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薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
第二章 抑圧の国
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精霊の加護



 青い空、白い雲。飾られた花々。


 大きく門を開いて客引きをする店。楽しそうな人々の声。



「うわぁ」


「最終日の行進が、急遽今朝に変わったので、思ったより人通りが多いですね」


 器用に人込みを避けながら歩を進めるローアルが、感心したように言う。



 そうなのだ。本来祭りの最終日にあったはずのパレードが、急遽今朝に変わったと、朝の祭りの開会宣言の際、お知らせがあったのだ。


 パレードには、もちろんラクエも参加する。


 どうやら、王城から出発して、ゴールを闘技場にすることで、そのままお昼の決闘へ向かう流れのようだ。そのため、朝からパレードの通り道である大通りは人でごった返していた。




 通りを歩きながら、たまにふらりとお店に入ってみたり、時に屋台の食べ物を買って食べてみたり……。アキヨ達は今日から始まったお祭りを満喫していた。


 特に気に入ったのが、果物を飴でコーティングしたお菓子だ。外の甘い飴をカリカリ食べれば、中の柔らかい果物がジュワッとしみだしてきて、口の中に柔らかな甘みが広がる。



「ふふっ、美味しいですか?」


「うんっ」


「他にも食べたいものがあれば遠慮なく言ってくださいね」


 ニコニコと嬉しそうに破顔したローアルがこちらをジッと見つめている。ローアルも果物飴を食べたかったのだろうか。




「おや、そろそろ時間のようですね」


 先程より人の減った出店前。段々大通り沿いに人が集まり始めている。


 王城を出発したパレードの列が、そろそろこの付近を通るのだろう。



 よく見たら、皆各々の手に花を持っている。そう言えば昨日、花屋の女性が兵士に花を投げるのが通例だと言っていた。


 ちなみに、ローアルが買ってくれたあの白い花は、宿屋の部屋の花瓶に生けてある。




 目の前に立ちはだかる人の群れに、これではパレードは見えないなと諦めていると、ローアルが提案する。


「宿屋の部屋からなら、大通りが良く見えますよ」


「――!そうする」


 幸い、ここから宿屋までそんなに距離はない。




 人の流れに逆行して、アキヨ達は一度部屋に戻り、窓から大通りを見下ろした頃には、パレードの先頭が遠くに見え始めていた。



 人々の興奮した声がここまで聞こえて来る。


 ローアルの言う通り、大通りの様子も人々の喧騒も、ここからなら良く見えた。



「……ちゃんと反乱軍は大人しくしてるみたいですね」


 アキヨと同じように眼下の光景を眺めていたローアルが、ポツリと呟く。


 どういう意味かと見上げれば、ローアルは苦笑して答えた。


「本来なら反乱軍の方々はこのパレードに乗じて、混乱を起こそうとしていたはずです。パレード中に花を兵士に投げるという風習があるようですから、そこに紛れてナイフなり飛ばせば――、まあラクエ殿は無理でも、誰かしらに危害を加えることは可能でしょうね」


 肩をすくめて、恐らく反乱軍が描いていた本来の復讐方法を語るローアル。アキヨはその場面を想像し、ぞっとする。


 そして目の前で嬉しそうに微笑み、楽しむ人々の笑顔を眺めて、ギュッと手を握る。


 浮かんできたのは、不快感。


「……お祭りが壊れちゃうのは、嫌」


 口に出してみて、そう言えば「嫌だ」と言う感情が、こんなに真っ直ぐ出てきたのは初めてだと気付く。



 これまでは形になる前に無意識に押し殺してきた感情。


 今までも、別に全てを肯定してきたわけじゃない。それこそローアルが人を殺そうとする度に止めてきた。


 でもそれは、嫌だと言う以前に、人としての倫理観が先立っての行動だった気がする。


 でも、今回は違う。もっと個人的な、自分の気持ちが踏みにじられることに対して、「嫌だ」と思ったのだ。


 お祭りを楽しみにしていた自分の気持ち、それを台無しにされたらいやだと言う、子供じみた感情。



「大丈夫ですよ。契約書には、決闘が終わるまで “お互いに” 危害を加えないと言う記載もありました。反乱軍も契約違反で自分たちの頭が死ぬことは望まないでしょう。血の契約の効力は契約者双方に作用しますからね」


