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薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
第二章 抑圧の国
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決闘



 闘技場の入り口が俄に騒がしくなった。


 見れば、銀色に光る鎧の男達がぞろぞろと入って来るところだった。どうやら兵士たちもパレードが終わって闘技場に到着したようだ。



 一気に空気が張り詰める。




 そして、ついにその男が姿を見せた。



 周りの者からさらに頭一つ分飛びぬけたガタイの良さ。肩に落ちる波打つ金髪。狂気じみた鋭い眼光。


 ――――ラクエ・ギッシュだ。


 彼はゆっくりと周りを見回し、アキヨ達の背後へ視線を向けた。



「……貴様が反乱軍の頭か」


 はっと振り向けば、そこには今日も真っ黒スタイルな反乱軍のリーダー――ハランと、仲介役の青年が立っていた。


 無表情のまま、ラクエを一瞥したハランが、一つ頷く。


「ああ、そうだ」


「安心しろ。“一回戦”が終わったら全員まとめて相手してやる」


 ニヤリと獰猛な笑みを浮かべ、ガハハハッと喉を鳴らして笑ったラクエは、そのままハランの答えを待たずに、マントを翻して入って来た出入口へ消えて行った。



「決闘に勝つ前提で、俺らを全滅させる気っすね」


 青年が苦い表情で呻くように言う。


 ハランは無表情で、ラクエが消えて行った方向を見つめた後、淡々と言う。


「そしたら、元々の計画に戻るだけだ。むしろ念願だ、そうだろ?」


 ハランの言葉に、青年がハッと目を見開き、複雑な表情で「そうっすね」と呟いた。






「役者がそろい始めた。さて、始まる前にもうひと仕事じゃな」


 すっと魔導師が、空に向けて手を上げて何やら呪文を唱えれば、ドーム状の闘技場をまるっと囲むように、膜のようなモノが広がっていった。


「念のため、じゃ。町の方に被害がいかないとは限らんからの」


 軽い調子で魔導師が言えば、近くへ来たヨルシアが、若干顔色を青くし、唇を震わせる。


「王城の訓練場より広い闘技場を越えるほどの魔術の衝突があると言うのですか?」


「だから、念のためじゃ。アル坊はともかく、ラクエは見た目通りガサツじゃからの。戦場と同じ感覚で魔術を使われれば街とは言わずとも一区画は焦土と化すじゃろな」


「……」


 顔色を失くすヨルシアに、横に立つシロエが神妙に頷く。


 戦場を経験したことが無い姫に比べ、ラクエと共に戦場に立ったことがあるだろうシロエには実感があるようだ。


「父上なら、あり得ますね」


「……え?」


 思わず声を上げたアキヨとシロエの目が合う。


「ちち、うえ?」


「なんじゃ、お主言っとらんかったのか」


 あ、と言う風に口を抑えるシロエ。魔導師がニヤリと笑う。


「こやつは正真正銘、ラクエの実子じゃぞ」


「す、すまない。割と皆知っている話しだから失念していた」


 驚きで声の出ないアキヨに、表情を引き締めたシロエがローアルへと視線を移す。


「だが、遠慮はいらない。血が繋がっていようがいまいが、私の思いは変わらない」


「ええ、分かっています」


 ニコリとローアルが微笑む。



 様子を見守っていた姫が、ふと首を傾げた。


「ラクエ殿の魔術属性は、火と土でしたね。あの、ローアル様は……?」


「光と水です」


 ローアルの答えに、ヨルシアはホッとした表情を見せた。


「でしたら、相性は悪くありませんわね。安心いたしました」



「相性も何も、アル坊は魔術は使わんつもりじゃろ」


 魔導師が軽く言った言葉に、皆が目を剥いてローアルをバッと見た。



「ラクエ相手に魔術無しだと!?」


「いくら何でもそれは無茶かと……」


「カッコつけてる場合じゃねえぞ!持ってる手札は全部使って勝つべきだろ!」


「師匠、なぜそうと……?」


 ハラン、シロエ、青年がローアルに声をかける中、ヨルシアが魔導師へ視線を向ける。


「アル坊の魔力量は魔導師に匹敵するほど膨大じゃ。それに加えて、こやつは魔力操作が不得意じゃからな。戦場じゃ手加減不要じゃが、ただの喧嘩に使えば死人が出る。殺すには特化しとるが、勝負にはむかんな」


