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薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
第二章 抑圧の国
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ラクエ・ギッシュ



「邪魔するぞ」


 衛兵の戸惑いも何のその、バンッと固く閉ざされたその重厚な扉を、躊躇いなく開けた魔導師は、一気に集まった視線にも怯むことなく、ズカズカとその中央に置かれた円卓へ歩み寄る。



「――何事だ」


 口ひげを生やした壮年の男がジロリとそちらを睨む。そして、魔導師の後に続いて入って来た数人の人影を見て更に眉を寄せた。



「魔導師殿、いくら貴殿であっても許されぬこともありますぞ」


「ほう、ではどちらが許されるか、神に託してみるか?」


 間髪入れず返された魔導師の言葉に、口ひげの男はグッと黙り込む。




 その横で、円卓の上座に座っていた男が、鋭い視線をローアルへ向け、すっと眇めた。



「お前、強いな?」



 上座の男がローアルに言い放った一言で、一気に空気が張り詰める。


 チラリと視線を動かせば、目と口を限界まで開いたシロエとヨルシアがこちらを凝視しているのが見えた。



「俺は強者をかぎ分ける鼻は効く。貴様は今まで会って来た輩の中で一番、強そうな匂いがする」


 そう言って口元を大きく歪めた男が、その目に狂気を滲ませ、波打つ黄金の髪を揺らしながら嗤う。


「貴様、何者だ?」


「私はローアル。ラクエ・ギッシュ殿に決闘をお願いしに来ました」


 一気に騒がしくなる周囲を意に介することなく、ニコリと微笑むローアルは、真っ直ぐに上座の男を見つめている。



 恐らく、このライオンのような男がラクエ・ギッシュなのだろう。


 彼が片手を上げただけで、すぐに周りがシンと静まり返るのをみて、アキヨは確信する。



「ローアル……、ローアル・スクリムか」


「今はただのローアルです」




「ローアル・スクリムだと!?」


「な、なぜケダトイナの英雄がここに――」


「彼が騎士を辞めたという噂は本当だったのか……」



 再びざわざわと揺れる空気。その中で、ラクエだけがやけに静かだった。それがとても不気味に思えた。



「……ふっ」


 空気が漏れるような音が響いた。それが段々と大きくなるにつれ、ざわめきが静まっていく。



 そして、やがてその空間に響くのは一人の男の笑い声だけになった。


「ふっはっはっはっはっ!!ケダトイナの英雄!ああ、そうだろうとも!分かるぞ、感じる貴様の強さ!一介の傭兵風情の強さではないと!まさか、戦場以外で相まみえることになろうとは!」