 励ますようにそう言うローアルに、一つ頷く。



 そこでふと、視界の端に映った白い花。



「あの、白い花――」


「ああ、夜行花ですね」


「ヤコウバナ?」


「昼間はただの白い花に見えますが、夜になると、仄かに光って暗闇でも夜道を照らしてくれる花なんです」


「夜道を、照らす……」


「そこから、希望、未来、勇気と言った花言葉が付いてる花です」


「……」


 花屋の女性は、これをローアルがアキヨに渡した時、とても驚いていたことを思い出す。なぜ彼女は、あんなに驚いていたのだろうか。


「少ない日光でも咲くことができて、長持ちなので飾りに使われることも多い花です」


 言いながら、水に活けて昨日よりハリが戻ったように見える夜行花を花瓶から取り上げて、アキヨの着ている水色のワンピースの腰に巻かれたリボンに挟む。



 と、大通りの喧騒がより一層増した。


 慌ててそちらへ目を遣れば、パレードのメイン部隊が丁度差し掛かっているところだった。


 先頭を行くのは、もちろんラクエだ。


 そして、その後ろに見知った顔を見つけて、瞬きをする。


「あの人……」


「私達を取り調べしてくれた兵士さんですね。――王城の円卓にいた方もいますよ」


 ローアルの視線を辿れば確かに、昨日円卓にいた鎧の男も馬上に見えた。



 パレードは馬に乗った人と、その周りを行進する兵士とに分かれて進んでいた。


 皆鎧を着ているが、顔は見えるように兜は取っているようだ。



 興奮したように手を振る民衆へ応えるように笑顔を向ける者もいれば、ただ前を見つめて硬い表情で歩を進める者もいる。


 その頭上に皆が投げた花が舞っていて、見ているだけでも華やかで楽しい。



 ゆっくり進むパレードの行く先は、王都の闘技場。


 闘技場はお昼の時間完全に閉鎖され、関係者以外の侵入を阻む。


 これからそこで、反乱軍と国軍の勝敗を賭けた戦いが始まるなんて、民衆は知らない。



 国民は、決闘の最中何も知らずに祭りを楽しむ。


 興奮したようにパレードを見守る人々の、楽しそうな表情を見渡してから、アキヨはローアルを見上げた。




「行こう」


「はい!」













 決闘の前にやることがあったアキヨ達は、いち早く闘技場にたどり着いた。


 闘技場はコロッセオのような作りになっていて、中心の広場を囲むように観覧席がぐるっと一周設置されていた。




 到着した闘技場を見上げて、ローアルがすっと目を眇める。


「――なるほど。人除けの魔陣が張られてますね」


「ウユジの魔導師さんの、家みたいに?」


 ウユジの魔導師の家を訪ねた時、その入口には害あるものを寄せ付けない、防犯用の魔陣が張られていたのを思い出す。


「ええ、似たようなものですね。関係者以外が入れないように、周囲の者の意識を闘技場から反らす効果があるようです」


「見ただけで分かるの?」


 瞬きをしながら訊けば、ローアルが遠い目をして苦笑した。


「ヘルの側にいる内に、自然と魔陣の詠み方も習得しましたから。――しかしこれだけ広大な物を張れるとなると、不屈の魔導師の業でしょうね」



「正解じゃ」



 背後で突然溌溂とした声が聞こえて、ビクッとアキヨの肩が跳ねる。


 ローアルはとっくに気付いていたようで、驚く様子もなく、半身を引いて後ろを一瞥する。


「いくら条件契約を結ぶからと言ったって、一刻前と言うのは早すぎませんか」


「何、どうせ暇じゃろ。決闘前に準備体操するような性質(たち)ではないじゃろが」


「ギリギリまでアキヨとお祭りを満喫する予定が台無しだと言っているんです」


「――愚問じゃったか。すまんすまん」


 心のこもっていない軽い謝罪に、ローアルが眉を寄せる。


 じとっとした視線をさらりと流し、不屈の魔導師は、ぐいっとアキヨにその顔を近付け微笑む。


「んじゃ、中に入るか。安心しろ、鱗100枚分の仕事はきっちりこなすぞ!」






 魔導師に続き、薄暗いトンネルや狭い通路を抜けて辿り着いた先は、闘技場の中心だった。



 突如開けた視界に驚くと同時に、すでに観客席が半分ほど埋まっていることに驚いて絶句する。


 恐らくパレードはまだ続いているから、この数百人はいるだろう人々は全員反乱軍の者だと察する。




 闘技場の中心に、見知った者達が集まっているのが見えた。向こうもこちらに気付き、表情を明るくする。


「アキヨ様にローアル様!」


 そこには嬉しそうに胸の前で両手を合わせるヨルシアと、無言でピシッと敬礼するシロエの姿があった。


 二人に挨拶しようと口を開いたアキヨだったが、それより前に魔導師がアキヨを呼んだ。


「子猫。準備が終わったぞ。こちに寄れ」


 地面にチョークで何やら描いていた魔導師がこちらに指をひょひょいと動かす。


 言われるまま、ローアルとそちらへ近付けば、闘技場の中央に半径3m程の魔陣が描かれていた。