 事も無げに語られた事実に、皆唖然とローアルを見遣る。


 アキヨも何となく、ローアルを見上げれば、その視線は珍しく空中を泳いでいた。


「……努力はしたのですが、どうも微調整というものが苦手で。しかし、貴女の知っている頃より上達はしていますよ」


「それなら此度の決闘では魔術を使うんじゃな?」


「……」


 すっと反らされる視線。その場にいる全員が魔術を使う気が無いと確信した瞬間だった。



「おい、聞いてねえぞ!それじゃあ、勝てねえじゃねえか」


 唸るようにどこか呆然とした様子で青年が叫ぶ。


 それに続くように、シロエが真剣な顔つきで提言する。


「父上は滅多な事では死にません。むしろ、殺す気で行ってもらって丁度いいくらいです。ですので、魔術を使っていただいても構いませんよ?」


「私もそう思います。さすがに魔術を使わずに戦うのは無謀すぎますわ」


 硬い表情でヨルシアが言えば、青年がここぞとばかりに頷く。


 しかし、彼らに何を言われても、ローアルはどこ吹く風で、その涼しい表情を変えることはなかった。



 その様子に、今までどこか明るい雰囲気だった周囲の人々の表情が曇り、不安が色濃くなる。



「おい、お前からも何か言ってやれよ。このままじゃ、お前の騎士がやられんぞ」


 青年が不満そうにこちらに振って来たのに驚いて、瞬きを返す。


 チラリとローアルを見上げてみれば、湖の水面のように落ち着いた茶色の瞳と目が合った。



「――……頑張って」


「はいっ!!」



「終わった……」


 ローアルが嬉しそうに弾んだ返事をする横で、青年は頭を抱えたのだった。






「――結局、何の準備もしてなかったけど、マジで勝つ気あんのかよ」


 所変わって、闘技場の客席に移動したアキヨ達は、中央の闘技場に自然体で突っ立っているローアルと、ブンブンと大剣を振り回して素振りをしているラクエを見下ろしていた。


 あれから、決闘が始まる直前――つまり今さっきまで、ローアルがアキヨの横から離れることはなく、結局最後まで準備らしい準備をせずに彼は決闘の場に下りて行った。




 ちなみに、ローアルが決闘直前まで気にかけていたのはアキヨのことだった。


「魔導師殿、私がいない間、アキヨを守って頂けませんか」


 いよいよ決闘が始まると言う頃、これでもかと眉間に皺を寄せ、声に不本意ですと言う色をふんだんに込めながら、ローアルが不屈の魔導師へそう声をかけた。


「――良いぞ。対価は何じゃ?」


「鱗に加えて牙を3本」


「乗った!!」



 こうして、やっとアキヨと繋いでいた手を離したローアルは、始終不安そうに客席へ向かうアキヨをジッと見つめていた。


 ちなみに、今も特に準備運動等をするわけでもなく、ローアルはこちらを見つめている。



「――俺さ、割と英雄に夢持ってたんだけど、結構印象変わったわ」


 光のない目でローアルを見つめる青年に、今さらながら首を傾げる。


「ローアルって、そんなに有名なの?」


「――はあ?お前それ何の冗談?さすがに笑えねえぞ」


 宇宙人にでもあったかのような表情でぎょっとこちらを見る青年に、少し考えて首を横に振る。


「やっぱり、ローアルに直接聞いてみる」


「……お前らってどんな関係なの?」


「関係?」


 青年の言葉にふと口を噤む。


 言われてみれば、ちゃんとした関係性が自分たちの間にあるわけではない。



 ローアルがアキヨの傍にいるのは、義務感ではない。それは分かっている。


 しかし、それならなぜ彼はこの旅に付いてきてくれるのか。


 そのキーは恐らく、ローアルが前に言っていた『今の私があるのは、アキヨのおかげですから』という言葉にあるのではないかと、アキヨは考えていた。ローアルは、何かしらの恩をアキヨに感じているようなのだ。