 狂気じみた声に、誰かがゴクリと息を呑んだのがやけに大きく聞こえた。



「貴様等の望みは」


「それは彼に」


 そう言ってすっと横にずれたローアルの影から、ひどく顔を強張らせた青年が顔を覗かせる。


「……ラクエ」


 ボソリと低く呟かれた青年の声がアキヨに届いた。しかし小さすぎてラクエまでは届いていないようだった。



 一度硬く目を瞑りゆっくり深呼吸をした青年は、覚悟を決めたように顔を上げる。


「俺は反乱軍の幹部だ。この決闘にあんたが負けたら、反乱軍の要求を全て呑んでもらう」


「ふざけるなっ!元帥殿、今すぐこの無法者共を叩きだしましょうッ!!」


 ガタンと激しい音を立てて立ち上がったのは、鎧を来た男だ。


 しかし、ラクエが「座れ」と一言声をかけただけで押し黙り、言われた通り椅子に座り直した。



「自ら闘わず、己の勝敗を他者に委ねるとは、反乱軍もその程度の烏合の衆か」


「っんだと――」


「待って」


 カッと目を見開き、一歩踏み出そうとする青年を止める。


 まさかアキヨに止められるとは思わなかったらしく、青年が目を見開きこちらを見る。


 しばらく見つめ合っていれば、段々冷静さを取り戻したらしい青年が、ふっとその体から力を抜き、アキヨの手を振り払うように腕を振る。


「分かってる」


 そしてボソッと呟いた後、懐に入れていた紙を取り出し、アキヨに手渡した。


 彼が委ねてくれたことに気付き、一つ頷いてアキヨがその紙を持ってラクエに近付く。その後ろからローアルが続く。


「これが、反乱軍の要求です。決闘をしてくれるなら、血の契約を、してください」


「血の契約だと……っ!?」


 再び周りが殺気立つ。あちらこちらから剣が抜かれる音がする。


 後ろでローアルが剣に手を置くカチリと言う音が聞こえた。



 しかし、そのどの音にも反応せず、アキヨはただ目の前のラクエの瞳だけを見つめていた。


 ラクエが不快そうに目を眇める。


「気に入らんな、その目」


「?」


「見たことのねえ目だ。何も映していない。戦場でイカレた奴でさえ、もっとマシな目をしてるもんだ」


「……」



「おお、言葉には気を付けたほうが良いぞ、ラクエ」


 不意に、それまで黙って行方を見守っていた魔導師が口を挟んだ。


 ニヤリと悪戯っ子の様な笑みを浮かべ、くいっと顎でアキヨを示す魔導師。


「その子猫には精霊の加護が付いている。子猫が鳴けば精霊が動くぞ」


「精霊の加護だと……?」


「まさか、こんな小娘に?」


 更にザワザワと騒がしくなる周り。


 ラクエが射すような視線をアキヨに向けた。


「このガキが願う方に勝敗は傾く、と言うわけか。一対一の決闘に横槍が入ることほど、興ざめすることはない」


 ガタンと立ち上がったラクエが、獰猛な笑みを浮かべる。


「このガキを殺した後なら、決闘に応じても良いぞ」


 その言葉と同時に、後ろで動く気配があった。


 ローアルがアキヨの前に出て剣に手をかけたのだ。それを見たラクエが笑みを深める。


「いよいよ、そのガキが邪魔だな」


 ラクエの言葉に踏み出そうとするローアルの服を掴んで止める。


 いけない、このままだと折角の交渉が無駄になる。


 視界の端で真っ青になっているシロエとヨルシアが見えて、咄嗟に視線を向けたのは、


「魔導師、さん。私の精霊の加護?を無効にする方法は、ないんですか」


 部屋の端でニヤニヤと事の成り行きを見ていた不屈の魔導師だった。


 アキヨの言葉に、魔導師はパチパチと瞬きをして、ふむと視線を巡らせる。


「子猫の加護を無効にするのは無理じゃろうな」


「……」


「じゃが、アル坊に精霊の力が及ばんようにするのは可能じゃ」


「!そ、それはどうやって」


「炎毒竜の鱗100枚」


「え」


 ニヤリと笑う魔導師に戸惑っていれば、ローアルの感情を感じさせない声が代わりに答えた。


「分かりました」


「よっしゃ!単純な話しよ、子猫が精霊に縛りを付ければよいのじゃ」


「精霊に縛りを?そんなことができるのですか」


 思わずと言った風に声を上げたのはヨルシアだった。知識欲が刺激されたようで、身を乗り出して魔導師を仰ぎ見ている。


「一般的には知られてないがな。精霊に好かれた者にしかできん契約じゃ。方法は我輩が取り計らってやろう。報酬分は責任持つぞ」


 ほくほくとした表情で上機嫌に言う魔導師に頷き、ローアルの背から顔を出してラクエを見上げる。


「条件は揃いました。決闘を、受けてもらえますか」


 ローアルとアキヨを一瞥し、ラクエがつまらなそうにフンッと鼻を鳴らす。


 そして、アキヨが差し出した紙を引っ手繰るように受け取ると、読む素振りもせずにペンでサインした後、歯で指をかみ切り、指を押し付けた。



 一瞬、フワリと紙が光る。



「元帥殿!?」


 止める間もない一瞬の出来事に、横に座っていた口ひげの男が悲鳴じみた声を上げる。


 しかしそれもどこ吹く風で、ラクエがその紙をこちらへ投げて寄越した。



「……ありがとう、ございます。明日の昼、闘技場で待ってます」


「いいだろう」


 低い声で応じたラクエは、焦る周りを意に介さず、用は済んだとばかりにそのまま部屋を横切って出て行ってしまった。


