなかった。だけど、今初めて納得できた。



 それは、反乱軍のリーダーであるハランでさえ、例外ではなかった。


 自身の想像をはるかに超える次元の違う戦いに、表情には出さずとも絶望していた。そして、今まで自分が思い描いてきた復讐劇は、夢物語だったのだと、思い知らされていた。


 そして同時に、ローアル・スクリムがなぜ決闘に出ると言い出したのかを、彼は正しく悟っていた。


 ローアル・スクリムは、客観的にラクエの戦いを見せることによって我々に悟らせようとしたのだ。


 彼が、この決闘を持ちかけてきた時に言っていた言葉を思い出す。


『――復讐に飢える輩を納得させるには、それだけでは足りないだろう。彼らは自分の手で沙汰を下すことを望んでいる』


『だからこその公開決闘です。問題ありません。恐らく、皆さん満足いただけるはずですよ』


 あれは、こういう意味だったのだ。



 次元が違う、敵う相手ではない、と。我々に気付かせるために。


 この決闘は、それが目的だったのだと。ハランは、正しく悟っていた。






「そろそろじゃな」


 右隣で欠伸混じりに決闘を観戦していた魔導師が、退屈そうに呟いた。


 その呟きにアキヨが反応する前に、その時は来た。



『本気を出させてやる』



 ラクエの声が轟くと同時に、大きな火の玉が現れる。目を凝らせば、火玉の下で掌を翳しているラクエが見えた。



 その目線の先を辿れば、始まる前と何ら変わらない様相のローアルが、ラクエを見上げる形で突っ立っていた。ラクエが言っていた通り、剣を抜きさえしていない。



『避けられるか?』


 ニヤリと、ラクエが表情を歪ませて笑ったのが遠目にも分かった。



 いよいよ最大まで大きくなった火の玉を投げようとラクエが腕を動かす。



「それはさすがに死んでしまうぞ!!父上っ!」


 慌てたようにシロエが前の席から立ち上がって叫んだ時だった。




 まるで閃光のような一線が走った。




「……は?」


 誰かが呆然と声を漏らす。目の前の光景が信じられないと言いたげに。



 煌々と空を焼いていた火の玉が、真っ二つに切れていた。


 そして同時に、空中に浮いていたはずのラクエが、ドスンと重い音をたてて、地面へ落ちる。




 静寂の中、闘技場の中心へ身軽に着地したローアルが、いつの間にか抜いていた剣を一振りすると、パッと何かが床に飛び散る。


 そうして、倒れ伏したまま動かないラクエを一瞥した彼は、こちらをゆっくりと見上げた。




 隣りで徐に魔導師が立ち上がり、メガホンを構える。


『ラクエ戦闘不能。よって、アル坊の勝利じゃ!!』




 高らかな宣言。


 シンとした静寂が辺りを包み――、刹那。




「「「「うぉおおおおーっ!!」」」」


 反乱軍側から雄たけびが上がった。


 向かいの兵士軍はどこか呆然とした様子で微動だにせず、地に倒れ伏すラクエを見つめている。




「ヨルシア、急ぎラクエに治癒魔術を。魔核を切られておる」


「っ!わ、分かりましたわ」


 慌てたように駆けて行くヨルシアの後を追おうと立ち会がったアキヨに、魔導師が待ったをかける。


「子猫は我と下に降りるぞ」


 問答無用でアキヨを抱き上げ、軽やかに階段を降りていく魔導師。そう言えば、ローアルが魔導師にアキヨの用心棒を頼んでいたなと思い出し、大人しく身を任せる。




「アキヨ!」


 下へ到着すると同時に、半ば奪い取るように魔導師からアキヨを受け取るローアル。


 痛いほどギューッと抱き締められた後、ぐりぐりと頭を擦り付けられながら、何だか犬ってこんな感じなのかなと、ふと思った。


 とりあえず、首元をくすぐるサラサラの髪を撫でてみれば、途端に大人しくなって抱き締める力も緩む。……ますます犬の様だ。



 ローアルの頭を撫でながら、倒れたままのラクエの方をちらりと見遣る。良く見ると、その体の下には血だまりが広がっていた。


「ラクエさんは、大丈夫なんですか」


 そう訊ねれば、事も無げに頷いた魔導師は、ラクエに手を翳して呪文を唱えているヨルシアを見る。


「急所も綺麗に外しておるし、核も完全には破壊されとらん。時間はかかるが後遺症も残らん傷じゃ。問題ないじゃろ」


 決してそうは見えないが……、魔導師の言葉を信じるしかない。



 観客席から降りて来たシロエが、複雑そうに倒れ伏したラクエを見つめる。