 しかし、アキヨ側にその心当たりはない。






「――――保護者?」



 ひとまず、今の自分達の関係に一番近いであろう表現を、疑問符付きで答えたアキヨに、青年が呆れた目を向ける。


「……お前に聞いた俺が馬鹿だったよ」


「ぶはっ」


 右隣の青年の溜息に続くように、左からも吹き出す声があった。


 チラリとそちらを見れば、くふふっと肩を震わせた魔導師が、前の座席の背に足をドカッと乗せたまま、ニヤリとこちらを見る。


「アル坊が報われるのはまだまだ先のようじゃな。しばらくは楽しめそうじゃ」


「その夜行花、英雄からもらったんだろ?それで保護者はねえだろ」



 右からも左からも言葉が飛んできて、どう答えればいいか分からずに固まる。


 思えば、ローアルが隣りにいない状態で誰かとこうして会話をすること自体久し振りだった。



「夜行花?」


「これだよ」


 ヒョイッとアキヨの腰から何かを抜き取ってこちらに渡す青年。


 その手に受け取った白い花を見て、すっかりその存在を忘れていたことに気付いた。


「夜行花っつったら告白の定番だろ。“永遠の愛を誓う”ってゲロ甘な花言葉が有名なせいで」


「――え」



「お、始まるようじゃの」


 足をブラブラ揺らしていた魔導師がグイッと身を乗り出した。



 途端に、周りから地響きかと思うほどの歓声が上がった。


 丁度、アキヨと魔導師が座っている辺りを中間に、右側に兵士たち、左側に反乱軍の人々が観覧席にいる状態だ。


 ちなみにシロエとヨルシアは、アキヨが座っている席の3列ほど前に座っており、反乱軍のリーダーであるハランは青年の真横に座っている。


 ハランは、アキヨ達が喋っている間、一言も言葉を発さずに、無表情で眼下のローアルとラクエを見つめていた。




「早く始めろ!」


「勝手なこと言ってんじゃねえぞ!」


 兵士が沸き立ち、反乱軍がブーイングする。



 野太い声の応酬に、アキヨが若干身を引いて固まっていると、魔導師がガンッと前席の背を蹴った。


「うるせえガキども!!余興はいらんぞおっ!!」


「ノリノリじゃん……」


 野次を飛ばす魔導師に、青年がボソリと呟く。



 それが何だか面白くて、ふと頬が緩んだ時だった。



「ん?英雄の様子、変じゃね?」


 誰かがそう言い、壇上に注目が集まる。


 見れば、ローアルが顔を片手で覆って俯いていた。



「何だ?まさかここに来て体調不良とか抜かさねえだろうな」


「そしたら俺が代わりに出てやるさ」


 下卑た笑いや冗談交じりの嘲笑が聞こえる中、魔導師がどこから出したのか、メガホンをこちらに向けて真面目な顔で首を傾げる。


「ちなみに、子猫から見て今のアル坊の状態はどんなもんじゃ?」


「……? いつも通り、だと思う」


「子猫がそう言っとろうがっ!!外野は黙っておれ!!」


「あんたも外野じゃん」


「……ふふっ」



 魔導師と青年の様子に思わず漏れた笑い声は小さすぎて周りにかき消され、彼女の笑みに気付く者は誰一人いなかった。



 ――――否、ただ一人、その笑みを目撃した者がいた。




「おい、英雄が動いたぞ!」


 誰かの叫びに、皆の視線が一斉に中心に向く。


 今まで微動だにせず闘技場に突っ立っていたローアルが、それまでの呆とした様子から一転、ズカズカとその足を――半ば走っていると言えるほどの速さで動かし、ラクエの方へ向かっていくと、腰に挿していた自分の剣を鞘ごと抜き取り、胸の前に真っ直ぐ天へ立てるように構えた。



『ローアル・スクリムから、ラクエ・ギッシュ殿に決闘を申し込む。天真の魔導師の名の許に、公明正大な決着を下し給え』



 特にマイクを通したわけではないのに、ローアルの声が二重に響いて聞こえ、会場中にその声が難なく届いた。



『決闘の常套句か。下らん、開始の合図は観客の士気を上げるものでなくてはなるまい?』


 ラクエの声も同じくマイクを通したように会場中に響き渡った。


『英雄を倒し、名実ともに俺が最強になる!興行(ショータイム)の始まりだぁあ!!』


 ラクエが吠え、大剣を空に突き刺すように掲げた。


 その途端、兵士たちが皆立ち上がり、「うぉおおおーっ!!」と沸き上がる。



 その光景をどこか呆然と見つめていたアキヨは、ふとローアルがこちらに顔を向けているのに気付き、小さく手を振ってみる。


 するとパッとローアルが笑んだ、ように見えた。



『ルールはどちらかが戦闘不能になるまで。フィールドはこの闘技場を出ない範囲であれば魔術、武器の行使に制限は無し。異論は?』


 突然、隣りの魔導師が立ち上がって、持っていたメガホン越しにルール確認をし始めた。その声はやはりマイクを通した反響音だ。魔術だろうか。


『……無いようじゃな。それじゃあ……』


 シンと一瞬の静けさの後、魔導師がその空気を切り裂くように叫んだ。



『はじめっ!!』



 途端、視界が光で埋まった。



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