 その円の外側に立っていた魔導師が、アキヨに魔陣の中心を示した。


「この円の中心に立つんじゃ」


 言われるがまま、その円の中に踏み入ろうとした時――、


「……?」


「アル坊、何しとる」


 呆れたような魔導師の声に後ろを振り向けば、ローアルがアキヨの服をちょっとだけつまんで引っ張っていた。


「――――私も一緒に魔陣に入っては駄目ですか」


「まあ、問題はないが。子猫に害のある陣形ではないぞ。過保護にもほどがあるな」


「……」


 魔導師の言葉に何を言い返すわけでもなく、ローアルは無言でアキヨの服を摘まんだまま、一緒に魔陣の中へ入って来た。


 その顔を見上げれば、何とも言えない複雑な表情をしている。


「すみません、その……」


 恐らく、これまでの魔陣事故がトラウマになっているのだ。


 そのことが分かるから、否定もできずローアルの手を自分から握る。



「何で謝るの?」


「……」


「行こう」



 ローアルの手を引いて、さっさと魔陣の中心に移動する。そのタイミングで、魔導師が叫んだ。


「ルシナンテ!来い!!」


 その瞬間、闘技場全体に風が吹き荒れる。台風並みの強風に目を閉じる。


 しばらくして徐々に収まって行く風に恐る恐る目を開ければ、


「っ!」


『ふむ。精霊の愛し子か。これまた珍しい』


 すぐ目の前に馬の鼻があった。



 唖然として固まったアキヨを見下ろし、ブルルンと鼻を鳴らした白馬。


 その額には螺子巻く一本の角。さらに、その背には白銀の翼が一対。



 銀白の長い睫毛に囲まれた円らな瞳が、キョロリとローアルへ向く。


『おや、お前は鳥頭の友人だったか』


「ご無沙汰しております。ムゥはココには来ていませんが」


『なんだ、久し振りに鳥頭のアホ面を拝めると思ったのに』


 目の前の馬(?)が嘶くと同時に、言葉が頭に流れ込んでくる。ムゥと喋っている時と同じ感覚だ。この白馬も魔獣なのだろうか。



「ルシナンテ。子猫の条件契約を手伝ってやれ。精霊との橋渡しを頼む」


『ふむ。どんな内容で契約する?』


「決闘が終わるまで、周囲への精霊の加護を制限する」


『分かった』


 頭を器用に振って頷いた白馬――ルシナンテは、ヒヒンと鳴く。



「子猫、始めるぞ。準備は良いか」


「はい」


 アキヨが頷くのを確認して、魔導師が小さな声で何やら呟く。


 すると、地面に描かれた魔陣が眩く光り始めた。ふわりと風が起こり、ワンピースの裾を揺らす。



 それから30秒ほど、魔導師の詠唱が続き、それが途絶えたタイミングで、ルシナンテが顔を上に向けた。



『――精霊が全て()()()。愛し子、契約内容を告げろ』


「え?」


『精霊にお願いしたいことがあるのだろう。それを告げろ』



 嘶き声に被さって伝わってくるルシナンテの言葉に、慌てて頷く。



 ――――精霊にお願いしたいこと。それは……。



「これからここで決闘する二人に、干渉しないで欲しい」



 アキヨの願い、と言うより、ラクエの要望を告げれば、フワフワと何かが肌を撫でるような感覚がして、思わず腕をさする。



『――精霊が了承した。次は、精霊の願いを聞く番だ』


「精霊の、願い?」


 首を傾げるアキヨに、不思議そうな声音でルシナンテが告げる。


『何だ、知らなかったのか。条件契約は、お互いの条件を呑んで初めて成立するものだ』


 言ってから、こちらをジッと見つめていたルシナンテが、ブルルンと鼻を鳴らす。


『ふむふむ。なるほど。――――聞き届けた。精霊の要望は、愛し子がこの世界に“永遠に”留まることだ』


「え?」


 目を見開く。思わずローアルを見上げれば、思案顔の彼と目が合う。


「……アキヨは相当精霊に好かれる体質のようですね。恐らく、ずっとアキヨと共にいたいと言う、精霊の純粋な好意なのだと思います。精霊は、子供のように単純で純粋な感情を動機に行動すると聞きますから」


 つまり、危ないことはないと言うことだろう。


 “永遠”と言う単語が気になるが、どちらにせよこの条件を呑まないことには、決闘をするにおいてラクエの了承を得られない。


「――分かった。私は永遠に、この世界にいる」


『契約は成された。これから決闘が終わるまで、精霊が他者に干渉することはないだろう』



 魔陣の光が消え、同時に地面に描かれた魔陣の模様も消えた。



 魔導師がゆったりと近付いて来て、ルシナンテの顔を撫でる。


「上手くいったようじゃな。精霊は何と?」


「私が、この世界に留まるようにって」


「何じゃそりゃ。相変わらずよく分からん存在じゃの」



 演技がかった仕草で肩を竦めて、呆れた風にそう言った魔導師に、ルシナンテとローアルが「お前が言うか」と胡乱な目を向けたのは言うまでもない。



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