「――その決闘まで、こいつ等を捕らえておくべきだ」


 ガタリと立ち上がったのは、鎧の男だ。周りの視線が一気にこちらへ向く。


 一触即発の雰囲気の中、硬い声で告げたのは青年だった。


「やめておけ。この契約書の中に、決闘が終わるまで反乱軍への干渉不可の文言が入ってる。お前らが俺らに攻撃した時点で契約違反でラクエは死ぬぞ」


「ぐっ……」


 悔し気に動きを止めた鎧の男を見てから、青年が魔術を使った。



 歪む視界の中、慌てたように立ち上がるシロエとヨルシアが見えた気がしたが、すぐに影に包まれて見えなくなった。






 しばらく影の中を皆無言で歩いていたが、やがて青年がポツリと言った。


「まさか、本当に承諾するとはな――」


「え?」


「何でもない」


 小さな呟きを聞き取れずに首を傾げるが、青年はそれ以上何も言わず、結局見たことのあるウサギの噴水前に降りるまで口を開くことはなかった。


「じゃ、俺はハランさんに伝えて来る」


「うん」


「明日、ばっくれんなよ」


 ヒラヒラと手を振りながら影の中に消えて行った青年。それを見送り、アキヨ達も宿へ歩き出す。




「……」


「……」


 それにしても静かだ。ローアルが、先程のラクエとの対峙以降、口を開いていない。


 何となく、ローアルの顔を見れなくて、宿の部屋に戻るまで、アキヨは黙々と自分のつま先だけを見つめて歩き続けた。






 宿の部屋に入り、バタンと扉が閉じた直後だった。


「アキヨ」


「っは、はい」


 咄嗟に敬語で返事をする。


 振り向けば、フードを外したローアルが、アキヨの腕を握ったまま離さず、俯いていた。




 そのまましばらく、ローアルが動き出すまで黙って待っていたが――――。


 どれくらい経っただろうか。日が落ち始め、明かりを点けていない部屋は段々と暗くなる。




「アキヨは優しいですから」


 不意に、ポツリとローアルが呟いた。



「確かに復讐しないだろうし、それを望みはしないでしょう。私も、自分が殺されたとして、アキヨに復讐して欲しいなんて死んでも思いません」


「……?」


 ゆっくり顔を上げたローアルは、困り果てたように、そして自嘲するように口元を歪めた。


「だけど私は、アキヨが誰かに殺されたら、必ず復讐します」


「……」


「今日、確信しました。貴女が、誰かに――そんなことがあったら、お、俺は……」


 はっと掴まれている腕を見る。微かに震えている。


 まただ、ウユジで離れ離れになった時みたいに、ローアルは情緒不安定になっているようだ。


 慌てて、彼の顔に手を伸ばす。パチンと乾いた音を立てて、アキヨの手に挟まれたローアルの顔がこちらを向く。


「私は、生きてるよ」


「っ」


「ローアルが言ったような、ことにはならない」


 きっと、ラクエに自分を殺すと言われたことが、ローアルに嫌な想像をさせてしまったのだと予想を付ける。


「ローアルが、守ってくれてる」


「俺は、何もできてない」


「ううん。ローアルがいなかったら、今の私はいない」


「今の、アキヨ……?」


「うん。ローアルのおかげで、幸せを、知ってみたいって思えたから、私は旅に出た。ローアルと出会ってなかったら、私はきっと――」


 死んだように生きていたんだと思う。



 優しさも、楽しいと言う感情も、穏やかな気持ちも、全て与えてくれたのはローアルだった。


「ローアルがいてくれたから、ここまで来れた。これからも、その……、私にはローアルが、必要、です」


 暗闇の中でも綺麗に輝く紅茶色。色が変わっても美しい、その瞳が揺らめく。


 ローアルは子供のようにギュッと口を噛み締め、涙を我慢するように目を強く瞑った後、こくんと頷いた。


「――……全部、私の言葉です」


「?」


「あの、少しだけ。抱き締めても良いですか」


 珍しくそんな許可を求めてくるローアルに、戸惑いながらも一つ頷く。


 いつもであれば許可なんか取らないのにと思いながら。



 ローアルとの身長差は40センチほどある。立ったまま抱き締められると、体がすっぽり覆われてしまい、何だか温かな毛布に包まれているようで、自然と力が抜けていく。


 そして不思議と、懐かしい気持ちになった。



 しばらく無言でアキヨを抱きしめる――と言うより、包み込んでいたローアルが、不意にゆっくりと体を起こす。



「情けないところを見せてしまってすみません。ありがとうございます」


 未だ緩くアキヨをその腕に拘束したまま、泣き笑いの様な表情でこちらを見つめるローアル。


 情けないとは思わないが、敢えて何も言わずにアキヨは頷くだけに留めた。



「アキヨ」


「うん?」


「明日、貴女に勝利を捧げます」


 すっと跪いたローアルが、そっとアキヨの手を掬い上げ、その手の甲に口付ける。




「ローアル――……」


「はい!」


「私に、じゃなくて、反乱軍に、だよ?」



 コテンと首を傾げたアキヨに、ローアルは一瞬目を見開いてから、すぐに苦笑を返して「そうでしたね」と溜息混じりに頷いたのだった。



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