「まさか父上を打ち負かす者がいるなど、想像すらしていませんでしたが――。驚いている暇はないですね。これから、なんですから」


 こちらにと言うより、自分に言い聞かせるようにそう呟いたシロエが、ビシッと敬礼した。


「心から感謝いたします。ローアル・スクリム殿」


 自身の父が血を流して倒れ伏している中、こちらを真っ直ぐ見つめてお礼を述べるシロエに、その覚悟の大きさを知る。



 しかし、お礼を言われた当の本人は、相変わらずアキヨの肩口に顔を埋めたままだ。



「……応急処置は終わりました。命に問題はありませんわ」


 ふぅと一息ついて、ヨルシアがこちらを振り返る。そしてはっと目を見開いて、すぐに真剣な表情に戻った。


 ヨルシアの視線の先へ顔を動かせば、ハランと倉庫にいた大男、そして青年の三人がそこに立っていた。


 さらに、その反対側からは、円卓にいた口髭の男と鎧の男が歩いて来るのが見えた。



 ――――いよいよ、壇上に三勢力が対峙する。




「後は若いのに任せればよいじゃろ。我々は撤退しよう」


 魔導師が面倒そうな顔でそう言うと、一言何やら呟いてラクエを宙に浮き上がらせる。そしてアキヨの肩に手を置いた。


 その瞬間、地面に小さな魔陣が浮かび上がり、次の瞬間にはあの魔導師の部屋に舞い戻っていた。



「面倒じゃが、我はラクエを医務室へ連れて行かねばなるまい。ここで少し待っておれ」


 ソファーを顎で指して、魔導師は散らばった紙や本を踏みつけながら、さっさと部屋を出て行ってしまった。




「ローアル?」


 始終無言のローアルに、首を傾げて呼びかければ、やっと顔を上げた彼は、次の瞬間今まで息でも止めていたのかと思うほどの深い深い溜息を吐きだして、再び元のように顔を下げてしまう。



「……落ち着く」


「え」


「補充してるので、もう少しだけ待ってください」


 意味は良く分からなかったが、待てということは分かったので、ぎこちなく頷く。




 そうしてしばらく無言でいたが、やがてローアルがもう一度深く息を吐いて、ゆっくりと顔を上げた。



「ありがとうございます」


「う、うん……」


 もしかしたら疲れたのかと思って、ソファーを見遣る。


「座る?」


 ソファーを指さしたアキヨに、今気づいたと言うように頷き、ローアルはソファーに座り直した。……アキヨを膝に乗っけたまま。



 戦闘の後だから疲れているだろうと――実を言うと膝に乗っけられて座るのは子供みたいなので、常にやめて欲しいのだが――ローアルの上から退こうとしたら、ガシッと肩を掴まれた。


 ローアルの顔を恐る恐る見上げれば、不満そうな表情でこちらを見下ろしている。


「なぜ降りるのですか?」


「えっと、疲れてるかと思って……」


「心配してくれるのですか!アキヨは優しいですね。大丈夫ですよ、あの程度の運動で疲れるほど柔じゃないので」


 不満そうな表情から一遍、嬉しそうな表情に戻ったは良いが、いよいよ断れなくなって大人しく彼の膝の上に戻る。




 ……何はともあれ、アキヨ達の役目は終わった。一件落着だ。


 何だかボンヤリとする頭で、この国に来てからたった二日で起こった様々な出来事を、ゆっくりと思い返す。




「ローアルは、何で英雄と呼ばれているの」



 ふと言葉が零れ落ちた。


 何とはなしに、ポロリと落ちた言葉だった。



 ローアルは大して気にする風もなく、アキヨの髪を編みながら穏やかに答える。


「――今から三年ほど前、炎毒竜という魔物が世界中で暴れたことがありました」


 炎毒竜。何度も聞いた単語だ。


 どんな魔物なのだろう。そんな疑問が伝わったのか、ローアルは炎毒竜について語ってくれた。


「赤黒い体躯の竜でしたね。全長は、そうですね……山一つ分ほどはあったでしょうか。炎を吐き、その体液は猛毒。街を燃やし、傷付ければその血に含まれた毒が蔓延し、と言った具合に被害はどんどん広がっていました。どの国も総力を挙げて対処しようとしましたが決定打を与えることができず、やがて我が国もその毒牙にかかりました。ケダトイナに降り立った炎毒竜に対して、当初は騎士団総出で討伐をと言う話しだったのですが、他国の被害の様子から、無駄な犠牲が出るだけだろうと思いまして、ヘルにも協力してもらい、私一人で討伐に出てその首を切りました」


「ひ、一人?」


「はい。騎士団も暇ではなかったので、無駄な人手を割くよりは、効率的な方法を取ったほうが良いかと思いまして」


 淡々とそんなことを言ってのけるローアルだが、それはだいぶ無謀な方法だったのではないだろうか。


「しかし、それがどうも過剰に評価されてしまったようで、世界中で被害が出ていた分、さらに尾ひれが付いた話しが広まって、英雄などと言われてしまうことになってしまったのです」


「何が尾ひれじゃ。事実そのまんまじゃろうが」


 後ろから呆れたような声音が聞こえ、顔を上げれば魔導師が戻って来ていた。


 音が無かったから全く気付かなかったが、ローアルは気付いていたようで、振り向きもせずに肩を竦めて見せる。


「こちらはいい迷惑ですよ。英雄なんて柄じゃないですし」


「……英雄って呼ばれるの嫌なの?」


 先日そう言っていたのを思い出して首を傾げれば、困ったようにローアルは苦笑した。


「すでに炎毒竜は他国の攻撃でかなり弱っていたんです。私は、とどめを刺しただけで、英雄と呼ばれるほどのことはしていません。それに、いくら魔物と言えども、命を奪って得た称号ですからね。素直に喜ぶには、血がかかりすぎている」


 そこでふとこちらを見つめて、ローアルが何故か少し寂しそうに微笑んだ。


「アキヨは、魔物を殺して英雄と呼ばれる私を、どう思いますか」


 聞かれた意図がよく分からなくて、パチリと瞬きを返す。


 確かに、英雄と呼ばれる理由について聞いたのはアキヨだ。


 しかし、それは英雄のことを知りたいと言うより、ローアルのことを知りたいと思ったから出た質問だった。だから、今の話しを聞いて何を思ったと言うわけでもない。



「英雄って呼ばれるローアルも、私と旅をしてきたローアルも、今のローアルの一部だから。知れて嬉しい」


 過去は変えられない。だからこその、今。


 過去を否定すると言うことは、今の自分を否定することだと思う。


「私は、今のローアルが好き。過去のローアルが今のローアルに出会わせてくれた。だから、炎毒竜を倒して英雄になったローアルも好き」


 どう思うかと問われて、適切な言葉が見つからず、幼稚な「好き」と言う単語で代弁してしまったが、伝わっただろうかと顔を上げれば、ローアルは何故か泣きそうな表情でこちらを見つめていた。


 そして目が合うと、へにゃりとその表情を緩ませる。


「――今までの、私の全てが報われました」


 ローアルは呟くようにそう言うと、何かが吹っ切れたような、晴れやかな表情を浮かべた。


「私も、アキヨが大好きです。ありがとうございます」


「?」


 お礼を言われる意味がよく分からなくて首を傾げたアキヨの横に、ドカリと座った魔導師がソファーの背に腕を引っかけながら、呆れたようにこちらを一瞥する。


「野犬がワン公になるとこうも変わるもんか」


「報酬です」


「ワン公、万歳!」


 ローアルが持っていた鞄から布の袋を取り出すと、一瞬にして目を輝かせた魔導師が、それを恭しく受け取る。恐らく中身は、炎毒竜の鱗と牙だろう。



「にっひっひ。これで武器の強化ができるぞお」


 ニヤニヤと笑いながら部屋を出ようとする魔導師に、慌てて声をかける。


「あの」


「ん?」


 ぐるりと腰を捻って振り返る魔導師に、少し迷った後、口を開く。


「魔導師さんは、何で戦うことが好きなんですか」


「楽しいからじゃ」


 即答だった。考える間もなく答える魔導師に、コテンと首を傾げる。


「楽しい、ですか」


「趣味みたいなもんじゃ。楽しいからソレをする。子猫の趣味は何じゃ?」


「しゅみ……」


 趣味。今までそんな事を聞かれたことなどなかった。



 黙り込んだアキヨに、魔導師は興味が失せたのか、さっさと顔を反らしてしまう。


「趣味を持てよ、子猫。人生を彩るには、楽しむことじゃ」


 魔導師の言葉に答える間もなく、扉は閉じる。




「私達も移動しましょうか」


 アキヨを抱き上げて立ち上がるローアルを見上げる。


「ローアルの趣味は?」


「私の趣味ですか?そうですねえ……」


 ふむ、と考え込んだローアルは、思い付いたと言うように朗らかな笑みを浮かべた。


「私の趣味は、アキヨと共に生きることですね」


「……それって、趣味なの」


「もちろん。一番楽しいことですから」


 そうか、趣味とはやっていて楽しいことか。納得して、ふと首を傾げる。



 自分は、どんな時に「楽しい」と感じてきただろうか。



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